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大魔術師ネクロア ~魔導軍団を率いる最強の魔女が大陸を震撼させる~  作者: レモンティー


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第二十二話 魔術師は騎兵の突撃に弱いという常識

ヴァルディア軍の先遣隊は、夜明け前に平原へ入った。

軽騎兵の隊長ベルクは、地面に膝をついて草を引き抜いた。

乾いた土。

馬の脚が沈む泥はない。

遠くには緩い丘が二つ、中央に浅い谷がある。

「絶好の突撃地形だ」

斥候が頷く。

「魔導軍は谷の西に布陣しています。前面に槍兵はいません」

「槍も盾もない軍隊か。魔術師らしい」

しかしベルクは嘲笑しなかった。

城塞陥落の報告は彼も読んでいた。

魔法が強力なのは事実だ。

だからこそ、一度に押し寄せず、三方向から波状に攻める。

王の軍議では、大きな革地図に赤い線が引かれた。

「第一波は軽騎兵。魔法を撃たせて間合いを測る。第二波の重騎兵が突撃し、第三波の近衛が本陣を破る」

軍務卿の説明に、諸侯が賛同した。

オルフェンは別の問いを投げた。

「第一波が逃げるとき、第二波の進路を塞ぎませんか」

「逃げなければよい」

「馬は命令だけで動くものではありません。炎と雷を前にすれば恐怖する」

レオナルドは地図に指を置いた。

「ならば左右に退避路を確保する。第一波には決して中央へ戻らせるな」

敵も考えている。

その事実を、ネクロアは斥候の報告から読み取った。

魔導軍の見習いは騎兵の突撃音を聞いて杖を落とした。

先輩は叱らず、地面へ小石を置いた。

「ここからあの杭まで、馬は何秒で来る?」少年が数え始めると、恐怖は時間に変わった。

逃げ道を決めるには、それで十分だった。

演習の初回、氷晶隊は敵役の騎兵を止めた。

ところが、逃げ場を失った騎兵役が味方の結界隊へ雪崩れ込み、三人が転倒した。

勝利の鐘が鳴っても、ネクロアは祝わなかった。

「止めるだけでは、押し潰される人が出る」彼女は白線を二本引かせた。

一方は敵の減速路、もう一方は救護と退避のための道。

エルナが首をかしげる。

「逃がしていいのですか」ネクロアは答えた。

「逃げ道を作ることと、突撃を許すことは違う」次の演習で騎兵役は退避路へ流れ、結界隊は一人も倒れなかった。

氷晶隊ではエルナが新しい訓練を始めていた。

平原に張った水の薄膜を、合図から三呼吸で凍らせる。

早すぎれば敵が避ける。

遅ければ味方の結界にぶつかる。

一度目は失敗した。

氷が広がる前に模擬騎兵が走り抜けた。

「もう一度」とエルナが言う。

二度目は術者ごとに凍結の厚みが違い、氷の縁に隙間ができた。

ネクロアはそれを見て、地面を杖で叩いた。

「全部を同じ厚さにしなくていい。馬が踏み込む場所だけ、滑らかにすれば十分」

術者たちの顔が上がった。

魔力を節約できれば、次の攻撃に備えられる。

工兵長イザークは夜のうちに測量杭を打ち、風向きと地表の傾斜を記録した。

グランベルクで城壁の弱点を探した男は、今度は平原の弱点を探している。

「城より厄介です」と彼は呟いた。

「動く敵は、設計図どおりに来ません」

「だから観測するのよ」とリュシアが答えた。

「予定と違ったら、予定を捨てるために」

前夜、若い氷晶隊員ナディアは家族への手紙を書いた。

『明日は十万騎と戦います。

でも私たちには、千人で一つの呪文を作る仲間がいます』。

書き終えても、指の震えは止まらなかった。


翌朝、地平線に土煙が上がった。

太陽が昇るにつれて、その帯は黒い壁のように厚くなる。

訓練の終わり、ネクロアは魔術師たちに敵の立場を演じさせた。

騎兵役は旗を持って走り、氷晶隊はそれを止める。

何度も試すうちに、氷を広げるより、進路を狭めるほうが効果的だと分かった。

「敵が賢ければ、同じ罠には二度かからない」とネクロアは言う。

「だから一度目の戦いで、相手がどう学ぶかまで見なさい」

夕方、ベルクの斥候が戻った。

魔導軍の陣地に大きな火球の痕跡はない。

代わりに地面へ打たれた杭と、妙な溝がある。

彼は報告書に『工事をしている』と書いた。

軍務卿はそれを読んで笑った。

「魔術師が土木工事とは」ベルクは笑わなかった。

敵が何のために地面を測るのか、それが分からなかったからだ。

夕食後、リュシアは伝令の経路を確認した。

戦闘が始まれば、声は蹄の音にかき消される。

旗は土煙に隠れる。

そこで各隊は色の違う光球を使い、同じ内容を二つの経路で送ることにした。

ネクロアは「合図が見えなければ攻撃しない」と命じた。

慎重すぎると不満を漏らす者もいたが、誤った一斉魔法は敵より先に味方を傷つける。

大きな力には、大きな確認が必要だった。

ネクロアは作戦図の端に小さな円を描いた。

そこは敵味方の負傷者を収容する場所だった。

「勝敗が決まるまで空けておくのですか」とリュシアが聞く。

「いいえ。戦いが始まる前から必要な場所よ」戦闘の計画を立てるとき、負傷者のことを考える将軍は多くない。

だがネクロアは、敵がどんな手を使っても、この円だけは守ると決めていた。

エルナは風向きを測る布を高く掲げた。

布が一度だけ逆へ翻る。

「この霧は戻ってくる」彼女は先頭の術師を後退させ、風が変わるまで攻撃を見送った。

騎兵の突撃を予測したリュシアは、平原の中央にわざと広い隙間を作った。

だが偵察に出たベルクは、隙間の両端に同じ高さの測量杭が並ぶのを見つける。

「敵が忘れた道ではない。通らせたい道だ」

彼は騎士王へ警告したが、前線の若い将軍は臆病だと笑った。

ベルクは笑い返さず、杭の間隔を紙に写した。


翌朝、その間隔と同じ幅の騎兵隊が命令を受けた。

「魔術師は騎兵に弱い」と教本にある。

若い騎士はその一節を指でなぞった。

だが斥候が持ち帰ったのは、戦場の土質を測る魔術師たちの報告だった。

彼らは騎士ではなく馬の足元を見ている。

若い騎士は初めて教本の余白に疑問符を書いた。

軍営の炊事場では、補給係が頭を抱えていた。

敵が十万騎なら、こちらも長期戦になる。

魔術師が魔力を使い切れば、火を起こすのにも時間がかかる。

食糧を運ぶ馬車は足りるか、負傷者の寝床は足りるか。

リュシアは数字を一つずつ確認し、予備の水樽を前線から離れた丘に置かせた。

「敵がこちらの補給を狙う可能性もあります」ネクロアは頷いた。

勝利の魔法は、兵士の腹が空いていては発動できない。

一方、騎士王の陣営では若い従騎士が父から譲られた槍を磨いていた。

彼は魔術師を一度も見たことがない。

「本当に空から火が降るのですか」と尋ねると、古参兵は「分からん」と答えた。

分からない敵を恐れるのは当然だ。

だが、その恐れを笑い飛ばして突撃するのもまた危険だった。

エルナは風向きの印を逆に描き直した。

計画を変えれば準備した魔力の一部は無駄になる。

それでも彼女は隊員に理由を説明した。

勝利のために味方を危険へ押し込む計算だけは、採用しなかった。

エルナは風向きが変わるたび、地面に白い粉を落として流れを確かめた。

霧の術式は強くできても、風は命令を聞かない。

退路の旗は風下ではなく高台へ移された。

エルナは東風を確かめるため、細い布を杭に結んだ。

布が逆向きに揺れるたび、伝令役の少年が合図をやり直す。

「霧は敵だけを隠すわけじゃない」と彼女は言った。

ネクロアは攻撃開始を急がず、布の向きが安定するまで待った。

敵の斥候が持ち帰ったのは、魔導軍の火力表ではなく、平原に打たれた小さな赤い杭の位置だった。

「あの杭を越えると馬が足を取られます」

将軍は報告を退けかけたが、偵察馬の蹄に付いた白い霜を見て口を閉じた。

真夏の夜、平原の戦い方が変わろうとしていた。

レオナルドは平原に置かれた目印の石を見つけ、部下に拾わせた。

石には魔法陣ではなく、雨水が溜まった高さの線が刻まれていた。

「敵は我々の馬より、地面を見ている」

騎士王は石を握りしめた。

突撃の速度を誇る軍にとって、立ち止まって泥の深さを測る命令ほど屈辱的なものはなかった。

だが彼は初めて、その命令を出した。

見張りが赤い杭を抜きかけると、土の底から白い冷気が噴き出した。

指先の感覚が失われる。

彼は杭を戻し、片手を外套へ押し込んだ。

ベルクが駆け寄ると、見張りは震える唇で言った。

「あれは氷じゃない。地面の下に、まだ何かある」


翌朝の突撃路には、赤い杭が一本だけ傾いていた。

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