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7話 私、皆に感謝しているの

 しばらく震えていた勇者はようやく落ち着いたのか体の震えが止まり、それからじっとりと私の事を睨んだ。


「てめえを……殺してやる!」


 静かにそう言って武器に手を掛けようとしたところで、カストラルが大声で叫んだ!


「抜くなッ! 武器を抜くでないわ!! お前が武器を抜くのはここではない!」


 勇者は剣の柄に手を掛けたまま、血走った目でカストラルを睨んでいる。


「魔族と戦争に発展したならばそこがお前の主戦場! 今回の件は勇者の能力と関係ないのだから、失態は潔く認めればよかろう。大体お前程の実力ならば、自分の土俵で戦えばそこには称賛しかありえないではないか!」


 大声で勇者を諭すカストラルは、私が知っている頃よりも人間として成長しているように見えた。


 しばらくカストラルを睨んでいた勇者は、ゆっくりと周りを見渡す。


 ヘラルド王と王太子カストラルは悠然と座ったままだが、ルートリアとプレシオはいつでも反応できるよう身構えている。


 左右に並ぶ王国騎士団は皆、最初の直立姿勢から中腰に変わり、勇者と同じく剣の柄に手を掛けていた。


 私の前にはファルとベクタードレインが立ちはだかり、いつでも魔法を使える準備をしている。

 もちろん私も身を守るため神器の入ったバッグを胸の前に抱える。




 ゆっくり息を吐いた勇者は、私の前で立つベクタードレインを見て魔族と気付いたのかピクリと眉を動かす。

 そして、その横に脚を揃えて真っすぐに立ち、口角を上げて微笑み浮かべるファルを見ると、表情を大きく変化させて目を見開いた。




「……ち、しょうがねえな」




 そう吐き捨てた勇者は身を翻して後ろを向いた。


「勇者殿に任せていた異種族外交の務めは、今日を持って終了とする」

 ルートリアが勇者に話し掛けるが、辞去の挨拶もせずに背を向けたままこの部屋の正面扉へ歩きだす。


「明日の婚約パーティでは貴族たちに戦争の協力を取り付ける。必ず出席するんだぞ!」


 カストラルが大声で伝えると振り向かずに片手を上げて応え、そのまま部屋を出て行った。




 玉座の間に落ち着いた空気が戻った。


 非礼で利己的な勇者が居れば、粗野なカストラルですらいい奴に見えるから不思議なものね。


「俺はこれで退席する」


 どうやらカストラルは勇者の相手をするために出席した様で、役目が終わったとばかりに退席しようとする。


 計画通り王太子を味方に付けるのであれば、今ここで神器『尾根ギア』を使ってしまうのが一番手っ取り早いのだけど……。


 分かり易いように神器の端をバッグから出してルートリアに見せたのに、ルートリアは小さく首を横に振った。


 作戦変更かしら……。

 後でルートリアの考えを確認しよう。







「ふう、疲れたぁ~」


 私はとても大きな仕事を成し遂げたような充実感と共に、極度の緊張が続いた所為で疲れ果ててしまい、3階の例の客間でソファにへたり込んでしまった。


「大丈夫?」

「大丈夫ですか?」


 ファルとベクタードレインが心配してくれる。


 あの後すぐ、玉座の間で王様から異種族外交の再要請を受けた。


 もちろん勇者はこの任務から外れた上での話である。

 異種族外交の責任者は先程話が出たようにルートリアだそうだ。


 それなら当然要請を受諾するわ。ほかならぬヘラルド王の頼みだもの。

 そもそも平民の私には王族の要請を断るなんてあり得ないし。

 それ以前に、元々私が世界平和のために手を挙げて始めた事だもんね。

 

 ただ、友好関係が崩れた異種族国家への訪問が前提の任務だから、戦力的に頼りになる面子が望ましいと伝えた。


 すると、ルートリアの提案で冒険者パーティ『自由の剣』が護衛任務として最適だろうという話になった。


 冒険者パーティと言っても面子にルートリアとプレシオと私を含んでいるので、戦力だけでなく本来任務である異種族外交にも不足は無いのだ。

 

 ということで『自由の剣』のリーダーである私が代表として王族からの要請を受ける形で、外交を目的に異種族国家へ行く事になった。


「今更だけど、王族から要請された異種族外交の任務を受けちゃった話、2人は大丈夫だった?」


 どうしても嫌という反対意見が出たら王様に相談しよう。


「別にいいわよ。レイナと旅ができればどこに行ってもいいもの」

 ファルは私との旅というよりは、私との女子トークが目当てよね。


「私は女神様に願いを叶えて貰えれば他は従いますよ」

 彼もブレないわね。

 なるべく早く期待に応えなきゃ悪いから、異種族国家へ旅立つ前に何とかしたいところだわ。


 あとはサラミとスモークだけど、王族からの要請なので人族の2人が逆らえるハズもない。

 正直私だって逆らえないのだから、彼らは事後承諾でも問題ないだろう。


 それにしても、ルートリアとプレシオが再度軍部を掌握するという話はどうするんだろう。

 皆で外交のために異種族国家へ出向くっていう話になったんだけど……。




 ちなみに、勇者デグラスへ背負わせる国家予算規模の負債は冗談だそうだ。

 彼には有事の際に戦闘能力を発揮させる必要があるので、借金で縛るよりは外交失態を不問にして恩に着せる方が有益だろうとの判断ね。


 同じ考え方で魔族領での過去の振る舞いも不問にせざるを得ないそうだ。

 魔族の外交長官殺しで勇者を責め立てても、結局魔族の行動は抑えられないと思うし、戦争が起きるなら貴重な勇者の戦力を有効活用すべきだもんね。


 借金の返済や過ちの清算を勇者にさせるには、従わせるだけの強制力が必要となるけど、勇者の戦闘力を考えると国家権力では不足するのだろう。


 この国に勇者が協力しているのは、国家権力という強制力によるものではなく、勇者としての能力を活用して称賛されたいという彼の自発的な行為によるものだ。


 となると勇者のやる気を削ぐような命令や制裁が難しく、王様としても勇者への接し方を考える必要がある。


 その点、カストラルはそういった舵取りが上手く、勇者の取り扱いでは適任と言えるのかもしれない。




「同族が殺されたベクタードレインにとっては、悪事が不問にされるのは受け入れ難い話よね……」

「気分の良い話ではありませんが、あの勇者が異常者で王族の方々は良識的だと分かりましたのでそれほど気にしてはいません。それよりも……」


 言い掛けて私の顔をベクタードレインが見てくる。


「女神様よね?」

「はい」


「分かっているわ。明日の第四王子婚約パーティが終わったら優先するから」

「お願いします」




 一息ついたところで、客間の扉がノックされてプレシオが入ってきた。


「いやあさっきはさ、大変だったよね」


 私が返事をするよりも早くファルが反応した。

「ホントよ! もしあの勇者が暴れだしたら結構な修羅場だったわよ? この国の王族っていつもあんな綱渡りをしている訳?」


「流石に今日のはちょっと緊張したね。それもこれもさ、レイナの気持ちを考えてきっちり勇者に落とし前を付けさせようとしたからなんだ」


 プレシオの言葉に頷いたファルは、こちらを向くと私の事はお見通しと言わんばかりに軽く微笑む。

「レイナとしては、勇者さえ関係していなければ、奴の謝罪が無くても平和のためにもう一度異種族外交を引き受ける気だったんでしょ?」


 ファルの言う通りだ。

 勇者からの謝罪が無くても、皆が平和に暮らせる世の中を実現できるなら、王族からの再要請を引き受けていただろうな。


「でもね。私、皆に感謝しているの。2年間も浮浪者を続ける原因になったあの男に、私の前で自らの失態を認めさせたんだもの」


 私は晴れやかな笑顔で皆を方を向く。


 大丈夫。

 

 これで私は変われる。

 皆のお陰で過去に縛られず前向きになれる。


 玉座の間で何度も口にした感謝の言葉を、もう一度皆に伝えた。



「みんな! ありがとう!」







 今日はプレシオも一緒に夕食を食べて王城に泊まるそうだ。

 一日あれこれ忙しくて疲れたそうで、明日の朝食を食べてから自分の屋敷に着替えに帰るらしい。


「ルートリアは夕食に来れないのかな? もう一度さっきのお礼を言いたいんだけど……」

「明日の事もあってさ、王様や王太子と食事をするみたいだよ。大丈夫、彼にも感謝の気持ちはちゃんと伝わっているよ」


 程なくして夕食の時間になり、プレシオ、ファル、ベクタードレインと4人で食卓を囲んだ。


 昼間、勇者の事で気を張ったからかお腹が空いていて、しっかりと食べてしまった。


 あまり運動していないのに食べてしまったので、ドレスがきつくなったらどうしようかと食べてから心配した。

 でも、私のウエストは重たい神器の持ち歩きで異常なほど締まっている。

 コルセットを付けても意味が無いと洋裁店の店主に言われたくらいだから、ちょっとは食べても平気よね。

 

 食後のお茶が終わったところでプレシオが部屋に戻ろうと席を立ったのだけど……。




「レイナ、いよいよ明日は婚約パーティで忙しくなるからさ、今の内に君と少し話がしたいんだ」




 どうもこの部屋で皆と一緒じゃなく、2人きりで話をしたいらしい。


 庭にいい場所があるそうで、そこで話そうと言われて部屋を連れ出された。


「頑張って!」


 なぜかファルがプレシオに声を掛けていた。


 何を頑張るのかしら?


次回、「好きの2連発」お楽しみに!

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