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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第三十二話 魔法が消えた国境

石橋の中央で、小さな灯火魔法が突然消えた。

橋の向こうには白銀の盾が壁のように並び、その後ろで聖騎士が一歩も動かず立っている。

橋の幅は荷車二台分しかない。

大軍を並べられない地形だからこそ、敵は盾を重ねて魔法の通り道を塞いでいた。

ネクロアは地図に赤い線を引いた。

「橋を取るのが目的じゃない。ここで私たちを止め、別働隊を回すつもりね」

ミラは手袋を外し、空中に防御の紋を描いた。

いつもなら青い薄膜が広がるはずだった。

だが紋は途中でちぎれ、指先には冷たい空気しか残らなかった。

「魔力そのものがないのではありません」とナディアが地面の霜を調べた。

「こちらの術式が、向こうの盾に触れた瞬間だけ崩れています」

石橋の上で盾が重なると、ミラの灯火は音もなく消えた。

彼女はもう一度唱えず、足元の砂に線を引いた。

盾の外では火花が戻る。

「魔法そのものが失われたわけじゃない」小さな観測結果が、敗北しか見えなかった前線に最初の問いを残した。


夕刻、対岸の森で狼煙が上がった。

ベルクは騎兵を出して迂回路を確かめた。

そこで見つけたのは戦闘部隊ではなく、避難してきた農民の列だった。

敵も民を移している。

その事実が、まだ交渉の余地があることを示していた。

先遣隊は弓矢による威嚇を受け、負傷者を出した。

ネクロアは反撃の一斉射撃を禁じ、盾の射程と配置を測るよう指示する。

強い魔法を試すより、味方を生きて帰すことが先だった。

使節の帰路、セオンは橋の上に倒れた負傷兵を見つけた。

聖騎士側の弩兵だったが、魔導軍の治療係が手当てしていた。

「敵を治すのか」と問うと、治療係は包帯を巻いたまま答えた。

「傷は敵味方を選ばないから」

橋のこちら側には小さな水車小屋があり、粉屋の老人が毎朝粉を挽いていた。

国境の封鎖で麦が届かず、彼は空の袋を見つめていた。

魔導軍の補給係は自軍の麦を少し分けた。

老人は敵も味方も区別せず、「戦うなら橋の外でやってくれ」と言った。

粉屋は川の両岸に暮らす家族の名前を一枚の紙に書いた。

どちらの軍の領土かは関係ない。

「この橋が閉じれば、向こうの娘は小麦を買えない」ベルクは紙を受け取り、兵の通行とは別に食料を運ぶ小舟を手配した。

魔法の通じない橋の前で、人々を救ったのは縄と櫂と、名前を忘れないことだった。

ミラは同じ灯火術を橋の手前、中央、対岸寄りで試した。

手前では青く燃え、中央で揺らぎ、対岸寄りでは消える。

三度の試験で術者を交代しても結果は同じだった。

「術者の力量じゃない」彼女は位置を地図に打ち、消失域の形を浮かび上がらせた。

セオンは盾列の後ろで、負傷した弩兵が「魔術師に治療されるなら死んだ方がいい」と拒むのを聞いた。

だが血が止まらない。

セオンは彼のそばに座った。

「治療を受けるかはお前が決めろ。だが恐怖で決めるな」弩兵はしばらくして頷いた。

ベルクの騎兵が見つけた浅瀬は、荷車を渡せるほど広くなかった。

軍の主力を迂回させる案は消えたが、避難する村人なら通れる。

ベルクはそこへ縄を張り、夜間の目印を置いた。

勝つために見つけた道が、まず人を逃がすために使われた。

敵陣から飛んできた矢には、魔導軍の解散を求める文書が結ばれていた。

リュシアは文面を読み、末尾に署名がないことに気づいた。

「誰の命令か分からない条件は受け取れません」彼女は返書に、交渉者の名と捕虜の安全を明記するよう求めた。

橋の中央に倒れた騎士を救うため、ミラは結界の代わりに長い木板を使った。

術が消える範囲でも木は消えない。

魔導軍の二人と聖騎士の一人が、互いに武器を離して板を支えた。

三人とも相手の顔を見なかったが、息を合わせなければ負傷者は運べなかった。

ネクロアは記録係に命じた。

「消えた魔法だけでなく、消えなかったものも書いて」風向き、川の流れ、縄の張力、木板の重さ。

魔法が通じないなら何もできないという思い込みを、事実で壊すためだった。

夜半、橋の向こうで盾の位置が変わった。

三列が二列になった瞬間、ミラの指先に微かな光が戻る。

彼女は攻撃しなかった。

ただ砂時計を返し、光が続いた時間を測った。

敵の守りには継ぎ目がある。

次の戦いで確かめるべき問いが生まれた。

魔法が消える境界で、イーヴは自分の声が遠くへ届かないことに気づいた。

いつもなら音を運ぶ風術が、ここでは働かない。

彼は小石を三つ並べ、斥候が戻るたびに一つずつ位置を変える合図を考えた。

リュシアは笑わず、同じ石を使ってみせた。

境界の向こうから三つの石が動いたとき、伝令は初めて魔法なしで危険を知らせることができた。

イーヴは小さな成功を記録した。

誰にも褒められないと思っていた仕事が、次の隊を救った。

石橋の両岸に置かれた二つの時計は、同じ時刻を指していなかった。

対岸の鐘は一刻遅れて鳴る。

ミラはそれを利用し、盾列の交代時刻を確かめた。

だが兵士を狙うためではない。

橋の中央に取り残された負傷者を運び出す短い時間を探すためだ。

ベルクが縄を張り、粉屋の老人が板を運ぶ。

橋を守る戦いが、いつの間にか橋を渡る人を守る仕事に変わっていた。


翌朝、粉屋の老人は橋の手前で待っていた。

渡し場を使えば麦が届くと聞いたからだ。

ベルクは兵を二人貸し、荷を小舟へ積み替えた。

老人は「戦争に勝ったのか」と尋ねた。

ベルクは首を振る。

「まだです」老人は袋を抱え直した。

「それでも、孫のパンは焼ける」その言葉を聞いて、ミラは橋の上の消失域を見つめた。

あの場所を取り戻す理由が、一つ増えた。

夜の見張りは灯火を消した。

ミラは魔術灯ではなく油灯を石橋の端に置き、消える境界を確かめた。

対岸の騎士も火打石で松明をつける。

光は盾に奪われなかった。

互いの顔が初めて見えた。

ネクロアはその明かりの中で、交渉のために橋の中央を空けるよう命じた。

魔法を失っても、話すための場所は残せる。

ミラは石橋の中央に目印を置いた。

盾が近づくたび術式の線が短くなる。

「消えているんじゃない。向こうへ引かれている」彼女は観測記録を濡らさないよう胸にしまった。

国境の石橋で、魔法が消えた。

ミラは何度も術式を繰り返そうとしたが、ネクロアが止めた。

「同じ失敗を重ねれば、敵にこちらの限界を教えるだけ」彼女は橋の下の水流を観察し、盾が動くたびに流れの音が変わることを記録した。

橋の上で負傷した弩兵を運ぶとき、ミラは一度だけ杖を上げた。

薄い結界はすぐに消えたが、木板を支える兵の手は消えない。

対岸のセオンが縄を投げ、こちらのベルクが受け取った。

二つの軍の兵が同じ板を引き、負傷者を橋の中央から動かした。

弩兵が息をつくと、誰も歓声を上げなかった。

橋の両端には、まだ矢をつがえた兵が立っていたからだ。

橋を渡る母子の荷車が止まった。

魔法を封じる光の中では、いつもの補助術が使えない。

ダリオは縄と木の楔を持って走った。

「術がなくても動かせる」

その一言が、次の作戦の出発点になった。

使者が白紙を持ち帰る前に、橋の通行記録を求めた。

ネクロアは昨日の通行人数をその場で答えられなかった。


翌朝から、双方の立会人が同じ帳面へ数字を書くことになった。

白紙の保証書を受け取った使者は、帰途の橋で避難する親子を見た。

書類の上ではまだ敵同士だ。

それでも子どもが落とした袋を拾った兵は、どちらの軍の者か確かめなかった。

使者は保証書の余白に、橋を通す人数を書き始めた。

四度目の魔法消失が、イーヴの予測した秒に起きた。

上官は懐中時計を彼へ渡す。

「次は私の時計で測れ」

イーヴは受け取った時計を耳へ近づけた。

規則的な秒針の音は、魔法が消えても止まらない。

「ならば、これを合図にできる」

彼は杖を置き、戦場で初めて役に立つと確信した別の武器を手にした。

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