謎の本
夏の匂いが漂い始めた、カーバンクル城の玄関前。
城をあとにしようとしているジュレイテ兄弟を、カーバンクル兄妹が見送りに来ていた。
カータが別れ際に、セリルたちににっこり微笑む。
「ふたりとも、式にはぜひ来て下さいね」
(ジュレイテで会えることを楽しみにしてます)
「おう、絶対行く。こーー!!」
セリルは軽快に返そうとして、何かを直感し、急に大声を上げた。
「あぁっっ!?」
(オレ、わかっちまったって!!)
核心へと一気に、赤髪少年は天性の勘でたどり着いた。ユーリ、ミリア、カータはそれぞれの反応を。
ユーリは盛大にため息をついて、
「…………」
(お前、無駄が多い)
ミリアは兄に視線だけ向け、
「…………」
(何? お兄さま。
また、何か直感したわけ?)
カータはなぜか妙に納得。
「…………」
(大声を出す練習ですか)
ボケ倒したジュレイテ国王に、セリルはしっかりツッコミ。
「いやいや、違うって」
(櫻井、いいぼけしてくるじゃねぇか)
ユーリが不機嫌な声で、
「何だ?」
(言ってないことまで、突っ込まなくていいんだ)
確かに、言ってないことも感じて、セリルはツッコミする。それは、性格というか個性だから仕方がない。
セリルは真剣な眼差しで、親友のスミレ色の瞳をじっと見つめ返し、
(リエラの呪いの解き方わかったぞ。
けどな……)
赤髪少年は親友から目をそらし、珍しくかすれた声でぼそっと、
「……何でもねぇぞ」
(言えねぇな、その方法じゃ)
「ふーん」
(お前、今、重要なことに気づいただろう)
疑いの眼差しを向けたユーリに、セリルは知らない振りで、
「…………」
(八神とルーが言ってこねぇのも、納得だな。
言っちまったら、呪い解けなくなっちまうからな)
呪いを解くことをしようとして、解こうとしても、解けない方法なのだ。直感型セリル、見事にここへ到着。
いつもと違う言動をしている親友を前にして、ユーリはリエラ のことを思い浮かべながら、あきれたため気をついた。
「…………」
(お前も、わかりやすいやつだな。
まぁ……いいか。
今、これ以上追求するのは時間の無駄。
それよりも……先にやらなくちゃいけないことがあるからな。
これから城に帰って、細かい打ち合わせしなくちゃな。
そうだな……あれがこうで……これがああだから……?)
そのままぼんやりと考え出した国王代理に、カータが、
「そろそろ行きましょうか?」
(早く城へ戻って、みなさんに報告しましょう)
「……あぁ、はい」
(そうだった。
日が暮れる前に帰らないと、凍死する)
世界の仕組みまで知ったユーリだったが、寒さとは未だ格闘中。カーバンクル兄妹に短く、
「じゃあ」
「おう」
「またね」
セリルとミリアが返すと、ジュレイテ兄弟は城の門へ向かって歩き出した。
(そういえば……)
ユーリはあることをふと思い出して、
「兄さん、ちょっと本屋に寄ってもいいですか?」
(呪いの本、探す約束してたな)
ここは微妙だが、ある人の思惑に乗っている発言。未だ、『みんな』は修正中だが、そろそろ態勢は整いつつある。
カータはユーリがリエラのことを想ってやっていると素直に受け取り、にっこり、
「えぇ、いいですよ」
(リエラちゃんに頼まれたんですね)
ジュレイテ国王がそれにうなずくと、ふたりは従者を引き連れ、街の本屋へと行き先を変更した。
遠ざかっていくジュレイテ兄弟を見つめながら、ミリアは兄に静かに、
「何を直感したわけ?」
(あたしには言えるの)
セリルは珍しくため息交じりに、
「呪いの解き方わかったぞ」
(お前には教えてやれるぞ)
ミリアは人のいないあたりを見渡しつつ、
「それ、教えたのって、あの見えない存在?」
(また、語りかけてきたの?)
これは、『みんな』のボスから受け取った天啓、セリルは首を横に振り、
「…………」
(結婚式っていったら……あれがあんだろ。
だから、それでピンと来たんだよ)
「今日はいないの?」
(リエラ専門についてんの?)
ミリアの思っている通り、ユーリとリエラがいた時にはついていた。だが、今日はユーリだけだ。がしかし、セリルは遠ざかってゆく、銀の長い髪をちらっと見やり、
「……ついてったぞ」
(……何かしでかしそうな気ぃすんだよな、あの目に見えねぇやつ)
ミリアは少し様子のおかしい兄に、静かにうなずいた。
「そう」
(リエラの呪い、解ける見込みないんだね。
あんたが、そんなに元気なくしてるってことは……)
セリルはユーリの背中を凝視したまま、親友に忠告。
(結婚式が来てもな、今のお前じゃ……リエラの呪い解いてやれねぇぞ。
マジで間に合うのかよ?
あと、三週間しかねぇのに……)
タイトル、Legend of kissから連想すれば、呪いの解き方はなんだか予想できる。だが、リエラが聞いている呪いの解き方の部分『……十八の誕生日までに……』の『……』を埋めるには、あまりにも言葉が足りなすぎ。
この先、本シリーズはそこで、悪戦苦闘するカップリングが続出。
この間来た時、従者とはぐれたスクランブル交差点。
そのすぐ近くにある、大きな本屋へ、ジュレイテ兄弟は従者とともに来ていた。
ユーリはぼんやりした瞳で、本棚を眺めながら、
(呪いの本……。
さっき、店のやつに聞いたら、『呪い』って言葉自体知らない感じだったんだ。
ってことは……ないーー!!)
不機嫌王子の思考はそこで急変し、いきなり、ユーリはゴーサインを無意識に出した。
(……ある。そんな感じがする)
ユーリは『気がする』という言い方は絶対しない。それは、自分の感情が入っている言葉だからだ。そうなると、事実が歪み、理論で考えることができなくなる。だから、『感じがする』を使う。この言葉は、宇宙全体から感じる事実を受け入れる意味を持つからだ。
ユーリは色とりどりの本に焦点を合わせた。同じように見えるのだが、スミレ色の瞳で一番右端の、一冊の古い本をターゲッティング。
(ふーん)
また、誰にもわからない言葉。不機嫌王子は、それをおもむろに手に取った。
その本は3D式ではなく、紙で出来ているもの。高度文明のカーバンクルに、その手の本があるのは不自然。表紙の文字は擦れていて、読むことは出来なかった。
ユーリはいかにも怪しげな本を、パラパラとめくり、
(そうだな……あれがこうで、それがああ……?
これに載ってるな。
これを買う……だな)
心を隠しているはずなのに、判断を明確に。実は、心理描写を読み取れる人たちは、大きく二手に分かれている。
ユーリは自然と、どちらかの作戦に乗ったのだ。それが、自分たちが何のために世界を移動しているのかの、目標に一歩でも早く近づけると判断したからだ。だが、三割は無意識下。不安定な要素は完全に拭いきれない。何が起こるかはわからない。
国王代理はその本を従者に手渡し、店をあとにした。
その後、無事にジュレイテ城へ戻ったユーリとカータは、留守番をしていたリエラとアイシスにカーバンクルでの出来事をさっそく報告した。それをまわりで聞いていた従者と召使いたちも、リエラたちと一緒に大いに喜んだ。
三日ぶりに、四人で夕食を楽しんだリエラは、その後、部屋で一人くつろいでいた。ソファーに寝転がって、足をぱたぱたさせている。
(やっぱり、みんなで食べると、楽しいね。
本当の家族みたいだね。
ユーリと結婚したら、こんな風になるのかな?
でも……何だかそうならないような気がする。
どうして、そう思うんだろう……?)
勘の優れているリエラの心の片隅には、一抹の不安が。不意に部屋のドアがノックされ、
「はい?」
「俺」
聞き慣れた、不機嫌な声が返ってきた。リエラはソファーから起き上がって、ドアを開け、
「何?」
(ユーリが部屋に来るなんて、珍しいね)
寒がり王子は廊下の冷気に肩を震わせながら、
「これ」
(探してきてやった、ありがたく思え)
俺様から差し出された古い本を見て、リエラは目を輝かせた。
「うわっ、ありがとう」
(やったぁ!! これで、呪いの解き方見つかるね)
彼女はさっそく表紙を開いた。そこで、ある疑問を抱いて、
「これは、紙で出来てるんだね」
(前行った時、こんな本一冊もなかったけど……。
新しく入荷したのかな?)
ユーリはぼんやりした瞳で、短く、
「あぁ」
(それだけが紙で出来てたんだ、不思議なことに)
リエラは文章をちらっと読んで、
「……神話とか伝承か」
(こういう本は今まで読んだことなかったね)
ユーリはどこか遠くを見ているような目で、
(そうだな……あれがこうで、それがああ……?)
誰にもわからない思考回路で、たどり着いた応えを、おもむろに、
「……お前、いったんセレニティスに帰った方がいい」
(そんな感じがする)
ユーリの突然の言葉に、リエラは本から顔を上げた。
「え……?」
(セレニティスに帰るって言ったよね?)
ユーリはもっともらしく、
「結婚するわけだから、両親と過ごした方がいいと思って」
(お前と離れた方がいい感じがする)
「あぁ、そうだよね」
(結婚したら、一緒に暮らせないもんね)
リエラは素直に同意した。ユーリは婚約者の手の中にある本へ、視線を落とし、
「その本、持って帰れよ」
(中身ちゃんと読めよ)
ユーリの言葉に違和感を抱いて、リエラは不思議そうな顔で、ぎこちなく、
「……う、うん」
(もちろん、持ってくよ。
呪いのこと調べないといけないから)
ユーリは少しだけ微笑んで、自分の部屋へ戻ろうとする。
「じゃあ」
(これで、お前との結婚、阻止出来るな)
結婚取り消しのニュアンスが思いっきりする心理描写。だが、少しおかしい。不機嫌王子お得いの、指示語ではない。ユーリのそばに小さい頃からいる、リエラでさえも違和感に気づかず、銀髪少年の横顔に、
「ありがとう」
(いつ戻るかわからないから、急いで調べないとね。
よし、頑張るぞ! おっ!!)
また張り切り出した、無駄に。呪いの解き方に気を取られすぎである、ボケ少女は。ユーリはあきれたようなため息をつきながら、自分の部屋へ入って、
(お前、本当にバカだな。
俺、お前が数日後どう動くか、簡単に予想出来る。
まぁ……がんばれ)
やる気のな〜いエールを送った。リエラはぱたんと閉まったドアを横目に、首を傾げ、
(あれ?
ため息ついてる気がするけど、どうしたのかな?
……あぁ!)
何かに気づいて、うんうんうなずく。
(カーバンクルまで行って、交渉してきたから疲れたんだね。
でも、よかったね。
交渉がうまくいって。
これで、差別もなくなるね)
超前向き少女らしく納得し、リエラは部屋のドアを閉めた。




