15話 真紅の令嬢への未練
「!? え? サ、サラーメ!? な、何年か見ないうちに随分とその……雰囲気が変わったな……」
「スキレット様も雰囲気が変わられましたね」
へえー、このスキレットって貴族は、昔と雰囲気が変わったんだ。
自信に満ち溢れたゆとりのある雰囲気だし、貴族なのに体が引き締まっている。
馬車に乗り飽食に明け暮れる貴族が多い中で、明らかに鍛錬を積んでいて肩回りが大きく、もしこの会場で荒事が起こったなら近くに立つ警備兵よりも彼を頼りたいと思うわ。
あと力強さを感じさせるのは、軍服で短髪だからというのもあるかもしれない。
サラミを横目で見ると、スキレットの事を見て驚いている。
未練があるようには見えないけど、それでも昔と相当変わったという事なのかしら。
「しかし、家を出て平民と同じ生活をしていると聞いていたが、よもやこのような場で出会えるとは……」
スキレットはそう言っているものの、言葉とは違う事を思っていそうな顔をしていた。
どちらかというと、美しいサラミに対する驚きと興味が混じっているという感じ。
それは彼だけの反応ではなく、会場の出席者たちからも同様の視線が向けられていた。
特に男性よりも見る目の厳しい同性の令嬢たちからの視線が凄い。
さっき取り囲んできた集団が、今も遠巻きに彼女の様子を探っている。
赤い瞳に赤い唇、衣装まで全てが赤で統一された彼女の姿は本当に美しく、周囲の空気を彼女色に染めるその立ち姿は、まさに真紅の令嬢と形容するのにふさわしい。
スキレットも気品と美しさを兼ね備えた今のサラーメの姿に、一瞬で心が奪われたようね。
見たところ、年は25、6歳くらいかしら。
がっしりした体つきでいい寄る女性はいそうなのに、どうやらエスコートする女性はいないみたい。
「ど、どうだ今の暮らしは? 平民と同じ生活をするのは相当に辛いものだろう。やはり、俺がいないと困るのではないか?」
あれ?
自分から婚約破棄をしておきながら、何となく彼女への執着が感じられるわ。
どういうことかしら……。
「いいえスキレット様。過去の出来事の結果で平民とそう変わらない生活をするわたくしが、高貴なあなたのそばに居るとなれば、それこそ世間の目が貴族とはかようなものかと嘲笑することになりかねません」
「そ、そうか。ま、まあそれもそうかもしれんが……」
そう返事して彼女を見つめるスキレットは、自分が過去に婚約破棄をしたからか、これ以上何も言わなくなったけど、彼女に執着しているようで、まとわりつくような視線を送っている。
「それではごきげんよう、スキレット様」
サラミもスキレットの気持ちを感じ取ったようだけど、任務の事を思い出したみたいで、形だけ丁寧に別れの挨拶をして立ち去ろうとする。
スキレットは自分から婚約破棄をしたのに、サラミを再度我がものにしたいのか、彼女をなんとか引き留めようと声を掛けた。
「お、お前の実家はどうなのだ? 今も市井で暮らしているのなら、ファブリアーノ家の現状は厳しいのではないか? 俺なら何とかしてやれるのだぞ」
この人はサラミが平民同様に暮らす理由を、生活が苦しいからと思っているのね……。
確か、サラミが男爵家を出て街で暮らすようになったのって、婚約破棄という汚名が実家に悪影響を及ぼさないようにだったわよね。
実家の経済が苦しいなら、こんな素敵なドレスなんて準備できないと思うんだけど。
「ファブリアーノ家は三年前に無事、義弟が男爵位を継ぐことができました。領地経営も軌道に乗り出したところです」
この国では女性で爵位を持っている人はいないから、たぶん女の人は爵位を継げないのね。
それで養子にした義理の弟に爵位を継がせたのかな? って事は、男爵のお父さんは亡くなっているのか……。
男爵のお父さんが亡くなって義理の弟が爵位を継ぐまでの間、かなり苦労したんだろうなあ。
サラミに見えた苦労の影は、平民同然の暮らしによるものじゃなくて、実家の相続とか爵位継承のごたごたが関係しているのかもしれない。
ちらりとスキレットを見てみると、やはりサラミに執着があるように見える。
この人、サラミが好きならなんで婚約破棄したのかしら。
サラミの実家は、爵位を継承するために養子までとってるんだから、サラミと結婚しとけば自分が爵位継承できただろうに。
彼女は自分がなぜ家を出たのかその本当の理由は言わずに、領地経営が順調であることだけ伝えるとそのまま立ち去ろうとした。
「い、いや待ってくれないかサラーメ! こ、これからまた貴族の世界に復帰するにしても、確かな後ろ盾がなければ苦労するだろう? 今の俺は王国軍で大尉の立場だ。この国は何をするにも軍の権威があれば優位に立てる。俺がその後ろ盾になってやると言ってるんだ!」
二度も別れの挨拶をしたのに引き留められたサラミは、未練たらたらのスキレットに対して複雑な表情をしている。
「すみません。後ろ盾など得るつもりはないのです」
「そ、そうか……。だが、どういうことだ? 今宵は王族主催の第四王子様婚約パーティで、当主かそのパートナーでなければ出席はかなわない。他には俺のように王国軍の関係者かあるいは誰かの伝手が必要だ。今のお前には無理なはず……」
今回の婚約パーティ出席目的は、軍事の実権を任されるハリオス侯爵とその配下のレグハルツ将軍を失脚させる事だ。
それを目的としているルートリアとプレシオのために出席しているんだから、彼ら2人が伝手と言われればそうかもしれない。
でも、表向きにはルートリアのパートナーが私、プレシオのパートナーがサラミになるのよね。
じっと彼女を見ていたスキレットが急に表情をハッとさせた。
「ま、まさか伝手ではなく、お前をこのアルセロール殿下婚約パーティのパートナーとしてエスコートする者がいるというのか!?」
スキレットに問われたサラミは少し気まずそうにすると、計画の事は伏せてエスコートに関する事実のみを端的に答えた。
「本日わたくしをエスコートしてくださったのは、プレシオス・ド・エンツォ様です」
「エ、エンツォ家! プレシオス様だと!? こ、公爵家ではないか! し、信じられん」
「本当でございます」
「いや、にわかには信じられん。どうして平民同然の暮らしをしていたお前が、王族の親類に当たる公爵家の令息からエスコートを受けるのだ?」
「本当でございます」
信じられないと驚き唖然とするスキレットと、あくまで冷静に自分の主張を繰り返すサラミは対照的で、彼の取り乱した反応と彼女の貴族らしい振る舞いの対比が滑稽だった。
次回、「婚約破棄に感謝を込めて」お楽しみに!




