27話 ルビカンテの渾身の右フック
「ちっ、せっかく人質を選ばせてやるっつってんのによ。無駄なヤル気出しやがって」
私は勇者からの返しを無視してルートリアに相談する。
「ルビカンテのときみたいに、勇者を下僕にするのがいいかしら?」
「うむ、正直あの勇者を正攻法で倒せる気がしない。その魔道具で下僕にするのが我々の勝機だろう。だが、あの女魔導士も王族のいる壇上に移動した。今勇者を下僕にしても、アサシンか魔導士に母上たちを人質に取られれば我々が敗北する」
それはまずい!
「ルビカンテ! 上の王族たちを敵から守って!」
「わっかりましたようっ!」
返事をしたルビカンテが、高くジャンプして壇上に移動した。
ルートリアが皆を見回す。
「まず母上たちを守りつつアサシンと魔導士を排除、そのあと勇者を倒す」
「私の魔道具が魔法攻撃に相性いいわね。私も壇上に上がってルビカンテと一緒に2人を倒す! 何となくこの魔道具の使い方が分かったからいける! 任せて!」
いつになく前向きな私の態度に皆が顔を見合わせる。
「本音はさ、レイナに戦闘をして欲しくない。だけど、あの勇者を足止めするにはさ、俺とアルトの2人掛かりでも足りないくらいだ」
「なら私のネクロマンシーでファル様の力を借りて魔法で援護します」
壇上で悲鳴と大きな音がする。
急がなければ!
「じゃあ、3人で勇者の足止めをお願い! 女神様はすみませんけど、後で用があるので少し待っててください。サラミとスモークは一緒に来て! 私が守るわ」
言い終えた私は、「えぇぇ~」と不満そうな声を漏らした女神様を無視してヒールを脱ぎ、さっさと壇下まで走る。
皆の表情も戸惑っていたようだけど、今は急いで王族たちを守らなければ!
具現した歯車を前に展開したままで横にある階段から駆けあがると、丁度こちら側に王族たちが集まっていた。
前方ではルビカンテが立ちはだかりアサシンと格闘しながら、女魔導士の魔法攻撃を受けている。
「ルビカンテ! アサシンを仕留めて! 魔法攻撃は私が全て食い止める!」
「いいぃぃっやっほうぉぉおお!!」
私の命令で防戦一方だったルビカンテが解き放たれた。
ルビカンテはアサシンの短刀攻撃を蹴りではじくと、力まかせに右ストレートを放つ。
接近戦に長けたアサシンはこれをきっちりとガードしたけど、ルビカンテの馬鹿力に普通の防御が通用する訳がない。
アサシンの左腕は明らかに変な形に曲がり、そのまま壁の方に吹っ飛んでいった。
今が勝機!
振り向きざま、サラミとスモークに王族の保護を頼んで、そのまま女魔導士ヴィネグレッタの方にスタートを切る。
横には床に倒れ伏すヘラルド王が見えた。
広がる血の海に座り込んだ王妃様が、今も泣き崩れて寄り添っている。
「許さないから」
小さく呟いてヴィネグレッタの元へ全速力で向かう。
具現した歯車を展開したまま向かってくる私が怖いのか、ヴィネグレッタの顔が歪む。
そりゃあれだけの攻撃魔法を防ぎ切ったのだもの、魔導士なら相手にしたくないでしょうよ。
「こ、こ、来ないでぇ!! ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!!」
私の接近に慌てふためいた女魔導士が、ファイアーボールを両手で交互に放ってくる。
計6発のファイアーボールが次々と私の正面に向かって放たれたけど、具現した歯車に効果があるはずもなく全て消失した。
「こうなったら後ろを爆発させてやるわ! エクスプロージョン!」
やばい、いくら歯車が無敵でも後ろからの攻撃じゃ防げない!
走る勢いもそのままに空中で半回転して後ろを向き、歯車で後方を守ったけど何も起こらない。
「引っかかったわね! ファイアーボール!!」
上手い事後ろを向かされた私は、女魔導士から放たれたファイアーボールの直撃を背中に食らう。
「ばかねぇ! 室内で爆裂魔法を使う訳ないでしょう!」
背中が焼けたのか焦げ臭く感じるけど、もう一度くるりと彼女への向き直り勢いをそのままに突進を再開する。
「えっ? えっ? ちょっと!? 直撃したはず……」
アドレナリンがドバドバ出ているせいか痛みも何も感覚から排除され、ただ目の前の彼女を倒す事だけに集中していた。
そのまま壁際に後ずさる女魔導士ヴィネグレッタに直進する。
「ちょっと、ちょっと待って! ……ああ! ファ、ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアー……」
ドレスを着た魔法の全く効かない相手が、一直線に距離を詰めてくるプレッシャーは相当なものなのか、ファイアーボールを乱射する彼女の顔は、恐怖によるパニックで歪みきっていた。
特に武術スキルも何もない私は、ただ彼女目掛けて突進した。
ヴィネグレッタもろとも壁に当たるつもりでスピードを緩めずに……。
そして、直径2メートルの歯車は女魔導士に激突した。
「うぎゃ」
私の突進スピードなんて大したことないので、後ろの壁はびくともしなかったけど、さすがに全速力で走って超硬度の固まりをぶつけられて壁と挟まれては、ヴィネグレッタも悶絶するしかなかった。
私はというと不思議な力で反発されたようで、歯車と体の距離が僅かに近づいてから元の位置に押し戻された。
丁度、磁石のN極とN極が反発しあい、無理やり少し近づけてもすぐに元の距離に戻る様に。
崩れ落ちる女魔導士を確認してから、ルビカンテの方を見る。
彼らの戦いはアサシンが一方的に押しているように見えたけど、苦痛に顔を歪めて負傷し満身創痍なのはアサシンの方だった。
手数、技の切れ、身の躱し、いずれも流石に盗賊の上位職と言われるアサシンだけど、時折繰り出されるルビカンテの攻撃を躱せずに防御しては負傷が増えていくようだった。
それなりに速さのあるルビカンテの攻撃は、短刀攻撃を食らってもひるまずに繰り出されるため、アサシンが避けられずにガードしては、高すぎる威力に防御した腕や足が負傷して手足がぼろぼろになっていった。
アサシンはこのままではじり貧と思ったのか、ルビカンテの横をすり抜けて王族たちに突進する。
まずい!
奴に人質を取られたら私たちの負けが確定する!
「ルビカンテ! 王族を守って!」
言いながら私もアサシンの向かう先、王族の元へ素足で走る。
しかし、ルビカンテがあと少しで奴に追いつくというところで、ジェミニ侯爵令嬢の腕を掴まれてしまった。
「おい執事、こいつが殺されたくなければ動きを止めろ」
「きゃあ! ちょっとあなた! は、早く私を助けなさいっ!」
これじゃ、彼女の命を盾にされて手出しができないわ。
「さあ、形勢逆転。後ろを向け。……お、おい! 動きを止めて後ろを向け!」
アサシンはジェミニ侯爵令嬢の後ろに回り短刀を首に向けているけど、ルビカンテは気にせず2人の方に歩く。
「こ、この女を殺すぞ。止まれ! ほら脅しじゃない! 俺は本気だ!」
アサシンの短刀は彼女の首に当てられ、今にも喉が切り裂かれんばかりだ。
にもかかわらず、そのままスタスタと距離を詰めたルビカンテは、目にも止まらぬ速さで右フックを放った。
ルビカンテの渾身の右フックは、ジェミニ侯爵令嬢の後ろにいるアサシンの左耳へとクリティカルヒット!
殴られた勢いでジェミニ侯爵令嬢を軸にクルリと回転したアサシンは、彼女の真ん前に移動した。
今の一撃でアサシンは完全に失神したようで、ルビカンテがすんなりと彼女から引き剝がした。
ジェミニ侯爵令嬢は緊張が解けたのか崩れ落ちたけど、みるみる顔が赤くなる。
「ふ、ふ、ふざけんじゃないわ! い、い、今ので私が殺されたら、一体、どう責任とるつもりなのよ!」
そう言われたルビカンテはきょとんとした顔で、さも当然のように答えた。
「あったりまえだぁっ! お前はぁああ! まだ王族じゃねぇええ!!」
確かに私は王族を守れと言った。
だから彼女を人質にされても、ルビカンテは気にせず攻撃をしたのね。
でも正直、王族より先に逃げようとしたり、助けてもらって不遜な態度をとるジェミニ侯爵令嬢には、まだ王族じゃないというルビカンテの言葉がぴったりだと思ってしまった。
当のルビカンテは彼女の事なんか気にせず、捕まえたアサシンを猫がネズミを捕った如く、嬉しそうに私に見せてくる。
「ごっ主人っ! どどどどうします? 食べるんですかっ? そうですかぁ?」
「た、食べないわよっ! そいつは床に下ろして王族たちを守っていて! ジェミニ侯爵令嬢も守るのよ」
「わっかりましたようっ!」
ルビカンテに王族たちとジェミニ侯爵令嬢の保護を命令してから、サラミとスモークに頼み事をする。
「今から勇者を止めに行くから、アサシンと女魔導士を縛ってくれるかな。これを使って……」
そう言ってドレスの裾をアサシンの短刀で切り裂いて帯状の布を2本作った。
せっかくのドレスは背中側が焼け、裾は私にナイフで無残に切られてひざ上になってしまった。
でもまあ、もともとドレスを着るなんてガラじゃなかったし、この状況じゃ仕方ないわね。
それよりも、あのバカ勇者を止めるのが先決。
私は正面に具現させた神器『尾根ギア』の歯車を展開したまま、激しい戦闘が繰り広げられる壇下へヒラリと飛び降りた。
裾がひざ上になり、身軽になったドレスをはためかせて。
次回、「具現化した歯車たち全てに小さな無数のヒビ」お楽しみに!




