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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第四十五話 ネクロアは城を捨てる決断をした

国境の要塞が持ちこたえている間に、東方軍が南の街道へ回り込んだ。

帝国軍は城を落とす必要がなかった。

守備隊をそこへ縛り付け、背後の町を奪えばいい。

伝令が届いたとき、評議室は騒然となった。

守備隊長は「城を捨てるなど敗北だ」と訴えた。

撤退命令は出された。

しかし南門へ向かう伝令が戻らない。

偽の停止旗を見た守備隊が、正規の撤退旗まで疑っていたのだ。

ネクロアは自分の印章を渡して確認させたが、その間にも帝国軍の先遣隊が街道へ近づいた。

撤退の準備で最も時間がかかったのは、病院だった。

担架の数が足りず、薬品の箱は重い。

ネクロアは攻撃隊から魔術師を引き抜き、運搬に回した。

若い隊員が「敵に隙を見せます」と抗議すると、彼女は言った。

「隙を作らないために病人を置いていく軍なら、私は率いない」

ネクロアは彼の前に避難民の名簿を置いた。

「この城の石を守るために、誰を置き去りにするの」隊長は答えられなかった。

彼女は全軍に、要塞からの計画撤退を命じた。

兵糧は運び、運べないものは敵が使えないよう封印する。

住民を先に通し、魔術師は最後に退く。

撤退命令を受けた城の鍛冶師は、炉の火を落とす手が震えた。

三代続いた工房だった。

「戻れますか」ネクロアは確約しなかった。

「戻るために戦う」その言葉は慰めとしては足りなかったが、嘘ではなかった。

鍛冶師は炉の鍵を彼女に預けた。

城を捨てる命令が出ると、古参兵は城壁の石を一つ持ち帰ろうとした。

ネクロアは止めなかった。

ただ、その兵が担架を運ぶ列に加わるまで待った。

「石はあとでも拾える」兵は石を置き、負傷者の足元を持ち上げた。

撤退命令を聞いた古参の魔術師は、かつてこの城を守るために弟を失ったと告げた。

「ここを明け渡せば、あいつの死まで無駄になる」ネクロアは返答を急がなかった。

城壁に残された弟の名を見てから言った。

「守るために死んだ人の願いを、石に閉じ込めないで」避難する患者の寝台が通れるよう、狭い門を土魔法で広げる。

兵士が退く間、結界隊は一人も攻撃に加わらなかった。

敵の斥候には敗走に見えた。

しかしネクロアは、次の戦場を自分で選ぶために、守る場所と捨てる場所を切り分けていた。


夕刻、帝国兵が城門に入った。

彼らは勝利を叫んだが、そこに守備隊はいなかった。

倉庫は空で、井戸は清潔なまま、民家には火が放たれていない。

ゲイルは占領報告を聞き、眉をひそめた。

「罠か」ギーグが首を振る。

「罠ではありません。敵は土地より人を選んだのです」

ゲイルは占領した城の塔に上り、遠くの煙を探した。

略奪の煙はなかった。

敵は住民を連れて、整然と撤退していた。

彼は勝利を報告しながらも、心の奥に違和感を覚えた。

ネクロアは失地を恐れていない。

ならば、こちらに土地を取らせることで何を得ようとしているのか。

帝国軍が城を占領した夜、兵士たちは誰もいない広場で勝利の歌を歌った。

だが宿舎には寝具がなく、倉庫には穀物がない。

将校は補給隊を待つしかなかった。

城を取ったという報告と、そこに住めるという現実は別物だった。

避難先の村で、子供たちは空き倉庫を学校代わりに使い始めた。

魔術師が机を運び、老人が読み書きを教える。

戦争のただ中にある小さな教室を見て、ネクロアは胸の奥が温かくなった。

帝国軍が城を占領しても、彼らの暮らしまで奪ったわけではなかった。

撤退する街道では、少年がネクロアに尋ねた。

「僕たち、負けたの?」彼女は歩みを止めた。

「今日は城を失った。でもあなたが明日も生きているなら、取り戻す理由が残る」少年は手にした小さな木馬を握り直した。

夜、ネクロアは参謀たちに帝国軍の進路を示した。

「敵が欲しいのは私たちの首都。ならば、そこへ着くまでに腹を空かせてもらいましょう」

撤退の最後に残ったのは、守備隊長と鍛冶師だった。

鍛冶師は炉の前にしゃがみ込み、三代分の焼印を一つずつ布に包んでいた。

「全部は運べない」と守備隊長が言うと、鍛冶師は首を振った。

「炉は置いていく。誰が作ったかだけは、持っていく」守備隊長は自分の家の鍵を同じ布に入れた。

城門を閉じる役目の見習いは、最後まで鍵を回せなかった。

祖父が彫った紋章が扉に残っている。

ネクロアは彼の手を押さえず、避難者の列が遠ざかるまで待った。

「帰るために閉めるのよ」見習いは涙を拭い、鍵を回した。

病院から運び出した患者二十七人のうち、一人が峠で熱を出した。

隊列を止めれば追撃される。

守備隊長は残ると言い、ネクロアは短く答えた。

「残るのではなく、連れていく」結界隊が峠の入口を封じ、医療班が処置を終えるまで時間を稼いだ。

患者の呼吸が落ち着いたとき、城の方角から帝国軍の勝利の鐘が聞こえた。

「負けたのか」と守備隊長がつぶやいた。

鍛冶師は布包みを抱えたまま言った。

「工房は向こうだ。でも弟子は全員ここにいる」守備隊長は振り返った。

疲れた兵士も、老人も、担架の患者も、生きて坂を下っていた。

彼は初めて、城を守れなかった自分を責める手を止めた。

城の門に残した紙には、井戸の位置と薬品庫の空になった棚の数が書かれていた。

罠ではないと分かるよう、守備隊長の署名も入れた。

ゲイルはその紙を折りたたみ、懐へ入れた。

敵が残した礼節は、勝利の報告書には書きにくかった。

退避する病院の最後の馬車には、熱のある患者と薬箱が積まれた。

車輪が石に挟まり、隊列が止まる。

守備隊長は「荷物を捨てろ」と叫んだが、看護師は薬箱を抱えたまま動かなかった。

「この箱がなければ峠で三人死にます」ネクロアは杖を振り、荷車だけを軽くした。

城壁を守るために温存していた魔力が、ひとつ減った。

帝国軍の斥候が城内へ入ったとき、門に仕掛けられた罠を探して長く足を止めた。

見つかったのは井戸の場所を書いた紙と、空の薬品棚だった。

ゲイルは紙の端に残る守備隊長の署名を見て、「敵は占領後の病人まで想定している」と呟いた。

皇帝の使者は笑った。

「臆病者の置き土産だ」ゲイルは返事をしなかった。

夜、占領した城に帝国の補給車が着くはずだった。

しかし街道の橋は通れず、荷車は川向こうで止まった。

兵たちは空の倉庫を前に、勝利の歌をやめた。

ゲイルは城壁から南の街道を見た。

ここを取るために半日使い、敵はその半日で住民を逃がした。

地図の上の勝利と、目の前の現実が一致しなかった。

ネクロアは城の鍵を机に置いた。

「石を守って、人を失うわけにはいかない」門番は悔しさに唇を噛んだが、避難の最後尾に残ると申し出た。

城を捨てる命令が出ると、門番の老人は鍵を差し出すのを拒んだ。

「ここは私の生まれた町です」ネクロアは鍵を奪わなかった。

「町を守るために、今は人を連れ出して」老人は門を開け、最後の避難民が通ったのを確かめてから鍵を置いた。

峠の避難所で鍛冶師は三代続いた焼印を取り出し、弟子に渡した。

「炉がなくても、これを押すものは作れるか」弟子は折れた荷車の金具を直し、焼印をそっと押した。

鍛冶師は初めて笑った。

守備隊長はその光景を見て、石の城に別れを告げた自分が守ったものの形を知った。

城を明け渡す命令を聞き、若い守備兵が旗を降ろす手を止めた。

敗北のように感じたからだ。

ネクロアは彼に、避難民を運ぶ最後の荷車を指さした。

「あれが通り終えるまで守って」

兵は旗を畳み、門へ走った。

ゲイルは空の穀倉に残った足跡を調べた。

奪われたのではない。

住民が自分たちで運び出していた。

彼は兵に井戸を汚すなと命じ、補給の見通しを一段厳しく書き換えた。

城を去る前、ノインは門の閂を外し、避難する最後の家族を通した。

「ここを守るために残ったのに」と若い兵が言う。

ノインは門の向こうの道を見た。

「守るべきものが、先に出て行ったんだ」

城を捨てると聞いた門番は、古い鍵束をネクロアに差し出した。

「誰が最後に閉めるのですか」

彼女は鍵を受け取らず、門番の手に戻した。

「あなたが帰って来たとき、開けられる人が必要でしょう」

撤退の列が動き始めても、門番は鍵束を離さなかった。

失う城のためではなく、戻る場所がまだあると信じるために。

ゲイルは無人の城で、焼かれていない井戸を見つけた。

勝者なら水を飲める。

だが穀倉は空だった。

東方軍の迂回に成功したはずの帝国軍は、占領した城を養うため、さらに長い補給路を必要とする。

ゲイルは井戸の縁に手を置いた。

「城は取った。だが敵の主力は無傷で退いた」その報告だけは、皇帝へ正直に送った。

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