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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
37/55

進むべき時

 それから数日後ーー六月十四日。

 ジュレイテ城の玄関で、ロングコートを着たカータがアイシスに軽くキスをして、


「では、行ってきます」

(アイシスさんと会えないのは、少し淋しいです)


 妻は飛び切りの笑顔を返した。


「気をつけてね」

(研究に没頭して、迷子にならないようにね)


 完全防寒のユーリが、リエラに不機嫌な声で、


「大人しく待ってろ」

(連れていけないんだ。

 エアバイクは、二台しかないんだから。

 交渉役の俺と説明役の兄さん、それに最低限、従者はふたり必要なんだ。

 お前を乗せるスペースはなし)


 不機嫌王子はここ数日の先走り姫を思い出して、ため息をついた。


(昨日の夜まで、行くって言い張って大変だった。

 呪いのこと調べたいからって言って、トランクに入るとか意味不明なこと言い出すし。

 待つこと、覚えろよ)


 収縮自在のトランクにまで、入りたいほど、人魚姫は呪いの解き方を懸命に探していた。ユーリの言葉に、リエラは素直に、


「うん、わかった」

(ジュレイテのみんなのためだもんね、仕方がないね。

 今回は我慢しよう。

 でも、本見つけたいなぁ。

 どうしようーー)


 ユーリは彼女の思っていることを予測して、珍しく優しく、


「本、探してきてやる」

(ありがたく思え)


 リエラは目をきらきら輝かせた。


「ありがとう!」

(ユーリは優しいね)


 単純すぎるセレニティス姫の言動を前にして、ユーリはあきれ顔。


(お前、本当にわかりやすいやつだな。

 今のお前に、『呪いの解き方が見つかる』って言えば、簡単に動かせるだろうな)


 リエラはルーの摩訶不思議な呪文の意味を理解していない。『空を飛んだりもできるの……』にはきちんと意味がある。誠矢も思っていた通り、ルーは嘘はついていない。


 ユーリはぶっきらぼうに、


「じゃあ」

「うん、気をつけてね」


 リエラが笑顔で返すと、ユーリとカータはジュレイテ城を出発した。 


 

 いくらエアバイクで行き来が速くなったといっても、物質の説明して、それを調べてもらい、交渉までするとなると何日もかかる。そのため、しばらく、アイシスとリエラのふたりで、ジュレイテ城で過ごすこととなった。


 夕食をふたりで食べながら、リエラは空いているふたつのーーユーリとカータの席を見つめ、


「何だか、向こうと変わらないね」

(お姉ちゃんとふたりきりって)


 地球での暮らしと、ここ数週間の城での生活を比べて、アイシスは少し微笑み、


「そうね。ふたりっきりで話すのも、久しぶりだわね」

(ずっとこっちにいるから、四人で食事するのが、最近当たり前になってたわね)


 リエラは少し切なくなって、スプーンを持つ手を止めた。


「あっちの世界で、お姉ちゃんが結婚したら、これもなくなっちゃうんだね」

(何だか淋しいね、平気だと思ってたけど……。

 お姉ちゃんと別々に暮らすのって)


 アイシスは悪戯っぽく、妹の顔をのぞき込み、


「淋しくなった?」

(だから、心配だったのよ。

 恋愛に無頓着なままのあなたをひとりにして、結婚するのが……)


 ユーリの思っていた通り、姉の優しさだった。美少年ゲッターではあるが、無理をしてまで、妹に勧める気はない。リエラは素直に、力なく、


「うん……」

(ずっと一緒に暮らしてきた人がいなくなるのは、やっぱり淋しいな)


 姉は空いている席のひとつをちらっと見て、意味あり気に、


「大丈夫よ。それまでには、あなたにも大切な人がきっと見つかるわよ」

(ユーリが大切な人だって気づくわよ)


「……大切な人?」


 姉の言葉を繰り返すと、リエラの脳裏に不機嫌王子が浮かんだ。スープの皿を見つめたまま、戸惑い気味に、


「……ユーリ……のこと?」

(結婚は大切な人とするんだよね?)


 アイシスは嬉しそうに身を乗り出し、


「あら、気づいたの?」

(あの一週間は無駄じゃなかったのかしら?)


 姉は、カータの救出事件の恩恵を預かろうとしていた。だが、リエラは皿の上のチキンソテーをぼんやり見つめて、


「んー……でも……本当にそうなのかな?」

(結婚するのはユーリだから……自分の大切な人は……ユーリ?)


 そこで、妹の脳裏に、初めてこの席に座った時の、姉の言葉が鮮やかに蘇った。


『そんなこと関係ないわよ。私が正貴さんを、彼が私を愛しているということには変わらないでしょ?』


 元の世界では、婚約者だった、愛理と正貴。別世界へ飛ばされ、いきなり結婚している状態に。リエラは戸惑い気味に聞いたが、姉の言葉は以上のものだった。


 水の入ったグラスに映る、ぼんやりとした自分の顔を見つめ、リエラは考え続ける。


(結婚するから大切……じゃなくて。

 大切だから結婚する……。

 大切な人って、愛してる人と同じってことかな?

 んー……それってどういうこと?

 んー……?)


 恋愛の『れん』までは、進んだリエラ。いつまでも考え込んでいる妹の横顔をそっとうかがって、アイシスはため息をついた。


「…………」

(あまりにも自然にここまで来たから、気づけないのね。

 困ったわね)


 Legend of kissシリーズ史上、一番スムーズに進んでいる、このカップリングは。アイシスはあごに人さし指を当て、首を傾げて、


(……ユーリも気づいてないでしょ。

 少し離れたみたら、ふたりとも気づくのかしら?

 ひとりでいるよりも、ふたりでいる方が自分らしくいられるって)


 恋愛鈍感少女と、何か作戦があるユーリ。微妙な恋愛情勢。 暖炉のゴウゴウと燃える音だけが、姉妹を包んでいた。


 

 カーバンクルへ物質を持ち込んだユーリとカータは、用意された一室で休んでいた。

 ユーリの珍しく、嬉しそうな声が部屋中に響く。


「うまいっ!」

「おいしいですね」


 向かいの席でカータが、同じように相づちを打った。

 物質を解析してもらっている間、ふたりはセリルに用意してもらった、チョコレートを遠慮なしに、次から次へと食べていた。


 カータは食べる手を止めて、ユーリに何気なく、


「そういえば、結婚式の準備は順調ですか?」

(発掘作業に集中していて、アイシスさんに任せきりでした)


 ユーリは盛大なため息だけで、


「…………」

(まわりだけが順調です)


 カータは弟の反応を見て、次に部屋を見渡し、


(やはり……おかしいですね)


 自分の抱いている違和感を口にした。


「ただやり直しをしているだけではないのかも知れませんね」

(君と彼女が結婚をするという話は、以前にもあった気がするんです。

 ですが、この部屋の風景は覚えていないんです) 


 ユーリは兄に珍しく、密かにツッコミ。


「どういうことですか?」

(話、いきなり飛んでます)


 カータは弟の視線に気づかず、言葉を続けた。


「初めのうちは、同じことをしたことが以前にもあったと思っていたのですが……」

(リエラちゃんの誕生日パーティや雪祭り……。

 輝水山での発掘作業……)


 ジュレイテ国王は今までの出来事を思い浮かべながら、首を傾げ、


「最近、そう思うことが少なくなったんです」

(あの物質を発見したことや、私がカーバンクルへ来たという記憶はないようなんです。

 思い出せないだけなのかも知れませんが……)


 Legend of kissシリーズは、スタート地点は一緒。だが、未来は変わる。しかも、ユーリは世界の仕組みに気づいており、思考回路を封鎖した。そのため、今も『みんな』が懸命に修正中。


「そうですか」


 ユーリは表面上ぼんやりとしていたが、頭はとても冴えていた。


(ふーん。兄さんたちも夢を見てるんだな。

 そんな感じがする)


 そして、無意識化の直感で、もうひとつ別の結論にも到達。


(ふーん、なるほどな。

 夢を見てるのは、俺たち六人だけなんだな。

 他は見てないのか。

 何か意味があるんだろうな)


 ここまで、一気に達すると、『みんな』は結構大変なことに。ここでちょっと情報を整理。夢を見ているのは、リエラ、ユーリ、カータ、アイシス、セリル、ミリアだけ。


 八神とルーは見ていない。それなのに、ルーは最初から知っている。ルーが八神だけに伝えたのは、優しさと厳しさ、さらに、この世界がどんなところなのか打ち明けるためだ。


 カータは弟に真剣な眼差しを向け、静かに口を開いた。


「それから、もうひとつ……気になることがあるんです」

(私たちが見ている夢は、過去の記憶である確率が高いです。

 しかし、今の君を見ていると……大きく食い違っているようなんです)


 兄の違和感は当たっている。ユーリは我に返って、スミレ色の瞳でカータを捉え、


「…………?」

(もうひとつ……?)


 兄は急に核心に迫った。


「君の大切な人は、リエラちゃんではないのですか?」

(彼女の呪いを解くために、やり直しをしているのではないのでしょうか?

 君が結婚を取り消さないのは、そのことが原因ではないんですか?)


 リエラの呪いを解くためだけだったら、セリルが思っていたように、リエラとユーリだけが世界を移動すればいい。


 だが、袴姿の男と、王子なのに姫も、関係している。

 クリアーする目標がひとつだけない、Legend of kissシリーズは。そのため、非常に複雑な人間関係、世界観の上で成り立っている。


 ユーリは正体を失ったかのように、急にぼんやり、


「……大切な人?」

(……大切な人……か。

 ……違う)


 自分の夢の話までして、涙までこぼしたのに、恋愛に鈍感ではないはずの、不機嫌王子はきっぱり否定。

 カータは弟の瞳の奥を覗きこみ、


(君の言動も、やはり記憶にないんです。

 以前は、自分の気持ちに気づいていたのではないでしょうか?

 なぜ、気づかないのでしょう?

 何か理由があるのでしょうか?

 君に気づかせないようにしている何かが、あるのでしょうか?)


 残念ながら、今は不機嫌王子が思考を一部封鎖しているので、真相は闇の中。ユーリはカータから視線をはずし、全然違うことを考え始めた。


(そうだな……あの物質がどの程度のものかで、今回の交渉の仕方が変わってくるな。

 出来るだけーー)


 政治戦略を優先したユーリと、結婚を心配しているカータの耳に、


「ーーライキャク、セリル」


 コンピュータの音声が不意に響いた。ユーリがドアを開けると、セリルが大喜びで入って来た。


「すげぇぞ、あれ。大発見だ!」

(やるな、櫻井)


 カータはさっきまでのことをすっかり忘れて、ソファーからがばっと立ち上がった。


「本当ですか!?」

(アイシスさん、やりましたよ!)


 遠いジュレイテにいる妻へ、報告を捧げた。そして、セリルを質問攻めに。


「どのような物だったのでしょう? どのような効果ーー」


 カータの異常なほどの変わりぶりに、セリルは素早くツッコミ。


「いやいや、オレに聞いてもわかんねぇって」

(愛姉から聞いてたけど、マジで人変わってんぞ、櫻井)


 研究者魂、全開の兄を前にして、ユーリはため息をついた。


「…………」

(兄さん、交渉ごとには向かないな。

 一点に集中しすぎだな)


 セリルはドアへと歩き出し、


「カイザーが直接会って話してぇから、来いってさ」

(ユーリ、ちゃんと櫻井連れて来いよ)


 弟は兄の袖を引っ張って、カータを我に返らさせ、セリルは慣れた感じで、ジュレイテ兄弟を部屋から連れ出した。


 

 セリルに案内されたジュレイテ兄弟は、カイザーの待つ部屋の前で呼吸を整える。

 カータはユーリに視線を向け、


(いよいよですね。

 交渉の方はよろしくお願いします)


 弟は兄にしっかりとうなずいた。


(ジュレイテのみんなのために、出来るだけいい条件で交渉します)


 結構シリアスシーンなのだが、セリルはふたりを横目で見て、口の端でにやり。


(中に入ったら、一気にその緊張感吹き飛ぶぞ。

 カイザー、マジすげぇからな)


 このあと、ユーリにある嵐が襲いかかる! 自動で開いた扉の中へ入って、赤髪少年は軽い感じで、


「おう、連れてきたぞ」


 中にはふたりの人物が。一人は、胸元が大きく開いた、セクシーなドレスを着たミリア。

 彼女の側にいる人ーーカイザーを見て、ユーリはなぜか、思わず噴き出しそうになった。


「……っ!!」

(ぷぷぷ……!!)


 カータは弟を笑わせた人物を前にして、にっこり微笑む。


(景色を眺めていらっしゃるようです)


 国交を正常化する第一歩という、非常に重要な席なのに、窓の外を眺めていたカイザー。ちょっと不自然。セリルはジュレイテ国王に、心の中で軽くツッコミ。


(いやいや、違うって。

 どう見ても、おかしいだろ)


 三人がそれぞれの反応を見せた人物は、全開にした窓からの風に、真っ赤なマントをなびかせ、片足を椅子に乗せ、あごに人差し指と親指を当て、ダンディーに決めている赤髪の中年男が。


 その人はユーリたちに気づき、本人だけが爽やかだと思っている笑顔を向け、歯をキランと光らせた。


「やぁ、よく来たね、諸君」

(どうだね、わしのダンディーさは?)


 セリルは自分の父親に軽くツッコミ。


「いやいや、誰の真似してんだって」

(『諸君』なんて、いつも言わねぇだろ。

 それに、その『波止場でダンディーに決めてる男』風のポーズは何だっつうの!)


 カータはボケているので、ツッコミポイントだと気づかず、丁寧に頭を下げた。


「初めまして、カータ ソフィアンスキーと申します」

(挨拶は大切です)


 セリルは心の中でゲラゲラ笑いながら、ジュレイテ国王にさらにツッコミ。


(いやいや、普通に挨拶して、スルーすんなって。

 笑うところだって)


 ユーリはこらえきれなくなって、吹き出した。


「……ぷぷっ!」

(……バカだな)


 カイザーは椅子から足を下ろして、窓をさっと閉め、ブラインドを下ろした。その隙間を指を押し広げ、外からの光りに目を細める。古い刑事ドラマであるようなワンシーン。ダンディーなポーズを再び取ったカイザーは、ジュレイテ兄弟に、


「まぁ、かけたまえ」

(今回も決まったな)


 隣りに控えているミリアは、あきれ顔に。


(まったく、お父様は……。

 テレビの見過ぎなんじゃないの)


 カイザーはさっきよりも低く渋い声で、娘に、


「ミリア、説明を」

(声もダンディーに決まったな)


「はい」


 それに応えて、ミリアは机の上の資料を手に取った。天才少女は真面目に研究結果の説明に。


「色々とデータを取った結果、リサイクル可能なエネルギー源だと判明しました」


 ユーリはカイザーをぼんやりと見つめたまま、口の中で反復。


「……リサイクル可能」

(ふーん、すごいな)


 ミリアは3D映像で収集したデータを、カータたちに提示。


「これは水と同じ変化をするもので、個体、液体、気体へと変化します。すなわち、いくら削り取っても、いずれ気体となって空中を漂い、輝水山へまた戻り個体となります」


 カータは真剣な眼差しで、一生懸命話を聞いている。


(不思議ですね)


 ミリアはさらに、


「そして、そのエネルギーは私たち人間が摂取しても、有効に働きます。服用しても問題はありません」


 カータは何かを思い出して、大きくうなずいた。


「そういうことですか」

(空腹をしのげたのは、そのような効果があったからなんですね)


「……人間にも有効」

(本当にすごいな)


 ユーリはミリアの言葉を、ただ繰り返した。ミリアとカータが真面目に話をしている間、カイザーは再び椅子に片足を乗せ、


(もう少し角度を変えた方がいいかも知れんな。

 その方が、わしのダンディーさを最大限にアピール出来るな。

 いや……左足の方がいいのかも知れん)


 そして、カイザーは右足を下ろして、左足を椅子に乗せた。未だお笑いに没頭中のカイザー。窓に映る自分の姿をじっと見つめ、


(ん〜……ほれぼれするな。

 あとは……笑顔をーー)


 セリルは父親の心を感じ取って、ニヤニヤ。


(だから、ちゃんと話に参加しろって。

 そこで、笑い追求すんなって)


 ユーリは視点の合わないスミレ色の瞳で、カイザーを眺めていた。


(……本当にバカだな、カイザー。

 さっきからずっと、同じこと繰り返してる。

 すごい、追求心だな)


 セリルは親友にもしっかりツッコミ。


(お前、さっきから感心してんのは、カイザーの方か!?

 少しは、ミリアの話に感心しろって)


 ユーリは納得しているようで、カイザーのお笑いに興味津々。侵略計画を立てていた銀髪少年は、顔色ひとつ変えずに、ある結論に到達。


(……カーバンクル攻め落とすの難しいかも知れない。

 カイザー、手強いな。

 油断したら、あっという間に足元すくわれる。

 それは間違いない)


 笑いを取るには、柔軟な発想がないとできない。そのため、戦況によって、自由自在に作戦変更してくる可能性が、カイザーには大いにある。ユーリが思っている以上に、カーバンクルは手強かった。


 説明を続けていたミリアが結論を述べる。


「つまり、飢餓状態を解消することも出来、あらゆる病気を治すことも出来る。いわゆる、万能薬です。世界を変えるほどの大発見だと思います」


 研究者に結果が出るほど嬉しいものはない。カータは目をきらきら輝かせた。


「そうですか!」

(ジュレイテの人たちだけではなく、世界中の人たちの役に立ちそうです。

 発見出来てよかったです)


 ジュレイテ国王の心も、尊きものだった。自国だけではなく、世界の人々を幸せにできることに、喜びを感じる人だった。類は友を呼ぶという言葉通り、アイシスも同じ。


 さっきまで、全然会話に参加していなかったカイザーが、椅子に足を乗せたまま本題へ。


「そこで、我々としては貴殿の国と交渉したい」

(これでさっきより、ダンディさが増したな)


 笑いを取りながら、シリアスな話をして来たカイザー。そんな中年男を前にして、交渉役のユーリがしっかりうなずいた。


「はい」

(カイザー、本当に手強いな。

 本気の時とふざけてる時の違いがわからない)


 笑わせといて、その隙に敵をやっつけるということが、カイザー ーー皇帝には簡単に出来てしまう。すごすぎる人物。カイザーはあごに手を当てて、渋い笑顔で、


「共同開発という方向で、いかがかね?」

(これが、窓に映して研究した成果だ)


 さっきの窓に映る自分の姿を、カイザーは早くも披露。年上だから、強敵だからといって、引くわけにはユーリはいかない。ジュレイテの人々の幸せがかかっているのだから。話しながら、


「細かい条件は?」

(そうだな……あれがこうで、それがああ……?)


 指示語だらけの思考を展開。カイザーはなぜか、テーブルの上に腰掛け、


「ジュレイテとカーバンクルの国交開始」

(今度はこれで、ダンディに決めるか)


 ユーリは次の言葉を待つように、相づちを打った。


「はい」

(それだけじゃない……そんな感じがする)


 カイザーはテーブルの上に乗ったまま、少し短めの足をなんとも組みづらそうにして、


「開発にかかる費用と機材の提供。これでいかがかね?」

(今度は、足を組む研究をしなくてはいけないな)


 セリルは父親の姿を見て、心の中でゲラゲラ笑った。


(いやいや、足ちゃんと組めてねぇって。

 無理すんなって)


 ユーリはぼんやりした瞳で、しっかり意見を述べ、


「ジュレイテとカーバンクルを結ぶ道路整備を要求します」

(これをした方がいい感じがする)


 カイザーはわざとらしく、短めの足を組み変え、


「道などなくても、開発は出来るはずだが?」

(先ほどまでその考えは、君の中になかったように思うのだが。

 なぜ、それを言おうと思ったのかね?)


 いきなりここで、カイザーはシリアスシーン、真相に迫った。最初から、ちゃんと話は聞いていた。油断も隙もない。ユーリの予想した通りの人物だった。複雑な思考回路の持ち主、ユーリはさっきまで全然考えていなかった理由を、もっともらしく説明。


「それでは国交を開始するとは言えません。我が国からこちらへの出入りは、制限されてしまいます」

(この人は、本当の平等を知ってる人だ)


 笑いを取っているが、弱き者を救いたい気持ちをきちんと持っている、カイザーは目を細めて、真剣に考えている振りをした。


「……では、それも条件として入れよう」

(直感と理論……の人間か。

 興味深い)


 ユーリよりも長い年月を生きてきただけあって、人を見る目をカイザーは持っていた。ジュレイテ国王代理は何か違和感を抱きながら、


「それと……」

(おかしいな。

 そうだな……あれがこうで、それがああ……?)


 政治戦略に長けた、ぼんやり眼の王子の言う通り、おかしいのだ。こんな頭の切れる人物、カイザー ーー皇帝なのに、カーバンクルの政治情勢は微妙なまま。差別など簡単になくせるはず。矛盾していることに、世界征服を目論んでいる、不機嫌王子は気づいた。


 その要因を考えながら、もうひとつ条件を提示。


「ジュレイテ人の自由な入国の許可をお願いします」

(ふーん、そういうことか。

 それがこうで、あれがああなんだな)


 ユーリはそこで、なぜかセリルをちらっと見た。その視線をカイザーは見逃さなかった。ユーリの出した答えを理解して、心の中で大いに感心。 


(ずいぶんと頭の切れる人物のようだ。

 君の考えている通りだ。

 わしも老い先、短いからのう。

 ゴホッ、ゴホッ!!)


 急に心の中で、咳きを始めたカイザー。ふざけっぱなしの父親に、セリルは密かにツッコミ。


(いやいや、何で咳き込んでんだよ。

 まだ、四十代だろ。

 それに、ふたりしてオレの方見て、何考えてんだよ?)


 カイザーは静かにユーリに要求に応えた。


「わかった、それも認めよう」

(これで、政治情勢は大きく変わった。

 元老院が動いてくるのは決定的だな)


 ユーリは素直に、


「ありがとうございます」

(これで、ジュレイテは他国から狙われるようになった。

 そうだな……あれがこうで、それがああ……?)


 カーバンクルとの交渉に成功したユーリは、防衛策をさっそく考え始めた。さらに、ルーの摩訶不思議な呪文に出てきた何かに策が投じられた。

 

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