14話 皆に大切な人と言うなんて
よく見ると、ここに集まっている貴族は若い令嬢ばかりだった。
会場の壁際には男性貴族の姿もちらほらと見えるけど、こちらの様子を気にしつつもただ黙って見ているだけだ。
人だかりがバラけたおかげで、プレシオとサラミから私たちの事が見えたのか、2人がルートリアの前まで歩み出る。
「アルトラン殿下、この度はアルセロール殿下のご婚約大変おめでとうございます」
「ああ、忙しい中よく出席してくれたエンツォ殿。エンツォ公爵は後程だな? もうすぐアルセロールが入場するから、本人に祝いの言葉を掛けてやって欲しい」
いつもの口調を止めてかしこまった挨拶をするプレシオに、ルートリアが王族らしい返しをしている。
遠巻きで見ていた令嬢たちが、彼ら2人のやり取りをほうっとした目で見ていた。
頬に手を当てて楽しそうに見ている者や、会話を聞き逃さないように真剣に聞き入る者もいる……。
ん? あの令嬢は何をしているの?
上下左右に顔を動かしながら指で枠を作って眺めている。
も、もしやアングル? 男前2人を完璧に眺めるアングルを探しているの!?
この世界は、前世日本と比べて娯楽が極端に少ないので、刺激に飢えた貴族令嬢にとって美男子との関わりは大切なイベントなんだろう。
でも……なんだかなぁ。
これ、彼らの裏側を知らなければ素敵な光景と思うんだろうけど、さっき素を出してべらべらしゃべってたしなあ……。
私が囲みの令嬢たちに気を取られていると、真紅の令嬢サラミがルートリアの前に一歩出た。
彼女はとても美しい淑女の礼を優雅にしてから、祝いの言葉を述べる。
「この度はアルセロール殿下のご婚約、真におめでとう存じます」
「うむ、今日は私の弟の為に感謝する、ファブリアーノ男爵令嬢。今日ファブリアーノ男爵は出席されるのか?」
「すみません。体調を崩しておりまして、本日はわたくしが代わりを務めさせていただきます」
サラミの完璧な振る舞いに、周りの令嬢たちが諦めのため息をついている。
「あんな素敵な方がプレシオス様のお相手だなんて……」
「う、美しさでは負けていませんわ。ですけど、あれだけ素敵な立ち振る舞いをされてはどうにも……」
「あの気品。きっと王都の方だわ」
「おかしいわ。完全にノーマークで情報がない方よ。少しお年が上のようですけど一体今までどちらに?」
「推しには幸せになって欲しいけど、彼女ができるのは悲しーよ。ていうかこんな場所に連れてきて公表する事ないでしょ……」
相手が真紅の令嬢サラミとあっては、どの令嬢も敵わないと思ったようで口々に諦めの言葉を口にしている。
あと、最後の令嬢はさっきから言動がおかしい。
別にアイドルじゃないんだから、プライベートを隠す必要はないでしょ。
まあ彼らは私から見てもイケメンだし、刺激の少ない日々を過ごす令嬢たちにとって、彼らはアイドルみたいな存在なんだろうけど。
それにしても、いわゆるお嬢様ってイメージの女性はむしろ少なくて、みんなそれぞれ性格が個性的で本当にいろんな令嬢がいるわね。
すると目の前のサラミが、私の方を向いてさも自然に会釈した。
ルートリアがすかさず私に話を振る。
「ああ、今日私と一緒に出席している客人だ」
皆の視線が私を集中した。
あ、挨拶よね。
大丈夫。異種族外交で事務的な挨拶ならいくらでもやったから。
この場合は公爵家のプレシオが先でその後サラミよね。
急いで淑女の礼をする。
「レイナ・カガミハラです。エンツォ様、どうぞよろしくお願い致します」
何とかプレシオとサラミに対して、慣れない貴族スタイルの挨拶を済ませると、クスクスと小さな笑い声が聞こえた。
「あのカーテシー、ファブリアーノ様に比べて全然大したことないみたい」
「お綺麗な方ではありますけど、ファブリアーノ様のような気品あふれる美しさには及ばないようですわ」
「レイナ・カガミハラって聞いた事ないお名前ね。田舎の方かしら」
「ご実家の爵位はどうなのでしょう。お父様に情報をお伝えしておかないと」
「名のあるご令嬢ではないわ。も、もしかして殿下のファンが一気に距離を詰めたのでは!? なら私にもワンチャンある?」
皆、サラミには敵わないとみるや、サラミを上げて私を下げる事で自分たちの立ち位置を守りだした。
サラミが素敵なのは事実だから仕方がないけど、比べるならサラミと私じゃなくて、自分たちと私を比べて欲しいわ。
そして最後の人! ワンチャンないから!
そもそもルートリアと私が一緒にいるのも、ただの設定だからね!
もともと私は平民なので、今日のパーティで貴族女性からあれこれ言われても仕方がないと思っていた。
だけど、仲間たちから素敵だと言われて舞い上がっていたのは事実で、複数の女性から精神攻撃を受けたのは多少なりとは応えた。
それでも勇者から受けた仕打ちや心の傷に比べれば、こんな安全な場所でにゃーにゃー言ってる女性のたわごとなんて私にとって全然大した事じゃない。
こっちは浮浪者までやったんだから!
あなたたちとは肝の据わり方が違うの!
黙って彼女たちを見ていたら、ルートリアが私の前に出て周囲の令嬢たちを見回した。
先程と同じ微笑みを浮かべているが、目元が笑っていない。これは怒っているのが分かるようにワザとやっているわね。
「皆、悪いが彼女は私の大切な人だ。傷つけるような物言いは控えて欲しい」
「た、大切な人ですって……」
第三王子にたしなめられた彼女たちは一様に押し黙り、彼が言った「大切な人」というフレーズにショックを受けていた。
ルートリアが私を助けてくれた……。
彼は貴族から私を守ると言っていたけど本当に守ってくれた。
しかも、私の事を皆に「大切な人」と言うなんて!
本当はそれほどダメージを受けていた訳じゃないけど、それでも彼の気持ちがとても、……とても嬉しかった。
ルートリアの気持ちに感謝しつつ仲間を見ると、どうもプレシオが時間を気にして少しそわそわしているようだ。
彼女たちと関わっていたら計画が前に進まないので、そろそろ動いた方がいいかもしれない。
私が皆に視線を送ると、すかさずプレシオがルートリアの方に、サラミが私の方に移動してきた。
「ターゲットのハリオス侯爵とレグハルツ将軍がさ、どの辺に居るか確認してくる」
プレシオが小声で囁くとそのまま会場の壁際に1人で移動した。
「私は立場上あまりうろうろ出来ない。しばらく王族の席に戻っている」
そう言うとルートリアも奥の王族エリアに向かって行った。
先程の令嬢たちが少し遠くで私とサラミを見ている。
ルートリアが釘を刺しているので、彼らがいなくなっても精神攻撃は仕掛けてこないだろう。
それでも彼女たちにも思うところがあるのか、こちらへの視線はそのままだ。
「レイナ様、あちらへ参りましょう」
サラミが移動を促してくれたので、さっさとこの場から去ろうとしたのだけど……。
「あ、すいませんっ」
慣れないドレスのせいで男性貴族とすれ違った際に軽く接触してしまった。
「すみませんお嬢様。お怪我はありませんでしたか……」
横から声を掛けられたのでそちらを見ると、肩回りが大きく体格の良い25、6歳の男がこちらを気遣っていた。
小顔で悪くない顔立ちのその男は、武術でもしているのか貴族特有の運動不足や飽食とは程遠い引き締まった体だ。
周りの貴族男性たちとは違う服装は、警備兵とは少し違うけど似ていて軍服のようね。
誰かしら?
横にいるサラミを見ると表情が急変していた。
さっきまで常に微笑をたたえていた彼女は、何かに警戒するように眉を寄せて目の前の男を見ていた。
「あ、あらスキレット様。……ご無沙汰しております」
「知り合い?」
顔をサラミに寄せて小声で尋ねる。
すると今度は彼女が私に顔を寄せて小声で答えた。
「私との婚約を破棄した男です」
次回、「真紅の令嬢への未練」お楽しみに!




