28話 具現化した歯車たち全てに小さな無数のヒビ
貴族たちは既に逃げ出していて、巨大な会場はがらんとしていた。
その真ん中で仲間たちと勇者が戦っている。
ルートリアとプレシオが勇者に相対して2対1の構図だ。
2人の後ろには戦闘に有利な空中ではなく、床にユラリと立つファルの亡骸。
そのさらに後ろにはベクタードレインがいて、隣には女神様が戦況を見守っていた。
あれだけ最強だと思っていた勇者に対して、ルートリアもプレシオも善戦していた。
勇者の攻撃をどちらかが受ければ、間髪入れずにどちらかが攻撃する。
守りに徹すれば、あの勇者相手でもなんとかしのげるみたい。
1対1であればおそらく人類最強であろう勇者は、幼いころから一緒に育った息ピッタリの2人相手にほぼ互角のようね。
いや、後ろでベクタードレインがファルを操って2人の周りにウィンドバリアを発動させているのも、彼ら2人が善戦している要因の一つかな。
気になるのはルートリアが魔法剣を発動させていない事だ。
何か考えがあってのことなの?
開戦早々、プレシオに足首を切り飛ばされた戦士は、完全に戦線離脱して勇者の後ろで床に座って戦況を見ている。
向こうの連中で戦闘可能なのは勇者一人。
つまり。
これで誰も勇者パーティに人質を取られる心配は無くなったのだ。
ならば神器で勇者を下僕にしても、戦況が覆る事はもうない。
これまで極悪非道をしてきた勇者デグラスに対しては、正直下僕では生ぬるいと思う。
今まで亡くなった人たちを考えれば、神器で即刻自害するようにお願いしてもいいくらいだと思うのよ。
でも、いくら奴に酷い事をされても、私に奴の罪を裁き、命まで奪う資格は無いとも思う。
それに、魔族たちを怒らせて戦争寸前までこじらせたこいつに、責任を取らせたいという気持ちもあるし。
奴を下僕にして魔族領に乗り込み、勇者に魔族軍の幹部として魔王の前で土下座させ、顛末を全部告白させて許しを請わせたいのだ。
もうそれくらいしか、無血でこの戦争を回避する方法なんて残されていないのではと思う。
私は神器で奴を下僕にするため、勇者の方へと歩き出した。
「レ、レイナさん! 無事だったのですね!」
ベクタードレインが私に声を掛けたので、ルートリアもプレシオも私に気付く。
「う、上は片付いたのか!? 母上やサラミたちは無事か?」
「ええ」
私が微笑むとルートリアの緊張が少し解けた気がした。
「気を緩めるのはさ、まだ早いよアルト! 奴の攻撃は苛烈さが増しんてんだからさ」
たしなめるプレシオもこちらを見る表情が少し緩んだ。
「なんだてめえら? レイナが増えたからって役にゃたたねぇだろ? それよりあいつら! 早く人質を連れて来いってんだよ!」
「残念だけどそれは無理よ」
「何でだよ! どうせてめえは敵わねぇから逃げてきたんだろ?」
「私たちがぼこぼこにしたから無理なのよ」
目を見開いた勇者が壇上を見る。
釣られて私も壇上を見ると、壇上の縁に立ったルビカンテが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「クソ雑魚人間がぁああ!! ゴミはぁゴミらしくぅ! ごっ主人にぃ潰されやがれぇぇえええ!!」
「な、なんだあの執事!? あんな奴だったっけか?」
あんな奴なのよ……。
失敗したわ。
ルビカンテをお喋り禁止にしておけばよかった。
「ちっ、使えねぇ奴らだ」
勇者が床に唾を吐く。
もう、こいつとの問答は気分が悪くなるので、さっさと決着をつけるために勇者との距離を詰める。
「て、てめぇ。調子に乗りやがって。魔道具が強えからって……雑魚のクセに」
だから何?
私は距離を詰める。
一番前に出た私にルートリアが声を掛ける。
「レイナ! 背中をヤケドしているのか! 待て焦るな!」
「平気だから」
慌てたプレシオも私に呼び掛ける。
「いやいや、ちょっと待つんだレイナ! コイツはさ、マジで強い。慎重にいかないと!」
「知ってるわ。だけどもう許せないの」
怒りを言葉に変えて決意をみせたけど、それ以上は足が前に出なくなった。
私は顔を横に向けて後ろの2人にお願いする。
「でも、本当はちょっとだけ怖いの。お願い。そばにいてくれる?」
勇者は私の正面で剣を構え、殺意をむき出しにしている。
私の足は震えていた。
怖い。奴が怖い。
2年前に奴と各国を旅したとき、遭遇した盗賊や魔獣を圧倒的な力で蹴散らすのを見た。
だから、勇者の強さを知っている。
あのときは味方だから頼りになったけど今は違う。
化け物じみた力を持つ奴が、正面から敵意をぶつけてくる。
お前を殺す! と強く放たれる威圧で足が動かないのだ。
私には自信がある。
神器を起動させた私なら奴に勝てるはず。
だけど一度植え付けられた恐怖は、簡単にはぬぐえるものじゃない。
だって、こんな化け物相手に正面切って戦うなんて普通じゃないもの。
ふと、右肩に手を掛けられた。
「一緒に行こう。奴を倒すぞ」
ルートリアが勇者を睨みつけている。
今度は、左肩に手を掛けられた。
「平気さ、俺たちがついてる」
プレシオが構えを崩さずに、口元に笑みを作った。
『エアシールド』
『ウィンドバリア』
後ろからベクタードレインがファルを操って、魔法で防御力を上げてくれた。
ごめんねファル、ひどい目にあわせて……。
ルビカンテが戻せるって言ってたし、必ずなんとかしてあげる。
だから、今は待っててね。
皆に勇気をもらってなんとか足の震えが止まった。
私は勇者を見る。
素早く動き、強力な攻撃をしてくる奴へ、確実に『尾根ギア』の効果を及ぼさなければならない。
万が一ここで取り逃がして奴が野に放たれたら、間違いなく世界の災いの種になる。
キッチリと機会をものにするには、2人に助けてもらうしかないわ。
私は二人に小声で語り掛ける。
「中心の錆びた歯車は、実は単なる魔道具じゃないの。これは創造の神様から貸し与えられた神器『尾根ギア』。この『尾根ギア』でされた願い事は神様ですら逆らえないわ。当の神様さえ扱いに困って封印していた禁断の神器なの」
「や、やはりただの魔道具ではなかったか。確かにさっきも神器と言っていた」
ルートリアが返事をし、プレシオは黙って聞いている。
「効果を発動できれば、ルビカンテのときと同じで奴を下僕にできるわ。でもそれには、願いを言う私の言葉を全て奴に聞かせる必要があるの」
「なるほどねぇ。それならさ、俺らで攻撃して奴の手と足を止める必要があるな」
プレシオの提案にルートリアが頷いた。
3人で奴を見る。
「行こう!」
私たちは勇者に向かって歩き出した。
私の両隣にルートリアとプレシオが並び、前方に浮遊する具現された歯車に身を隠して奴に近づく。
このフォーメーションには勇者も危機感を抱いたようで動揺が見える。
「おい、こら! 汚ねぇぞ! そんなのに隠れやがって! クソッ、ならぶっ壊すまでだっ!」
この歯車に魔法攻撃が効かないのは、女魔導士の魔法を防いだのを見て勇者も分かっているようで、物理攻撃を仕掛けようと剣を構えてこちらに歩いて来る。
強化魔法で虹色に輝く勇者の身体。
構えた剣には電気がまとわりつき、バチバチと音を立てる。
あの立派な剣も、きっと宝剣と呼ばれる最上級の業物だと思う。
この歯車、大丈夫だろうか。
奴の攻撃に耐えられるんだろうか。
さっき具現化させてから、魔法攻撃を受けたり敵にぶつけたりでさんざん負荷をかけてきたし……。
心配になって歯車をよく見ると、具現化した歯車たち全てに小さな無数のヒビが入っているのが見えた。
え!?
ま、まずいよ!
こ、壊れちゃうかもしれない!
中心に組み込まれた赤茶色の歯車の白い石に向かって、急いで魔力を注いでみる。
あ、少しずつヒビが修復されていくわ。
なんとか直せるみたい……。
勇者が攻撃してくる前に完全に修復を……。
不意に気配を感じて歯車の先を見ると、勇者はすぐ目の前に来ていた。
「へっ、へっ、へっ。ぶっ壊してやる!」
次回、「以上、尾根ギアしますっ!」お楽しみに!




