第四十四話 巨大攻城兵器が魔導王国の城門に迫る
帝国軍の中央方面軍は、六輪の巨大攻城塔を押し出した。
塔の高さは城壁に匹敵し、鉄の鎖でつないだ外板は火球を弾く。
工兵長ギーグは塔の内部に水を循環させ、熱で燃えにくい構造を作っていた。
城門を守る魔術師たちは、その大きさに息を呑んだ。
前日の偽の停止旗で伝令隊の合図が疑われ、城門の守備隊は旗だけでは術式を起動できなくなっていた。
攻城塔の車輪が地面を削る音を聞き、工兵のノインは塔の重さを測り直した。
敵の設計は予想より軽い。
火で焼けば落ちると思っていた足場に、耐熱の金具が追加されていた。
「敵も学んでいる」彼は設計図を伏せ、城門の補強より避難通路の支柱を優先した。
「上から落とせばいい」と若い魔術師が言ったが、敵は屋根に厚い斜板を張っていた。
雷撃を加えても、鉄の導線が地面へ流す。
結界隊長ノインは城壁の上で、攻城塔の前にいる帝国兵を数えた。
盾兵、工兵、弩兵。
攻撃だけでなく、修理のための隊まで配置されている。
「相手は本当に、私たちを研究しています」
攻城塔の設計図を見たノインは、単なる頑丈な兵器ではないと気づいた。
塔の重さを支える車輪の幅、補修板の置き場、上部の雨樋。
どれも魔法を受けることを前提にしている。
「作った人は、戦場を知っている」ネクロアは答えた。
「だから壊すより、進めなくした方がいい」
ギーグは攻城塔の内部に小さな避難階段を設けていた。
将校は「余計な重量だ」と反対したが、彼は譲らなかった。
「塔が燃えたとき、逃げ道がなければ兵器ではなく棺桶だ」その配慮が、後に塔が泥へ沈んだ際、多くの工兵を救うことになる。
巨大攻城塔の上段が城壁と同じ高さに達すると、守備兵は初めてその内部を見た。
歯車、濡れた革、分厚い鉄板。
塔の中心には帝国兵が交代で回す巻き上げ機があり、塔は歩く城のように進んでいた。
城壁の石が砕け、警鐘が鳴る。
若い守備隊長は門の前で踏みとどまろうとしたが、ネクロアは退避を命じた。
「門を守るために人を置かない。人を守るために門を使うの」塔の進路に空の広場を設け、側面の水路を開放する。
工兵たちは塔の重量を計算し、地盤が水を含めば車輪が沈むと予測した。
ただし、そのためには城門の外側の防御線を捨てなければならなかった。
ネクロアは塔を壊そうとせず、城門の外側の土を柔らかくするよう命じた。
氷晶隊が地下水を集め、地術師が土の粒を緩める。
巨塔の前輪が沈み、後輪だけが空転した。
だがギーグは予備の板を敷き、再び前進させた。
攻城塔の中から兵士たちの勝ち誇る声が上がる。
城門を開く命令に、守備隊長は思わずネクロアを見た。
「敵を招き入れるのですか」彼女は門の内側の狭い石畳を指した。
「外では五万が並べる。でもここでは五十人も横に並べない」開いた門は弱点ではなく、敵の人数を無意味にする通路となった。
塔の内部でギーグは車軸の軋みを聞いていた。
彼は一歩進むごとに床板の振動を測り、限界を超えれば即座に停止を命じた。
兵たちは臆病だと囁いたが、彼は知っていた。
大きな兵器は、壊れるとき味方を巻き込む。
撤退する帝国兵は、背後で攻城塔が動かなくなるのを見た。
巨大な兵器は炎で焼かれたのでも、雷で砕かれたのでもない。
泥に沈んでいただけだった。
兵たちは口々に魔術師を罵ったが、ギーグは黙っていた。
彼が最も恐れていたのは、力で壊されることではなく、力を使う場所を奪われることだった。
泥に沈んだ攻城塔の中で、ギーグは退避階段を開放した。
兵が降りきるまで外板を捨てられない。
城壁からは矢が飛んでくる。
彼は自分が設けた狭い階段を最後に下り、車軸の破断音を背中で聞いた。
塔は横倒しにならず、地面へゆっくり沈んだ。
守備兵の誰かが、わざと倒壊を避けたのだ。
ノインは結界の外側に赤い布を掲げた。
そこは負傷者を運び出すための一時的な安全通路だった。
帝国兵が疑って立ち止まると、魔導軍の担架隊が先に負傷した敵兵を運んだ。
ギーグは泥だらけの手で布をつかみ、部下に言った。
「あの布の向こうでは、武器を持つな」
攻城塔の車軸に入った亀裂を見た帝国工兵は、補修を申し出た。
上官は前進を急がせる。
工兵は命令書の余白に危険を書き、署名した。
壊れる前に警告したという証拠だけでも、部下へ残したかった。
だが城門を守れたのは半日だった。
南の街道から伝令が駆け込み、東方軍が城を迂回していると告げる。
ノインは城壁の上から、まだ動かない攻城塔と、その向こうに続く帝国軍の列を見た。
正面の勝利は、背後の敗北を隠すことがある。
城門の見張りは、沈んだ塔のそばに残された工具箱を拾った。
中には歪んだ車輪を直すための金具が整然と並んでいた。
敵の工兵も、壊れたものを直す仕事をしている。
ノインは箱を保管させ、戦が終わったら返すよう命じた。
ギーグは攻城兵器の軸受けを分解し、泥に混じった白い粉を見つけた。
敵の妨害かと思った部下が捕虜を連れてくる。
ギーグは粉を舐めず、水に溶かして布へ垂らした。
石灰だった。
街道の修理に使われた材料が、雨で流れ込んでいたのだ。
「敵を疑う前に、道を疑え」
彼は捕虜を戻させ、兵器の進路を変えた。
進軍が一刻遅れた責任は、自分の署名で引き受けた。
攻城塔の車輪が沈むと、塔の上段では弓兵が壁に飛び移ろうとした。
ノインは結界を城壁の外へ伸ばし、跳躍を阻んだ。
敵を突き落とせば早い。
しかし高所から落ちれば死ぬ。
結界の反動でノインの膝が折れ、隣の術者が肩を貸した。
「敵まで助けるのか」「城門を守るのと、落ちる人を見殺しにするのは別だ」
ギーグは塔の床下で、車輪の片側だけが深く沈む音を聞いた。
均等に沈むなら引き上げられる。
片側だけなら塔が倒れる。
「外板を捨てろ、荷重を抜け!」部下は命令を疑ったが、最初の鎖が外れた瞬間、塔が大きく傾いた。
自分たちの作った兵器に押し潰されかけ、兵はようやく階段へ殺到した。
城壁の鐘が三度鳴った。
敵兵の救助を知らせる合図だった。
魔導軍の担架隊は赤い布を掲げ、塔の下へ走った。
帝国兵は矢をつがえたまま動けない。
ギーグが先に武器を置き、手を上げた。
「負傷者を運ばせてくれ」ノインは頷き、結界に人一人が通れる隙間を開けた。
救助の後、ギーグは塔の車軸を調べた。
泥は浅いが、下の石灰層が水を含んで崩れている。
魔法で地盤を変えられたのだ。
彼は手帳に「塔の弱点は装甲ではなく重量」と記した。
次の設計に役立つ知識だったが、同時にこの戦場で塔を再使用できない証拠でもあった。
ダリオは敵の攻城塔の軸に付いた泥を観察した。
「塔は強い。でも進める道が限られる」彼は城門の防御だけでなく、住民の退避路を先に測量した。
巨大攻城兵器の車輪に亀裂が見つかった。
帝国の工兵長は交換を求めたが、皇帝の使者は進軍を急がせる。
工兵長は自分の名で危険を記録した。
後に車輪が軋んだとき、彼は敵の魔法より先に、自軍の命令を恐れた。
南から届いた報告には、帝国の別働隊が村へ向かうとあった。
守備隊長は「城壁の勝利を祝う暇もないのか」と吐き捨てた。
ネクロアは頷いた。
「ここで勝ったからこそ、敵は別の場所を狙う」城門の外では、敵味方の負傷者が同じ列で水を待っていた。
城を守り切ることと、国を守ることが同じではないと、誰もが知り始めていた。
ギーグは攻城兵器の軸受けを触り、熱を確かめた。
無理に前進させれば車輪が壊れる。
皇帝の使者は速度を求めたが、彼は修理時間を削らなかった。
兵器が壊れれば、下敷きになるのは前線の工兵だった。
ギーグは南の町へ続く石橋の図面を広げた。
橋を落とせば魔導軍の退路は絶てるが、帝国の補給車も通れない。
彼は破壊命令への署名を保留し、代案を探した。
ギーグは攻城兵器の車輪に付いた泥を指で潰した。
「雨が続けば、これ以上前へ出せません」
副官は砲撃の予定を示す。
ギーグは首を振った。
「門を破っても、兵器が帰れなければ次の町を守れない」
彼はゲイルに進路変更を具申した。
巨大攻城兵器の車輪に亀裂が入ったとき、帝国軍の工兵長ギーグは修理を命じた。
部下は「前進が遅れます」と抗議した。
「亀裂を隠せば、城門の前で味方が潰れる」
ギーグは自分の署名を修理記録に残した。
敵城を落とす兵器を守るためではない。
その兵器の下で働く人間を、数字から消さないためだった。
ネクロアは泥のついた地図を広げ、南の町と城の間に指を置いた。
「このまま守れば、私たちは城の英雄になれる。でも町の人は帰る場所を失う」ノインは沈黙した。
城門の上にはまだ魔導王国の旗が立っていた。
ノインは城門の守備隊を半数に減らし、残る兵を町へ向かわせた。
副官が問う。
「門が破られたら」
ノインは城壁の向こうに続く避難路を示した。
「そのときは城を失う。だが、町の人を失うよりはいい」




