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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第四十九話 大魔法使いネクロア、五十万を沈黙させる

ゲイルは馬を降りた。

戦場の中央で、土が低くうなり始めていた。

炎も雷もない。

だが前衛の左右に長い土塁がせり上がり、退路には浅い水路が走る。

帝国兵が進もうとすれば壁に阻まれ、下がろうとすれば泥に足を取られる。

しかも頭上の結界は矢を通さない。

彼らは攻撃する相手を見失った。

帝国軍の前衛では、指揮官が声を張り上げても兵に届かなかった。

蒸気が視界を遮り、地面の振動が足をすくませる。

兵たちは互いの姿を探し、無理に進む者と下がる者がぶつかった。

ゲイルはその混乱を見て、突撃を続ければ味方が味方を殺すと悟った。

ネクロアは敵軍の中央に道を一本だけ残していた。

降伏する兵が武器を置いて進める道だった。

リュカはその意味を知り、杖を握る手から力を抜いた。

これまで彼は敵を倒すことで勝利を測っていた。

だが今は、敵が戦わずに去るための道を守っている。

霧の向こうで、帝国軍の攻城砲が一門だけ火を噴いた。

発射を止める伝令が届く前だった。

砲弾は味方の前衛に落ち、泥の中にいた兵を吹き飛ばした。

煙が晴れると、槍を握っていた若者が片腕を押さえて叫んでいた。

隣の兵は動かなかった。

ゲイルはその場で立ち尽くした。

敵の魔法に敗れたのではない。

自分たちの巨大な軍が、命令を伝えられずに味方を殺したのだ。

「砲兵を止めろ。敵への攻撃より先だ」

彼は皇帝の朱印状を副官へ渡した。

『前進を続けよ』と記された命令書だった。

「必要なら、私が破ったと記録しろ」

副官の顔色が変わる。

命令違反は死罪にもなり得る。

ゲイルはそれでも撤回しなかった。

「総司令官、突撃の継続を!」と伝令将校が叫ぶ。

攻城塔は止まり、旗は蒸気に隠れ、後方の補給も届かない。

ゲイルは兜を脱ぎ、非常停止の鼓手を呼んだ。

まず味方の攻撃を止めなければ、降伏を申し出ることさえできない。

最初の攻撃停止命令は、霧に飲まれた。

ゲイルは副官に命じ、太鼓の拍子を三度変えさせた。

退却でも突撃でもない、新しい合図だった。

訓練で決めておいた非常停止の拍子。

前衛の一部が槍を下ろしたが、右軍はなお進んでいた。

ゲイルは自分の旗を掲げ、泥の中へ歩き出した。

副官は彼を止めようとした。

「閣下が前へ出れば狙われます」ゲイルは首を振った。

「後ろから命じて届かないなら、前で言う」彼が泥に膝を取られたとき、徴募兵の若者が腕を貸した。

二人は互いの名も知らない。

ゲイルはその若者の袖に、畑の土がまだ残っているのを見た。

右翼の隊長は停止命令を疑った。

皇帝の朱印状には、首都まで進めとある。

だが彼の前では兵が蒸気の中で倒れ、後ろでは補給車が止まっている。

彼は旗手の手を押さえ、進軍旗を降ろした。

「総司令官の命令を待つ」その一言で、隊列の最前列が止まった。

非常停止の太鼓は、前衛から中央へ、中央から予備隊へと引き継がれた。

ところが左翼では敵の蒸気で鼓手の位置が分からない。

ゲイルは旗手を高台へ登らせ、同じ合図を三度繰り返させた。

砲兵隊の停止を確認するまで、彼は降伏の白布を上げないと決めた。

降伏の前に一発でも砲弾が飛べば、魔導軍は停戦を信じない。

自軍の武器を止めることが、彼に残された最後の戦術だった。

停止の太鼓が右翼へ届いても、左翼の砲兵隊には命令が伝わっていなかった。

砲兵隊の砲口は味方の背中を向いたままだった。

若い徴募兵がその前に立ち、両腕を広げる。

「撃つな。俺たちはここにいる」

砲兵隊長は一瞬、皇帝の命令書へ目を落とした。

次に、泥だらけの徴募兵を見た。

彼は点火棒を地面へ投げた。

砲兵たちもそれに続いた。

最後の砲口が下がったとき、ようやく前衛から中央、左右両翼、予備隊へ停止の合図がつながった。

五十万人の軍が、一度にではなく、何千もの小さな決断を重ねて止まったのだった。

左翼の砲兵隊を含む全軍から停止の合図が返ると、ゲイルは剣を鞘に納め、今度は白い布を掲げた。

停止は命令だった。

降伏は、皇帝の怒りを引き受ける自分の選択だった。

彼は各隊の指揮官に武装解除の順序を伝え、負傷者を先に通すよう命じた。

ネクロアは停止旗を確認しても、すぐには魔法を解かなかった。

土塁を一度に消せば兵が押し潰される。

ノインは結界で斜面を支え、エルナは水を引き、地術師が地面を段階的に戻した。

術式を解く作業は、起動より遅かった。

勝利を急ぐほど犠牲が増えることを、彼女たちは知っていた。

結界の端で、ノインの膝が折れた。

術式を支える魔力が限界に近い。

ネクロアは残った力を一か所へ集める代わりに、救護路の上だけを覆う小さな結界を幾つも張らせた。

大きな壁は消えても、担架が通る幅は守れる。

リュカは火炎隊の最後の魔力を照明に回した。

霧の中に灯りが並ぶと、帝国兵はようやくどちらへ歩けばいいか分かった。

勝利のために起動した一万二千人の術式は、最後に人を帰すための道しるべになった。

右翼の若い百人隊長は、降伏の白布を見ても兵に武器を置かせなかった。

「降伏した途端に撃たれたらどうする」彼の疑いはもっともだった。

ネクロアは結界の内側から伝令を送り、武装解除の場所と救護の順番を書いた紙を渡した。

百人隊長は紙を裏返し、帝国語で同じ内容が書かれていることに気づいた。

「誰が訳した」伝令は答えた。

「あなたたちの捕虜になっていた通訳です。今朝、こちらへ戻りました」百人隊長はすぐには頷かなかった。

だが自分の部下の名を記録してもらえると知り、まず重傷者の槍から預けるよう命じた。

降伏は一度の号令では終わらない。

信じられない相手と、少しずつ約束を守る作業だった。

父の形見だという槍を手放せない兵には、魔導軍の若い術者が封印布を巻いた。

「持ち帰るなら、刃を外すのを手伝ってくれ」

兵は黙ってうなずき、二人で槍先を取り外した。

武器を奪うより、再び武器にしない方法を共に選んだ。

ゲイルは砲撃で倒れた兵のもとへ戻った。

衛生兵が包帯を巻いていた若者は、もう腕を動かせないと告げられていた。

「皇帝に、勝てなかった理由をどう伝えるのですか」と若者が尋ねる。

ゲイルはその横に膝をついた。

「お前たちのせいにはしない。私が命令を止めるのが遅かったと伝える」若者は唇をかみ、遠くの砲列を見た。

「だったら、もう撃たせないでください」

ゲイルは頷いた。

自分の命令一つで救えたかもしれない命が、泥の中に残っている。

帝国の敗北を告げるのは、この兵たちに対する最後の責任でもあった。

兵士の一人が武器を置き、続いて隣の者も槍を倒した。

金属の触れ合う音が、太鼓の止んだ平原に広がった。

誰も勝利の歌を歌わなかった。

最初に聞こえたのは、行方不明になった仲間の名を呼ぶ声だった。

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