進むべき時
それから数日後ーー六月十四日。
ジュレイテ城の玄関で、ロングコートを着たカータがアイシスに軽くキスをして、
「では、行ってきます」
(アイシスさんと会えないのは、少し淋しいです)
妻は飛び切りの笑顔を返した。
「気をつけてね」
(研究に没頭して、迷子にならないようにね)
完全防寒のユーリが、リエラに不機嫌な声で、
「大人しく待ってろ」
(連れていけないんだ。
エアバイクは、二台しかないんだから。
交渉役の俺と説明役の兄さん、それに最低限、従者はふたり必要なんだ。
お前を乗せるスペースはなし)
不機嫌王子はここ数日の先走り姫を思い出して、ため息をついた。
(昨日の夜まで、行くって言い張って大変だった。
呪いのこと調べたいからって言って、トランクに入るとか意味不明なこと言い出すし。
待つこと、覚えろよ)
収縮自在のトランクにまで、入りたいほど、人魚姫は呪いの解き方を懸命に探していた。ユーリの言葉に、リエラは素直に、
「うん、わかった」
(ジュレイテのみんなのためだもんね、仕方がないね。
今回は我慢しよう。
でも、本見つけたいなぁ。
どうしようーー)
ユーリは彼女の思っていることを予測して、珍しく優しく、
「本、探してきてやる」
(ありがたく思え)
リエラは目をきらきら輝かせた。
「ありがとう!」
(ユーリは優しいね)
単純すぎるセレニティス姫の言動を前にして、ユーリはあきれ顔。
(お前、本当にわかりやすいやつだな。
今のお前に、『呪いの解き方が見つかる』って言えば、簡単に動かせるだろうな)
リエラはルーの摩訶不思議な呪文の意味を理解していない。『空を飛んだりもできるの……』にはきちんと意味がある。誠矢も思っていた通り、ルーは嘘はついていない。
ユーリはぶっきらぼうに、
「じゃあ」
「うん、気をつけてね」
リエラが笑顔で返すと、ユーリとカータはジュレイテ城を出発した。
いくらエアバイクで行き来が速くなったといっても、物質の説明して、それを調べてもらい、交渉までするとなると何日もかかる。そのため、しばらく、アイシスとリエラのふたりで、ジュレイテ城で過ごすこととなった。
夕食をふたりで食べながら、リエラは空いているふたつのーーユーリとカータの席を見つめ、
「何だか、向こうと変わらないね」
(お姉ちゃんとふたりきりって)
地球での暮らしと、ここ数週間の城での生活を比べて、アイシスは少し微笑み、
「そうね。ふたりっきりで話すのも、久しぶりだわね」
(ずっとこっちにいるから、四人で食事するのが、最近当たり前になってたわね)
リエラは少し切なくなって、スプーンを持つ手を止めた。
「あっちの世界で、お姉ちゃんが結婚したら、これもなくなっちゃうんだね」
(何だか淋しいね、平気だと思ってたけど……。
お姉ちゃんと別々に暮らすのって)
アイシスは悪戯っぽく、妹の顔をのぞき込み、
「淋しくなった?」
(だから、心配だったのよ。
恋愛に無頓着なままのあなたをひとりにして、結婚するのが……)
ユーリの思っていた通り、姉の優しさだった。美少年ゲッターではあるが、無理をしてまで、妹に勧める気はない。リエラは素直に、力なく、
「うん……」
(ずっと一緒に暮らしてきた人がいなくなるのは、やっぱり淋しいな)
姉は空いている席のひとつをちらっと見て、意味あり気に、
「大丈夫よ。それまでには、あなたにも大切な人がきっと見つかるわよ」
(ユーリが大切な人だって気づくわよ)
「……大切な人?」
姉の言葉を繰り返すと、リエラの脳裏に不機嫌王子が浮かんだ。スープの皿を見つめたまま、戸惑い気味に、
「……ユーリ……のこと?」
(結婚は大切な人とするんだよね?)
アイシスは嬉しそうに身を乗り出し、
「あら、気づいたの?」
(あの一週間は無駄じゃなかったのかしら?)
姉は、カータの救出事件の恩恵を預かろうとしていた。だが、リエラは皿の上のチキンソテーをぼんやり見つめて、
「んー……でも……本当にそうなのかな?」
(結婚するのはユーリだから……自分の大切な人は……ユーリ?)
そこで、妹の脳裏に、初めてこの席に座った時の、姉の言葉が鮮やかに蘇った。
『そんなこと関係ないわよ。私が正貴さんを、彼が私を愛しているということには変わらないでしょ?』
元の世界では、婚約者だった、愛理と正貴。別世界へ飛ばされ、いきなり結婚している状態に。リエラは戸惑い気味に聞いたが、姉の言葉は以上のものだった。
水の入ったグラスに映る、ぼんやりとした自分の顔を見つめ、リエラは考え続ける。
(結婚するから大切……じゃなくて。
大切だから結婚する……。
大切な人って、愛してる人と同じってことかな?
んー……それってどういうこと?
んー……?)
恋愛の『れん』までは、進んだリエラ。いつまでも考え込んでいる妹の横顔をそっとうかがって、アイシスはため息をついた。
「…………」
(あまりにも自然にここまで来たから、気づけないのね。
困ったわね)
Legend of kissシリーズ史上、一番スムーズに進んでいる、このカップリングは。アイシスはあごに人さし指を当て、首を傾げて、
(……ユーリも気づいてないでしょ。
少し離れたみたら、ふたりとも気づくのかしら?
ひとりでいるよりも、ふたりでいる方が自分らしくいられるって)
恋愛鈍感少女と、何か作戦があるユーリ。微妙な恋愛情勢。 暖炉のゴウゴウと燃える音だけが、姉妹を包んでいた。
カーバンクルへ物質を持ち込んだユーリとカータは、用意された一室で休んでいた。
ユーリの珍しく、嬉しそうな声が部屋中に響く。
「うまいっ!」
「おいしいですね」
向かいの席でカータが、同じように相づちを打った。
物質を解析してもらっている間、ふたりはセリルに用意してもらった、チョコレートを遠慮なしに、次から次へと食べていた。
カータは食べる手を止めて、ユーリに何気なく、
「そういえば、結婚式の準備は順調ですか?」
(発掘作業に集中していて、アイシスさんに任せきりでした)
ユーリは盛大なため息だけで、
「…………」
(まわりだけが順調です)
カータは弟の反応を見て、次に部屋を見渡し、
(やはり……おかしいですね)
自分の抱いている違和感を口にした。
「ただやり直しをしているだけではないのかも知れませんね」
(君と彼女が結婚をするという話は、以前にもあった気がするんです。
ですが、この部屋の風景は覚えていないんです)
ユーリは兄に珍しく、密かにツッコミ。
「どういうことですか?」
(話、いきなり飛んでます)
カータは弟の視線に気づかず、言葉を続けた。
「初めのうちは、同じことをしたことが以前にもあったと思っていたのですが……」
(リエラちゃんの誕生日パーティや雪祭り……。
輝水山での発掘作業……)
ジュレイテ国王は今までの出来事を思い浮かべながら、首を傾げ、
「最近、そう思うことが少なくなったんです」
(あの物質を発見したことや、私がカーバンクルへ来たという記憶はないようなんです。
思い出せないだけなのかも知れませんが……)
Legend of kissシリーズは、スタート地点は一緒。だが、未来は変わる。しかも、ユーリは世界の仕組みに気づいており、思考回路を封鎖した。そのため、今も『みんな』が懸命に修正中。
「そうですか」
ユーリは表面上ぼんやりとしていたが、頭はとても冴えていた。
(ふーん。兄さんたちも夢を見てるんだな。
そんな感じがする)
そして、無意識化の直感で、もうひとつ別の結論にも到達。
(ふーん、なるほどな。
夢を見てるのは、俺たち六人だけなんだな。
他は見てないのか。
何か意味があるんだろうな)
ここまで、一気に達すると、『みんな』は結構大変なことに。ここでちょっと情報を整理。夢を見ているのは、リエラ、ユーリ、カータ、アイシス、セリル、ミリアだけ。
八神とルーは見ていない。それなのに、ルーは最初から知っている。ルーが八神だけに伝えたのは、優しさと厳しさ、さらに、この世界がどんなところなのか打ち明けるためだ。
カータは弟に真剣な眼差しを向け、静かに口を開いた。
「それから、もうひとつ……気になることがあるんです」
(私たちが見ている夢は、過去の記憶である確率が高いです。
しかし、今の君を見ていると……大きく食い違っているようなんです)
兄の違和感は当たっている。ユーリは我に返って、スミレ色の瞳でカータを捉え、
「…………?」
(もうひとつ……?)
兄は急に核心に迫った。
「君の大切な人は、リエラちゃんではないのですか?」
(彼女の呪いを解くために、やり直しをしているのではないのでしょうか?
君が結婚を取り消さないのは、そのことが原因ではないんですか?)
リエラの呪いを解くためだけだったら、セリルが思っていたように、リエラとユーリだけが世界を移動すればいい。
だが、袴姿の男と、王子なのに姫も、関係している。
クリアーする目標がひとつだけない、Legend of kissシリーズは。そのため、非常に複雑な人間関係、世界観の上で成り立っている。
ユーリは正体を失ったかのように、急にぼんやり、
「……大切な人?」
(……大切な人……か。
……違う)
自分の夢の話までして、涙までこぼしたのに、恋愛に鈍感ではないはずの、不機嫌王子はきっぱり否定。
カータは弟の瞳の奥を覗きこみ、
(君の言動も、やはり記憶にないんです。
以前は、自分の気持ちに気づいていたのではないでしょうか?
なぜ、気づかないのでしょう?
何か理由があるのでしょうか?
君に気づかせないようにしている何かが、あるのでしょうか?)
残念ながら、今は不機嫌王子が思考を一部封鎖しているので、真相は闇の中。ユーリはカータから視線をはずし、全然違うことを考え始めた。
(そうだな……あの物質がどの程度のものかで、今回の交渉の仕方が変わってくるな。
出来るだけーー)
政治戦略を優先したユーリと、結婚を心配しているカータの耳に、
「ーーライキャク、セリル」
コンピュータの音声が不意に響いた。ユーリがドアを開けると、セリルが大喜びで入って来た。
「すげぇぞ、あれ。大発見だ!」
(やるな、櫻井)
カータはさっきまでのことをすっかり忘れて、ソファーからがばっと立ち上がった。
「本当ですか!?」
(アイシスさん、やりましたよ!)
遠いジュレイテにいる妻へ、報告を捧げた。そして、セリルを質問攻めに。
「どのような物だったのでしょう? どのような効果ーー」
カータの異常なほどの変わりぶりに、セリルは素早くツッコミ。
「いやいや、オレに聞いてもわかんねぇって」
(愛姉から聞いてたけど、マジで人変わってんぞ、櫻井)
研究者魂、全開の兄を前にして、ユーリはため息をついた。
「…………」
(兄さん、交渉ごとには向かないな。
一点に集中しすぎだな)
セリルはドアへと歩き出し、
「カイザーが直接会って話してぇから、来いってさ」
(ユーリ、ちゃんと櫻井連れて来いよ)
弟は兄の袖を引っ張って、カータを我に返らさせ、セリルは慣れた感じで、ジュレイテ兄弟を部屋から連れ出した。
セリルに案内されたジュレイテ兄弟は、カイザーの待つ部屋の前で呼吸を整える。
カータはユーリに視線を向け、
(いよいよですね。
交渉の方はよろしくお願いします)
弟は兄にしっかりとうなずいた。
(ジュレイテのみんなのために、出来るだけいい条件で交渉します)
結構シリアスシーンなのだが、セリルはふたりを横目で見て、口の端でにやり。
(中に入ったら、一気にその緊張感吹き飛ぶぞ。
カイザー、マジすげぇからな)
このあと、ユーリにある嵐が襲いかかる! 自動で開いた扉の中へ入って、赤髪少年は軽い感じで、
「おう、連れてきたぞ」
中にはふたりの人物が。一人は、胸元が大きく開いた、セクシーなドレスを着たミリア。
彼女の側にいる人ーーカイザーを見て、ユーリはなぜか、思わず噴き出しそうになった。
「……っ!!」
(ぷぷぷ……!!)
カータは弟を笑わせた人物を前にして、にっこり微笑む。
(景色を眺めていらっしゃるようです)
国交を正常化する第一歩という、非常に重要な席なのに、窓の外を眺めていたカイザー。ちょっと不自然。セリルはジュレイテ国王に、心の中で軽くツッコミ。
(いやいや、違うって。
どう見ても、おかしいだろ)
三人がそれぞれの反応を見せた人物は、全開にした窓からの風に、真っ赤なマントをなびかせ、片足を椅子に乗せ、あごに人差し指と親指を当て、ダンディーに決めている赤髪の中年男が。
その人はユーリたちに気づき、本人だけが爽やかだと思っている笑顔を向け、歯をキランと光らせた。
「やぁ、よく来たね、諸君」
(どうだね、わしのダンディーさは?)
セリルは自分の父親に軽くツッコミ。
「いやいや、誰の真似してんだって」
(『諸君』なんて、いつも言わねぇだろ。
それに、その『波止場でダンディーに決めてる男』風のポーズは何だっつうの!)
カータはボケているので、ツッコミポイントだと気づかず、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、カータ ソフィアンスキーと申します」
(挨拶は大切です)
セリルは心の中でゲラゲラ笑いながら、ジュレイテ国王にさらにツッコミ。
(いやいや、普通に挨拶して、スルーすんなって。
笑うところだって)
ユーリはこらえきれなくなって、吹き出した。
「……ぷぷっ!」
(……バカだな)
カイザーは椅子から足を下ろして、窓をさっと閉め、ブラインドを下ろした。その隙間を指を押し広げ、外からの光りに目を細める。古い刑事ドラマであるようなワンシーン。ダンディーなポーズを再び取ったカイザーは、ジュレイテ兄弟に、
「まぁ、かけたまえ」
(今回も決まったな)
隣りに控えているミリアは、あきれ顔に。
(まったく、お父様は……。
テレビの見過ぎなんじゃないの)
カイザーはさっきよりも低く渋い声で、娘に、
「ミリア、説明を」
(声もダンディーに決まったな)
「はい」
それに応えて、ミリアは机の上の資料を手に取った。天才少女は真面目に研究結果の説明に。
「色々とデータを取った結果、リサイクル可能なエネルギー源だと判明しました」
ユーリはカイザーをぼんやりと見つめたまま、口の中で反復。
「……リサイクル可能」
(ふーん、すごいな)
ミリアは3D映像で収集したデータを、カータたちに提示。
「これは水と同じ変化をするもので、個体、液体、気体へと変化します。すなわち、いくら削り取っても、いずれ気体となって空中を漂い、輝水山へまた戻り個体となります」
カータは真剣な眼差しで、一生懸命話を聞いている。
(不思議ですね)
ミリアはさらに、
「そして、そのエネルギーは私たち人間が摂取しても、有効に働きます。服用しても問題はありません」
カータは何かを思い出して、大きくうなずいた。
「そういうことですか」
(空腹をしのげたのは、そのような効果があったからなんですね)
「……人間にも有効」
(本当にすごいな)
ユーリはミリアの言葉を、ただ繰り返した。ミリアとカータが真面目に話をしている間、カイザーは再び椅子に片足を乗せ、
(もう少し角度を変えた方がいいかも知れんな。
その方が、わしのダンディーさを最大限にアピール出来るな。
いや……左足の方がいいのかも知れん)
そして、カイザーは右足を下ろして、左足を椅子に乗せた。未だお笑いに没頭中のカイザー。窓に映る自分の姿をじっと見つめ、
(ん〜……ほれぼれするな。
あとは……笑顔をーー)
セリルは父親の心を感じ取って、ニヤニヤ。
(だから、ちゃんと話に参加しろって。
そこで、笑い追求すんなって)
ユーリは視点の合わないスミレ色の瞳で、カイザーを眺めていた。
(……本当にバカだな、カイザー。
さっきからずっと、同じこと繰り返してる。
すごい、追求心だな)
セリルは親友にもしっかりツッコミ。
(お前、さっきから感心してんのは、カイザーの方か!?
少しは、ミリアの話に感心しろって)
ユーリは納得しているようで、カイザーのお笑いに興味津々。侵略計画を立てていた銀髪少年は、顔色ひとつ変えずに、ある結論に到達。
(……カーバンクル攻め落とすの難しいかも知れない。
カイザー、手強いな。
油断したら、あっという間に足元すくわれる。
それは間違いない)
笑いを取るには、柔軟な発想がないとできない。そのため、戦況によって、自由自在に作戦変更してくる可能性が、カイザーには大いにある。ユーリが思っている以上に、カーバンクルは手強かった。
説明を続けていたミリアが結論を述べる。
「つまり、飢餓状態を解消することも出来、あらゆる病気を治すことも出来る。いわゆる、万能薬です。世界を変えるほどの大発見だと思います」
研究者に結果が出るほど嬉しいものはない。カータは目をきらきら輝かせた。
「そうですか!」
(ジュレイテの人たちだけではなく、世界中の人たちの役に立ちそうです。
発見出来てよかったです)
ジュレイテ国王の心も、尊きものだった。自国だけではなく、世界の人々を幸せにできることに、喜びを感じる人だった。類は友を呼ぶという言葉通り、アイシスも同じ。
さっきまで、全然会話に参加していなかったカイザーが、椅子に足を乗せたまま本題へ。
「そこで、我々としては貴殿の国と交渉したい」
(これでさっきより、ダンディさが増したな)
笑いを取りながら、シリアスな話をして来たカイザー。そんな中年男を前にして、交渉役のユーリがしっかりうなずいた。
「はい」
(カイザー、本当に手強いな。
本気の時とふざけてる時の違いがわからない)
笑わせといて、その隙に敵をやっつけるということが、カイザー ーー皇帝には簡単に出来てしまう。すごすぎる人物。カイザーはあごに手を当てて、渋い笑顔で、
「共同開発という方向で、いかがかね?」
(これが、窓に映して研究した成果だ)
さっきの窓に映る自分の姿を、カイザーは早くも披露。年上だから、強敵だからといって、引くわけにはユーリはいかない。ジュレイテの人々の幸せがかかっているのだから。話しながら、
「細かい条件は?」
(そうだな……あれがこうで、それがああ……?)
指示語だらけの思考を展開。カイザーはなぜか、テーブルの上に腰掛け、
「ジュレイテとカーバンクルの国交開始」
(今度はこれで、ダンディに決めるか)
ユーリは次の言葉を待つように、相づちを打った。
「はい」
(それだけじゃない……そんな感じがする)
カイザーはテーブルの上に乗ったまま、少し短めの足をなんとも組みづらそうにして、
「開発にかかる費用と機材の提供。これでいかがかね?」
(今度は、足を組む研究をしなくてはいけないな)
セリルは父親の姿を見て、心の中でゲラゲラ笑った。
(いやいや、足ちゃんと組めてねぇって。
無理すんなって)
ユーリはぼんやりした瞳で、しっかり意見を述べ、
「ジュレイテとカーバンクルを結ぶ道路整備を要求します」
(これをした方がいい感じがする)
カイザーはわざとらしく、短めの足を組み変え、
「道などなくても、開発は出来るはずだが?」
(先ほどまでその考えは、君の中になかったように思うのだが。
なぜ、それを言おうと思ったのかね?)
いきなりここで、カイザーはシリアスシーン、真相に迫った。最初から、ちゃんと話は聞いていた。油断も隙もない。ユーリの予想した通りの人物だった。複雑な思考回路の持ち主、ユーリはさっきまで全然考えていなかった理由を、もっともらしく説明。
「それでは国交を開始するとは言えません。我が国からこちらへの出入りは、制限されてしまいます」
(この人は、本当の平等を知ってる人だ)
笑いを取っているが、弱き者を救いたい気持ちをきちんと持っている、カイザーは目を細めて、真剣に考えている振りをした。
「……では、それも条件として入れよう」
(直感と理論……の人間か。
興味深い)
ユーリよりも長い年月を生きてきただけあって、人を見る目をカイザーは持っていた。ジュレイテ国王代理は何か違和感を抱きながら、
「それと……」
(おかしいな。
そうだな……あれがこうで、それがああ……?)
政治戦略に長けた、ぼんやり眼の王子の言う通り、おかしいのだ。こんな頭の切れる人物、カイザー ーー皇帝なのに、カーバンクルの政治情勢は微妙なまま。差別など簡単になくせるはず。矛盾していることに、世界征服を目論んでいる、不機嫌王子は気づいた。
その要因を考えながら、もうひとつ条件を提示。
「ジュレイテ人の自由な入国の許可をお願いします」
(ふーん、そういうことか。
それがこうで、あれがああなんだな)
ユーリはそこで、なぜかセリルをちらっと見た。その視線をカイザーは見逃さなかった。ユーリの出した答えを理解して、心の中で大いに感心。
(ずいぶんと頭の切れる人物のようだ。
君の考えている通りだ。
わしも老い先、短いからのう。
ゴホッ、ゴホッ!!)
急に心の中で、咳きを始めたカイザー。ふざけっぱなしの父親に、セリルは密かにツッコミ。
(いやいや、何で咳き込んでんだよ。
まだ、四十代だろ。
それに、ふたりしてオレの方見て、何考えてんだよ?)
カイザーは静かにユーリに要求に応えた。
「わかった、それも認めよう」
(これで、政治情勢は大きく変わった。
元老院が動いてくるのは決定的だな)
ユーリは素直に、
「ありがとうございます」
(これで、ジュレイテは他国から狙われるようになった。
そうだな……あれがこうで、それがああ……?)
カーバンクルとの交渉に成功したユーリは、防衛策をさっそく考え始めた。さらに、ルーの摩訶不思議な呪文に出てきた何かに策が投じられた。




