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第6歯 自分を救えるのは自分だけ

「あなたは魔法を見たことがありますか?」

 蛍は言葉に詰まった。

 

 被り物の少年が窓ガラスを破壊する光景――

 

 蛍が目にした魔法は、破壊による救済だった。


 その記憶から逃げるように、入鹿から視線を逸らす。

 サラが肩で息をしていた。

「黒魔法も、魔法の一種です」

 体が軽くなる感覚と痛々しい痕を思い出し、蛍は顔をしかめた。

 信じてきたものが、音を立てて崩れていく。

 頭が締め付けられる。

「魔法は心。つまり、心さえあれば、誰にでも使える可能性があります」

 蛍はついに考えるのを止めた。

「君が、人でもね」

 チェンの皮肉は、脳を素通りした。

 薄れゆく輪郭に、警鐘のような鼓動が響く。

 蛍は唯一、耳に残った言葉を反芻した。

「誰でも……」

 乾いた呟きを誰も否定しない。

 ベッドが軋む。

 蛍の喉に熱いものが込み上げた。

「嘘よ!私、魔法なんか使えない!」

 蛍が声を荒げる。

 純白の壁が、音を吸い込む。

 サラは冷めた目を蛍に向けた。

「…なによ?」

 サラは何も言わない。

 代わりに、イルカがポンッと手を打つ。

 入鹿が微笑む。

 蛍は反射的にぎこちない笑いを返した。

「誰かが笑えば、また誰かが笑う。それが魔法です」

 雨が窓を打つ。

 拍手にも非難にも似た、強い音。

「これが……魔法?」

 蛍の唇が震えた。

「ただの挨拶じゃない!」

 入鹿は呼吸ひとつ乱さない。

「ええ、ありふれた挨拶です。その“ありふれたこと”が、実は魔法であり、魔法はありふれた出来事なのです」

 蛍が布団を握り、シーツに皺が寄る。

「……何を、信じてきたの?」

 蛍が絞り出した声は、どこにも届かない。

 浦島は頭を掻き、目を逸らす。

 チェンは静かに目を伏せる。

「……本物」

 サラが、ムクッと起き上がる。

 彼は気だるそうにふうっと息を吐くと、パンッと両手を合わせた。

「魔法」

 サラが手を開く。

 そこには饅頭がひとつあった。

「 一体、どこから……」

 サラがパチンと指を弾く。

 バチバチと激しい音がして、電流が走る。

 蛍が仰け反る。

 焦げる臭いが鼻をつく。


 饅頭は一瞬で黒炭になった。


「要は使いよう」

 サラが手を握ると、饅頭は消えた。

 焦げた臭いだけが残った。

 蛍の心臓はまだ跳ねている。

 チェンはやれやれとため息を吐いた。

「サラ君のは、魔法だか手品だかわからん」

 チェンは目に力を込め、サラの手元をじっと見つめた。

「どっちでもいい」

 サラは「でしょう?」とでも言うように、首を傾げる。

「……なんかムカつくっす」

 浦島は眉根を寄せ、サラに目を細くした。

 サラが三つ編みを揺らし、パチンと指を鳴らす。

「手品」

 蛍のポケットが、不自然に重い。

 手を入れると、そこには饅頭がひとつ入っていた。

「え? ええ?」

 蛍は言葉も忘れて、饅頭に見入った。

 サラは三つ編みを小さく揺らすと、再び突っ伏してしまった。

「魔法は心です。善悪で割り切れません」

 ふいに、水の中にいるように、入鹿の声がこもって聞こえる。

「魔法があれば…お兄様を止められた…」


 肉の下で骨が砕ける音。


 色を失った瞳。


 記憶の断片に、蛍の頬を汗が伝い落ちる。


「…なぜ、助けてくれなかったの?」

 蛍がすがるように、入鹿に手を伸ばす。

「平和維持軍なんでしょう?!」

 サラが蛍の細い腕を反射的に掴み上げる。

 ガクッと体が後ろに傾いて、それでも蛍は前のめりになる。

「離しなさい!」

 浦島が止めようとするのを、チェンが手に持ったカルテで制止する。

 サラが目を鋭くする。

 彼は、蛍の腕を後ろに捻りあげた。

 蛍の呼吸がリズムを失い、咳き込む。

「役立たず!」

 蛍が声を枯らして叫ぶ。

 サラが蛍の耳元に顔を寄せる。

「誰も何もしない。自分を救えるのは自分だけだ」

 ゾクッと寒気が走る。

 蛍を見下ろす瞳は冷たく、あの日に目にした鮮血のように残酷だった。

「サラッ!」

 イルカの声で、サラが手を放す。

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 恐怖と不安に震える蛍を、イルカがぎゅっと抱きしめる。

 温かい手が額に触れる。

 蛍の意識は、深い水底へ沈むように途切れた。

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