第三十九話『自分語り』
ニーナは視線を調理台に落とした。調理台をもらったのはいいものの、何を作ったらいいのかわからない。調理台に置かれた食材は、今日作る料理の物だから、今日の料理を作ればいいのだろうか?
ニーナはそう解釈して料理を始めた。そしてしばらくすると、一人の料理人が近づいてきた。
(え~……まさか料理を始めた途端調理台を取り上げられちゃうの?)
そんな不安とともにその料理人を見やると、声をかけられた。
「ったく、相変わらずへったくそな刀工だなぁ」
(なんだ。悪口を言いに来ただけか……)
ニーナはそう思って少しホッとする。悪口を言われるくらいなれたものだ。
「お前が今切った野菜を見てみろ。太さも長さもバラバラじゃねーか。そんなんで火を通したらどうなるか考えてみろよ」
「まったくだぜ」
気づけばもう一人やってきてニーナの調理を見下ろしていた。
「大きさがバラバラじゃ味のしみこみも火の通りも違うんだよ。小さいのに合わせりゃ味がでかいのにまじわんねーし、でかいのに合わせりゃ焼きすぎて食材がくたくたになっちまう。なんでこんなこともわからないのがここにいるんだか」
二人はそんなことを言いながら自分の持ち場に帰っていった。
(しめしめ、いじわるしてるつもりでヒントを残していっちゃったよ。持ってる知識を見せびらかしたがるのは大人も子供も変わらないな~)
ニーナはにやにやとほほ笑みながら今の言葉を頭に入れて料理を再開する。
「あ~あ、野菜も肉も全部同じ包丁の入れ方しやがって、お前切り方一つしか知らねーのか? そんなんだから効率も刀工も全然なんだよ。俺のを見てみろ」
そう言って、料理人がニーナのすぐ横で包丁さばきを見せる。
「ほれ、どーよ俺の腕は? お前包丁握ってて恥ずかしくないのか? はっはっは!」
そう言ってその料理人もどこかへ行く。
(ふふん、馬鹿にしたかったみたいだけど、ばっちり包丁さばきを見せていったねぇ~。私に技術を盗まれて泣かなきゃいいけど~)
ニーナは早速今見た包丁さばきを模倣する。
そのあとも何人も何人もニーナのもとにやってきて悪口を言ってきた。しかしそのたびに自慢げに自分の技術を見せたり、知識を披露したりしていくので、ニーナはそれがまるで苦ではなかった。
そして、作っているうちに調味料が足りないことに気づき、それをとるために厨房の奥へと足を向けた。
そしてその途中で、料理長の声を聴いた。
「やれやれ、まだしばらく邪険に扱えと言っていたろうに……」
「邪険に扱っていますよ。みんなあいつを無視してるし、避けるために距離をとってる。古くなって誰も使いたがらない調理台を使い始めても無視してるくらいだから、徹底してるといっていいでしょう?」
ニーナは自分のことを話しているのだと知って聞き耳を立てた。
「無視が聞いてあきれる。どいつもこいつもアドバイスしてるじゃないか」
「悪口ついでに自分の技術を見せつけてるだけじゃないですか。お前はこんなにちっぽけなんだぞと言い聞かせてるんですよ。あいつがそれを盗んだとしたらあいつが狡猾なんですよ。こっちは盗まれていい迷惑だなー」
そう言って料理長と話をしている男は笑った。聞き覚えがある。確か親衛隊試験の時に料理長と一緒に試験官をしていた料理人だ。
「しっかし、思い出しますなー。あいつが入門するって決まった時、料理長が言った言葉を」
* * *
「ちょ、ちょっと待てよ料理長。今なんて言った?」
「あいつをいびれ。厨房には二度ときたくないと思うように邪険に扱うんだ」
料理長はそう言った。厨房の役職者が集まって話し合いをしているところだった。
「は、はぁ? なんでそんなことをしなきゃならないんだよ? 大の大人が集団で子供をいじめろっていうのか?」
「なんだ? あの娘が厨房に弟子入りするようなことになれば追いだしてやるって言ったのはお前だったはずだろう?」
男は確かにそういった。親衛隊試験が終わり、料理長と話をしている時にニーナを追いだしてやると確かに言った。だがそれは冗談みたいなものだ。
「追いだすにしても、あいつをいじめる必要なんてないじゃないですか。上層部に苦情を出せば済む話だ。料理長が首になるのが怖いってんなら、俺がそう申し立ててきてやりますよ!」
男はそう言って厨房を出ていこうとする。
「俺は別にあいつを追いだすためにいびれと言っているんじゃない」
その料理長の言葉に、男はこけそうになりながら立ち止まる。
「いや、言ってる意味がよく……?」
「いいか? 俺は親衛隊試験にはあいつに合格を出した。だが、厨房に入門する合格を出した覚えはないんだ」
「……だから、それは上に異議を出せば」
「あいつを試験する」
その言葉に男が息を飲む。
「お前だって納得いかないんだろう? 素人ばかりの料理試験で優勝しただけの人間が入ってくるのが。それはお前だけじゃなく全員そうだ。だから、何の障害もなくあいつを厨房に迎え入れるわけにはいかねぇ」
男は料理長を見つめている。
「だが、料理の腕前で合否を決めるわけにはいかない。あいつの腕前でどんな料理を出してきても合格なぞ出せない。ひと月ふた月時間をやっても変わらないだろう。だから人間を見る。一年あいつがいびりに耐え抜けたなら正式に入門させてやろう。俺の公認のもとでいびれるんだ。手加減はしないだろう? それを耐え抜けたなら、皆認めざるを得ないはずだ。ガス抜きにもなる」
その時料理長がふっと笑った。それを見て男は察する。
「……あいつへの不満のガス抜きが目的ってわけだ。料理長自身はもう認めてるんですね?」
「目が気に入ったのさ」
言って料理長は目を閉じた。
「試験の時、あいつは俺たちが自分の料理を馬鹿にしてることに気づいていた。俺には見えたぜ、料理を馬鹿にされたことに怒り、いつか屈服させてみせるっていうあいつの強い意思がな。それを見たとき、あいつにチャンスをやりたくなった。いつか一泡吹かせてくれるんじゃないかって思ったんだよ」
* * *
「結果として、さっそく一泡ふかされたな。一年は厨房に立ち入ることもできないだろうと思っていたら、あいつは半年もかからず厨房のドアを開いた。そうして、厨房にいる人間のほとんどを認めさせたんだからな」
料理長はそう言いながら遠い目をする。男はそれを笑った。
「まだまだでしょう。みんなあいつがあんまりのんきなんで、厨房の中でいじめてやろうと招き入れただけですよ。あいつはこれから毎日悪口まみれにされちまうんだ。ああ、気の毒ですね~」
今度は料理長がそれを笑う。
「アドバイスつきの悪口とは、親切な悪口もあったものだ」
二人の笑い声を聞きながら、ニーナはその場を去って調理台に戻った。
そして、しばらく料理を作っていると、また一人料理人がやってきた。さっき立ち話をしているのを立ち聞きしてしまった男だった。
「おいおい、いつまで鍋の中で煮込んでるんだ? 色を見ろよ色を。すっかり出来上がっちまってるじゃねーか。火の加減は五感を使って図るんだよ。口で味、肌で熱、鼻で匂い、耳で音、目で色、それぞれのタイミングは量をこなしていけば自然と覚える。それがわからねーってことはまだまだ修行が足りねーってことだ。全くこれだから素人が厨房にいるとイライラするぜ」
それだけ言って男は居なくなった。
(……ばーか、お礼なんて言わないぞ)
ニーナは玉ねぎに手を伸ばしてみじん切りにする。玉ねぎが目に染みたことなどなかったが、この玉ねぎは妙に目に染みて、視界が歪んだ。
* * *
「そして、これがその調理台なんだよ」
夕方の厨房。そこにはモニカとニーナの二人がいた。
今日の訓練が終わり、二人が料理を作るために厨房に来た。モニカがこの調理台を見て沈んだ顔をすると、ニーナが微笑みながら言った。
「ちょっと、自分語りに付き合ってもらえないかな~?」
断る理由もなかったし、ニーナが料理を作っている間暇だったので話してもらうことにした。そして始まったのが今聞いた話。モニカが悪意の塊に違いないと思った調理台を、ニーナがもらうまでの話だった。
「今の話で分かったと思うけど、私がイジメられているかといえば、まあ確かにそうだよ。でも、やっぱり勘違いだったでしょう~?」
モニカはしゅんとしていた。モニカには悪意にしか見えなかった調理台。それはニーナにとっては勝ち取ったといってもいいほど大切なものだったのだ。それを見てボロボロの調理台だと怒ってしまった自分が恥ずかしいし腹立たしい。
さらに言えば、自分はニーナを邪険にする料理人に対して怒ってしまった。ニーナが必死に耐えている試験を台無しにしてしまったのではないかと思い、不安だった。
「あの……もが!?」
モニカが謝ろうとして口を開くと、ニーナがそれを塞いだ。
「私、モニカちゃんが考えてること分かるな~」
モニカはニーナの顔を見た。
「でもそれ、勘違いだから~」
モニカが見たニーナの表情は明るかった。
「これは本当に勘違い。モニカちゃんは私に迷惑をかけたと思ったんでしょ~? それは違うんだよ。むしろありがたかった」
「で、でも私はニーナの大切な人に向かって怒っちゃったんだよ?」
「私に悪口ばかり言う人達に~?」
その言葉にモニカが止まる。
「確かに私にいろいろ教えてくれる人たちだから、大切ではあるかもしれない。でも、悪口を言われて、はらわたが煮えくり返っていたというのも事実なんだよ~」
ニーナの言い方が優しすぎて、ちっとも怒ってる風に聞こえない。
「そんなときに、モニカちゃんが私の代わりに怒ってくれて本当に嬉しかった。ああ、私のことを思っていってくれたんだなって思って嬉しかった。だから、ありがとうなんだよ」
ニーナはふっと笑って上を向いた。
「たぶん、私がモニカちゃんの立場だったら怒ることはできなかったと思う。だって私は笑ってたでしょう? ニコニコ微笑んでピースなんかしちゃって、とてもつらそうには見えなかったと思う。横でそんな態度をとられちゃったら、私なら『そんなにつらくないのかな?』って思って怒る気なんて起きなかったと思うな。でも、モニカちゃんは私のために立ち向かってくれた。何歳も年上の男の人に対して言い返してくれた」
「でも……それって、深く考えない猪突猛進なバカってことなんじゃ……」
モニカがそう言うと、ニーナは声を上げて笑った。
「あははは! モニカちゃんがそれを悪いことだって思うんならそういう表現でもいいけど……」
そしてニーナは優しく微笑みながらモニカを振り返る。
「私はそれに対して『勇気』って言葉を使いたいかな? 不正や暴力に対して恐れることなく、立ち向かって行ける。挫けることなく相対することができる強い心。モニカちゃんが怒ってくれたのは、そういうことなんじゃないかなって私は思う」
モニカはニーナの言葉に頬を熱くする。なんだか照れ臭かったのだ。ニーナはそれを見てまた笑った。
「前向きに解釈していこうよ~。そのための言葉なんてたっくさんあるんだから~」
「……ニーナは、そういう風に生きているんだね」
モニカの言葉に微笑み返し、ニーナは料理を手に持った。
「っさ、運ぼ? みんなお腹をすかせて待ってる」




