12話 執事ルビカンテ
「ねぇファル、今朝説明したでしょ。私の魔道具は頼み事ができるって」
「頼み事って……。……もしかしてルビカンテに下僕になれって頼んだの?」
「そう」
私の返事を聞いたファルは両手で自分の両腕を抱いて身震いすると「お姉様って恐ろしい……」とつぶやいた。
ファルだけにはこの魔道具が実は神器であり、神様さえ従わせる事ができると今朝説明したばかりだ。
それはどんな相手でもルビカンテのように、神器の力で下僕にできるという事でもある。
「違うのよファル。私たち『自由の剣』は前にルビカンテに全滅させられそうになったのよ。それでどうしようもなくて、彼を従わせただけなの」
「フ、フーン……。まぁいいわ……。ねぇ、それじゃ早速あいつを呼んでみてよ。あのおバカさんがお姉様に服従しているのを見てみたいわ」
悪い笑みを浮かべたファルが早くしろとせっついてきた。
本当にお城の中でルビカンテを呼んでいいのかしら。
冒険者ギルドであんな大騒ぎになったんだから、もの凄く心配だわ。
じっとルートリアを見たら、彼は急いでメイドたちを部屋の外に出した。
ファルみたいに可愛いくて話の通じる悪魔なら何て事ないけど、ルビカンテはちょっと何をしでかすか分からないものね。
準備はいい?
じゃあ、呼んじゃうわよ?
もう、どうなっても知らないんだから。
両手を少し前に出して手の平を上に向けてからつぶやいた。
「おいで、ルビカンテ!」
私のすぐ前に黒いもやが現れると、その中から影絵のように黒い脚がにゅっと踏み出した。
続けて赤黒い裸の上半身が黒いもやから出て、赤髪で目付きの鋭い男が登場した。
「久しぶりね、ルビカンテ」
私が声を掛けると彼は私の前に跪いた。
「ごっ主人っ、なんでしょぉぉおおおおーか?」
うん、このやり取りは久しぶりだわ。
「へえ~」
ファルがにやにやと笑いながら、ルビカンテの周りから彼を眺めている。
「なんだぁああ!? テッ、テメエはクソ雑魚ちびじゃねぇか!!」
「あなた、本当にお姉様の下僕になっちゃったのね? ざまあないわ! アハハ!」
ファルも可愛い顔して大概口が悪い。
悪魔少女じゃなきゃ注意しているところだわ。
「オラァァアアアア!! ぶっつぶしてやっからよぉぉおおおお!」
「ふん、やってみなさいよ! まあ、おバカさんには無理じゃない?」
2人の悪魔は顔を近距離で突き合わせると、ルビカンテは歯をむき出し、ファルは口角を上げて威嚇する。
背景からゴゴゴゴという効果音が出そうなくらいの、悪魔同士のいがみ合いが始まった。
「止めなさい! ルビカンテ!」
話が前に進まないので私がルビカンテを制止する。
「だってよぅご主人! こいつ、酷いっすよねぇええ?」
「まあ、ちょっとファルも煽り過ぎかな。話を前に進めたいから挑発はしないでね」
「え、ええ、分かったわ」
いつにもましてファルが素直に話を聞いてくれる。今一瞬後ずさった気がしたけど気のせいよね。
なんだか室内がしんとしている気がして周りを見ると、まるで今朝のデジャブを見るかのように皆が黙り込んでいた。
「ああ、なんと悪魔のルビカンテ様! ファルファレルロ様と同時にお会いできるなんて……! 光栄の極みです」
魔族のベクタードレインだけが感激したのか、2人の前で跪いたかと思うと薄っすらと涙を浮かべた。
「しかもレイナさんはいがみ合う悪魔を仲裁してしまう。あなたは一体……」
尊敬のまなざしで彼から見つめられた。
……えっと、そういう感じの見つめられ方をされてもドキドキしないから。いや、むしろ止めて欲しい。
そしてまたもや私がショックを受けたのは、今や大変身を遂げた真紅の貴族令嬢サラミとその執事スモークの反応。
2人は完全に私から一歩引いていた。
感情を顔に出さないはずの貴族令嬢が、明らかに顔を引きつらせている。
スモークはルビカンテに及び腰で、あと少しで腰を抜かすんじゃないかしら。
私が皆の反応にダメージを受けていると、ルートリアから「本題よろしく」と先を促された。
分かってるわよ、もうっ。
「あ、あなたにこのバッグを持って私のそばにいて欲しいの。できる?」
バッグの方に視線を送ると、ルビカンテがバッグに近づいてヒョイと片手で持ち上げた。
「わっかりましたよぅ!」
皆から「おお」と歓声が上がる。
そういえば彼との戦闘で、5メートルの槍を持つプレシオを槍ごと片手で投げ飛ばしていたものね。
「あと、申し訳ないけど私がいいよと言うまでお喋りは我慢して欲しいの。指示には頷いてくれれば助かるな」
「わっか……(コクリ)」
「ごめんね無理ばかり言って。後で埋め合わせはするからね」
「(コクリ)」
黙っていてくれるなら、何とかなりそうだわ。
神器を運んでくれるだけでも助かるけど、何かあったら頼りになるところもありがたい。
それにしても、ファルは随分ルビカンテが気に入らないみたいね。
初めて鬼ツムリ退治で彼女に出会ったときも、ルビカンテに対して嫌悪感を露わにしていた。
悪魔同士って仲が悪いのかしら。
ルートリアがメイドたちを室内に戻すと、ルビカンテを指さしてサイズの合う執事服を大至急用意するように指示している。
メイドたちは目の前にいるやんちゃな感じの男前が、上半身裸なので最初キャーキャー言っていたけど、要件が大至急であると分かると慌てて服を探しに部屋を出て行った。
「ねぇ、悪いんだけどそのニタニタ笑うのも無しにならないかな。こう無表情でいて欲しいの」
黙ってメイドに執事服を着せられているルビカンテにお願いをする。
だって、こんな不気味な表情でそばに居られたら他の貴族が気味悪がるもの。
私が何にも考えない無表情を実践すると、それをじっくり見ていたルビカンテは目線だけ上に向けて何か考えてから頷いた。
ルビカンテから不気味な笑いが消えたけど……。
「ねえレイナ。さっきのレイナのお手本のせいでさ、いつもよりも酷くなってるんじゃない?」
ルビカンテの表情を見たプレシオが突っ込みを入れる。
私のあの無表情がいけなかったのか、ルビカンテの表情が酷い。
目が半開きになり焦点がどこにも合っておらず、ポカンと口を開けて舌が出ていた。
「失礼ね! 私はそんな顔してないでしょ!」
注意されたルビカンテが体をビクつかせる。
よし、私の手本が悪いと言ったプレシオに仕返しだ。
私はプレシオを指さすと「あんな感じの表情をしてみて!」と言ってみる。
するとルビカンテの表情は目つきの鋭さが少し和らいだ感じになり、いつもの眉間の険しさが減ったせいでどこか真面目そうな別人のような顔になった。
メイドたちが軽く頷いている。
「ちょっと険はあるが執事ぽくていいと思う」
ルートリアが合格と判定した。
何よもう! 私がいけなかったの?
私が頬を膨らますとルートリアが頭をなでてくれた。
いや、いいからそういうの。
今はほっといてよね!
ということで見てくれだけは立派な、執事ルビカンテが誕生した。
ちなみに先の部分が燃えている尻尾は、あの空間収納の魔道具を腰の近くで持ってもらい、魔道具の中に突っ込んでもらった。
次回、「王族専用の入り口」お楽しみに!




