8話 「好き」の2連発
プレシオから客間を連れ出された私は、一階まで階段を下りて庭に続く廊下を歩く。
こんなときも一応神器は持ち歩いている。
もう慣れたし、バッグに入れているから以前に比べれば不便でもない。
「ねぇ、急にどうしたの? 二人で話がしたいだなんて」
私の問いに軽く頷いた彼は、黙ったまま庭に続く扉を開けた。
早めに夕食を取ったせいか、日はほぼ沈んでいるけどまだ微かに夕暮れの名残りが空を赤く染めていた。
庭の中ほどには壁の無い小さな東屋があり、ちょうど中年のメイドが四隅の台に置かれたランタンに灯を点けていた。
プレシオと二人で東屋に入る。
中には茶会ができるように、テーブルと椅子があったので椅子の横に神器の入ったバッグを置いて向かい合って座る。
「悪いけどさ、紅茶をお願いできるかな」
「はい、エンツォ様」
まるで自分の屋敷のようにメイドに給仕を頼んでいる。
中年のメイドの方もプレシオの事を良く知っているようで、何も違和感なしに引き受けていた。
きっとルートリアとの付き合いの中で、頻繁に城に出入りしていたのだろう。
メイドが茶器を取りに行ったのを見届けてから、プレシオは私の事を見た。
「実は俺の中ではさ、急に思った訳じゃないんだ。いつも二人で話をしたいと思っていたんだよ」
さっきの私の問いに微笑みながら静かに答えた。
なんだろう、話って。
「もしかして明日の事?」
「明日の事も関係あるかな」
あれ? 関係あるかなって言い方なの?
てっきり明日の打ち合わせかと思った。
明日の第四王子婚約パーティは、騒ぎになると困るのでファルとベクタードレイン、スモークは客室でお留守番の予定である。
だから、彼女らのいないところで込み入った話があるのかと思った。
「じゃあ、あらたまって何の話なの?」
「明日はさ、レイナはアルトにエスコートされてパーティに出る。そしてさ、サラミは俺がエスコートしてパーティに出るよな」
「そ、そうなのよね……。いくら設定とは言え本当に困っちゃうわ」
「レイナはさ、嬉しくないのかい? アルトのエスコートだぞ?」
「そりゃ、美形の第三王子様だもの。そんな人にエスコートしてもらえるなんて凄いことよ。まあ、彼も素敵な人だし……。でもなあ……」
「で、でも、何だ?」
「彼は王子様で私は平民なのよ。単純に喜んで浮かれられるほど気楽な話じゃないわ」
ルートリアだって普段は私に優しくしてくれるけど、やっぱり真剣にお付き合いするなら身分を抜きで語れる訳がない。
今回は目的達成のために役柄を設定しているだけだから、こういう事になっているのよね。
「あいつはさ、そんな事気にしないよ」
ちょっと真剣な表情でプレシオに言われた。
え、そうなの? 身分差を気にしないの?
……い、いやぁ、気にするでしょ。
「もう、冗談辞めてよ」
手の平をパタパタと振って彼の冗談に応えると、彼はさっきよりも更に真剣な表情になった。
「俺も身分差なんて気にしない」
プレシオも身分差を気にしないの?
プレシオの場合は公爵家の三男だから、男爵家のサラミとはかなりの身分差があるけど、それでも貴族同士ではあるのよね。
だとしても、貴族社会ではエスコートする相手の家柄として厳しいものがあるはず……。
第四王子婚約パーティでは、私たちと同じように目立つ事請け合いだわ。
「サラミは男爵家だもんね」
お互い気苦労が多いよねと少しおどけてみせたけど、プレシオは真剣な表情を崩さない。
「本当ならさ、俺がレイナをエスコートしたかったんだ」
「え? そ、そうなの?」
それだとルートリアがサラミをエスコートするのかなと考えてみるけど、なんか想像できないのでその妄想はかき消す。
私が可笑しな事を考えていたのがバレたのか、プレシオがコホンと軽い咳ばらいをした後、話を続ける。
「明日はいろいろ忙しいとは思うけどさ、それでもレイナとアルトが2人で話す時間もあると思う」
「そうね、少しくらい話す時間はありそうね」
「だから、そのときに先を越されないようにさ、今日の内に先手を打っておきたい」
そう言った彼は、真剣な表情を崩さずに私の眼をじっと見つめた。
え? 何? え?
見つめられると恥ずかしいんだけど……。
もうすっかり日が落ちて辺りは薄暗いけど、四隅の台に置かれたランタンのお陰で東屋の中は明るい。
ランタンに照らされたプレシオの顔は、いつにも増して頼もしく見えた。
この場所の雰囲気、彼の表情、これって……。
私は急に自分の頬が紅潮するのを感じた。
いくら恋愛経験の乏しい私でも、この後に彼が告白すると分かったからだ。
「レイナ……」
「は、はい」
「君の事が好きだ」
す、す、好きだと言われた。
プレシオに『好きだ』と言われた……。
私は生まれて初めて告白され、頭が真っ白になって思考が停止した。
さっきのメイドが台車に茶器を載せて運んでくると、私たちに紅茶を淹れてくれた。
その間もプレシオに何の反応も返すことができず、ただ黙って紅茶が用意されるのを見ていた。
どうしよう……。
なんて返していいのか分からない。
告白されたら自分の気持ちを返事するべきなのよね……。
でも相手は貴族。平民の自分が気持ちなんて言ってはいけないのでは?
ただ黙って頷くしか許されない?
頭の中がボーっとして思考が働かずにいると、紅茶を淹れ終わったメイドが「御用のときは御呼び願います」と言って下がってしまった。
え、え~。
メイドさん行かないでよ。
お願い私を置いて行かないでぇ。
私の願いも虚しく、東屋の中はプレシオと私の2人きりになった。
どうしていいのかオロオロしていると、表情を崩したプレシオがいつもの口調で言った。
「ごめん、困らしちゃったね。でもさっきも言ったけどさ、俺は身分差を気にしていないんだ。だからレイナの素直な気持ちを教えて欲しい。思いが同じなら一緒にエンツォ家として生きていく将来を考えたい」
一緒にエンツォ家として生きていく将来を考えるって、私がエンツォ家に嫁ぐって事だ……。
分かっているけど、貴族の婚約、結婚は恋愛なんて前提にない。
家と家の結びつきが目的であって、好きとか嫌いとかは二の次、三の次のはずだ。
にもかかわらずプレシオは平民の私なんかの気持ちを大切にしてくれて、お互いが好き合っているなら婚約しようと言ってくれたのだ。
公爵家のプレシオなら本気で「レイナ、俺の妾になれ」と言えば、平民の私は逆らえやしないのに……。
この人はどこまで誠実なんだろう。
ちっとも貴族らしくないこの人は、性格も本当のイケメンなのね。
「返事は気持ちが整理出来たらでいいからさ、そのうち聞かせてくれるかな」
私がいろんな事に思いを巡らせて、すぐに気持ちを返事できないのが伝わったのか、しばらく猶予をくれたので正直ホッとする。
彼の表情の方もホッとしているように見えた。
あれ、返事ができていないのに少し微笑んでいるみたい……。
なぜかしら……。
プレシオの表情の変化が気になりながらも、少し気がかりな事がある。
「……サ、サラミはどうするの?」
サラミのプレシオへの想いは知っている。
彼女には幸せになって欲しいという気持ちが強くあるため、失礼にも無意識でサラミの事を聞いてしまった。
すると彼は少し困った顔をした。
「サラミは素敵な女性だけどさ、俺が好きなのは……」
そこで言葉を区切ったプレシオは、テーブルから身を乗り出して私の手を握った。
濃紺色の綺麗な瞳で見つめられる。
「俺が好きなのは君なんだ! レイナ」
ま、まただ!
また、好きと言われた……。
芸能人の様に整った顔、魅力的な濃紺の瞳、モデルのような高身長、そんな彼に見つめられて愛の告白をされたら、普通の女性では緊張のあまり声をだすのもままならないはず。
いくら私が普段彼と一緒にいて慣れているといっても、本気を出したプレシオの攻撃力は想像をはるかに超えていた。
や、やばい……。くらくらする。
緊張で酸欠気味だ。
私の心臓は自分でもうるさいくらいにドキドキと脈打って、彼に聞こえてしまうのではと心配になった。
「あ、あ、ありがとう……。き、今日はもう部屋に戻りたい……な」
濃紺色の瞳の長身爽やかイケメンから「好き」の2連発を食らい、意識がぼんやりとしてそう返事するのが精一杯だった。
「ふむふむ! なるほどねぇ」
ベッドの上でペタッと脚を横にして座ったファルが、腕を組んで興奮気味に私の話を聞いている。
お貴族様、しかも公爵家三男からのまさかの告白に、平民の私はどう対処していいか分からずにファルに助けを求めた。
「そんな感じで猶予をもらってホッとしたんだけど、ちゃんと返事ができていないのにプレシオの方もホッとした感じだったの」
あのとき不思議に思った事を相談してみる。
すると、右手の手首を曲げて人差し指の先を唇に当てたファルは、そうねぇと言った後に諭すように話を続けた。
「告白する方だってフラれるんじゃないかと心配なのよ。でもレイナは、すぐフッたりはしなかった」
「うん」
「つまり、レイナが心に決めている人はいないって分かったから、ホッとしたんじゃない?」
「な、なるほど……」
この娘、本当に恋愛経験ゼロなのかしら……。
侮れないわ。
「で? 結局、レイナはどっちを好きなの? 彼らは身分差を気にしないのよ?」
「ど、どっちって……」
今までは確かにルートリアにドキドキさせられる事が多かった。
でもあれって、恥ずかしくなってドキドキしてた気もするし……。
正直、好きな人を想う場合との違いがよく分からない……。
も、もしかしたら、す、好きのドキドキなのかな……?
でも、今日はプレシオにドキドキさせられたし……。
2人に出会ってから、ずっとお貴族様相手に恋愛感情なんて持っちゃいけないと、当たり前の事を強く意識するようにしてきた。
魅力的な彼らを好きになっても、相手が貴族なので後で自分が悲しむだけだと思うから。
でも……、でも、もし、身分差を無視してもいいのなら、プレシオの気持ちに真剣に向き合いたい。
次回、「妹ポジションになりたいだけなのね」お楽しみに!




