26話 二股の蝙蝠野郎
「こ、今度は一体……て、てめえは、め、女神なのか!?」
「私はベアトリーチェ。あなた方が女神と呼ぶものですわぁ」
これにはさすがの勇者も尻込みしたようで、いつもの憎まれ口で返さずに様子を見ている。
勇者の近くで床にうずくまっていたベクタードレインが、必死に体を起こして声を出さずに女神様を見ていた。
私は思い切って女神様に声を掛けた。
「め、女神様! 助けてください!」
渡りに船とばかりに、この危機的状況を回避すべく助けを請うてみる。
「えぇ~? 創造神様が私に助けを求めるんですかぁ?」
何を勘違いしているのか、私の事を創造神と思っているみたいだ。
でも誤解を解くのは、あの勇者の脅威から貴族たちを守ってからでも遅くない。
「あの勇者たち4人組が殺人を犯そうとしているんです。なんとか改心させて止めてもらえませんか?」
「急にどうしたんですかぁ? あぁ~、創造神様は創造しかできないですもんねぇ。私にしたら無から創造できるあなた様の方が凄いのですけどぉ。でも私だってこの前、自分の身体を切り分けて天使たちを作ったのですよぉ。凄いでしょう?」
天使たちは女神様の身体を切り分けて創られたのか。
いや、今その事はどうでもいいわ。
「では、あの4人を改心させてくれますか?」
念押しで確認すると女神様は微笑みながら首を横に振った。
「私にも改心させる力はありませんわぁ」
「そ、それならこの会場にいる王族と貴族たちを守ってもらう事はできますか?」
「加護を与えて怪我をしにくくすることはできますけどぉ」
それって守備力を上げるって事よね。
「じゃあ、あの4人の攻撃から皆を守って欲しいです!」
この頼みにも女神は首を横に振った。
「彼ら4人がこの会場の王族と貴族たちに危害を加えたらぁ、それはもう戦争行動ですわ。戦争にはどちらが善でどちらが悪なんてありませんもの。善悪がはっきりしない事には加担する気になれませんわぁ。創造神様が私の性格をそう創られたんじゃないですかぁ」
?? 戦争行動?
言っている意味が分からない。
「どうしてあの4人が王族と貴族たちに危害を加えたら戦争行動なんですか?」
私に問いに女神様は困った顔をする。
「だってぇ、あの4人は魔族軍の幹部でしょう?」
え? どういう事?
それって勇者たちは魔族軍の幹部でありながら、この国の勇者をやってたって訳?
つまりスパイって事?
魔族軍をスパイするために向こうの幹部になったの?
それとも本当の所属が魔族軍でこの国をスパイしてるの?
女神様の言葉を黙って聞いていた王族と貴族たちは、私と同様に混乱したのか一様に顔を見合わせた後、勇者の方を見た。
勇者の後ろにいたハリオス侯爵が、驚きすぎて腰が抜けたんじゃないかと思うほどよろける。
「ゆゆゆ勇者殿、こ、これは何がどういう事なのじゃ? まさかスパイ!?」
レグハルツ将軍はというと目を剥き、固まったまま勇者を凝視している。
「お、おいおい女神! 俺たちはこれから他の国でうまい汁を吸おうとしてんのに余計な事を言うんじゃねぇよ? だいたいてめえらっ! 俺がスパイなんてみみっちい事する奴に見えんのか?」
ハリオス侯爵とレグハルツ将軍の反応を見るに、勇者たちはこの国のために魔族軍へ潜入した訳じゃないわね。
でも、あの言動じゃ魔族軍が本当の所属でこの国をスパイしてるようにも見えない。
っていうか、あいつの性格じゃスパイなんてやらないか。
つまりは、ただ二股してるだけの蝙蝠野郎なのね……。
皆も勇者たちを敵認定したのか、非難の視線を勇者にぶつける。
すると、怒りに満ちた沢山の視線に耐えられなかったのか、雰囲気を一変したかったのか、奴は急に大声を出した。
「て、てめえらは! 勇者である俺と女神のどっちの言葉を信じんだよ!」
この問いに一瞬の空白があってから、会場全員の心が一つになり全く同じタイミングで突っ込んだ。
「女神様!!!!」
そりゃそうよ。
女神様よりも、あんたみたいな奴を信用する奴なんていないでしょ!
そもそも貴族を人質にして王族の首を他国への手土産にするって、さっき息巻いてたじゃないの。
誰がそんな事言う奴を信用するのよ。
「あーあー、めんどくせ、もうめんどくせえ。殺す殺す殺す。全殺しだ!」
殺気を全開にした勇者のこの発言で、ようやくこの会場の貴族たち全員に危機感が伝播した。
一気に会場全体が悲鳴で包まれ、我先に会場の外に出ようと正面扉に人が駆け出す。
もうその有様に貴族の優雅さなど微塵もなく、誰もが命惜しさに他人を掻き分け引き倒し踏みつけて逃げ始めた。
「待て、お前らは逃がさん」
いつの間にか起き上がったアサシンが、壇上にある王族専用の扉の前に立ちはだかった。
「ヒ、ヒィーッ!」
真っ先に脱出しようとした本日の主役ジェミニ侯爵令嬢が、アサシンを前にして驚いたのか尻もちをついて悲鳴を上げる。
王族の警護についていた国軍関係者4人が、アサシンに丸腰で飛び掛かった。
彼ら警護騎士も身に帯びる剣さえあれば、かなりの実力があるはずなのだ。
しかし、この場は婚約パーティの会場であり、刀剣類を持ち込めず帯剣していないのが災いした。
アサシンが素早い動きで、警護騎士4人の手足関節の裏側だけを狙って短剣で切り裂いた。
太い血管や筋を切られた警護騎士たちは、血を流し悲鳴をあげ床に崩れ落ちた。
アサシンの対応に満足そうな勇者は、壇上のヘラルド王に向かって大声を出す。
「ヘラルドォ! てめえの役割は2つだ。1つ、こいつらに抵抗させないために人質になること、2つ、隣国へ行く際の土産の首になること!」
本来であれば誰よりも先に避難すべきヘラルド王は席に座ったまま、元凶の勇者たち、対峙する私たち、逃げ惑う貴族たち、最後に王族たちを見回した。
「儂の役割はこの国を治める事。じゃが、もう儂がいなくてもこの国を治める事はできそうじゃ。相分かった。この首を差し出そう」
「フン、つまんねーの。みっともなく泣き叫んで、命乞いすんのを期待したのによ」
「首は差し出すが、人質になる気はないぞ。儂のせいで皆を失う訳にはいかんからのう。儂の首が欲しければ皆の安全を保証せい! カストラル、後を頼むぞ」
「あっそ」
勇者が目線でアサシンに合図を送った。
アサシンが瞬時に王の背後につく。
王様は微笑んでいた。
柔らかな眼差しで私を見た後、何かを伝えるように横にいるルートリアに視線を送った。
直後、王様の首は短剣で掻っ切られた。
前方に鮮血が飛び散り、ヘラルド王は椅子から前方に崩れ落ちる。
「フン! その覚悟に免じて、誰が人質になるかくらいは選ばせてやろう。待ってやるからさっさと決めろ!」
勇者がワザと息絶える寸前のヘラルド王に聞こえるように大声で言った。
「ち、父上――!!」
ルートリア、カストラル王太子、ノバルティス王子、アルセロール王子が声をあげる。
「あ、あなた……」
隣に座っていた王妃はよろよろと立ち上がると、うつ伏せで横たわるヘラルド王に寄り添った。
あまりの事に私は何が起こったのか理解に時間が掛かった。
そして現状が、私を実の娘のように愛してくれた人、この異世界で唯一家族と思える大切な人、あの優しいヘラルド王が殺されたのだと理解した。
「おう、さま……。王様――!!!!」
なんて、なんてことに……。
気が付けば、私の大事なファルと王様の命が奪われてしまった。
ファルの姿を見てさっき沢山涙を流したのに、また私の目からは涙がこぼれた。
「これは私のせいだ……」
こんな事なら婚約パーティになんて出なければよかった……。
お城になんて来なければよかった……。
私さえいなければ勇者たちがこんな暴挙にでなかった……。
「勇者の言うように全部私が悪いんだ……」
「違う」
ルートリアが首を横に振って否定した。
「いえ、私のせいだわ」
「レイナは悪くない」
「全部私のせいなの」
「貴女のせいじゃない」
「ごめんなさい。ファルが殺されたのも、王様が殺されたのも、みんな私のせい」
「違う。悪いのは勇者なんだ」
「私なんてっ! ずっっと! 浮浪者のままでいればよかったのよぉおお!!」
こんなに魔力量があったって、女神様が来てくれたって、神様さえ従わせる神器を起動させたって……何も守れやしない。
身近な人すら守れやしない……。
私は自分の心の中で自分を否定した。
全てに悲観して、勇者から逃げて浮浪者になったときと同じ気持ちになった。
もう生きていても意味が無いと思った。
そう思ったとき優しい声が聞こえた。
「大丈夫。きっと何とかなる」
ルートリアが後ろから抱きしめてくれた。
「どうして……、どうして貴方は平気なの!? 王様が、おとうさんが殺されたのよ!?」
動揺した様子のないルートリアに憤りを感じて、後ろから抱きしめてくれる両手を強く握り彼に感情をぶつけた。
「平気? 平気な訳がない! だがこのままでは大切なものが全て失われる。私は父上に託されたのだ。皆を守れと。貴女を守れと。そのために今は己の感情を捨てる。父上の死を悲しむのはこの窮地を脱してからだ!」
「でも、もうどうにもならないわ……」
「貴女には魔力もある、女神様もいる、魔道具もある。でも何よりもレイナには、私たち仲間がいる」
「また誰かが死んじゃうかもしれない……」
「仲間を信じて欲しい。大丈夫、もう誰も死なせはしない」
「そうさ、俺たちがいる」
ルートリアが抱擁を解いたので、具現した歯車が動かないようにそっと顔を右に向けると、いつの間にかこちら側にプレシオが来ていた。
「私も怪我は酷いですが無事ですよ」
プレシオが助けたのか、ベクタードレインが縄を解かれてプレシオの肩を借りている。
「ファ、ファル様が倒れたとき最後に言ってました。レイナなら復活させてくれるって。だからそれまで自分の身体はベクタードレインに操って欲しいって」
私の左側には同じく縄を解かれたスモークがいて、ファルの最後の言葉を教えてくれた。
それがファルの遺言なら、ベクタードレインは気兼ねなく、いやむしろ積極的に彼女を操るだろう。
スモークの横には赤いドレスを着た真紅の令嬢サラミがいる。
「私の得意魔法は人心操作です。戦闘ではお役に立てそうもないですが、それでもそばに居ます。仲間ですもの」
私の仲間たち……。
そうだ。私の仲間たちだ。
皆は諦めていないのね……。
それなのに私は諦めようとしていた。
私はパーティリーダーなのに……。
仲間が諦めてないのにリーダーが諦めてどうするのよ。
ごめんね、みんな。頼りない私で……。
でも、もう私は諦めない。
私はもう泣かない。
涙を手でぬぐい、顔をあげて胸を張った。
「勇者デグラス! 仲間を守るため、私はお前を倒すわ」
次回、「ルビカンテの渾身の右フック」お楽しみに!




