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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第四十二話 帝国軍総司令官は魔法の敗戦記録を読んでいた

ゲイルの幕舎には、かつてネクロアに敗れた将軍たちの証言が壁一面に貼られていた。

火炎の一斉射撃、氷結した平原、地形隆起、聖盾の破綻。

彼はそれぞれの隣に、対処法ではなく「発動条件」を書いた。

詠唱時間、視界、隊列、補給、そして指揮官の判断。

ゲイルは将軍たちを集め、敗戦報告を一枚ずつ配った。

火炎を受けた軍の将軍は火力を過大に見積もり、氷結を受けた将軍は地面の変化を恐れていた。

だが共通するのは、最初の想定が外れた瞬間に指揮が止まったことだった。

「驚くなとは言わん。驚いた後に動ける仕組みを作れ」

帝国の工兵長ギーグは、車輪のついた木鉄混成の防護壁を見せた。

外側は耐熱の土を塗り、内部に水槽を仕込み、上には矢避けの庇を張る。

「炎を完全には防げません。ですが兵が走る三十呼吸だけなら」ゲイルは頷いた。

「それでいい。三十呼吸を積み重ねれば距離を奪える」

ゲイルは敗軍の証言を笑わなかった。

証言者の一人は、かつてネクロアを「ただの魔女」と呼んだ将軍だった。

今はその言葉を口にするだけで顔が歪む。

「彼女は火を撃つ前に、こちらが逃げる場所を知っていた」ゲイルはその一文を赤く囲った。

工兵長ギーグの作業場では、火球を模した熱源で防護壁の試験が行われた。

第一号は燃え、第二号は水槽が割れ、第三号は車輪が歪んだ。

四度目の試験で、ようやく壁は三十呼吸を耐えた。

職人たちは歓声を上げたが、ギーグは冷静だった。

「三十一呼吸目には壊れる。兵には必ず限界を伝えろ」

総司令官ゲイルは模擬戦の途中で突然、伝令を全員退出させた。

各部隊長は命令が届かなくなり、互いに異なる方向へ進み始めた。

「これが魔導軍の雷撃を受けた後の我々だ」と彼は言った。

副官は伝令を増やす案を出したが、ゲイルは首を振った。

人間を増やせば混乱も増える。

彼が選んだのは、各隊に三種類の予備命令を渡すことだった。

指揮官が消えたら前進を止める。

旗が見えなくなったら集合地点へ向かう。

隣の隊が崩れても追わない。

軍議で若い貴族が臆病だと嘲った。

ゲイルはその貴族に、魔法の炎で死んだ兵の名簿を渡した。

「勇敢な死者の数を誇るのは、生き残った者だけだ」

一方、ネクロアは捕虜交換に来た帝国の使者から奇妙な質問を受けた。

「あなたの魔術師は、雨の日も同じ速度で術を撃てますか」答えずに帰したが、彼女はその晩、各隊の詠唱速度を天候別に計測させた。

ノインが報告する。

「湿った風では紅蓮隊の火勢が二割落ちます」ネクロアは苦笑した。

「敵は私たちの弱点を、私たち以上に調べている」

ネクロアは帝国の偵察兵を捕らえた部下に、乱暴な尋問を禁じた。

捕虜は怯えながら「散開して進む訓練をしている」と話した。

ネクロアは水を差し出し、帰還の手続きを命じる。

部下が不思議がると答えた。

「相手の強さを知るために、こちらの品位を捨てる必要はない」

帝国軍の伝令訓練では、旗が一枚欠けただけで隣の隊が別方向へ走った。

ゲイルは訓練を止め、同じ命令を三種類の方法で送らせた。

「魔法より先に、誤解で負ける軍など作らん」ギーグはそれを聞いて、戦いの本当の難しさを知った。


その夜、ゲイルは机に一枚だけ残した報告書を読み返した。

そこには、ネクロアが降伏した都市を焼かなかったと記されている。

彼は長く考えた。

敵が破壊を好まないなら、その選択を戦術に織り込める。

しかし同時に、無駄な破壊をしない敵ほど、勝利のために必要な手段を正確に選ぶのではないか。

試験場では、隊列を崩した小隊が信号旗と伝令鳥で同時に移動した。

従来の大規模な一斉詠唱は、敵が固まるほど効果を発揮する。

だが敵が散れば、火力は無駄になる。

ネクロアは参謀たちに言った。

「相手を愚かだと思ってはいけない。今度の敵は、私たちを学んでいる」その夜、帝国軍の第一陣が、通常の軍では考えられないほど広い横幅で進み始めた。

ゲイルは過去の戦場を再現した砂盤を作らせた。

火炎で崩れた盾兵、氷に止められた騎兵、地形操作に敗れた聖騎士。

将校たちはそれぞれの敗因を口にしたが、ゲイルは首を振った。

「問題は魔法の種類ではない。敵は我々に同じ判断をさせない」そこで彼は、兵を小部隊に分けて各自の判断で動かす訓練を命じた。

初日は伝令が混乱し、部隊同士が衝突した。

三日目にはようやく形になる。

魔導王国の斥候は、その変化を見逃さなかった。

リュシアが報告すると、ネクロアは初めて表情を引き締めた。

「学ぶ敵ね。なら、こちらも昨日の戦い方は捨てましょう」

演習の最終日に、ゲイルは工兵長ギーグの防護壁を自ら押した。

重い。

車輪がぬかるみに入ると、四人がかりでも動かない。

「火を防いだ後、これを誰が運ぶ」ギーグは口をつぐんだ。

ゲイルは防護壁の下に脱着式の板を取り付け、泥にはまれば兵が身を隠したまま壁を捨てて離脱できるよう命じた。

守る兵器が逃げる兵を殺してはならない。


その夜、捕虜交換の使者が戻った。

彼が持ち帰ったのは魔導軍の布包みだった。

中には帝国兵の落とした徽章と、負傷者の手当てをした記録が入っていた。

副官は罠を疑ったが、ゲイルは記録の筆跡を確かめる。

「敵は兵を殺さずに勝とうとする。ならば我々が死者を積み上げるほど、兵は何のために戦うのか疑い始める」

皇帝への戦況報告に、その考えは書けなかった。

ゲイルは代わりに「分散隊形は火球に耐えるが、指揮伝達と補給に負担を生む」と記した。

勝利を約束する文言は入れない。

皇帝の朱印を受けた使者が不満げに去った後、副官は尋ねた。

「なぜ勝てるとお書きにならないのです」ゲイルは防護壁の焦げた跡を見つめた。

「敵も次の手を考えているからだ」

ゲイルは魔導軍の敗戦記録に、小さな共通点を見つけた。

敵は毎回、最初に予定した退路を自分で捨てている。

「追い詰められているのではない。守るものに合わせて道を変えている」

副官はそれを弱さだと笑った。

ゲイルは記録を閉じる。

「ならば、その守るものを脅かせば動く。だが、動かした後の彼らは読めない」

彼は住民を盾に使う案を破り捨て、別の包囲図を描き始めた。

ギーグは防護壁の設計図に赤い印を残した。

壁を守るために人を置くのではない。

人が退けるように壁を置く。

彼がその一文を書き足したことを、ゲイルは知らなかった。

二人が同じことを考えていると分かるのは、もっと後のことだった。

ゲイルは過去の戦報に赤い線を引いた。

魔導軍が勝った場所には、必ず住民の退路が残っている。

「あの女はそこを守る」と参謀が言う。

ゲイルは頷いた。

「だからこそ、その道を人質に取る作戦は使わない」勝つために何をしないかを決めることが、彼に残された軍人の矜持だった。

ゲイルは捕虜交換の名簿を読み、そこに死亡と記された兵の名前を見つけた。

帝国の報告では戦死、魔導軍の記録では生存。

確かめると、彼は敵の治療所で脚を治していた。

ゲイルは参謀に命じた。

「以後、敵の情報だからと捨てるな。こちらの都合に合わない事実ほど確認しろ」その言葉を聞いた副官は、皇帝の朱印が押された楽観的な戦況予測を机の奥へしまった。

試験場の最後の演習では、旗を隠した状態で小隊に後退を命じた。

伝令鳥は強風に流され、太鼓は雷鳴に紛れた。

それでも各隊は隣の兵の腕章を目印に、決められた退避点へ集まった。

ゲイルは合格を告げず、地図の端に小さな印をつけた。

そこは退避点のすぐ先にある、村の井戸だった。

「ここで軍が止まれば、村が水を失う」

ゲイルは魔導軍が過去に開けた退路へ赤線を引いた。

「この敵は、勝つために逃げ道を残す」副官が罠だと笑うと、彼は首を振った。

「そこを読まなければ、また負ける」

ゲイルは敗戦記録の欄外に、小さな文字で「敵は退路を残す」と書き込んだ。

参謀は弱点だと笑ったが、彼は首を振った。

「退路を残せるのは、追撃せずに勝つ自信がある者だけだ」次の頁をめくる手が、少し重くなった。

帝国軍の試験場では、ギーグの防護壁が千の火球を受け止める実験に成功していた。

だが熱で水が蒸発し、壁の内側にいた兵が息苦しさを訴える。

ギーグは試験を止めた。

「耐えたのは壁です。中の人間ではない」

ゲイルはその報告を聞き、魔導軍の過去の敗戦記録を開いた。

ネクロアは勝利した戦場でも、避難路を確保できなければ失敗と記している。

ゲイルはそこへ細い線を引いた。

「敵は自分の強さに制限をかけている。その制限を読めば、次の動きが分かる」

参謀は眉をひそめた。

「住民を狙うのですか」

「違う。住民を狙えば敵は全力でこちらを止める。だが避難の合図を真似れば、敵は自分で動きを止めるかもしれない」

夜、帝国の斥候が丘の向こうで小さな旗を一度だけ振った。

魔導軍の見張りがそれに反応し、伝令を走らせる。

ゲイルはその時間を砂時計で測った。

攻撃ではない。

敵の命令が届く速さを測る試験だった。

同じころリュシアは、保管箱の封蝋が切られていることに気づいた。

合図の一覧が一枚なくなっていた。

見習いが震える声で言う。

「昨日は、確かにありました」

リュシアは責めなかった。

ただ、窓の外で夜明けを待つ伝令兵たちを見た。

合図を変えなければ、敵に読まれる。

変えれば、全隊へ伝わる前に味方が混乱する。

「ネクロアに知らせて。今夜のうちに、決めなければならない」

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