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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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東の森

 リエラはユーリの提案通り、翌日セレニティス城へ戻った。

 呪いの解き方をどうしても見つけたい彼女は、数日間、城から一歩も外へ出ずに、一生懸命本を読んでいた。


 

 結婚式まで、あと二週間と迫ったーー六月二十三日。


 リエラはある文章に出くわした。


『東の森ーーこの世界の命の源となる場所。そこは、人間も人魚も、決して見ることの出来ない楽園』


 ブルーの瞳は本からついと上げられ、


「東の森……か。そこに、何かあるのかも知れないね。だとしたら、さっそく調べに行かないと……」


 リエラは本をパタンと閉じて、部屋のあちこちから荷物を引っ張り出した。


「寒いかも知れないから、毛布持っていこう。それから……携帯もいるね。……あ、あとあれもいるね。……あれもだ」


 数分後、準備を整えたボケ姫は、部屋のドアを勢いよく開け、


「よし、急いで行くぞ! おぉっ!!」


 また一人で勝手に出かけようとしている姫。さっそく、召使いに見つかった。


「リエラ様、どちらへ?」

(荷物を持っておられるご様子から、城の外へお出になられるように見えますが……)


 少し姫に慣れてきたリエラははっとして、目を輝かせ、


(そうだった。

 ちゃんと言わないといけないんだったね)


 先走り姫は屈託のない笑顔で、


「東の森に行きたーー」

(東の森に行きたいので、お願いします)


 召使いは姫の言葉の途中で、なぜか必要以上にびっくり仰天!


「東の森でございますか!?」

(どういうおつもりですか!?)


 予想外の反応をされたので、リエラはきょとんとした。


「え……?」

(あれ、また間違ったかな?)


 召使いは今までと違って、強い口調で、きっぱりと、


「東の森だけは、絶対にダメです」

(必ず阻止させていただきます)


 リエラは戸惑い気味に、


「……どうして?」

(言ったのに、行けないなんて変だね?)


 この世界のルールを知らない姫は、なぜ止められたのかわからなかった。まさか、姫が地球から移動してきたとは知らない、召使いはあきれたようにため息をつき、


「昔からの言い伝えを、お忘れですか?」

(こちらのことだけは、お忘れにならないでください。

 他のことは仕方がありませんから)


 期待をあまり持たれていない、リエラはここで、一気に大暴投!


「ん……?」

(良いツタ絵……?

 東の森に……すごい絵があるのかな?)


 姫はどこか遠くの世界へ行ってしまった。リエラの様子を見て取った召使いは、気の毒そうに、


「東の森へは、人魚族は近づいてはならないと……」

(きちんと話が姫さまに通じているか、心配でございます)


 リエラはまじまじと召使いの顔を見つめ、


「えっと……どういうこと?」

(近づけないような絵……なのかな?

 それが呪いを解くヒント?)


 さらに大暴投した姫を前にして、召使いは半ばあきらめ気味に、


「そちらへ入った者は、二度と戻ってこれなくなるんです」

(どうやら、姫さまには通じていないようでございます)


「……戻ってこれなくなる」

(その絵には足が生えてる……のかな?

 んー……難しいなぞなぞだね)


 アイシスの言う通り、わからないことはすぐに、リエラはなぞなぞにしてしまう。全く話が通じていない姫に、召使いは一言、


「とにかくダメです、式も近いんですから」

(何かあったら、ユーリ様がご心配されます)


 とりあえず釘を刺した。考え込んでいるリエラを一人残して、召使いは急いで廊下を泳いでいく。


(すぐに、作戦Gを発令しなければ……。

 従者の方を探さないと……)


 リエラはいったん部屋の中へ戻った。


「ん……? 行くと、ツタの絵があって……。近づけなくて……戻れない……。戻ってこれないんだったら、どうなるんだろう? んー…………? わからないね」


 かなり危険な場所のような匂いが思いっきりするが。大暴投しているリエラはため息をついて、ドアへ振り返り、


「行ってみたら、なぞなぞの答えもわかるね。よし、行こう」


 先走り姫、さくっと決断し、再び部屋を飛び出した。


【静止】


 長い廊下をキョロキョロしながら、泳いでいく。


(誰かいないかな?

 出かけるって言わないと……)


 玄関ホールまで来た姫は、ふと振り返った。


(誰にも会わなかったね。

 変だね、誰もいないなんて。

 いつも出かけようとすると、誰かに止められるのに……)


 リエラが玄関の扉に手をかけても、不思議なことに作戦Gは決行されなかった。ボケ姫はぐるーっとあたりを見渡して、首を傾げて、


(ん? 何だか、物音がしない気がする)


 まるで時間が止まったかのように、セレニティス城内は静かだった。外を泳いでいる魚たちも、不思議なほどまわりにいず、


(みんな、昼寝してるのかな?

 あぁ、そうかも知れないね。

 だったら、起しちゃいけないよね。

 そっと……そーっと出ないとね)


 能天気な結論を出したリエラは、扉を静かに開けて、一人でセレニティス城を出発した。


 

 東へ向かってしばらく泳ぎ続けたリエラは、綺麗な海岸に辿り着いた。キラキラと光る海から上がって、髪飾りをつける。


 薄茶色のサラサラとした砂浜。

 色とりどりの貝殻。

 降り注ぐ太陽。


 これらを感じながら、二本足で歩いて行き、目の前に広がるうっそうとした森を眺めて、


「ここかな?」 

(中はよく見えないね……)


 携帯をバックから取り出して、手前へ傾け、


(一時過ぎ……。

 みんなのお昼寝が終わるまでに帰らないとね。

 心配かけちゃうから。

 急いで探して、お城に戻ろう。おぉっ!!)


 妙に張り切って、リエラが右足を踏み入れた途端、足と体が隔離されたような感覚がビリっと全身に走り抜けた。


「!!」


 右足を一歩前に出したまま、立ち止まって、


「ん? 戻った方がいいのかな?」


 背後に広がるエメラルドグリーンの海へ振り返り、


「でも……呪いの解き方、ここにあるかも知れないんだよね。んー……?」


 リエラは何かの境界線のようなものの上で、森と海を交互に見始めて、


「行こうかな? 戻ろうかな? …………。…………」


いざない】


 ふと、森の奥から何かを感じ取った。


「……やっぱり、行った方がいい気がする。誰かが……呼んでる気がする。だから、行かないと……」


 リエラはそう思って、両方の足を踏み入れた。今度は、視界に異常を感じる。


「あれ? 今、歪んだ気がする……。気のせい……?」


 原因を探ろうとすると、

 

【月に属する者】


 なぜか急に頭がぼうっとしてきた。


(…………。

 …………。

 …………)


 リエラは誰かに操られているような瞳で、ぽつりと、


「……進もう」


 そして、彼女は引き寄せられるように、ふらふらと森の奥へ入っていった。


 

 たくさんの木が生い茂っているわりには、辺りは異常なほど明るかった。


 意識がはっきりしてきたリエラは、急に大声を上げ、


「うわっ! すごいね。これ、光ってる」


 まわりに生えている木や草は、全て不思議なことに薄緑色の光を自ら放っていた。リエラはすぐ側の木にそっと触れて、


「何だか、ほっとするね」

(すごく優しい感じがする)


 植物の生きている鼓動が、強く感じ取れた。人魚姫はすっかり安心して、さらに奥へと進んだ。


 しばらく行くと、誰が立てたのか木の看板が。


『戻れなくなる』


 リエラはそこに書かれた文字を読んで、目をパチパチ。


「え……?」

(戻れなくなる?

 ……召使いさんが言ってたのと同じだ)


 看板の後ろに広がる、緑鮮やかな森をのぞき込み、


「やっぱり、なぞなぞの答えがここにあるんだね。よし、先に行ってみよう!」


 呪いの解き方を探していたはずなのに、いつの間にかなぞなぞの答え探しに。ボケ姫、言動がめちゃくちゃである。


 リエラは看板を追い越して、再び先へ進み始めた。優しい風の音と共に、鳥のさえずりが聞こえてきて、


「何だか、穏やかな場所だね。ふふ〜ん♪ 楽しいなぁ」


 散歩気分で歩いていたリエラは、また木の看板に出くわした。


『嘘はもう終わり』


 ボケ姫、激しく目をパチパチ。


「えっ? どういうことだろう? 嘘……? んー……誰かがついてたのかな? でも、もうつかなくてよくなったのかな? 何だか、そんな気がするね……」


 しかし、あまりにも意味不明なため、さすがのリエラも首を傾げた。


「でも……それが呪いの解き方と関係するのかな? えっと……先に行けばわかるかな?」


 不思議なことに、リエラは自分で話を戻し、呪いの解き方探しに戻った。

 看板の奥をのぞき込んで、ボケ姫は珍しく何かに気づいた。


「あれ? さっきも、ここ通ったような気がするね。気のせいかな?」


 リエラは看板に書かれた文字に視線を戻して、


「でも……書いてあることは違うよね? それなのに……景色は一緒……? んー……? あぁ、そうだ!」


 何かを思いついて、バックの中からハンカチを取り出した。


「これを巻きつければ、同じかそうじゃないか、わかるね」


 手早く看板の柱にそれを巻きつけて、さらに奥へと進んだ。

 木に触れたり、鳥の鳴き声を楽しんでいると、また木の看板に出くわした。


『大切なことに気づきますように』


「あれ、まただ……」


 リエラは再び目をパチパチ。


「あれ……これって……」


 看板の柱に巻きつけてある布を見て、びっくりして飛び上がり、


「えぇっっっ!?」

(さっき巻きつけたハンカチ!?)


 慌ててそれを外して、


「あっ! 自分の名前が刺繍されてる。え、でも……」


 彼女は看板に視線を上げて、つぶやいた。


「大切なことに気づきますように……? えっと、大切なことって呪いの解き方のことかな? 確かに……呪いの解き方は大切だよね……」


 呪いの解き方探しに夢中で、リエラは気づいていなかった。おかしなことが起きていることに。ワンテンポ遅れて、


「あれ? 自分のハンカチがあったよね」 


 手元の白い布を見つめて、再び看板に顔を向け、


「でも、看板の字は違う。……ってことは、文字だけ変わってるのかな? そうだね……!!」


 さらに何かに気づいて、森中に響く大声を上げた。


「えぇっっっ!?」

(同じところをぐるぐる回ってる!?

 ……そういうことになるよね。

 真っ直ぐ進んでると思ってたのに、戻って来ちゃったのかな?)


 今頃気づいた、ボケ姫。リエラは看板の字を見つめて、不思議そうに首を傾げて、


「これって……誰が書いたんだろう?」

(字が変わってるってことは……誰かが変えたんだよね?

 あれ? 誰かがずっと見てるってことーー!!)


 その時、彼女は背後に何かの気配を感じて、


「ん、誰かいる?」


 さっと振り返ってみたが、どこまでも続く森が広がっているだけ。がしかし、リエラはさっきまでと違う何かに気づいた。


「何だか……たくさんいるような気がする。やっぱり誰かいるのかな?」


 木々の間や草むらに視線を向けてみるが、誰の姿も見えない。


「んー……誰もいないのに、見られてる気がするだよね。気のせいなのかな?」


 彼女の感じている気配は、人よりももっと長い年月を生きているもののようだった。近くに生えている木にそっと触れて、


「……人じゃなくて、木なのかな? でも……普通の木と違うみたいだね。何が違うんだろう? それに、何だかどっかで……」


 何かと今感じている気配が重なりそうな気がして、空を見上げた。すると、なんと木々の隙間から、美しい星空が。違和感を思いっきり抱いて、リエラはびっくりして飛び上がった。


「えぇっ!?」

(よ、夜になってるよ!? さっき、お昼だったよね? あれ?)


 東の森に入ってからのことを思い浮かべ、


「そんなに歩いたかな? ……一時間ぐらいだった気がするけど」


 リエラはそこで、姫として、大切なことを思い出した。


「あっ、そうだ! 早くお城に帰らないと、みんな心配してるよ」

(戻らないと……)


 歩き出そうとして、先走り姫はすぐに立ち止まった。


「あれ? どっちから来たんだろう? えっと……看板がこっちにあるからーー!!」


 看板があったと思われるところを見て、目をパチパチ。リエラのブルーの瞳には、ただただ森が広がっているだけ。


「え……?」

(さっきまで……ここにあったよね?

 消えちゃった? ん?

 看板さ〜ん!)


 あたりをウロウロと探し回ったが、まったく見つからなかった。


 リエラはふと立ち止まって、


「……困ったね。迷ったんだ。どうしようかな?」


 召使いが注意した通りになってしまった。姫は手にしていた荷物を持ち上げて、


「あっ!!」


 それを素早く地面に下ろし、ガザガサと中をかき回した。


「携帯があったんだ。それで連絡すれば、とりあえずは心配させないね。携帯……携帯……」


 それを取り出し、右手で高く持ち上げ、


「あった!! よし、これでもう大丈夫だ」


 画面の端を一度確認。


「電波も来てる。よかった、持ってきて。よし、かけるぞ!!」


 意気込んでタッチしようとして、先走り姫はすぐに手を止めた。


「えっと……セレニティスには電話はなかったね。誰にかければいいのかな?」


 リエラが首を傾げた時、頭上ですぱっと何かが切られたような気がした。


(ん、何だろう?)


 不思議に思って彼女は見上げたが、先ほどまでと何も変わらない綺麗な星空が、木々の間に広がっていた。


(気のせいだったのかな?

 そうかも知れないね。

 やっぱり、ユーリにーー!!)


 リエラは画面の端を見て、大声を上げた。


「えぇっっ!?」

(み、見間違い!?)


 ありえないことが起きていて、ボケ姫は何度も目を手でこすり、


「あ、あれ? さっきまで、電波来てたよね?

(でも……『圏外』になってる……。おかしいなぁ?

 向きが悪いのかな?)


 ボケ姫はおかしなことに、携帯を色々な角度から眺め始めた。向きは電波に関係ないのに。


 しばらくそうしていたが、もちろん『圏外』であることに変わりなかった。


「……困ったなぁ」

(これじゃ、連絡出来ないね)


 リエラは珍しくため息をついて、近くにあった丸太の上に腰掛けた。頬杖をついて、星空を見上げ、


「ちょっと疲れたなぁ。少し休んだら、道探してみよう」


【炎の国】


 誰かに操られたように、空飛ぶ乗り物が舞う、あのスクランブル交差点を思い出した。


「そうだ」

(ウロウロすると、カーバンクルの時みたいに迷子になっちゃうよね。

 とりあえず、朝になるまでここにいよう)


 先走り姫は、珍しく大人しくこの場で夜を明かすことにした。


 防寒用に持ってきた毛布を肩からかけると、ふと彼女の脳裏に寒さに震えるユーリの姿が浮かんで、


「やっぱり、ジュレイテにも連絡いくよね? ユーリ、心配してるかも知れないね。あれ?」


 リエラは何かに気づいて、


「……いつの間に、一番大切になったんだろう?」

(ジュレイテには、お姉ちゃんもカータさんもいるのに……。

 どうして、一番最初に思い出したんだろう?

 大切な人って……こういうこと?)


 もう少しで、ユーリに対する気持ちが何なのかわかりそうなリエラ。十八の誕生日ーー結婚式はもうすぐ迫っている。だが、


【月 深き眠り】


 リエラがその答えに辿り着くことを遮るかのように、急速に眠気が襲ってきた。


(ん? ……何だか……眠くなってきたね。……前にもこんなことがあった気がーー)


 そこまで考えると、誰かに無理やり奪われるように、彼女の意識はすっと途切れた。

 優しい森が何かから守ってくれるように、彼女のまわりに静かに広がっていた。

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