第三十七話 聖騎士一万人、武器を捨てる
ガレスはなおも進軍を命じた。
「ここで退けば魔術師が国境を越える」だが食料を運ぶ橋は破壊されずに封鎖され、弩の予備弦も尽きかけていた。
補給の橋が閉ざされた報告を受け、ガレスは塩の街道に集まった騎士を見渡した。
水筒は空に近い。
聖印のついた盾は輝いていたが、その陰で若い兵が立ったまま眠っていた。
ガレスは進軍命令の紙を破り、降伏条件の書面を受け取るようセオンへ命じた。
ネクロアは降伏条件を書いた紙を矢に結び、敵陣へ届けさせた。
武器を置いた者は拘束せず、負傷者は双方の治療所へ運ぶ。
信仰を捨てる必要もない。
「罠だ」と古参騎士が言った。
セオンは答えた。
「ならばなぜ、我らの井戸に毒を入れなかった。なぜ子供のいる村を避けた」返答できる者はいなかった。
セオンは白銀の盾に映る自分の顔を見た。
幼なじみが小さな火を灯しただけで村を追われた日のことを、長く忘れたふりをしていた。
盾を置くとき、その記憶まで捨ててはいけない。
彼は名簿の最初の欄に、帰還先を持たない騎士の名を書いた。
降伏条件には、食事と治療、武器を置いた者への保護が記されていた。
ガレスは「この約束を守れるのか」と使者に尋ねた。
使者は署名した書面を二部差し出した。
「一部はあなたが保管してください。破れば証拠になります」ガレスは初めて、敵の言葉を信じるための形を見た。
古参騎士は降伏に反対した。
「名誉を捨てるのか」セオンは問い返した。
「名誉を守るために、誰の命を使いますか」騎士は口を閉ざした。
後ろには、まだ十代の従騎士が二人立っていた。
ガレスは兵たちを集め、盾を地面へ伏せるよう命じた。
誰もすぐには動かなかった。
最初に盾を置いたのは、包帯を巻いた従騎士だった。
次にその隣、さらに後ろの列。
白銀の光が波のように沈んでいった。
セオンは戦場で初めて、敵が自分たちを殺さずに退路を残していることに気づいた。
火壁は人の列ではなく、補給馬車の前にだけ立っている。
ガレスは剣を抜き、柄をネクロアへ向けた。
「命令したのは私だ。部下の罪まで私が負う」ネクロアは剣を受け取らず、鞘へ戻すよう促した。
「責任を取るなら、生きて彼らを帰してください」
降伏した騎士の中には、命令に従わなかった自分を恥じる者がいた。
ガレスは彼らの前で膝をつき、「生きて帰れと命じるのも私の役目だった」と頭を下げた。
誰も勝利の歌を歌わなかった。
降伏の列の最後尾には、盾を捨てられずにいる老騎士がいた。
ガレスはその前に立ち、自分の剣を地面へ置いた。
「私の命令で戦わせた。今度は私の命令で、生きて帰れ」老騎士は震える腕で盾を伏せた。
銀の音が一つ鳴り、それを合図に後ろの列でも金属が地面へ触れる音が続いた。
ネクロアは勝利を告げる鐘を鳴らさせなかった。
代わりに治療所の入口へ水と薪を運ばせた。
勝者が何をするかを、敗者はよく見ている。
捕虜の食堂でイーヴは、敵だった従騎士へ椀を差し出した。
騎士は受け取らずに聞いた。
「お前たちは、俺たちを憎んでいないのか」イーヴは答えた。
「憎んだことはある。でも今は、冷める前に飲んでほしい」騎士は両手で椀を受け取った。
ガレスは降伏文書の最後の欄に、自分の名だけを書いた。
兵士全員の罪を免じる権限はない。
それでも、自分が出した命令の責任を他人へ渡すつもりはなかった。
セオンは武器を置いた若い騎士に、名前と故郷を尋ねた。
騎士は答える代わりに「父には何と伝わりますか」と聞いた。
「あなたが生きていると伝える」セオンは筆を握り直した。
「それから、なぜ剣を置いたかは、あなた自身が話してください」騎士はしばらく俯き、ようやく故郷の名を告げた。
帰還の列を作るため、セオンは名前の分からない兵を最後尾へ追いやる案を退けた。
まず負傷の重い順に診察し、その後で所属を確かめる。
敵軍の書記が名簿を貸すと、セオンは驚いて顔を上げた。
互いに殺し合った二つの軍の帳簿が、初めて同じ机の上に並んだ。
一万の聖騎士が武器を置いたあと、ガレスは自分の剣だけを腰に残していた。
部下が理由を問うと、彼は答えた。
「この剣で降伏を命じた。責任を持つ者が先に手放してはならない」
ネクロアは彼の前に立ち、剣を抜くよう求めた。
ガレスが緊張して抜くと、彼女は鞘を差し出す。
「もう戦うために抜かなくていい。今度は自分で納めて」
ガレスはゆっくりと剣を収めた。
その音が、降伏の広場で最後の金属音になった。
武器を置いた騎士の一人が、母国で処刑されるのではと震えていた。
セオンはその恐怖を否定しなかった。
ガレスとともに、降伏の経緯を記した証明書を一人ずつ渡すよう提案した。
戦った理由と武器を置いた命令が明記されている。
「これで守れるとは限らない」とセオンが言うと、騎士は紙を胸にしまった。
「それでも、家族に説明できる」
ガレスは降伏の前に、部下の名簿を二つに分けた。
帰還できる者と、家族へ知らせなければならない者。
セオンは後者の紙を受け取り、震える指で名前を写した。
白銀の盾を地面に置く音が続くなか、二人は初めて兵の数ではなく名前を数えた。
降伏の翌朝、セオンは白銀の盾を一枚だけ磨いた。
持ち主は帰らなかった従騎士だった。
名簿には年齢と出身村がある。
彼は盾を故郷へ返す荷に載せ、家族宛ての手紙を添えた。
「あなたの息子は最後まで仲間を守りました」書き終えると、セオンは筆を置いた。
敗北を認めることより、この一行を書く方が難しかった。
夜警の鐘が鳴っても、捕虜の列は静かだった。
セオンは人数を数え直し、未確認者の欄を消さなかった。
ガレスはその隣に座る。
「明日、家族へ知らせよう」セオンは筆を置いた。
「悪い知らせも、ですか」ガレスは頷いた。
「それが私の最初の責任だ」
武器を置いた騎士の列から、一人が立ち上がった。
『俺は昨日、村の薬師を捕らえた。
帰れば裁かれる』。
セオンはその男を隠さず、名簿に証言と拘束の日時を書き込んだ。
ガレスは顔を上げた。
『降伏は罪を消すことではない。
ただ、これ以上の罪を重ねないための命令だ』。
ネクロアは記録を保全するよう指示した。
命を守る約束と、被害者への責任は、どちらか一つでは済まなかった。
ガレスは降伏条件の中に、兵が家族へ生存を知らせる条項を見つけた。
セオンが「敵はそれを認めるのですか」と問う。
ガレスは筆を置いた。
「認めるなら、我々も守らねばならん」
降伏を命じたガレスに、セオンは「大神官に背くことになります」と言った。
ガレスは兵の列を見た。
「命令に従って死なせることと、命令に背いて生かすこと。お前ならどちらを選ぶ」セオンは盾を置き、部下に同じことを命じた。
降伏した騎士たちが盾を積む間、ガレスは兵に食料を分けるよう命じた。
自軍の蓄えは底をついていたが、ネクロア側の補給車も無限ではない。
セオンは負傷者、子供のいる兵、帰郷の遠い兵を順に記し、配給の理由を誰にでも見える場所へ貼った。
『我らの名誉は』と問う古参兵に、ガレスは答えた。
『腹をすかせた者を並ばせたまま、名誉の話はできん』。
武器を捨てた聖騎士の中には、膝をつけないほど足を痛めた者がいた。
ガレスは儀礼の列を解き、担架を先に通した。
降伏を受け入れるかどうかより先に、救える命がそこにあった。
ガレスは帰還者の名簿に、負傷して歩けない兵の移送予定を追記した。
数が合っても帰れない者がいる。
彼は「帰還済み」の印を、本人が門をくぐるまで押させなかった。
ガレスは戦場に取り残された聖騎士の捜索を命じた。
副官が「敵に隙を与えます」と抗議すると、彼は泥だらけの盾を地面に立てた。
「もう進軍はしない。まず、助けを呼べない者を探せ」
その声を聞いた若い騎士が、槍ではなく松明を持って暗い斜面へ下りていった。
武器を置いた聖騎士たちの前で、ガレスは自分の盾を裏返した。
内側には、帰還できなかった兵の名が刻まれている。
副官が「降伏の証として差し出すのですか」と尋ねた。
ガレスは首を振った。
「これは、私が忘れないために持って帰る」ネクロアは盾を取り上げなかった。
代わりに帰還路の地図を渡す。
「この道を通れば、まだ待っている人に会える」ガレスは地図を受け取り、最初の隊列を負傷者と馬のために空けた。
一万人の騎士が武器を捨てた日、最初に動いたのは剣ではなく担架だった。




