11話 本物の貴族令嬢
「入室していい」
ノックの主、たぶんスモークに対してルートリアが入室を促す。
案の定、執事服を着たスモークが扉を開けて顔を出すと、扉を開けたままにした。
開いた扉からゆっくりとドレス姿の令嬢が部屋に歩み入る。
赤を基調としたふわりと広がるドレス。
ところどころに黒のアクセントが入りながら、明るく華やかで色味がキツクないのは、控えめにレースをあしらってバラをモチーフにしているからのようだ。
僅かに見えたヒールはドレスの色に合わせた赤だけど、少し落ち着いたワインレッドであくまでドレスを引き立てる役割をしている。
私と同じで手袋をはめているけど、見た目の印象は色のせいか大きく異なり、肘の手前まで赤い生地で覆われていて、そこから上に赤のレースがアクセントで使われている。
令嬢は部屋の少し入ったところで綺麗な淑女の礼をとる。
「アルトラン様、本日はファブリアーノ家のサラーメとして参りました。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「あ、ああ……」
挨拶に合わせた素敵な微笑みを受け、愛想に慣れているはずのルートリアが軽くたじろぐ。
そのままプレシオに向き直った令嬢は、先ほどに微笑みに輪を掛けて輝く笑顔をみせる。
「プレシオス様、本日はきちんとお役目を果たさせていただきます」
「……。そうだね。よろしくね、サラーメ様」
一瞬だけ目を見開いたプレシオはすぐに挨拶を返した。
男2人がたじろいだのは、きっと元のサラミからの変身が著しかったからだろう。
エルベの街で初めて会ったときの少し乱れた赤い髪からは想像出来ない、艶やかで鮮やかな赤い髪。
背中まである綺麗なロングは一見主張が強いようだけど、両サイドからの小さな三つ編みが後ろで結ばれて全体イメージを和らげている。
貴金属で派手なものは付けていない。
一点目を引くのは、左右からの小さな三つ編み同士を後ろ側で止めている部分に付けられた銀色の髪留め。
この銀色の髪留めには髪の色よりも鮮やかに輝く赤い宝石が嵌っていた。
赤い瞳に赤い唇、パーツは同じなので疑いようがない。
だけど、姿勢や仕草、視線のどれもが別人のようで、漂う気品が室内の空気を彼女色に染める。
この貴族令嬢が本当のサラミだというの!?
2年前までは王城へ出入りすることもあって、たまに貴族令嬢を見かける事はあったけど、これほどの雰囲気をまとった人に出会ったことはなかった。
苦労しているように見えた最初の出会いと比べて、明らかに若返っている。
たぶん私より少し年上、20歳前後だろう。
私は乙女の超変身を目の当たりにして、興奮が抑えきれずについ声をかける。
「サ、サラーメ様、お美しいです」
「プレシオス様のお役に立てる機会と思い、出来る限りをいたしました。ですが、レイナ様もいつもと大きく雰囲気が変わられましたね」
サラミから様付け呼びされてキョトンとする。
周りには複数のメイドがいるので、仲間内の砕けた呼び合いは出来ない。
それでも平民の私を様付けするサラミにびっくりした。
サラミは本来、貴族令嬢なのだから私が彼女を様付け呼びするのは当然である。
でも、貴族のサラミが平民の私をレイナ様って呼ぶのは、かなり、いや非常に違和感がある。
「レ、レイナ様……?」
「ええ、レイナ様ですわ」
私の疑問形にサラミが念押しをする。
「これから第四王子様の婚約パーティに出席するのです。周りには貴族たちしかいません。アルトラン様がエスコートされるお相手を、いつも通りに軽々しく呼び捨てしては、周りの貴族たちが騒ぎ出すでしょう。そんな訳には参りませんわ」
た、確かにそうかもしれないけど……。
でもそれって、ルートリアが私の事を他の貴族に紹介したら、その貴族も私をレイナ様と呼ぶ事になるのよね。
平民の私が貴族たちに様付け呼びされるのが本当に許されるのかしら……。
平民だと打ち明けるつもりはないけど、もしバレたら罰せられるかもしれないし……。
とても不安に駆られてルートリアを見る。
「今日だけだから慣れて欲しい」
慣れて欲しいって……。
トラブルに発展したらと思うと気が気ではないけど、もしそうなったらルートリアに何とかして貰うしかないわね。
私は様付け呼びの事を考えながらも、素敵な真紅の令嬢を見て「ふう」と息を吐いた。
それにしてもサラミは本当に美しい。
流石、本物の貴族令嬢だ。
凛とした貴族の気品と華やかさが同居していて、一緒にいるこっちまでが彼女に引っ張られるように背筋が伸びる。
一体何処の見る目無し男が彼女との婚約を破棄したのかしら。
私は少しの間サラミに見惚れていたけど、ふと我に返ってドレスの事を聞いてみる。
「しばらく実家に帰ってないのに、どうして体形に合うドレスがあったんですか?」
するとサラミは愛想の笑みとは違う柔らかな表情をした。
「お母さまが私を貴族として嫁がせるのを諦めてなくて、数年置きにドレスを新調してくださっていたの。たまにスモークが、お母様の使いの者に背格好を聞かれていたわ」
「見ただけで服のサイズに検討を付けるのは大変難儀しましたよ」
そりゃそうだ。
長さを測っている訳でもないのに、洋裁店でもない彼は大変だっただろう。
サラミのお母さんもきっと今回のミッション成功を願っているだろう。
幸せを願う家族がいる彼女を少し羨ましく思った。
いよいよ、会場へ行く時間が近くなったところで、先ほどから心配している問題を皆に打ち明けた。
「あ、あのね。この魔道具は本当に大切な物だから片時も離したくないの。でも、このドレス姿でどうやって魔道具を持ち運んだらいいか困ってて……」
この部屋までの神器の移動は、2階にいた警備兵に無理言って運んでもらった。
でも彼をまた呼んで来て、婚約パーティの会場に神器を運んで貰ったり、神器を持ったまま私たちのそばにずっといて貰うなんて訳にはいかない。
当たり前だけど彼には彼の仕事があるのだ。
そもそも外部者が急に加わると大事な作戦の実行が難しくなる。
それに、完全に怒らせてしまった勇者デグラスが私に仕返しで危害を加えてこないとも限らない。
もしそうなったときに、彼を巻き込んで被害が及んでしまう事は避けたい。
「確かに婚約パーティに出席する勇者の事を考えるとさ、魔道具は常にレイナの近くにあった方がいいよな」
プレシオが私の心配に理解を示してくれ、それにルートリアが頷いた。
「だとすると、婚約パーティへの同行を頼める程度に信頼できて、重い魔道具を持ち運んでも周りに違和感を抱かせない屈強な者が望ましい」
『自由の剣』のメンバーであれば外部の人よりも信頼できるのは確かだ。
皆の視線がスモークとベクタードレインに向いた。
「ちょっと何なのこれ、すんごい重いんだけど!」
「も、持てない事ないですけど、腰を曲げて背負わないと動く事もままなりません」
床に置いてあった神器入りのバッグを2人が交代で持ち上げていたけど、彼らには重すぎるようだ。
「プレシオス様が持ち歩いてた、あの空間収納の魔道具に入れてはどうかしら? 確か重量軽減の効果があるんじゃなかったっけ?」
婚約パーティで呼び間違わないように、早速プレシオを様付け呼びして提案してみる。
様付け呼びを聞いて微笑んだプレシオは、近くのメイドに冒険の装備品を持って来てもらうように頼んでくれた。
……結論から言うと、何故か空間収納の魔道具に神器を入れる事は出来なかった。
よく分からない不思議な力が働いて、収納しようとしても収納できないのだ。
つまり、魔道具による重量軽減効果の恩恵は受けられない。
それは、私が一生この重量物の重さに耐えて生きなきゃならない事を意味していた……。
自分の運命に軽いめまいを覚えながらも、婚約パーティで誰に神器を持って同行してもらうかで頭を悩ませた。
ファルの方を見たけど、重い物が苦手な様で、最初から「ムリムリ」と首を横に振っている。彼女の目立つ黒い翼を考えても、今回は適任とは言えない。
「一人心当たりがある」
しばらく考えていたルートリアが、唐突に切り出した。
心当たり? 『自由の剣』のメンバーはここに全員いるじゃない。
他に誰か共通の知り合いがいるのかしら……。
……。
あ、分かった! 分かっちゃった!!
皆と共通の知り合いで、しかも信頼できる人がいるわ!
でも、彼はエルベの街にいるから、もうすぐ始まる婚約パーティに間に合わないんじゃない!?
私は半信半疑でその名前を口に出す。
「も、もしかして……デュクシ!? この場面でデュクシが降臨するの!?」
私が驚きと困惑の混じった表情をすると、それを見たルートリアはかなりの呆れ顔をした。
し、失礼な!
「どうやら私の予想は見当違いみたいだけど、でも一体何処にデュクシ以上の適任者がいるというのよ?」
ちょっと悔しかったので、いつも彼にされるように今度は私が彼の顔を覗き込みながら訴えた。
するとルートリアは自分のアイデアに自信満々のようで、いつもより少し胸を張って答えた。
「ルビカンテだ」
はあ!? ルビカンテ??
思いもよらない人物(悪魔)の名前に、実際に彼に困らされた私やプレシオが驚いて顔を見合わせた。
ファルは今のアイデアが気に入らなかったのか、ルートリアの前に出て強い口調で苦言を呈する。
「ちょっと何言ってんのよ! あいつじゃ、婚約パーティ自体をぶち壊しちゃうじゃない! そもそも人の頼みなんて聞く奴じゃないわよ!?」
ファルの言う事ももっともだ。
ルビカンテがいつもの調子で人族への暴言を吐きまくったら、婚約パーティどころじゃなくなる。
ファルの忠告を聞いたルートリアは得意そうに頷く。
「大丈夫。なぜなら奴はレイナの命令に絶対服従の下僕だからだ」
そ、そういえばルビカンテは、私の言う事なら何でも聞くんだった……。
ルートリアの説明を聞いたファルは、意味が分からないと怪訝な顔をした。
次回、「執事ルビカンテ」お楽しみに!




