再び地球へ
そして、スメーラ神の言っていたように、私たちは再び地球へ戻って来た。
戻って来たその日の日付はーー
十八歳の誕生日、七月七日だった。
本当に時間が止まったままだった。
朝、普通に学校に行って、校門前で誠矢に会って、昇降口前で美鈴に声をかけられた。
そして、下駄箱の前で、祐宛のプレゼントと手紙に埋もれた。
何だか、不思議な気分だった。
ラピスラズリで昼も夜もずっと一緒に過ごして、死ぬまで一緒だったのに……。
今は高校生、帰る家も違う。
それに、祐は人気ロックバンドのボーカリストーー有名人。
ふたりきりで話なんて出来なくて……。
言葉を交わすのは、朝と、お昼休みにみんなと一緒に話したりする時ぐらいだった。
ファンに囲まれてる祐と時々目が合うと、とても淋しそうにしてて……。
それがどういう意味かわかってたし、祐の夢を叶えるためにはどうすることも出来なかったから、心配しないように微笑み返すだけだった。
もちろん、休日にふたりで遊びに行ったり、お互いの家を訪ねることもなかった。
家に帰って、祐にもらった指輪を一人で眺める日々が続いた。
それを心配してくれたみんなが、誕生日の時みたいにルーのお店で時々、五人で会う機会を作ってくれた。
みんな、本当に優しいね。
そんな風に高校生活を続け、季節は過ぎていった。
卒業式が近づくと、祐はまた何か考えてるような仕草をするようになった。
答えが出たら、また急に行動するんだろうなぁ。
そう思って、そのまま黙って見守っていた。
そして、卒業式、前日ーー
ーールーの店で、いつもの五人は集まっていた。
それぞれの道を選び、別れを惜しみつつ、楽しく話す時間が過ぎてゆく。客のいない、綺麗な店内に、大暴投やミラクル変化球が飛び交い、その間に、ツッコミや不機嫌なため息が舞い、時々、エロ話が美鈴から起こっていた。
ひとしきり話し終えると、誠矢、ルー、美鈴は気を利かせて、ショーケースの脇のスペースへ移動した。
亮と祐のふたりきりになった。
ロック界の王子様は、真剣な表情でふと口を開いた。
「俺、卒業したらアメリカに行く。日本でアイドル的に売り出すより、そっちの方が合理的に出来ると思うんだ」
亮はなぜか、目を輝かせて、
「あぁ、そうなんだ! 私ーー」
祐はラピスラズリでの伴侶の口を塞いで、
(先走り。
俺の話まだ、途中)
心の中で文句を言って、祐は先を続けた。
「だから、迎えに来れるようになるまで、待っててくれるか?」
(一緒にいたいけど……この世界じゃ、今は無理なんだ。
立場が安定したら、またお前に結婚申し込むから。
それまでは、こうするしかないんだ)
遠く離れた空の下へ行ってしまう決心をした祐を前にして、亮は戸惑い気味に、
「あ……えっと……あの……」
(待つのは出来ないんだよね)
何か言いたげに口をパクパクさせているボケ少女に、祐は不機嫌な顔で、
「いいから、大人しく待ってろ」
(少しは学習しろよ。
ジュレイテにいる時も、少し目離すと、お前いつも勝手に出かけてて……。。
従者が大変だったんだ、お前を探すのに)
先走り姫、結婚しても、全然変わらなかった。亮はそれでも、自分の言いたいことを言おうとして、
「え、でも、離れーー」
祐は強い口調で黙らせた。
「連れていけないんだっ!」
(俺だって離れたくないんだ。
ものすごく淋しいんだ。
本当は一緒に行きたいんだ。
だけど、今は出来ないんだ)
滅多に声を荒げない不機嫌王子を前にして、亮はとりあえずおとなしくした。
「あぁ……うん」
(……祐の気持ちはわかったよ)
さっきからふたりのやり取りをうかがっていた、誠矢、ルー、美鈴が戻って来た。勘が鋭く、小さい頃からふたりのことをよく知っている、誠矢はにやにやしながら、銀髪少年の肩に手を置いて、
「何の話だよ?」
(話かみ合ってねぇみてぇだぞ)
祐は、親友三人にもアメリカ行きの話をした。
それが終わると、誠矢たちはお互いに顔を見合わせ、意味あり気に微笑み合った。祐はマジボケして、彼らの言動に気づかなかった。
しばらくして、祐が席を外した。その隙を待っていたというように、誠矢が亮の隣に腰掛け、
「言ってねぇのか?」
(お前らの様子からして、そうだろ)
亮は珍しく困った顔で、ストローの空袋を手でモジモジいじり始めた。
「あぁ……うん」
(話そうとすると、止められちゃうんだよね。
どうしてだかわからないけど……)
誠矢は少し離れた場所で、ぼんやりしている祐へ、視線をちらっとやり、
「忘れてんだろ」
(何で、こいつがオレたちの近くに引っ越してきたか。
好きなやつのことぐらい覚えとけって。
仕方がねぇな)
マジボケしている親友に、誠矢は少しだけ笑った。そこへ、亮の大暴投が、
「えっ!?」
(祐が!? ど、どういうこと?)
ツッコミ少年、軽々と飛び上がって、しっかりキャッチ。だが、誠矢にしては珍しく、まっすぐ突っ込んだ。
「いやいや、『ワックス』じゃねぇって」
(いいとこ、投げてくるじゃねぇか。
けど……)
いつも明るい従兄弟は、淋しげに笑って、
(これも、もうそろそろなくなっちまうんだな。
お前の大暴投も、祐の放置も……)
親友と従姉妹の選んだ未来を考えると、誠矢はどうしてもテンションダウンしてしった。それでも、誠矢は亮に優しく微笑んで、
「遊びに行くかんな」
(そん時、思いっきり大暴投させてやっからな)
美鈴は亮の真正面のテーブルに両手を置いて、
「仕事ひと段落したら、連絡するよ」
(まぁ、嫌でもわかるでしょ、白石も)
「亮ちゃん、仲良しさん♪」
(キミたちは運命で結ばれてるからね)
ルーがふんわり微笑むと、亮は元気にうなずいた。
「うん!」
祐だけが話をわかっていない状態で、五人の集まりはこれが最後となった。
卒業式を終えた翌日ーー
祐は夢を叶えるため、アメリカへと一人飛び立った。
無駄に広い歩道を歩きながら、ぼんやり考え事。
(あれとこれをくっつけて……。
裏拍……か。
それから……ストリングス(*楽器の種類)で……)
「祐!」
自宅の鍵をポケットから取り出そうとすると、後ろから声をかけられた。ラピスラズリで、何十年も聞き慣れたその声に、祐は不機嫌な顔で、
(あぁ、もう!
考え中なんだ。
話しかけるなーー!!)
遠い空の下にいるはずの人の声を聞いて、
「え……?」
(何で?)
祐が我に返り振り返ると、急いで走ってくる亮の姿が。ミニスカートにパーカーというカジュアルで、動きやすい格好で、近寄ってくる先走り少女。祐は盛大にため息をつき、一気にあきれ顔。
「…………」
(どうして、待ってられないんだよ。
先走り)
不機嫌な顔をしている祐のすぐ近くまで、亮はやってきて、屈託のない笑顔で、
「伝えたいことがあって、来たんだよ」
(言えなかったことがあったんだよね)
ルーの店で伝えそびれたことを告げにきたボケ少女。アメリカにまでやって来てしまった、行動力ありありの愛しの人を前にして、祐は再びため息をついた。
「…………」
(言いたいことのために、わざわざここまで来るなよ。
電話でいいだろう)
さっきからため息ばかり返してくる祐を前にして、亮は首を傾げて、
「あ、あの……」
(どうしたのかな?
様子が変だけど……)
不機嫌王子は投げやりに、
「何?」
(聞いてやる、ありがたく思え)
態度デカデカの祐だとも知らず、亮は自分の用件をしっかり話し出した。
「祐に自分が卒業後、どうするか言ってなかったよね?」
(ずっと迷ってたけど、祐がどうするか聞いて、決心がついたんだよ)
「あぁ」
(確かに聞いてない)
興味なさそうな態度の彼を気にせず、亮はさらに、大暴投もしないで、
「私さ、高校入学の時、両親の海外出張のために、誠矢の家の近くに引っ越してきたよね?」
(祐と離れ離れになるのは、自分も淋しいと思ってたよ。
だけど、大丈夫なんだよね)
面倒くさそうな顔で、祐は短く、
「ん」
(お前、珍しくまともに話してる。
今日、雨が降るかも知れないな)
心の中でコケ落とされているとも知らず、亮は笑顔になった。
(祐らしいね)
ラピスラズリでの、長い結婚生活を思い浮かべながら、先走り少女は、
「それと、卒業したら、お姉ちゃん、結婚することになってたでしょ?」
「ん」
(した。
招待されて、思いっきり写真取られた。愛理さんに)
美少年ゲッターに捕まった時のことを思い出して、祐は盛大にため息をついた。亮はまだ話を続けていて、
「だから、一緒に住めなくなったんだよね。それで、一人で日本にいるのは、ちょっと無理だろうなって思ったんだ」
「ふーん」
(お前も自分のこと、少しはわかってるんだな。
確かに、お前一人だと、色々問題起すだろうな)
かなり興味なさそうに、相づちを打った祐。それを気にせず、亮はやっと結論へ到着。
「それで、両親のところに引っ越すことにしたんだよ」
それを聞いた、祐は心の中で、盛大に文句を放った。
(お前、話長すぎ。
それだったら、『卒業後、両親のところに引っ越した』だけでいいんだ。
余計な前置き、いらない。
時間のーーん?)
焦点の合わないスミレ色の瞳であたりを見渡すと、英文字の標識が入って来た。その景色に立っている亮。ぼんやりしながら、指示語だらけの思考回路を展開。
(あれがそうで、これがああなんだから……?)
亮に視点を合わせて、祐は最低限の言葉を口にした。
「どこに?」
(お前の両親、どこに住んでるんだ?)
亮はびっくりして、飛び上がり、
「えっ!?」
(どこって……あれ?
卒業式の日に、八神先生に話してるの聞いてなっかったの?
先生が、『あちらへ行っても、元気でいてくださいね』って言ったけど……)
不機嫌王子は鋭い視線を送りつけた。
「…………」
(通じてるんだから、考えるな。
いいから、答えろよ)
「アメリカだよ」
(もしかして、忘れてたの?
入学式の日にも話したけど……)
出て来て地名に、祐は沈黙した。
「…………」
(そういえば……。
そんなこと、入学式の日に聞いたような……。
その時は、こいつのこと好きだって気づいてなかったから、重要なことじゃなかったんだ。
だから、覚えてなかったんだな。
卒業式の日にも、八神先生、こいつがどこか遠くに行くようなこと言ってた……。
俺、その時、覚えてなかったけど……今思い出した)
いつまでも記憶を回想している祐の顔を、亮は不思議そうにのぞき込んで、
「祐?」
(もしかして、また間違ったこと答えたかな?
あってると思うんだけど……)
祐は我に返って、スミレ色の意志の強い瞳を、くりっとしたブラウンの瞳に向けて、
「……家、どこ?」
(お前、今走ってきたよな?)
亮は道路へ顔を少しだけ向け、右の方を指さした。
「あっち、すぐ近くだよ」
(走って、一、二分だったよ)
祐は見る見る笑顔になっていく。
「そう……か」
(日本に住んでた時より、近くになったんだな。
すごいな。
神様が言ってた『離れたりしない』って、こういうことなんだな)
「うんっ!」
(こういうことなんだね、離れないって)
同じ気持ちを持って、亮が嬉しそうにうなずくと、祐は急に不機嫌な顔になり、一言文句。
「遅い」
(もっと早く会いに来いよ。
俺、淋しかったんだから)
素直じゃないところは、死んでも治らなかった運命の人を前にして、亮はびっくりして飛び上がった。
「えぇっっっ!?」
(まだ、昼間だよ。
も、もう夜になった?)
こっちもこっちで、死んでも大暴投は治らなかった。落ち着きなくキョロキョロし始めた、愛しい人を前にして、祐は珍しく優しく微笑んで、
(また、勘違いしてる。
ぷぷぷっ。
そうだな……)
五年年も待った、かけがえのない人の手をつかんで、祐は自分の家へ引っ張った。
「中入れよ」
(したいことがあるんだ)
長い年月一緒に夫婦としてやって来た亮は、不機嫌王子の言っている意味をすぐに理解して、
「あぁ、うん」
(それだね)
家の中に入ると、ドアに鍵をかけ、祐はキーをシューズケースの上へ投げた。まるで、もう止めることができない感情に飲み込まれてしまったかのように、乱暴な仕草で、亮をいきなり抱きしめた。
祐の背の高さは182cm、亮は160cm。
愛しの人よりも頭ひとつ分上に出ている銀髪少年は、地球に戻って来てから、まったく感じられなかった、亮の温もりをむさぼるように味わいながら、
「……やっぱり、そばがいい」
(すっとこうやって、触れたかったんだ、お前に。
だから、すごく嬉しい。
何日ぶりだろうな、お前を抱きしめるの)
頭上で舞った祐の声を聞いて、亮は愛する人の背中へ腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「うん、そうだね」
(祐は淋しがり屋なんだよね。
知ってるよ、ラピスラズリでずっと一緒だったから)
他の人の前では決して見せない、祐は甘えた声で、
「……キス」
(ずっとしたかったんだ、こっちに戻って来てから、ずっと)
亮はくすぐったい顔で、
「……うん」
(だから、みんなに囲まれてた時、淋しそうな目をしてたんだよね)
そして、ふたりはこの世界で初めてのキスをし、それを何度も繰り返して、やがてベッドへ移っていったーー
その後、祐はアーティストネームを『ユーリ ソフィアンスキー 』に変えて活動を始めた。最初は言葉の壁でなかなか大変だったみたいだけど、デビューアルバムからシングルカットされた曲がいきなりビルボードトップテンに入った。それからは、出す曲が常に上位に入るようになって、超売れっ子になった。
一方、私はというと……。
ひょんなことから、ハリウッド映画の人魚役のオーディションを受けることとなり、なんと見事に合格!
やっぱり、本物だったからかな?
それが話題になって、今はハリウッド女優として仕事をしてる。
仕事が安定してきた頃に、私たちはまた結婚した。
そして、また男の子が生まれた。その子はどっからどう見ても、ジュレイテで産まれた子とそっくりだった。
彼も、また一緒に生きたいと思ったのかも知れないね。
仕事を通して、祐と同じ考えの人たちとも、たくさん知り合えた。
今は、みんなで協力して、仕事のない地域に工場を建設中。
祐は毎日とてもいい顔をしてる。
それをそばで見ることが出来て、自分はすごく幸せだと思う。
まだまだ先は長いけど、祐とふたりで、みんなの幸せを考えながら、これからもたくさんの人生を、一緒に生きていくんだと思う。
そう、これが、スメーラ神の言っていた『永遠に続く愛の呪縛』なのだ。
Legend of kiss2 〜炎の王子編〜へ続く




