第十九話 魔導軍団は四千人を超えた
グランベルクの降伏から五日後、東街道の広場には新しい募集掲示が立てられた。
『魔導軍団への参加は本人の自由意思による。
出身国、身分、性別を問わない。
未成年者の戦闘参加は禁止する』。
集まった人々は、これまで見たことのない文面を何度も読み返した。
王国では魔術師の徴用が当然だった。
だがネクロアは、力を持つ者を縛って集めることを拒んだ。
登録簿の最後の頁に、四千人目の署名が入った。
リュシアは数字を二度数え、ネクロアに報告した。
攻城戦の一時応援を数えたのではない。
規則を読み、自分の意思で残ると決めた人々だけの人数だ。
広場では歓声が上がったが、ネクロアは名簿の端に小さく書き込んだ。
『食糧、寝床、教官、治療係を再計算』。
人が増えたということは、守る約束が増えたという意味だった。
増えたのは数だけではなかった。
旧王国軍から来た結界術者、グランベルクの工兵、遠い村から歩いてきた治療術師。
魔法の系統も経験もばらばらだ。
ネクロアは名簿の職種欄に目を通し、紅蓮隊への一括配属を取り消した。
「得意なことを聞く前に、全員を火力として数えないで」リュシアは配属表を書き直した。
新兵の中には、生まれて初めて自分の希望を尋ねられた者もいた。
新しく加わった術師の一人は、以前の軍の制服を脱げずにいた。
仲間を裏切ったように思えたからだ。
リュシアは新しい外套を押しつけず、袖に小さな識別布だけを縫いつけた。
「昨日の自分を捨てなくても、今日の命令は守れる」術師はようやく肩の力を抜いた。
訓練の最後に、ネクロアは新兵たちへ同じ質問をした。
「あなたたちが守りたいものは何?」ある者は故郷の村と答え、ある者は研究を続ける自由と答えた。
前の戦争で家族を失った者は、しばらく黙ってから「もう誰にも同じ思いをさせたくない」と言った。
ネクロアはすべての答えを聞き、ひとつだけ約束した。
「その理由を忘れそうになったら、私に言いなさい」
次に行われたのは交代訓練だった。
三十人ずつの班が、疲労の度合いを申告して交代する。
魔力を使い切った術者は視野が狭くなり、詠唱を間違えやすい。
リュシアはわざと合図の旗を一本隠し、伝令が遅れた場合を試した。
班長たちは自分の判断で防御を優先し、攻撃を中止した。
ネクロアはそれを高く評価した。
「命令が届かないとき、無理に前へ出ないことも勇気よ」
城塞の工兵たちは、術者用の携帯魔法陣を改良していた。
イザークが考案した折りたたみ式の支柱は、斜面でも結界を安定させられる。
禁呪隊のセリスは設計図を見て目を輝かせた。
「これなら地下の術式を扱うときも安全です」軍の成長は、新しい魔法を覚えることだけではない。
道具、補給、記録、そして異なる技術を持つ人々の協力が力になる。
ある夜、古参の術者が新兵の採用に反対した。
「昨日まで敵だった者を同じ列に立たせるのか」ネクロアはその不安を退けなかった。
「不安があるなら、どこで何が起きるか具体的に挙げて。対策を作る」リュシアは混成班の訓練を提案し、最初の一か月は重要な指揮系統に新兵を単独配置しないことを決めた。
信頼は命令で生まれない。
共に仕事をし、約束を守ることで積み上がる。
城塞の広場には、魔法学校の仮教室も開かれた。
軍に入らない子供や職人が、灯火や水の浄化など生活に役立つ魔法を学ぶ。
ある少女が小さな光球を作ると、周囲から拍手が起きた。
「この子も将来、軍に?」と商人が尋ねる。
ネクロアは首を振った。
「選ぶのは本人よ。魔法は戦争のためだけにあるわけじゃない」
新しい工務隊の最初の仕事は、派手な魔法陣ではなく、雨で崩れた街道の補修だった。
石を固め、水の流れを変え、荷車が通れる幅を確保する。
通りかかった農夫は「魔術師が道を直すとは」と笑った。
隊長は泥のついた手で答えた。
「戦うよりずっと難しいこともあります」その日の夕方、村から届く野菜の量が少し増えた。
新兵の検査場で、魔力を持たない靴職人が入隊を断られた。
彼は抗議せず、破れた軍靴を一足借りた。
翌朝、雨で滑る橋の手前に、革片を縫いつけた靴を並べる。
「この底なら、薬箱を持って走れます」
試した伝令は転ばなかった。
リュシアは入隊基準の「魔力量」の欄を消さず、その横に「必要な技能」を増やした。
靴職人はその欄に自分の名前を書き、初めて軍の一員になった。
月末、リュシアが新しい軍団編成表を持ってきた。
火炎、氷結、雷撃、結界、禁呪に加え、測量と修復を専門とする工務隊が正式に設けられた。
ネクロアは名簿を読み、戦死者の名前が消されずに残っていることを確かめた。
名簿には、亡くなった者の家族へ送る支援金の欄もある。
「増えた人数だけを見る軍にはしないで」リュシアは頷いた。
夕暮れ、東街道を荷車が途切れなく通った。
開いた門のそばでは、元守備兵と魔導軍の術者が並んで道案内をしている。
ネクロアは城壁からその様子を見下ろした。
昨日まで敵だった者が、今日は同じ道を守っている。
彼女は満足そうに息をついた。
しかし遠くの国々では、魔導軍団が増え続けているという報告が、新たな恐怖として受け止められていた。
新兵の食堂で、昨日まで敵だった者同士が同じ鍋を囲んだ。
城塞の守備兵が紅蓮隊の若者に言う。
「お前の火球で、うちの壁は三日も熱かった」「こっちは、その壁のせいで三日眠れなかった」
笑いが起きたが、向かいの席に座る青年だけは笑わなかった。
彼の兄は城壁で死んだ。
工務隊に採用された靴職人が、青年の前へ新しい靴を置いた。
「足に合わなければ直す」
青年は返事をしなかった。
靴職人は何も求めず、隣の卓へ移った。
和解は号令で始まらない。
今日同じ部屋にいられるかどうか、その小さなところから始まる。
翌朝、橋の石材を積んだ荷車が傾いた。
車輪の下には子供が一人いる。
新兵が杖を掲げたが、靴職人が止めた。
「急に持ち上げるな。軸が落ちる」彼は楔を打ち、術師が荷重をわずかに軽くした。
子供が這い出すと、青年は初めて靴職人に頭を下げた。
その知らせを受けたネクロアは、入隊基準の『魔力量』の横に新しく書かれた『必要な技能』という欄を見た。
数を増やしただけでは軍は強くならない。
戦場で誰かが「待て」と言ったとき、止まれる者がいる。
それが、この軍団の新しい強さだった。




