はぐれるふたり
目覚めると、亮は海の底にいた。泡がぷくぷくと立ち上っていく様子を眺め、
「あぁ、またこっちに来たんだ」
勢いよく起き上がって、あることに気づいた。
「あれ? 海の中で目が覚めるってことは、まだ結婚してないのかな? そういうことになるよね。今日、何日なんだろーー」
リエラが枕元に置いた、携帯に手を伸ばそうとした時、突然部屋の扉が、コンコンではなく、
ドンドン!
と、壊れそうなほど強く叩かれた。いつもと違った、緊迫した様子。姫が返事を返す前に、召使いの慌てふためいた大声がやってきた。
「リっ、リエラ様!! た、大変でございますっ!!」
(のんきに寝ておられる場合ではございません!!)
姫はびっくりして、携帯を取り損ねた。
「えぇっっ!?」
(な、何!?
召使いさんが慌ててるなんて、珍しいね)
リエラは扉にぴゅっと近づいて、それを開けると。真っ青な顔をした、召使いが立っていた。
「リ、リエラ様……ジュ……ジュレイテから連絡が来まして……けっ……!」
召使いは慌てすぎて、口だけをパクパクさせ、最後まで言い切れなかった。ボケ姫、リエラは目をパチパチ。
「け……?」
(毛糸?
蹴鞠?
消しゴム?
ケーキ?
……)
姫は『け』から始まる言葉を上げながら、別世界へ行きそうになった。このままでは大暴投が起きそうな予感が思いっきりするところで、召使いは何とか息を整えて、一気に用件を告げた。
「け、結婚式が中止になりましたっ!」
(用件は以上でございます!)
「ちゅうし……?」
リエラは不思議そうに首を傾げ、漢字変換を開始。
(昼4? ん?
違うね……どの字?)
ボケ姫は召使いの言葉をリピート。
(えっと……『結婚式が』だから……『中止』だね。
ってことは……もしかして……当日?)
リエラはいったん扉から離れて、さっき落とした携帯を拾った。画面を斜めにして、
(……あ、やっぱり、七月七日だ。でも……)
昨日、祐がプロポーズをしていた。それなのに、結婚式が中止なのはあまりにもおかしい。さすがのボケ姫もそれに気づいて、召使いへ振り返り、
「何で?」
(理由があるはずだよね?)
「それが……一方的に断られまして……。ジュレイテへの水路も封鎖されてしまいました」
召使いにも、さっぱりだった。リエラは窓の外をゆうゆうを泳いでゆく魚の群れを、ブルーの瞳にぼんやり映して、
「え……?」
(水路も閉鎖?
どうしたんだろう?
何だかおかしいね?)
召使いは姫の横顔に、うかがいを立てた。
「リエラ様……何かあったのでしょうか?」
(姫さまなら、ユーリ様から何かうかがっているのでは思い、参ったのですが……)
マリンブルーの美しい光の揺らめきを見上げて、昨日のことを、記憶崩壊寸前リエラは一生懸命、原因究明。
「…………?」
(昨日、指輪もらったよね?
結婚の約束もしたし……。
祐もすごく嬉しそうだったよね?
えっと……それから……)
応える様子のない姫を前にして、召使いはため息をついた。
(リエラ様にも、連絡は来ていないようでございますね。
王様に報告に参らないと……)
召使いはそう判断して、先走り姫に忠告。
「とにかく、式は中止です」
(ですから、今日は城で大人しくしていてください)
召使いが部屋から、すいすいと泳いで離れていっても、リエラはまだ考え続けていた。
(急に変わるなんて……ちょっとおかしいね。
いない間に何かあったのかな?
んー……?)
日付が勝手に過ぎているため、いない間に状況は変わってしまう。この先、どのシリーズでも同じ。リエラはドアのところへのんびりを泳いで行き、長い廊下を端から端へ眺めた。
(……ユーリに聞かないとわからないね。
でも……会いにいけないし……どうしよーー!!)
そこで、自分の手の中にあるものを感じた。
「あっ、携帯!!」
(これで、話ができるね。
よし、聞くぞ!! おぉっ!!)
また、必要以上に張り切って、ツータップした。
ユーリは執務室で、急に鳴り出した携帯を手に取った。誰からか確認して、気だるくため息。
(かけてくると思った……。
あれがこうで、それがああ……?)
指示語だらけの思考を展開しながら、通話ボタンをタッチ。リエラの能天気な声が、
「あ、もしもし、ユーリ?」
「……あぁ」
(俺の方……だけなんだな……)
国王代理は不機嫌なのではなく、だるそうな声で応えた。リエラは明らかに様子が違うのを感じて、
「あ、あの……」
(何だか、ユーリの様子が変な気がする……)
ユーリはなぜか震える声で、
「聞いただろう、式は中止だ」
(くっ……!)
国王代理は何かに必死に耐えていた。リエラは視線を彷徨わせながら、
「ど、どうしたの?」
(やっぱり、おかしいよ)
ユーリはなぜか目がくらみ、一方的に電話を切ろうとして、
「とにかく、なくなったんだ、じゃーー」
(お前に話す必要……なし)
リエラは慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
(話を聞こうと思ってかけたんだから、ちゃんと聞かないと……)
ユーリはまた、不機嫌ではなく、だるそうに、
「何だ?」
(お前と話してる暇……ないんだ)
「ジュレイテで何かあった?」
(ユーリ、一人で困ってるんじゃないかな?
何だか、そんな気がするよ)
リエラは不思議なことに、普段より数段勘が冴えていた。今日は呪いかけられし姫にとって、特別な日、それが関係している。
ユーリは目を閉じて、あきれたようにため息をついた。
「…………」
(お前、今日はものすごく鋭いな。
それに、珍しくまともに返してる……)
リエラはもう一度、声をかけようとして、
「会いに行ーー」
(会いに行くよ。
一人で困ってるなら、手伝うよ)
ユーリは強い口調で遮った。
「会えないっ!」
(お前に会っても意味がない。
それどころか……)
ジュレイテ国王代理には、幾つもの問題が浮上していて、リエラに構っている暇はない。
セレニティス姫は目が点になった。
「え……?」
(会えない……?)
昨日まで、あんなに順調に進んでいた恋が止まってしまったことに、リエラは困惑した。一向に話の進まない状況を打開するため、ユーリは盛大にため息をつきながら、
(そうだな……あれがこうで、それがああ……?)
リエラが固まっている間に、ユーリは書斎机の上に気だるくもたれかかって、
「会いたくないんだ」
(これが本当の……俺の……今の気持ちなんだ。
一人でいいんだ)
「え、どうして?」
(側にいたいから、結婚するんじゃなかった?)
あまりの急展開に、ボケ少女はついていけなくなった。ユーリは机の上に飾ってある、雪だるまの置物を、スミレ色の瞳にぼんやり映して、
(そうだな……あれがこうで、それがああーー!!)
目が急にまたくらみ、国王代理は思わずうめき声を上げた。
「……っ!」
(時間……ないかも知れない)
リエラは我に返って、電話の向こう側の異変に向かって、
「どうしたの?」
(何だか、苦しそうだよ)
ユーリはなぜか、肩で苦しそうに息をし始め、言葉が途切れた。
「…………」
(とにかく……俺が行かないと……ダメなんだ。
お前には……頼れないんだ。
だから……早く、お前と……切らないと……)
国王代理は決心して、途切れ途切れで、
「俺のことは……忘れてくれ」
(これでいいんだ、これで……)
いきなりの別れ話に、リエラは自分の耳を疑った。
「えっ?」
(『忘れてくれ』?
ユーリを……?)
ユーリはリエラに構わず、ぽつりと別れの言葉をつぶやいた。
「……さよなら」
(最期になるかも知れないから……)
最後ではなく、『最期』。リエラのことも、自分のことも指していた。
一方的に電話を切ったユーリは、立ち上がるために、机の上に震える手で起き上がろうとするが、
「っ!」
(……時間……。
急がないと……)
なかなか起き上がれず、それでも、意志の強い瞳を持って、自分を奮い立たせ、立ち上がった。だが、ブラックアウトが起きて、意識が遠のいていくのを感じ、
「っ!」
(自分が……。
一人……いから……)
額に手を当て、前かがみになるが、それでも、ユーリはある使命に駆られて、執務室からふらふらと出て行った。
召使いや従者の姿がまったく見えない廊下を、壁に肩でもたれかかりながら、だるそうに一歩一歩、歩いていく。
(俺が……くちゃ。
俺が……)
異様なほど静かなジュレイテ城内に、ユーリの足音だけが響いていた。




