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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第二十六話 鎧が防げるのは魔法だけ

石灰丘の麓で、ネクロアは攻撃命令を出さなかった。

八千騎の近衛が結界にぶつかり、何度も退いた。

鎧は火球を受け止めるが、馬の息は荒くなり、騎士の腕は疲れていく。

「正面から押し返すだけなら、こちらも消耗します」とミラが言った。

「ええ。だから道を変える」

工兵長イザークは石灰丘の地層を示した。

「この尾根は硬い岩に見えますが、内部に古い水路があります。そこを広げれば、岩盤の一部が沈みます」

ダリオが顔をしかめた。

「崩して騎士を埋めるのか」

「違うわ。人がいない外側を沈めて、馬が走れる幅を狭める」

ネクロアは杖で線を引いた。

「逃げ道を二つ残す。左は撤退用、右は負傷者の搬送用。中央だけを封じる」

術者たちは分散して配置についた。

禁呪隊が地中の空洞を調べ、工務隊が崩落の境界を確認する。

イザークが作った崩落の計算表には、土の重さと水の流れが細かく記されていた。

禁呪隊のセリスはそれを見て、術式の出力を三段階に分けた。

「一度に崩せば予測が難しい。少しずつ沈めて、変化を確認しましょう」二人は互いの専門を尊重した。

魔法だけでも、土木だけでもできない仕事だった。

近衛騎兵の先頭では、レオナルドの馬が何度も首を振った。

王はそれをなだめ、剣を握り直した。

遠くに見える魔術師たちは、自分たちを嘲笑しているようには見えない。

むしろ真剣に、地面を測り、旗を振り、仲間へ合図を送っている。

「あれも軍なのだな」と王は呟いた。

魔法使いの寄せ集めだと思っていた敵が、緻密な規律を持つ軍隊であることを、ようやく認め始めていた。

戦闘後、ネクロアはイザークに地層の記録を残させた。

「次に同じ場所を通る商人が危険な目に遭わないように」イザークは深く頭を下げた。

彼はかつて城壁を守ることが仕事だった。

今は、敵味方を問わず道を守ることが仕事になった。

リュシアは戦果報告の末尾に一行を書き加えた。

『近衛騎兵八千、撃退。

撤退路確保。

住民被害なし』。

ネクロアはその最後の四文字に丸を付けた。

レオナルドは遠方でその動きを見た。

「敵は何をしている」

オルフェンが答える。

「丘の地面を測っています」

「我らを恐れているのではないのか」

「恐れているからこそ、こちらの得意な戦いをさせないのでしょう」

騎士王は唇を噛んだ。

敵が恐怖を知らない怪物なら、勇気で対抗できる。

だがネクロアは恐怖を計算に変えている。

「前進! 結界が薄い場所を抜けろ!」近衛騎兵が中央に集まった。

イザークは安全な退路が開いたことを確かめ、青い光球を上げる。

セリスの術式が丘の外縁へ伝わると、誰も立っていない岩棚が低く沈んだ。

轟音に驚いた馬が立ち止まり、先頭の騎士は手綱を引く。

落石は退避路と反対側へ流れた。

騎士を埋めるためではない。

馬が走れない斜面をつくるためだった。

鎧の弱点を見つけた部隊は、敵を倒すより先に通路を確保した。

転倒した騎士を踏み越えて後続が進めば、死者が増える。

ダリオは退路の杭に白い布を結んだ。

敵の隊長がその布を見て部下を止めたとき、戦場に初めて人の声が戻った。

ネクロアの声が響いた。

「その鎧は立派ね。けれど、馬が通れない場所を通れるようにはしてくれない」

レオナルドは剣を握り締めた。

「我らの誇りを侮辱するか!」

「誇りがあるなら、部下を生かして帰しなさい」

軍務卿は最後の突撃を提案したが、オルフェンが制した。

「陛下、馬の脚が限界です。ここで無理をすれば、敵の魔法より先に我らが倒れます」

レオナルドは周囲を見た。

黒銀の鎧をまとった騎士たちは、誰も剣を捨てていない。

しかしその顔に、勝利を確信する光はなかった。

「後退する」

命令は短かった。

騎士たちは左の道へ移動し、結界隊は追撃しなかった。

騎士が退いたあとも、結界隊はすぐには解散しなかった。

最後の負傷者が通るまで、道の安全を確かめた。

勝利の合図は、そのあとでようやく上がった。

岩場が沈んだあと、魔導軍の工務隊は崩れた斜面をそのままにしなかった。

騎兵の撤退が終わると、通行できるよう土を戻し、危険な場所に杭を打った。

イザークは汗を拭った。

「壊すのは一瞬、直すのは何日もかかる」ネクロアは頷いた。

「だから壊す場所を選ぶのよ」

レオナルドは撤退した騎士から、魔導軍が道を修復していると聞いた。

彼には理解できなかった。

勝った軍が、負けた敵のために道を直す理由が。

オルフェンは言った。

「敵はこの土地を、戦場ではなく人の暮らす場所として見ているのでしょう」王はしばらく答えなかった。

夕暮れの石灰丘には、戦闘の熱がまだ残っていた。

ネクロアは工兵長に、岩の沈下が村の井戸へ影響しないか確かめさせた。

勝利のために地形を変えれば、戦いが終わったあとにも影響が残る。

魔法の力が大きいほど、その責任も長く続く。

「直せるところまでが作戦よ」と彼女は言った。

イザークは頷き、測量班を連れて再び丘へ向かった。

ネクロアは戦場を歩き、騎士が落とした小さな木彫りを拾った。

馬に乗った子供の人形だった。

誰かの息子か娘が、父の帰りを待っているのだろう。

彼女は拾得物の箱にそれを入れ、返還するよう命じた。

軍団長たちは黙って見ていた。

敵を退ける戦術を考えるとき、彼女は敵を数字にしない。

だからこそ、数字では測れない勝ち方を選ぶできるのだ。

鎧が魔法を弾くと知ったリュカは、火力を増やす案を出した。

ダリオは試験場に古い鉄鍋を置き、鍋へ火球を放たせる。

鍋は無傷だったが、下の木箱が焦げた。

「防いだのは鍋だけです」

リュカは初めて鎧の外へ目を向けた。

敵を燃やすのでなく、進めない道を作る。

彼女は炎の壁を地面へ這わせ、敵が避ける方向に土術師を配置した。

強い魔法を使わないための作戦が、そこで生まれた。

日暮れ前、撤退路の脇で騎士が黒銀の胸当てを外していた。

重さのため負傷した馬を支えられなかったのだ。

結界隊の見習いが手を貸すと、騎士は驚いた顔をした。

「敵なのに、なぜ」見習いは馬の傷を指した。

「この子は敵だと知りません」騎士は何も答えず、馬の手綱を握り直した。

オルフェンは崩れた斜面の土を指でつまんだ。

「鎧は魔法を防いだ。だが馬の足場は守れなかった」彼は敗因を敵の卑怯さではなく、地形を見誤った自分たちの判断として記した。

騎士の鎧は魔法を弾いたが、濡れた坂を上る重さまでは消せなかった。

先頭の騎士が滑り、後列が押し寄せる。

ネクロアは追撃を禁じた。

「鎧の弱点を見つけたからといって、人間の弱点まで突いていいわけじゃない」救助路が開かれた。

撤退路に現れた伝令は、泥で汚れた封書を差し出した。

黒銀の鎧は魔力を吸うが、重量が馬の脚に与える負担までは減らせない――鍛冶師の試験結果だった。

レオナルドは文面を読み、封の上に押された日付を確かめた。

出陣前に届いていてもおかしくない日付だ。

「なぜ今になって」伝令は答えられなかった。

王は紙を握りつぶしかけ、思い直して広げた。

「次からは、不利な報告を先に私へ届けよ」その命令を出すのが遅すぎたことを、誰より本人が知っていた。

オルフェンは鎧の耐魔術性能を記した証明書を畳んだ。

数字は間違っていない。

間違っていたのは、その数字だけで勝敗を決められると考えたことだ。

彼は馬具と地形の報告を同じ机へ並べた。

オルフェンは鎧の内側に残った焦げ跡を指でなぞった。

魔法を防いでも、衝撃まで消えるわけではない。

次の装備の試験では、鎧を着た兵の呼吸も測ることにした。

鎧を脱いだレオナルドは、従騎士に革紐の擦れを見せた。

「守れたはずの者を、鎧の重さで遅らせた」

従騎士は返す言葉を失った。

騎士王は鎧を捨てず、次の戦いに持ち込まない理由を記録させた。

魔法耐性の鎧を着た騎兵が、倒れた仲間を引き起こそうとして身動きできなくなった。

鎧は火も氷も弾くが、重さまでは消してくれない。

ダリオは遠目にその様子を見て、鎧の継ぎ目ではなく足元に印をつけた。

「鎧を破る必要はない。立てない場所を作ればいい」

ネクロアは頷いたが、印の外側に退路を一本残させた。

補給幕舎で飼葉の袋を数える音が止んだ。

レオナルドは最後の作戦を命じたが、オルフェンは一つだけ問い返した。

「退くための飼葉は、残されますか」

騎士王は返事をしなかった。

勝つことだけを考えた作戦は、敗れた者が生きて戻る道を初めから消してしまう。

彼は地図の突撃矢印を短く引き直した。

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