9話 妹ポジションになりたいだけなのね
疲れていたのか、昨晩はぐっすり眠ってしまった。
昨日は寝不足で一日過ごしたし、玉座の間で勇者と対決したのでとても疲れた。
そして何より、プレシオからの告白。
いつもの私なら恥ずかしくって戸惑って、とても寝られない状態になっただろう。
だけど、自分の中でどうしていいのか分からなかった彼ら2人への向き合い方が、身分差を考えなくていいと分かってスッキリしたのだ。
転生して第二の人生を歩むうちに、貴族と平民という変えようのない身分差が精神に刷り込まれ、決して相容れない違う世界の人たちだという意識になっていた。
その意識は今も変わらないのだけど、彼ら2人には自分の気持ちに正直でいいと思えた途端、目の前にかかっていた霞の様な、霧の様な不透明なものが無くなり心が透き通った気がした。
いつも食事をする細長い食卓テーブルのある客間に行くと、既に皆が集まっていた。
今日の朝食はプレシオとルートリアも一緒のようで、プレシオから挨拶される。
「おはようレイナ。今日は長い一日になると思うけどさ、頑張ろうな」
昨日の告白が無かったかのように、今まで通り爽やかに挨拶された。
「お、おはよう。が、頑張ろうね!」
私の方はというと、彼の顔を見た途端、昨日の事が思い出されてしまい瞬時に顔が赤くなってしまった。
紅潮した顔をなんとなくルートリアに気付かれたくないと思い、少し斜め下を向き片手で顔を隠す。
「? どうした?」
「べ、別に何でもないわ。……おはよう、ルートリア」
「ああ、おはよう……」
何とか挨拶をして誤魔化そうとしたものの、思いっきり違和感を与えてしまったようで、私とプレシオの顔を交互に見られてしまった。
「今日はいよいよ第四王子婚約パーティだ」
朝食の後、今日の事についてルートリアから皆に話があった。
「婚約パーティへは以前から説明している通り、私とプレシオ、レイナとサラミで出席する。他のメンバーは各自の客室で待機をお願いしたい」
「待機は構わないけど、婚約パーティでの私たちの目的を教えて欲しいわ」
ファルは王城で出される紅茶が気に入ったのか、おかわりを飲みながらルートリアに質問している。
「まず第1に、軍事の実権を任されるハリオス侯爵とその配下のレグハルツ将軍を失脚させる。第2に、ファルとベクタードレインには悪いが、魔族との戦争に備えて貴族たちの協力を取り付ける」
前に聞いた通り、軍部の病巣を取り除くのね。
「そうするとやっぱり2人が軍部に戻るの? 私たち『自由の剣』は異種族外交の要請を受けているけど、活動はどうするの?」
確か今のままでは軍が上手く機能しないから、2人が再び軍部を掌握すると言っていたわ。
「昨日、一昨日と父上や兄上と話した。私なりに考えたが、今まで通り兄上に軍の全てを任せた方がよいとの結論に達した」
「カストラル王太子ってさ、思っていた以上に頼りになる人だよね」
ルートリアとプレシオが顔を見合わせて苦笑いしている。
「そ、そうなのよ。昨日勇者と舌戦したときに感じたんだけど、昔の豪胆さを残しつつも話せばわかってくれるようになったというか……」
10年前、私が8歳で初めてカストラルに会ったときには、もう本当に手を焼かされた。
異種族との平和の実現は、対話で成し遂げたいと主張する私に対して、当時18歳だったカストラルは、異種族との関係は武力による制圧しかないんだと、私の事を高圧的に頭から否定して全く聞く耳を持ってくれなかった。
私が平民の子供というのもかなり影響していたようで、王族である彼からすれば話を聞く価値など端からないと思っていたようだ。
どうやっても彼を説得できないので、途中で面倒臭くなって何度神器で従わせようと思った事か……。
それでも神器の力を使うのは、翻訳とか単なる力添えの要請だけに留めて、平和への理解は対話あるのみと心に決めていたので、彼に対しても説得だけで頑張ったのだ。
結局、言葉では彼を説得することができず、9歳のときに妖精族と国交を開くことに成功して、渋々私の主張を受け入れてくれたのだ。
それ以来、私のやる事に何も言わなくなったけど、16歳になる前、勇者と異種族国家へ旅立つ際に一言だけ忠告された。
「お前のやり方はお前にしかできない属人的なものだ。恒久的な平和を目指すなら、他の者に外交を引き継げるようにしなくてはならない」
そして今、彼の言う通りになった。
経緯はどうあれ、勇者デグラスは異種族との外交にことごとく失敗して全ての友好関係は失われてしまった。
思えば3年前には、既に随分と私の話を聞いてくれるようになっていたのかもしれない。
そして、昨日のカストラルの勇者に対する態度。
横柄な感じはそのままでも、大局的な見地というか全体的な俯瞰というか、人を統べる器の様なものを感じたのだ。
「ハリオス侯爵とレグハルツ将軍には兄上も手を焼いているようだ。2人を軍から追放して、新しい貴族を代わりに据える」
「勇者の事もさ、カストラル王太子に任せるのがいいと思うんだよね」
彼らの言葉に頷いていたファルは、気になることがあるわと言い出した。
「それにしても昨日の感じ、あの勇者はレイナに対してかなりの恨みを持ったと思うの。勇者の暴走に備えて魔道具の力を残しておくべきね」
言い終えた彼女はすぐに何かに気付いて怪訝な顔をした。
「……そういえば、その魔道具は何が出来るの?」
ファルの質問で皆の視線が私に集まった。
あっ、そうか。
神器で何が出来るかは誰にも言ってなかったんだ。
「た、頼み事かな……」
「?」
皆で顔を見合わせている。
ルートリアが代表する形で私に質問した。
「レイナ、作戦にも影響するから、その魔道具でどんな頼み事がどんな相手に可能か教えて欲しい」
も、もう神器の事を打ち明けてもいいかな……。
「この話が漏れたら私、世界中の悪者から攫われかねないの。だから皆には、相当の覚悟を決めて話すからね」
神妙な面持ちで告げるとベクタードレインが手を挙げた。
「レイナさん。冒険者ギルドへ登録する際に、ギルドの魔道具で秘密は暴かれてしまったのですか?」
いつも思うけど彼の目の付け所は鋭い。
「いいえ。魔道具の質問をされなかったの。登録するときは自分が魔道具士だとも思ってなかったし。あのときギルドは、私の事を体力と筋力があって、魔法を使えない不器用な女だと判断したみたい」
今はどう思われているか知らないけど……。
「私がレイナさんの秘密を知った後、拷問されたり魔法で自白させられたりしたら、秘密が漏れてしまうかもしれません」
ベクタードレインの危惧にルートリアとプレシオが頷く。
「……確かにその可能性はある。かえってレイナを危険な目にあわせる事になるか……」
「それならさ、俺たちが知るのは止めておいた方がいいよな」
プレシオからファルへ視線を移したルートリアは、彼女を見据えたままで私に話し掛けた。
「レイナ。秘密の漏れる心配が無いファルにだけ打ち明けてくれないか? もしものときにきっと頼りになると思う」
「へえ。悪魔も信用されたものねっ」
ファルが嬉しそうに笑っている。
「分かったわ」
皆からなら秘密が漏れてもいいと覚悟したけど、それが皆の心の負担になるのは悪いよね。
ファルなら平気そうにしているし打ち明けておこう。
今日は時間が無いので、部屋で2人きりになりゆっくり打ち明けるというのも難しい。
隣にいるファルに耳打ちして小声で簡単に伝える。
「ええーと、これ魔道具って呼んでるけど実はね、神様から借りてる神器なの」
「か、神様ってゲヘナ様?」
「違うわ、この世界や他のたくさんの世界を創られた、そして邪神ゲヘナ様や女神ベアトリーチェ様を創られた神様よ」
「!!」
ファルはかなり驚いた様子で、早く続きを話すように促された。
「それで出来る事なんだけど、選んだ相手に対して拒否不可のお願い事ができるの。お願い事の内容に制限はないわ」
「!!!!」
この事実には更に驚愕したようで、かるく放心しながらも話の続きを待っている。
「1回の発動で指定できる人数は1人だけなんだけど、その相手に……制限は無いの。神器を貸してくれた創造の神様ですら対象に出来るわ」
「――――――――――!!!!」
ファルは大きく目を見開くと、虚空を見つめて固まった。
「ファル?」
私の問いかけに我を取り戻した彼女は、人形のようにゆっくりと首だけ回して私を見るとぎこちなく口を動かした。
「それって、創造の神様に制限なしで拒否不可のお願いが出来るという事?」
「そうよ」
「……」
「……」
「それだけの結果をもたらすのに、一体どれだけ魔力を必要とするか……。
もう私には想像すらできない……。
……。
ねぇ……、あなたの事をレイナ様って……、いや、せっかくだからお姉様って呼んでいいかしら……」
いや、年齢的にあなたの方がお姉様でしょ!
あっ、きっとファルは妹ポジションになりたいだけなのね……。
室内が静まり返っているので周りを見ると、皆が無言でファルと私を見ていた。
悪魔のファルがここまで驚く姿を目の当たりにしたので、皆は当然のように私に対してドン引きしていた……。
次回、「平民娘相手に王子様がお世辞を言うなんてやり過ぎよ!」お楽しみに!




