第5歯 正しさの不確実性
「自分たちは平和維持軍っす!」
浦島は自信たっぷりに立てた親指で、自身を指した。
窓が鳴る。
「平和……維持軍……?」
蛍の声が掠れた。
部屋が静まり返り、チェンが視線を逸らす。
「どこの国にもつかない。それがうちっす」
浦島の自信に満ちた表情に、蛍は記憶を隅々まで掘り返す。
秒針の音だけが、部屋に残った。
「…そんな軍隊、聞いたことがないわ」
浦島の表情が凍りつく。
蛍は目を彷徨わせたが、チェンは意地悪い顔を浦島に向けた。
「国際会議にも呼ばれんからな」
チェンが冷静に補足すると、浦島はぷうっと膨れっ面になった。
「創設中だって、立派に平和を守ってるっす!」
食い下がる浦島に、サラが眉根を寄せる。
「……主な任務は害虫駆除」
サラがため息といっしょに吐き出すと、浦島は地団駄を踏んだ。
「んだーッ!拾われたくせに!」
サラが立つ。
空気が、音を失う。
その迫力に浦島のかかとが、床を鳴らした。
「サラ」
入鹿が微笑みかけると、サラは感情をしまいこみ、いそいそと椅子に座り直した。
「おやおや。噛みついたりしませんよ」
蛍がサラから目を外せないでいると、入鹿はクスクスと笑った。
「自己紹介がまだでしたね。彼はサラ。僕は久遠入鹿と申します」
サラはぺこりとお辞儀をしたが、すぐに突っ伏して、言葉を発さない。
「あなたも……平和維持軍……?」
蛍は混乱した。
サラは蛍と同じくらいの年にしか見えない。
「サラくんはまだ、学生っすよ。が、く、せ、い」
浦島はムスッとしながら、いじわるく言った。
サラはちっとも反応しない。
サラのわずかな変化を察して、入鹿が表情を曇らせた。
「サラ?もしかして、まだ具合が悪いですか?」
サラの肩がビクッと震える。しばらくして、のそのそと体を起こした。
「……大丈夫」
サラは露骨に迷惑そうな表情を浮かべ、気遣う入鹿の手を払いのけた。
飼い猫に拒絶されたように、入鹿は嬉しげな顔で途方に暮れる。
「何が大丈夫なものか」
チェンはそう言うと、サラのシャツをバッと捲し上げた。
空気が凍りつく。
「何よ…これ…」
蛍が息を呑む。
ミミズが皮膚を這い回ったかのような、鮮烈な黒い痕――。
サラの視線がチェンを刺す。
「やめて」
サラはシャツの裾を乱暴に引き下げた。
「転けたんすか?」
浦島が恐る恐る近づき、サラの背中を指でつついた瞬間――
サラの背にビリッと鮮烈な痛みが走る。
サラはまるで蛇に出くわした猫のように身を跳ね上げ、反射的に浦島の手首を掴むと、あらぬ方向に捻り上げた。
「い、いでででで!折れる、折れるっす!ごめ……もうしない!もうしないっすから!」
空気が張り詰める。
一瞬、入鹿から笑顔が消える。
サラは浦島から手を放し、のそのそとベッドの端に座ると腕を組み、顎を乗せた。
「わおん……」
浦島が、叱られた子犬のように目を潤ませ、赤くなった手首をそっと撫でる。
「中で暴れたな。自業自得だ」
チェンがボソッと呟く。
浦島は血相を変えた。
「……禁忌の代償っすか」
サラは黙り込んだまま、背中で浦島を拒絶する。
「そんな魔法、どこで覚えたんすかね?」
浦島はぼやいて、その背中に冷ややかな視線を送った。
「魔法……?」
蛍の全身から汗が噴き出す。
「あなたたち、魔法使いなの?!」
「いかにも」
チェンはカルテにさらさらと記録を書き込みながら、顔も上げずに淡々とうなずいた。
その平然とした態度に、蛍の胃がきしんだ。
「あり得ないわ」
蛍は吐き捨てた。
「魔法は世界の均衡を壊す。人じゃないのよ」
蛍が声を絞り出す。浦島がプッと吹き出した。
「魔法使いが均衡を?誰がそんなこと言ったんすか」
浦島が雪崩れ込むように笑う。
蛍は奥歯を噛み締めて、浦島を睨みつけた。
「王家は民を危険に晒すことはできない。これ以上、話すつもりはないわ」
布団を剥ごうとした蛍の手に、イルカが手を重ねる。
彼ははすっと口元に人差し指を立てた。
「この子は、その世界しか知りません」
「違う。あなた達が世界を知らない――」
目が熱くなる。
胃が裏返る。
天井が、遠ざかる。




