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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第二十四話 氷晶隊、平原を凍らせよ

先遣隊の停止旗が後続に届かず、第二陣まで泥に踏み込んだ。

一万騎の敗退は、ヴァルディア本陣に動揺を広げた。

「敵の火力は予想以下です」とベルクは報告した。

「しかし、地面が凍ります。突撃の速度が消えたところへ結界と炎を重ねられました」軍務卿は眉をひそめた。

「夏の平原が凍るなど、誰が信じる」

「信じていただく必要があります。見てきた者がここにおります」

レオナルドは負傷したベルクの腕を見た。

「報告を続けろ」

「敵は退路を残しました。こちらを追撃する余力がなかったのか、意図的なのかは分かりません」

「意図的だろう」とオルフェンが言った。

「死体を増やさず、戦意を折るためだ」

王は地図を見つめた。

「ならば凍らせる前に踏み込む。夜間、別の場所から攻める」


その夜、氷晶隊の陣営ではエルナが術者を集めていた。

昼の戦闘で魔力を使い切った者は休ませ、代わりに工務隊が貯水槽を運び込む。

「水を撒いて凍らせるのでは遅い」と若い術者が言った。

「敵が来る前に、地中へ水を通しておけば」

イザークが図面を広げた。

「地下の浅い層に小さな溝を掘れます。地表は乾いたまま。合図で冷やせば、表面だけが凍る」

「ただし馬が転倒する危険があるわ」とエルナは答えた。

「氷を張るのは進路の正面ではなく、前進をためらわせる帯にする」

ネクロアは議論を聞き、ひとつ条件を加えた。

夜半、敵の斥候が南の丘を越えた。

魔導軍の篝火は少なく、谷の入口は開いているように見えた。

だがエルナは昼の戦闘で疲れた術者を休ませ、工務隊に水槽と測量杭を運ばせていた。

ナディアが問う。

「今夜も凍らせるのですか」エルナは首を振る。

「最初は凍らせない。入ってきた馬が速度を落とせる余地を残す」結界隊は味方の撤退路を先に確認した。

夜襲の騎士たちだけでなく、救護に入る術者も同じ地面を歩くからだ。

「味方の撤退路にも目印を置いて。魔法は敵だけを選んで滑らせてはくれない」エルナの命令で、結界隊は退路の両脇に淡い青光を並べた。

ところが一つだけ灯らない。

見習いナディアが駆け寄ると、印の下で水が流れ、氷が割れ始めていた。

彼女は合図を止める旗を振る。

敵の接近より先に味方の退路を確かめた判断が、夜襲の混乱で生きることになった。

指揮官は迂回を命じた。

迂回先には氷がない。

だが細い溝が何本も走り、馬の速度を上げられない。

そのとき、丘の上に青い光が灯った。

「敵は私たちの足を止めたいだけではない」と指揮官は気づいた。

「進む場所を選ばせている!」

ネクロアは遠くの灯を見ていた。

「第二段階。道を開けて」

氷晶隊が一部の凍結を解除すると、騎兵はその通路へ流れ込んだ。

だが通路の先は広い窪地。

急な斜面があり、重装備の馬では登りにくい。

結界隊が入口を塞ぎ、雷鳴隊が上空に雷光を走らせる。

「武器を捨てて馬を降りなさい。出入口を開けるわ」

ネクロアの声が拡声魔法で響いた。

指揮官は抵抗を命じかけ、部下の馬が荒い息を吐いているのを見た。

ここで戦えば、騎士だけでなく馬も倒れる。

「降伏する。負傷者を先に出してくれ」

「約束するわ」

夜明けまでに二万騎の大半が武装を解除した。

逃れた部隊もいたが、王の予定した夜襲は完全に失敗した。

氷晶隊の最年少の術師が、凍結線の先に小さな足跡を見つけた。

逃げ遅れた羊飼いの子供がいる。

エルナは攻撃の完成を一呼吸遅らせ、足跡の周りだけ氷を解いた。

敵騎兵が迫る。

少年が結界の内側へ飛び込んだ直後、凍結線が閉じた。

誰にも気づかれない遅延が、一つの命を救った。

夜襲に参加した騎士たちは、霧の中で味方の位置を見失った。

角笛を吹けば敵に気づかれる。

吹かなければ隣の隊がどこにいるか分からない。

指揮官は歯を食いしばり、短い笛を三度鳴らした。

返答は二方向から届いたが、どちらも予定の位置ではなかった。

敵の魔法に直接攻撃される前から、軍は統制を失い始めていた。

氷晶隊では、一人の術者が詠唱を間違え、退避路の端を凍らせてしまった。

エルナはすぐに別班へ解除を命じた。

遅れはわずか数十秒。

それでもその間に味方の工務隊が動けなくなった。

ネクロアは戦闘後、全員を集めて言った。

「成功した部分だけ報告しては駄目。危険だった部分こそ記録して」ナディアは自分の手帳に、間違えた術式を大きく書き込んだ。

朝になり、捕虜になった騎士が温かいスープを受け取った。

「毒ではないだろうな」と疑う声に、配給係は自分で一口飲んで見せた。

騎士は恥ずかしそうに礼を言った。

昨日まで敵を殺すために剣を振っていた者が、今日は同じ鍋から食事を取る。

戦争の奇妙さを、彼らは言葉にできなかった。

ネクロアはその列を見て、エルナに言った。

「私たちが氷を溶かせるのは、魔法を知っているから。人の恨みは、同じようには溶かせない」エルナは頷いた。

「だから、できるだけ増やさないのですね」

朝の捕虜名簿には、故郷の村を答えられない騎士がいた。

頭を打ったらしい。

治療係は無理に問い詰めず、鎧の紋章と部隊番号を記録した。

後日、仲間の証言から名前が判明すると、騎士は涙を流して礼を言った。

エルナはその報告を読んだ。

氷の魔法で敵の進軍を止めたあとにも、こんな仕事が残る。

戦いを終わらせるとは、単に相手の剣を落とすことではないのだ。

氷晶隊が平原を凍らせたとき、敵の騎兵だけでなく味方の伝令も滑った。

ナディアは凍結を広げる杖を止める。

命令では平原の端まで凍らせるはずだった。

彼女は氷に一本だけ粗い帯を残し、伝令が通れる道に変えた。

そこを見つけたベルクは、追撃を命じる代わりに負傷した騎兵を通した。

両軍の誰もが、その細い帯が敵の術師の判断で残されたとは知らなかった。

ヴァルディアの伝令は夜明けに王都へ向かった。

敗報を持ち帰るのは重い仕事だ。

だが事実を隠せば、次の部隊も同じ罠に入る。

伝令は馬を休ませるたびに報告書を確かめた。

『夜襲失敗。

敵は平原を凍結し、進路を制御する』。

短い文章の背後に、数千の騎士が味わった恐怖があった。

角笛を吹けば魔導軍に気づかれる。

吹かなければ仲間の馬が前列へ突っ込む。

若い副官は迷った末、角笛を短く二度鳴らした。

音を頼りに騎士が集まったとき、結界隊の明かりが退避路を示していた。

「武器を下ろして、こちらへ」副官は罠を疑ったが、脚を傷めた馬が一頭、すでにそこへ運ばれているのを見た。

彼は剣を鞘へ戻し、部下を先に通した。

ナディアが右側の氷を解いた瞬間、敵騎兵の列に細い土の道が現れた。

落馬した旗手を踏まずに抜けられる幅だ。

だが後方から来る騎兵は、先頭で何が起きたか知らない。

「このままでは押しつぶされる!」見習いが叫ぶ。

「氷を増やさないで」

ナディアは地面の起伏を読み、左手で低い土手を作った。

馬群は土手に沿って向きを変える。

そこへ敵の副官が角笛を二度鳴らした。

初めて敵味方の合図が噛み合い、騎兵は一列ずつ速度を落とした。

最後尾に残った一騎が、道の端で立ち往生した。

馬の脚が氷に挟まれている。

ナディアは杖を構えたが、魔力がもう足りない。

隣の見習いが自分の手袋を脱いだ。

「隊長、僕の魔力を使ってください」

二人で術式を支える間、ベルクが馬を降りて氷を割った。

馬が立ち上がると、ベルクはナディアに向かって剣を地面へ置いた。

「なぜ助けた」

彼女は震える指を握りしめる。

「凍らせるのは、あなたたちを止めるためです。殺すためじゃない」

夜明け、王都へ向かう敗報には、敗走した騎兵の数とともに、こう記された。

『敵は退路を開き、負傷馬を救助した』。

王はその一行を信じなかった。

だが報告書を書いたベルクの腕には、氷を割った傷が残っていた。

ベルクは報告書を閉じ、救われた馬の脚を自分で確かめた。

蹄鉄を外すと、氷で傷んだ部分が赤く腫れている。

「次は同じ場所を走らせない」

彼が残したのは美談ではなく、次の突撃を止めるための具体的な地形図だった。

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