そばにいたいから
ルーのリムジンで、学校から連れ出された亮は、目の前の風景をまじまじと見つめていた。彼女のブラウンの瞳には、綺麗に磨かれたガラス張りの扉が。
(えっと……ここって、ルーの家のお店だよね?
それに、『CLOSE』になってるんだけど……。
どうして、ここに連れて来たんだろう?
何かあるのかな? んー……?)
ルーはずっとつないでいた手を離して、扉を開け、
「亮ちゃん、どうぞ」
(お先さんなの)
「あぁ、ありがとう」
(開けてくれて)
亮が店の中へ入ると、パンッ、パーンとクラッカーが弾ける派手な音が響き渡った。ボケ少女はびっくりして、慌てて目を閉じ、
「えっ!?」
(な、何の音!?)
「誕生日、おめでとう!」
亮の真っ暗な視界に、聞き慣れた声が複数聞こえてきた。ブラウンの瞳を恐る恐る開けると、
「……ん?」
(祐と誠矢と美鈴……?)
笑顔を向けている三人に、亮は戸惑い顔で、
「えっと……」
(な、何でみんないるーー)
誠矢が従姉妹の手を素早く引っ張って、
「早く入れって」
(まともに返してきてんじゃねぇか、珍しく)
亮は半ば無理やり歩かされながら、みんなを見渡し、
「あ、あの……誕生日は明日なんだけど……」
(みんな、日付間違ってるよ)
祐は急に不機嫌顔で、
「それは知ってる」
(お前と一緒にするな、心外だ)
記憶力が崩壊している亮を、他の四人が黄色いソファーに無理やり座らせた。未だに状況を理解できないボケ少女は、テーブルに用意されているグラスを見つけ、
「え、じゃあ……」
(知ってるのに間違った……??
あれ? 何だか、よくわからなくなってきたね)
自ら迷宮に足を踏み入れた親友の右肩から、美鈴が、
「ルーがね、ここのところ元気のないあんたを心配して、誕生日パーティをみんなでしようって提案したんだよ」
(ルーの優しさなんだよ、これは)
左側から、ルーのふんわりした声が広い店内に舞った。
「笑顔さんは素敵さん♪」
(直接、手助けをすることが許されていないボクには、これぐらいしか出来ない。
それでも、キミの……みんなの笑顔を守りたいんだ)
ある人たちによって決められたルールで、夢を見ている人たちでないと、直接、ふたりに手を差し伸べることが許されていない。シリーズ1では、ルーと八神は夢を見ていない。
それが、前面に出てきている人たちとの違い。だから、亮が誠矢に夢の話をしたのは正解。
ということで、ルーの正体も明らかにならないまま、シリーズ1は終了。
みんなが言っていることを理解して、亮は飛び切りの笑顔で、
「ありがとうっ!」
(ルーは優しいね。
さっきの約束は、このためだったんだね)
誠矢がテーブルの中央にある銀のフタに手をかけ、
「オレらからのプレゼントだぞ」
(お前の大好物、用意したぞ)
それがさっと上げられると、大きなイチゴのショートケーキがホールで現れた。亮は目をキラキラさせて、
「うわっ、すごいっ!!」
「ありがたく思え」
(みんなで作ったんだ、ルーに教わって)
祐がぼそっと付け加え、亮は素直にお礼を言った。
「みんな、ありがとう!」
(すごく嬉しいよ。
初めてだよ、こんな大きなケーキ)
ジュースを注いだグラスを持って、みんなが一斉に中央へ掲げ、
「一日早いけど、誕生日おめでとう!」
ケーキを切り分け、親友同士、五人のいつも通りの会話がスタート。
祐は向かい側で、夢中でケーキを食べている亮をそっとうかがい、
(いつ、言うかだな?
これも、渡さないといけないしな)
自分の右隣に置いてあるカバンを、スミレ色の瞳に映した。亮は口をモグモグ動かしながら、銀髪少年に違和感を持って、
(祐、ちょっと様子が変な気がするなぁ。
どうしたのかな?)
誠矢は親友の珍しく、落ち着きのない様子を、横目でチラチラ。
(お前も色々大変だよな。
どこででも言えるわけじゃねぇからな。
ファンだのマスコミだの、どこに潜んでっかわかんねぇからな。
言うなら、今だぞ)
ロック界の王子様は大変だ。普通の人が当たり前にできるのが、許されないことが多いのだから。パティーの主催者、ルーはみんなをサファイアブルーの瞳に映して、
(ボクの番。ふふふっ)
ふんわり天使はジュースの空ビンを持って、すっと立ち上がり、
「飲み物、ボク取ってくるさん」
(ふたりっきりさんなの)
「おう、オレも手伝うぞ」
誠矢も素早く立ち上がった。
(まぁ、ふたりきりじゃねぇと言いづれぇよな)
赤髪少年は祐の肩に手を置いて、真剣な顔で、
(がんばれよ)
祐は不機嫌な顔で、その手を振り払った。
(……うるさい)
誠矢とルーが席を外してからすぐに、美鈴も何気ない感じで、席を立った。
「あたし、お菓子取ってくるよ」
(ちゃんと伝えなよ、ふたりとも)
亮はこれからとんでもないサプライズがあるとは知らずに、素直にうなずき、
「あぁ、ありがとう」
(みんな、優しいね)
そして、テーブルには、主役の亮と祐のふたりだけとなった。
何も話さず、ゆったりとした沈黙が彼らを優しく包み込む。
食べかけのケーキの乗ったお皿。
ポテチなどが入った器。
グラスには結露ができていて。
静かな時間が広がっていた。
祐はカバンの中から、小さな箱ーー手のひらに乗るサイズをそっと取り出し、いったん膝の上に置いた。軽く目を閉じ、少年としてではなく、男として覚悟を決める。
(今しかない)
亮はケーキを頬張りながら、祐をうかがっていた。
(やっぱり様子が変だなぁ。
何かあったのかな?
聞いてみよーー)
テーブルの上にフォークを置くと、祐が戸惑い気味に言葉を発した。
「……あのさ、これ」
亮の前に箱を差し出した祐の頬は、少し赤くなっていた。テーブルを挟んだ向こう側からの贈り物に、彼女は目をパチパチ。
「え……?」
(誕生日プレゼントなら、ケーキもらったけど……)
祐はさらに顔を赤くして、ぽつぽつ話し出すが、
「……この世界じゃないけど……その……け、結婚するわけだからさ……ちゃんとした方がいいと思って……」
十八歳の少年の、心の中は思いっきりエロモードになっていた。
(あっちに行ったら、同じ部屋で寝るわけだし……。
俺、お前のこと好きだし……。
……する……と思うんだ、きっと。
だから、お前の気持ち、ちゃんと知っておいた方がいいと思って)
大人の情事がかなり入った、下心ありありの言動。ツンデレ過ぎだ、ユーリは。
祐がさっと開けた箱の中には、雪の結晶をモチーフにしたシルバーの指輪が入っていた。亮は心臓が止まりそうになって、
「えっ!?」
(ゆ、指輪!?
えっと……これって……)
ボケ少女は口をパカパカさせながら、祐の言った言葉をリピート。
『結婚するわけだからさ……』
(ってことは……婚約指輪……?
結婚指輪?
ど、どっちかな? でも……)
亮はドキドキで、祐へ視線を上げた。
「……あぁ、そうだよね」
(結婚するんだもんね。
プロポーズしてるんだね、祐は)
一旦、エロモードから脱出し、ユーリは真摯な眼差しで、
「結婚してくれるか?」
(俺と一緒にいてくれるか?)
スミレ色の意志の強い瞳を真っ直ぐ見つめ返して、亮は照れながら、
「……うん」
あまりにもまともに返事が返って来たので、祐はちょっと心配に。
「本当に?」
(食べ物の話はしてないからな)
亮はびっくりして飛び上がり、
「えっっ!?」
(な、何で聞き返すのかな?
間違ってないと思うよ。
ちゃんと応えてると思うよ……)
恋愛鈍感少女を前に、再びエロモードに入ったユーリは、
「結婚の意味……わかってるよな?」
(何するのか)
「うん、知ってるよ」
(名前が変わるんだよね)
屈託のない笑顔で応えた亮は、全然わかっていなかった。祐は彼女の心の内に気づかず、ぼそぼそと、
「……ならいいけど」
(学んだのか)
健全な少年は顔を赤くして、もう一度確認。
「俺で……いいのか?」
(俺とする……ってことだよな?)
祐の下心に気づくことなく、亮は元気に、
「うん」
(祐のことが好きだから、祐と結婚するよ)
ツンデレ少年は、ほっと胸をなで下ろした。
「そうか……」
(向こうに行ったら、絶対する)
今から、結婚初夜を妄想し始めた祐を前に、亮もほっとして、
(様子がおかしかったのは、プロポーズしようとしてたからだったんだね。
緊張してたんだね)
今初めて、亮は結婚したい理由を口にした。
「祐の側にいたいから」
(他の誰といるよりも、自分らしくいられるから。
だから、結婚するよ)
祐も同じ言葉を自然と口にして、
「俺もお前の側にいたいから」
(他の誰といるよりも、俺らしくいられるから。
だから、結婚するんだ)
祐は指輪を手に取って、亮の薬指にはめて、
「じゃ、これ」
(いつか、この世界でもお前と結婚したいと思ってるんだ。
だから、先にこれを渡しておく)
今は、困っている人たちを救う計画の途中。ロック界の王子は、いつか呪いかけられし姫と、この世界でも人生を共に歩んでいきたいと願っていた。
亮は左手の薬指を幸せそうに見つめて、
「ありがとう」
(祐らしいね、これ。
すごく優しい感じがする)
祐の両手が亮の左手を優しく包み込んだ。
「これからも、よろしくな」
「うん、よろしくね」
テーブルをはさんだ、微妙に距離のある位置で、ふたりは微笑み合っただけ。店のショーケースの脇から、ふたりの様子をうかがっていた、誠矢、美鈴、ルーはそれぞれの反応を示した。
誠矢はがっくりと肩を落とし、
「それじゃ、呪いは解けねぇんだって」
(気持ち伝えただけじゃ、ダメなんだって)
美鈴はあきれたようなため息をつき、エロ発言を放った!
「白石もさ、押し倒すとかすればいいのにね」
(ちょっと面白そうだよね)
確かに、心理描写は、押し倒しそうな勢いだったが。誠矢が素早くツッコミ。
「いやいや、それじゃ、オレたちが困んだーー」
(そういう趣味はねぇって)
人の行為をのぞき見するの図を妄想し始めた時、赤髪少年は直感した!
「あっ!?」
(マジか!?)
美鈴は亮たちから、誠矢に視線を移し、
「何?」
(あんたは、どの世界にいても大げさだよね)
誠矢は直感した内容を確認するため、ルーのサファイアブルーの瞳をのぞき込み、
「もしかして……」
(祐、それだけはわかってねぇのか?)
ルーはくすりと笑って、
「そう」
(ユーリ ソフィアンスキーは、呪いの解き方だけは知らない。
他のことは全て理解しているけど……)
明日が期限なのに、不機嫌王子、ボケ倒している。亮も知らない、呪いが解けない可能性大。
「マジで間に合うのかよ?」
(そこも直感しろって)
ため息をついた誠矢に、ミラクル天使は首を横に振った。
「わからない。彼と彼女の選択次第で、未来はいくらでも変わる。だから、解けるとは断言できない」
(誰のためにもならない嘘を、ついてはいけない。
それは悪だから)
ルーは他の人と法則が違うので、ある程度の予測はついている。だが、100%ではない限り、解けると伝えるのは、相手を傷つける行為ーー本当に嘘になる可能性あり。ルーはそういうことは絶対にしない。
誠矢は性格上、期限が明日に迫っている状態で、亮の呪いが解けないかもしれないという事実に出会って、不安に押し潰されそうになった。
「…………」
(今日が……最後になっちまうのか? 亮の姿見れんの。
恐ぇな……マジで)
ルーは威圧感のある瞳で、両腕を軽く組みながら、
「感情に流されてはいけない」
(キミのやるべきことは、彼らを心配することじゃない。
ひとりひとりが自分に与えられた使命を果たさなければ、七月八日はーー永遠に訪れないんだ)
亮が死ぬだけでなく、みんなが七月八日を迎えられない。だから、たくさんの人が関わっている。見えないところで、みんなそれぞれ、必死に戦っている。それは、シリーズを通して、少しずつ明らかに。
誠矢は顔を上げて、気持ちをさっと入れ替え、
「そう……だな」
(暗くなっても仕方がねぇよな。
やることやっちまわねぇとな)
美鈴が誠矢に優しく微笑んだ。
「まぁ、白石はピンチになればなるほど、勘が働くからね」
(信じるしかないよ。
あたしたちは、あたしたちのやるべきことをするだけだよ)
「そう、信じるさん♪」
(仲良しさんだから、大丈夫さん)
ルーは純粋無垢な瞳で、可愛く首を傾げた。
結局、亮の呪いは解けないまま、パーティはお開きとなった。
祐からもらった指輪を嬉しそうに眺めている亮に、愛理が、
「大切な人、見つかった?」
(祐君からでしょ、それ)
妹は我に返って、笑顔で、
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
(お姉ちゃんたちのお陰で、祐が大切な人だってわかったよ。
すごく嬉しいよ)
洗い物を終えた愛理は両手を拭きながら、優しく微笑み返した。
「そう、よかったわね」
(あとで、正貴さんにも報告しないといけないわね)
また、嬉しそうに指輪を眺め始めた妹を前にして、姉は人さし指をあごに当てながら、首を傾げた。
(明日……何か起こる気がするのよ。
嫌な予感がするの。
どうして、そう思うのかしら?)
ルーの言っていた、Oh,my Enemyは、GodがEnemyなのだ。人間の領域じゃない人が敵。敵は必ず何かしてくる。だが、わざと狙われるように、味方が仕向けている。それに耐えられなければ、誰にも七月八日は永遠に訪れない。
亮と祐はそれぞれの家で、今まで感じたこともないほどの幸せな気持ちに包まれたまま、眠りについた。




