10話 平民娘相手に王子様がお世辞を言うなんてやり過ぎよ!
今、私は湯あみの真っ最中だ。
なんとメイドに体を洗ってもらっている。
朝食の後、午後の婚約パーティに向けての準備だそうで、まずは磨き上げるのだそうだ。
流石、第三王子のエスコート相手という事で、王子の隣に並んで貴族たちからの視線に耐えられるようにしてくれるらしい。
でも、いくら磨いてもダイヤの原石じゃないんだから、輝かないと思うんだけどなぁ。
唯一の救いは、40キロを超える神器を常に持ち歩いている所為で、身体が締まっていることくらい。
神器は神様からの借り物なので何処かに置いておけず、いつも持ち歩いていたおかげでダイエットになっていたようね。
それにしても他人に体を洗って貰うのって相当恥ずかしいわ……。
王族はこれが日常なのかもだけど、私には恥ずかしくて毎日なんてとても無理だろうな。
それでも、いつもは濡らしたタオルで体を拭くだけだったので、久しぶりにお湯の張ったお風呂に入る事が出来て、本当に幸せだった。
それから、マッサージやらパックやらのエステコースを受ける。
第三王子のエスコートを受けるなんて大変な役回りだけど、こんな幸せが待っていたなんて!
もう一生こんないい思いはできないかもだからと、存分にマッサージやらパックやらを堪能させて貰った。
湯あみやエステコースを堪能させてくれたメイドたちは、めったなことでは感情を口に出さないように教育されているのだろうけど、私の身体を見ると一様に「締まっていて凄い!」って呟いていたわ。
うふふ。神器様様ね。
いつも重くて大変って思ってたけどいい事もあるものね。
一度、昼食のために替えのスカートとブラウスに着替えて、神器のバッグを持って長い食卓のある部屋まで移動した。
プレシオは屋敷に帰っているけど、ルートリアは一緒だ。
「あーっ! ズルいわお姉様! 湯あみしたでしょう!」
早速、ファルに湯あみの事がバレてしまった。
顔の肌艶も良く、ほんのり上気していたので女性が見ればすぐ分かってしまうのは避けようがない。
「ご、ごめんね。今度、一緒に湯あみできるホテルに泊まろうね」
「それに自分だけドレスまで用意してもらってるし酷いったらない! いいわよもうっ! 私だってスモークに相談するんだから!」
やったわね、スモーク。
頼りにされているわよ。
彼が帰ってきたらきっと喜ぶわね!
そんな感じで賑やかに昼食をすます。
「じゃあ、支度ができたら誰かを連絡に寄こして欲しい」
私の顔を嬉しそうに眺めたルートリアは、そう言うと笑顔で去って行った。
そばに控えていたメイドが、ルートリアとのやり取りを終えるとすぐに私を連れ出そうとするので、慌ててファルとベクタードレインに声を掛ける。
「じゃ、じゃあ。支度ができたら戻って来るから」
「知らないわっ」
「どうぞいってらしゃい」
ベクタードレインが膨れたファルをなだめている。彼は本当に苦労人だ。
彼のために早いうちに女神様と会う段取りを付けたいのだけど、一体どうやったら女神様に会えるのかしら。
ルートリアが知ってそうだったから、パーティの合間にでも聞いてみよう。
3時間後。
メイドに連れられて、少し緊張しながらファルとベクタードレインが待つ部屋に戻って来た。
私はドレスを着ているので神器の入ったバッグを持てず、メイドに持って貰おうとしたけど彼女たちに40キロの荷物は持てなかった。
結局、2階の階段前のフロアにいた警備兵に運んで貰った。
彼はこのバッグを私が持ち歩いていたのを覚えていたようで、想像よりもはるかに重い事に驚愕していた。
運び終わった後も私とバッグを交互に見てから去って行った。
「うーん、少しは可愛くなったと思うんだけど、皆は私の事を見てなんて言うかしら」
少し緊張しながら部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
ファルの声が聞こえたのでゆっくりと扉を開ける。
入室する私を見た2人の表情が固まった。
「だ、誰なの?」
!!
誰なのって酷くない!?
確かに転生してから初めてするアップヘアだけど、そんなに違和感があるのかしら。
正直、ちょっと自信があったのに……。
ドレスアップしながらも自分の変身ぶりに、私自身がドキドキしていた。
私が今しているアップヘアは、2つの三つ編みをうなじより少し上にひと塊でまとめて、毛先の一部を髪留めから広がるように流している。
前世日本の披露宴でよく見る髪型、三つ編みでゆるふわにまとめたシニヨンってヤツね。
ドレスは黄色をベースにオレンジと白のレースや花の飾りで華やかに飾られている。
控え目に開けられた胸元には明るい黄色の宝石をあしらったネックレス、同じ色の宝石が付いたイヤリングもしている。
自分では見えなくて残念だけど、シニヨンの髪飾りにもこの明るい黄色の宝石が付いている。
エルベの洋裁店でドレスと貴金属を受け取るときに宝石商がダイヤモンドだと教えてくれた。
ダイヤモンドって無色透明だと思っていたから、黄色があるなんて驚いたわ。
ドレスの背中側は少しだけ広めに開いていて、セクシーまではいかないけどちょっとだけエレガントな雰囲気になっている。
手先は肘まである薄黄色の手袋を付けている。
あの花嫁やお姫様が付ける手の形に密着した手袋で、手首から肘までの生地はレース編みになっている。
ドレスも嬉しかったけど、この手袋にはテンションが上がった。まったく、いちいち小物が素敵すぎるのよ!
そんな感じで奇跡の大変身を遂げたと自分では思っているので、お世辞でいいから素敵だとか言って欲しいんだけど……。
2人の反応が気になり、上目遣いで様子を伺うとベクタードレインがまじまじと私をみている。
「お美しい……」
息を吐くように小声で言われた。
や、やったあ、美しいって言われちゃったよ。
魔族は美的感性が人族に近いので、素直に嬉しい。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
ベクタードレインにお礼を言うと真顔の彼は、首を横に振った。
「私はお世辞を言いません。レイナさん、本当にお美しいです」
正面切って言われたので急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「……お姉様ったらアップがとても似合うのね。べ、別に悔しくなんかないんだから……」
ようやく表情の戻ったファルが今度は口を尖らせた。
つまりファルからも高評価を貰えたって事ね!
嬉しくなってにこにこしていると、部屋の扉がノックされたので「どうぞ」と入室を促した。
ルートリアとプレシオが部屋に入るなり私を見て、ファルたちと同じように固まった。
既にパーティの準備を終えたルートリアは白を基調としたジャケットとスラックスの上下。
周辺国や異種族からの侵攻を軍事力で防いできた歴史からか、ジャケットの両肩には黄色の礼章、胸に赤と金の糸で紋章の刺繍が入っている。
この人はホント何を着ても様になるわね。
むしろ王族のためのこの服は本当に似合っていてカッコいい。
そしてプレシオ。
昨日、告白してきて私を混乱させた彼は、濃紺のジャケット上下で、両肩に白色の礼章が付いている。
背の高いルートリアよりも更に背が高い事もあって、細身のスラックスが長い脚をより長く見せる。
プレシオはこんなに素敵なんだから、女性なんて選び放題のはずなのに、何で私なんかをいいと言ってくれたんだろう。
あの告白はたぶん……、いやきっと気の迷いだと思う。
彼ら2人を見ながらぼんやりとそんな事を考えていると、ルートリアが口を開いた。
「私の眼に狂いはなかった。こんなに素敵なレイナをエスコートできる事、幸せに思う」
彼らに付いて来たメイドが顔を赤くして小さく「きゃ」と声を漏らした後、慌てて口を押えた。
ちょ、ちょっとやめてよ。
皆の前でからかうなんて酷いじゃない!
メイドの反応に恥ずかしさが倍増して、上目づかいでルートリアを見る。
ところが、ルートリアはふざける様子もなく優しい眼で私を見ていた。
か、からかったんじゃないの!?
え? じゃあ、お世辞? お世辞だったの?
で、でも、こんな平民娘相手に王子様がお世辞を言うなんてやり過ぎよ!
私はいつもルートリアに何か言われて心を乱されてしまう。他の人ではこんな事ないのに……。
冷静になろうと心を落ち着かせていると、少し強い口調でプレシオがルートリアに声を掛ける。
「アルト、次にレイナをエスコートするときは俺だからな?」
それを聞いたメイドがまた恥ずかしそうに「きゃ」と声を漏らして手で顔を覆った。
あ、あなたのその反応で恥ずかしさが倍増するの!
お願いだからそんな仕草しないで!
私とメイドは2人して顔を赤くするともじもじしながら下を向いた。
「ねぇ、サラミはまだなの?」
私たちのやり取りを見ていたファルが、呆れ顔をしながら聞いてきた。
そ、そうだ、サラミがいないとプレシオのエスコート相手が無しになってしまう。
さっきの恥ずかしさがどこかへ消え去り、サラミの事が心配になったところで、部屋の扉がノックされて扉の外側から声が聞こえた。
「ファブリアーノ様をお連れいたしました」
口調は丁寧だけど明らかにスモークの声だ。
という事はサラミが来たのね。
次回、「本物の貴族令嬢」お楽しみに!




