最期の時
ジュレイテに到着したユーリは、まず医者に解毒剤を飲ませ、次に国王と王妃に。それから、主要な部下たちに飲ませて、輝水山に中和剤を急いでまいた。
しばらくすると、飲ませた順に全員回復していった。
動ける部下が出てきたところで、国王代理は彼らに命令を下す。
「あとは頼む」
(俺は指揮を取るから、あとはお前らに任せる)
国王代理は残りの解毒剤を手渡し、執務室へすぐに入った。しばらく、報告を聞いたり、指示を出したりで、慌ただしい時間が過ぎていった。
気がづくと、手元の時計は、十一時半を回っていた。
(もう……こんな時間か。
今日は一日、長かったなぁ。はぁーー)
一息つこうとすると、部下が報告にやって来た。
「ユーリ様、街の者全てに薬が行き届きました」
ユーリは椅子にもたれかかったまま、
「そうか……」
(ずいぶん、行動するの早くなったな。
ちゃんと学んでるみたいだな)
国王代理は少しだけ微笑んで、部下に優しく、
「さがっていい」
(今日は疲れてるだろう。
ゆっくり休め)
部下はユーリに一礼して、部屋から出ていった。一人きりになった部屋で、ユーリは窓の外に目を向け、ほっと一息つく。指示語だらけの思考回路でたどり着いた、She mayのふたつ。そのひとつ終え、
(俺のやるべきことのひとつは、とりあえず一段落だな。
もうひとつーー)
スミレ色の瞳が机へ落とされると、そこに古びた一冊の本が。さっきまでなかったし、見たこともない、怪しげな本に、ユーリは平然と手を伸ばして、
(ふーん)
ぼんやりした瞳で、ページをめくる。
(『最期の書』……?
誰の最期だ?)
次のページを開いて、
『雪の王子と恋に落ちた人魚の娘は 十八の誕生日に 白き丘にて 息絶える』
その文字が目に飛び込むと、ユーリの内側に優しく凛とした声が初めて響いた。
『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。彼の者にかけられた呪いは、永遠に成就せぬ愛と、十八までの命。あなたに、この呪いを解く意思があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から五千年後に……うでしょう。……十八の誕生日までに……』
不機嫌王子は別に驚きもせず、本をパタンと閉じた。ひじ掛けにもたれかかり、降り出した雪をぼんやり眺めながら、
(ふーん。そうだな……あれがそうで、これがああ……?
だから、もういいんだな)
この本がここにあり、呪いの解き方の声が今聞こえたということは、ある結論が出てくる。ユーリは指示語だらけの思考回路で到着。
その時、部屋のドアがノックされた。ぼんやり眼のまま、ユーリは、
「はい」
(兄さんと義姉さんだろうな)
呪いの解き方の声が聞こえて来たということは、関係している人にも何か変化があっても不思議ではない。しかも、期限は今日。呪いは解けていないのは明らか。解けていたら、解き方の声が今頃、聞こえてくるはずがない。
ドアが開くと、ユーリが予想した通りカータとアイシスが入って来た。
少し曇りがちな表情をしているふたりを見て、ユーリは国王夫妻が何をしに来たのか判断。
(そうだよな。
俺の夢が、鮮明になったんだ。
だから、兄さんたちの夢もーー)
不機嫌王子、珍しく自分から口を開いた。
「どんな夢だったんですか?」
(兄さんと義姉さんが見てたものは)
自分たちが話そうとしたことを先に言われたので、カータとアイシスは顔を見合わせた。
(やはり、ユーリは気づいていたようですね)
(さすが美少年は違うわ)
美少年ゲッター、違う理由で納得。カータがゆっくりと、
「君が死んだリエラちゃんを見つめて、泣いているものでした」
(昨日まではぼんやりしていましたが……先ほど鮮明になったんです)
アイシスが夫の言葉の後を引き継ぐ。
「それを私たちは後ろから見ていたの」
(だから、もうあまり時間がないんじゃないかと思ったのよ。
リエラが死ぬまでに……)
カータとアイシスは、亮の十七歳の朝に、同じ夢を見ていた。セリルとミリアも見ていたが、また違う場面。
ユーリは視点の合わない瞳で、ぼんやりと相づち。
「そうですか……」
(特定の人間にしか夢を見せていないのも、作戦なんだろうな。
そんな感じがする。
ということは……)
不機嫌王子が判断した通り、これは優しい声の人の作戦でもあり、Enemyの要求でもある。多くの人が関わればいいというわけではない。自分たちが早く解決すれば、ゲームに勝利できるというわけではない。微調整されている、世界は。
そのため、世界の移動にともなう、記憶の喪失が発生している。移動する日時まで、全部計算済みなのだ、誰かによって。
ユーリは半ば答えを予測しながら、カータとアイシスに質問。
「呪いの解き方は聞きませんでしたか?」
(俺とリエラにしか伝えてきていない。
そんな感じがする)
呪いについては、メインの王子と人魚姫しか関係ない。他の人に聞かせる必要もないし、聞かせたところで、呪いの解き方からは、逆に遠ざかってしまう。余計なことはしない、優しい声の持ち主は。
もちろん、カータはアイシスに顔を向けて、
(聞きましたか?)
アイシスは残念そうに、首を横に振った。
(聞いてないわ)
カータは愛する人から視線を弟へと移し、
「いいえ、聞いてません」
(私たちは知りません)
ユーリはため息まじりに、
「そうですか……」
未だにマジボケしている雪の王子。窓の外へ、スミレ色の瞳をやって、
(セリルのやつ、このふたりにも教えてないんだな。
これだけが、未だにわからないんだよな。
さっき聞こえてきた声も教えてこないし……。
どういう解き方なんだ……?
そうだな……あれがこうで……それーー)
親友が教えてこない理由を、スルーしまくっている国王代理の執務室のドアが、ノックされた。
「何だ?」
返事に応え、慌てた様子の従者が入ってきて、
「ユ、ユーリ様!! た、大変でございます!」
「どうした?」
(お前、いつも同じ反応するな)
ユーリは落ち着いた様子で、視線だけ向けた。従者は息を整えながら、
「リ、リエラ様が、城にいらっしゃらないそうでございます!」
(朝から行方不明になっておられるそうでございます)
カータとアイシスはそれぞれの反応を見せた。
「そうですか……」
(一体、どちらに出かけたのでしょうか?)
「そう……」
(また、前向きに解釈して、一人で出かけたのね)
ユーリは足を組み変えて、興味なさそうに、
「ふーん」
(それは知ってる)
今日、結婚式があるはずだった姫が行方不明という状況下で、驚きもしない王族三人を前にして、オーバーリアクションの従者はあぜんとした。
「あ、あのぅ……?」
(なぜ、みなさまはこれほどまでに落ち着いていらっしゃるのでしょうか?)
ユーリはため息をついて、窓の外に再び顔を向けた。
(呪いの解き方、探しに出かけたんだろう。
それぐらい予測つく)
机の上に置いてある、四角いものに手をかけようとして、
(携帯……は、持っていってないだろうな。
俺たちの敵に落とされた感じがとてもする。
だから、連絡はつかない。
城も一人で抜け出せるようになってたんだろう。
でも、それが俺の作戦だったんだ。
こうならなかったら、俺かリエラのどっちかが、もっと前に殺されてたかも知れないんだ)
呪いを解くことが最終目標のひとつ。解き方の手順は三つ。ひとつ目をユーリとリエラはクリアしてしまっている。非常に危険な状態。殺されていても何の不思議もない。またもや、ユーリの作戦に敵は引っかかってしまった。
ユーリはところどころに指示語を挿入して思考回路を展開。
(敵の望みは、あれだろう?
敵に攻撃されないためには、そういう振りをした方がいいと思ったんだ。
だから、リエラに『さよなら』って言ったんだ。
あいつ、馬鹿みたいに前向きだから、きっと本当のことだと思ってない。
それに、昨日、ちゃんとプロポーズした。
だから、おかしいとリエラは思ってる。
そんな感じがする)
ユーリは軽く目を閉じ、ミラクル天使を思い浮かべ、
(昨日のことは、ルーの作戦だったんだろう。
……サンキュ)
目をさっと開けて、美しい紫の光を放っている輝水山を眺める。
(それに、もっと相手を油断させるため、毒もわざと飲んだ。
さっき、呪いの解き方を教える声が聞こえてきたってことは……あれがそうで、それがこうだから……。
ーー敵は直接手を出さなくなっている。
そういうことになっている)
世界の危機は去ったと判断した、雪の王子は。
ユーリは『最期の書』を見つめて、あきれ顔。
(本当に甘いよな、悪って。
これじゃ、相手にヒント与えてるのと変わらないだろう。
あれがこうで、それがああだから……?
『白き丘』がどこだかわからなくて、俺が慌てると思ったんだな。
それを見て、敵は楽しもうとしたんだろう。
欲望を満たそうとすると、隙が出来るんだ)
静かに舞い落ちる雪を、ユーリは見上げて、
(まだ思い浮かべてないことが、ひとつあったんだ。
俺……思い出したんだ。
あの白い花が咲いてるところで、鐘を見上げた時ーー)
この世界に来るようになってから何度も見る夢が、ユーリの脳裏に浮かんでいた。
(それで気づいた。
ここが、夢に見てる場所だって。
だから、『白き丘』はあの場所。
それに、ああでこうなんだから、他にも重要な意味があると思った。
あれがこうで、それがああ……?
だから、今リエラがどこにいるのかもわかる。
あれがそうで、それがああなるんだから……あいつが今いる場所は……)
敵のユーリに対する作戦は、全部失敗に終わった。残るは、人魚姫の呪いだけだ。
カータがずっと考え込んでいる弟に、優しく、
「ユーリはリエラちゃんの居場所を知ってるんですね?」
(全て、君の計画の範囲内だったんですね、今回のことは)
弟は我に返って、相づち。
「……はい」
(『白き丘』にいる。そうなる。
だから、必ずそこにいる。
そんな感じがする。
だけど……)
未だに、呪いの解き方の手順、二番目と三番目をボケ倒しているユーリの横顔に、アイシスが、
「そばにいった方がいいんじゃない?」
(ここにいても、呪いの解き方は見つからないわよ、きっと。
そんな気がするわよ)
ユーリの中で、セリルの言葉をふと蘇った。
『今日中に……会いに行けよ』
十八の誕生日ーー七月七日は、あと一時間もない。ユーリはぼんやりしたまま、
(とにかく、会わないと、解けないんだろうな。
白き丘に行ってから、考えた方がいいな)
不機嫌王子はすっと立ち上がって、国王夫妻に、
「俺、行ってきます」
(あいつの呪いを解きに。
もう、二度と失いたくない。
そのために、俺は生まれ変わったんだから)
愛する人を再び失くさないために、ユーリはドアへ向かい、
「いってらっしゃい」
(間に合うと信じてますよ)
カータとアイシスは揃って、温かい笑顔で送り出した。
ユーリは携帯を片手に、執務室を飛び出し、
(十一時四十五分……。
あと十五分。
白き丘まで、ギリギリだな)
雪の王子の中で、リエラにかけられた呪いのひとつが、焦燥感へと招き入れるように、ぐるぐるとめぐる。
『永遠に成就せぬ愛』
(呪いの解き方がわからないうちに……リエラが……)
無意識化で、ユーリの思考は急転。意思の強い眼差しを玄関へと向けて、
(いや……間に合う感じがする。
どうしてだか、わからないけど……)
雪の王子はエアバイクに素早く乗って、白き丘へ走り出した。
雪のように真っ白な地面。
リエラのドレスは、春風に揺れていて。
呪いかけられし姫は、目の前にどこまでも広がる、星空を見上げ、
(今、何時なんだろう?
困ったなぁ。でも……)
降り注ぐ青白い光りに、何か安心するような、自分に似ているようなものを感じて、少しだけ微笑んだ。
「綺麗な満月だなぁ」
そこで、リエラの脳裏にあの夢が鮮やかに蘇った。
胸に激痛が走り、苦しみながら死んでいく夢ーー
大切なことを伝えたくて、伝えられなくて……。
ぼやけていて見えなかった相手の顔が、今はっきりと輪郭を持った。
澄んだスミレ色の瞳をした銀髪の少年。
リエラは足下の白い花に視線を落として、その人の名をつぶやく。
「ユーリ……」
(だったんだね……。
伝えたかったことも、今ならわかるーー)
「ーーリエラっ!」
自分の背後から、不意に聞こえた不機嫌な声に、呪いかけられし姫はびっくりして、
「え……?」
(誰?)
慌てて振り返ると、ユーリが自分に向かって走ってくるところだった。合理主義者で、面倒臭がりの不機嫌王子が走ってくるなんて、珍しい。銀髪少年は右手に持っていた携帯を見て、
(あと、二分ないのか……)
息を切らしているユーリの横顔を、リエラは不思議そうに、
「どうして、ここに?」
(何でわかったの?)
あまり運動神経がある方ではない、銀髪少年は何も言わず、両膝に手を置き、ぜえぜえと息をして、心の中で盛大に文句。
「…………」
(話しかけるなよ、走ってきたんだから。
それに、全部、説明するの面倒くさい。
放置してやる、ありがたく思え)
人が死ぬかもしれないという時に、態度デカデカで放置とは。どこまでも俺様なユーリ。
リエラは目をパチパチ。
(だ、大丈夫かな?
ずいぶん疲れてるみたいだけど……)
ボケ姫もボケ姫で、自分があと少しで死ぬというのに、不思議がっている場合ではないだろう。
雪のように咲き誇る芝桜を視界に映したまま、ユーリは息を整える。
「…………」
(最後にここで走るなんて、思ってなかった。
ちょっと間違ったみたいだな。
ここ、バイクで乗り入れられないんだ。
どうしてだかわからないけど……)
鐘の意味は理解したのに、ここが神聖な場所だとは、ユーリは気づかなかった。白き丘は特別な場所で、カーバンクルの科学技術では入ることが許されていない。
何とか息を整えたユーリは、上体をすっと起し、リエラの両肩に手を置いて、
「呪いの解き方わかったか?」
(ここまで来ても、やっぱりわからないんだ。
お前、わかったか?)
呪いかけられし姫は残念そうに、首をゆっくりと横に振った。
「ううん」
(ここに来ればわかると思ったけど、わからなかったよ。
それから……)
リエラは戸惑い気味に言葉を続けようとして、
「私……」
(もう少しで、死んじゃうんだよね)
ユーリは人魚姫が全てを言い終える前に、両腕で優しく抱きしめた。リエラの髪をなでながら、耳元で、
「知ってる」
(あの夢と同じようになりたくないんだ。
お前をもう二度と、なくしたくないんだ。
このままそばに……一緒に生きていきたいんだ。
だけど……呪いの解き方がわからないんだ)
呪いの解き方に未だたどり着けないユーリとリエラ。期限はどんどん迫ってくる。呪いかけられし姫は、呪いを解いてくれる王子の鼓動を聞きながら、小さく、
「……うん」
(どうすればいいんだろう?
そばにいたいのに……また離れちゃうね、このままじゃ)
ユーリはリエラの肩越しに、ぼんやりと景色を眺めて、
(俺……前に聞いたことがあるんだ。呪いの解き方。
だけど、思い出せないんだ。
そうだな……あれがそうで、それがこーー)
指示語だらけの思考回路が結論に到達する前に、右手に持っている物を見つめていることに気づいた。ユーリは無意識化でした、自分の行動に首を傾げて、
(ん? 俺、何でこんなことしてるんだろう?
……まぁ、いいか)
不機嫌王子の視線の先の携帯はーー七月七日(金)PM11:59。
(残り一分……ない)
ユーリは足下に広がる真っ白な芝桜を、ピンボケしたまま見渡して、
(そうだな……?
これが最期になるかも知れないんだよな。
もう、会えないかも知れない……。
数十秒で出来ること……)
リエラを強く抱きしめて、ユーリは呪いかけられし姫のぬくもりを感じながら、ここで、ちょいエロモードへ。
(あれは出来ないから、せめてそれだけでも……)
王子は人魚姫を自分から少しだけ離し、真っ直ぐ自分の願望を告げる。
「キスがしたいんだ」
(お前と)
いきなりの言葉に、リエラはきょとんとした。
「え……?」
(キス……?)
ユーリは優しい瞳で人魚姫を見つめ、リエラの頬を手で触れ、
「お前のこと愛してる」
(今までもこれからも、ずっと。
もう一度、お前に伝える。
あの時ーー五千年前と同じように)
リエラは自分の頬に触れている、ユーリの手をつかんで、
「うん、私も愛してる」
(今までもこれからも、ずっと。
これがずっとーー五千年間、伝えたかったことだよ)
「だから……」
(最期にしたいんだ)
ユーリは少しかがんで、目をそっと閉じた。リエラも目を閉じ、王子の唇に近づき、
「……うん」
(私も……)
そして、ふたりは青白い月影に照らされながら、キスをそっとした。
さよなら、愛しい人。
また、会える時まで……。
優しい風がふたりの髪を揺らし、何かの終わりを告げるように鐘が鳴り始めた。




