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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
34/55

白き丘

 カーバンクルの街で色々と買い物をしたリエラとユーリは、街道をエアバイクで東へと走っている。暖かな春の風と日差しが、ふたりをのどかに包み込む。


 後部座席でドレスを風になびかせているリエラは、カーバンクルでのことを思い出して、幸せそうな顔で、


(お菓子いっぱいあったね。

 イチゴのショートケーキも買ったし、お姉ちゃんのお土産も買った。

 お昼に食べたフライドポテトもおいしかったなぁ。

 あれ? そういえば……)


 何かに気づいて、運転しているユーリの背中に声をかけた。


「チョコは買わなくてよかったの?」

(買わなかったよね? お店にあったのに)


 チョコレート狂、少年は別に気にした様子もなく、


「あぁ、いいんだ」

(その分、他のことに金使えてよかった)


 リエラはユーリの言葉に違和感を抱いて、ぎこちなく、


「そう……なんだ」

(チョコが欲しくて、カーバンクルに行ったのかと思ったけど……。

 違ったんだね。でも、何だか変な気がするなぁ?)


 ユーリは銀の髪を風になびかせながら、珍しく嬉しそうな顔で、


(兄さんの発掘に必要なそうな物もたくさん買えたな。

 カーバンクル城に泊めてもらったおかげで。

 従者の分の宿泊費まで浮いた)


 国費大幅減を抑えらえたことを、心の底から喜んでいた。そこで、ユーリはカーバンクルの店でのことを思い出し、


(でも、すごいな。

 カメラ類は全部、2Dじゃなくて3Dなんだ。

 しかも、意識で操作できて、手で触らなくても、好きなように大きさも変えられるし……。

 これで、兄さんの発掘作業もはかどりそうだな)


 ユーリの脳裏に琥珀色をしたものが浮かび上がり、珍しく、目をキラキラさせた。


(それに、あれもたくさん手に入れたしな……。

 俺の仕事も、今までよりはかどるな。

 それは間違いない。

 そうだな……城に帰ったら……あれがこうでそれがあーー)


 ちょうどその時、来た時に通った山へと続く別れ道にさしかかった。がしかし、ユーリは気づいていないのか、そのまま真っ直ぐそこを通り過ぎた。リエラはユーリの背中をじっと見つめて、


(あれ? ここじゃなかったかな?

 ……自分の気のせいかな?)


 彼女は後ろからついてきている従者へ振り返った。すると、彼らはきちんと山へと曲がっていった。


(やっぱり、従者さんが曲がったから……間違ってないよね)


 リエラは風にかき消されないように大声で、


「ユーリ、今の左だよね?」

(もしかして、忘れちゃった?)


 ユーリは気にせず、未だにまっすぐ走り続けるバイクを運転しながら


「知ってる」

(お前、珍しくよく覚えてる)


 リエラはびっくりして手を離しそうになり、


「えぇっっ!?」 

(知ってるのに忘れた!?

 あれ? 何だかよくわからなくなってきたね)


 自ら迷宮入りしたボケ姫を背中で感じて、ユーリは盛大にため息。


「…………」

(どういう日本語だよ?

 知ってるのに忘れたって。

 あり得ないだろう。

 それから、落ちても俺は拾わないからな。

 自分で追いかけてこいよ)


 どこまでも俺様な王子。他国の姫を、落ちても救わないどころか、バイクを追いかけて来いなどという、超放置プレイ。


 リエラはなんとか落ちずに、ユーリの背中に再びしっかりしがみついた。自分たちからどんどん離れていく従者を、心配そうに視界の端に映して、


「あ、あの……」

(また、はぐれちゃうよ)


 進路を変える気がないユーリは、言葉少なに、


「舟、元に戻して、犬ゾリを城に持ち帰る」

(それがあいつらの仕事。

 それを俺たちがやる必要なし。

 事前に打ち合わせしといたから、気にする必要ないんだ)


 リエラは納得し、従者から視線をユーリに戻した。


「あぁ、なるほどね」

(確かにそうだね。

 元に戻さないと、次に来る時、困るね。

 犬さんたちも、ずっと山小屋で待ってたら、お腹空いちゃうもんね)


 寒さが大の苦手なユーリは、帰り方を説明しようとして、


「山の南側を走ってーー」

(わざわざ、寒い山の北側に行って、東に戻ることないだろう。

 あんな寒い想い、もう二度としたくない)


 リエラは珍しくあることに気づいて、ユーリの横顔をのぞき込み、


「道知ってるの?」

(こっち、来たことないよね?)


 ここは別世界。行きと違う道を通るなら、帰り道がわからないが。ユーリはぶっきらぼうに、


「道、いらない」

(俺の話、まだ途中。

 最後まで聞け、先走り)


 心の中で文句を言われたリエラは、あまりにも言葉が足りないので、目が点に。


「え……?」

(道がないと、走れないよね?)


 ユーリは彼女には構わず、最低限の言葉だけで、


「飛んでるから」

(いらないんだ。

 川でも森でも関係ないんだ。

 だから、道知らなくてもいいんだ)


 世界の果てに大きな壁がない限り、何処へでも、好きなところを通っていける。それほど、エアバイクは貴重な代物。リエラはユーリの言葉を理解して、後ろへ流れていく地面を見下ろし、


「あぁ、そうか」

(これって、本当に便利だね)


 ユーリは途中でさえぎられた帰り道の説明を再開。


「しばらく行って、北に進めばジュレイテ城には着く」

(これで、帰れるだろう)


 犬ゾリでどれくらい西へ進んだもかも知らないのに、面倒臭がりの少年は、ものすご〜く適当な帰り方をしていた。リエラはうんうんと大きく首を縦に振り、


「ユーリって、結構適当だったんだね」

(知らなかったよ)


 ユーリは不機嫌な顔に急に変わり、冷たく言い放った。


「お前に言われたくない」

(俺には俺の理論があって、ちゃんとそれを使って考えてから、行動してるんだ。

 いつの間にか行動してる時がほとんどだけど……)


 ユーリはリエラとの新しい接点を見つけ、ぼそっと、


「俺……なんか、お前に似てるかも……」


 スミレ色の瞳を持つ王子の中に安らぎという感情が広がった。リエラは風にかき消された、不機嫌な声を聞き返そうとして、


「えっ?」

(何て言ったの?)


 ユーリは応えずに、なぜか上機嫌に。


「…………」

(もう一度言うの、面倒くさい。

 放置してやる、ありがたく思え)


 真っ直ぐ前を見つめたまま、何も返してくる気のない銀の髪を視界に映して、リエラは不思議そうに首を傾げ、


(あれ? 何も言ってなかったのかな?

 そうだったのかも知れないね)


 過ぎていく風を感じて、さっきまでのことはすっかり忘れた。


(気持ちがいいね。ふふ〜ん♪)


 そうして、追求しなくなったリエラと同じように、ユーリも別のことを考え始めた。


(本もすごかったな。紙じゃないんだ。

 全部3D式。

 本の半径数十cmのところまで音声が聞こえるようになってて、文章も読んでくれるんだ。

 すごい技術だな)


 リエラは彼の背中にしがみつきながら、珍しくため息。


(本……見つからなかったね。

 呪いについて書いてあるもの……一冊もなかったなぁ。

 お店が広すぎるから、探すの大変で………。

 時間が短かったせいもあるかも知れないね。

 時間がある時にまた来て、ゆっくり探そう。

 そしたら、見つかるかも知れないね)


 ユーリは自分の右ポケットを気にかけ、


(あれも手に入れたし……。

 簡単だったな。

 あとで、どうやって使うかだな……そうだな、あれがこうで……?)


 また、カーバンクルを攻め落とそうと考え始めた彼のポケットには、セリルの革ジャンのポケットに入っていたものがあった。勝手に持ってきたらしい。 



 しばらく行くと、ユーリは北側へハンドルを切った。春の暖かい風と共に、甘い香りが漂ってくる。ひらひらと蝶々が舞い、空には鳥のさえずりが舞っている。


 リエラは暖かい空気を胸一杯に吸って、


「んー、何だか、いい匂いがするね」

(春の匂いだね)


 穏やかな春の日差しに、ユーリは珍しく素直に、


「そうだな。ちょっと休憩するか」

「うんっ!」


 リエラが元気にうなずくと、ユーリはバイクを路肩に止めた。甘い香りがする方へ、リエラはぴゅーっと走り出して、


(何の匂いかな?

 気になるね、行ってみよう)


 遠ざかっていく先走り姫の後ろから、ユーリはのんびり着いて行く。


(本当、落ち着きないよな。

 でも……そういうところも似てる……)


 少し走ったリエラの目の前に、真っ白な地面が広がった。先走り姫は目を輝かせ、


「うわっ!」

(雪が積もったみたいに、真っ白だ!!

 何かな?)


 しゃがみ込んで、足元の白い物を手で触った。


「へぇ、芝桜なんだ」


 追いついたユーリが、興味なさそうに、


「ふーん」

(お前の興味を引く物が、すぐ見つかってよかった。

 追いかける手間が省けた)


 筋金入りの面倒くさがり屋の彼は、息を大きく吐きながら、地面によっこらしょっと腰を下ろした。


「はぁ〜」

(疲れた〜。

 ずっと、運転しっぱなしだったからな)


 リエラも隣りに腰下ろし、そのまま寝転がった。姫さまらしからぬ行動。先走り姫の背中には、芝桜の感触が広がり、花の香りが一層濃くなった。


「はぁ、気持ちがいいね」

(ずっと、しがみついてたから、腕が疲れたね)


「そうだな」


 ユーリも彼女につられて、芝桜の上に転がった。頭の下に両腕を回して、軽く足を交差させた。ふたりの視界一杯に広がる空には、北の方角へ雲がすうっと流れてゆく。


 しばらく何も話さず、髪を揺らす風や鳥のさえずりを聞いていた。

 ユーリは隣りで寝転ぶリエラを感じながら、目をそっと閉じる。


(静かだな。

 最近なかったな、こんな穏やかな気持ちになったのって。

 話すなら、今がいいのかも知れなーー)


 国王代理、あっちの世界では、人気急上昇中のロックバンドのボーカリスト。こんな時間は、ユーリにはとても貴重だ。リエラは芝桜とユーリの匂いを感じて、あることを思い出し、


(あぁ、そういえば……ユーリに聞きたいことがあったんだ。

 聞いてみよう)


 そして、彼女が先に沈黙を破った。


「ねぇ、ユーリはどうして、バンドやろうと思ったの?」

(それ、ちゃんと聞いたことなかったね)


 銀髪少年はすぐに応えず、まずため息だけを返した。


「…………」

(不思議……だな。

 俺が話そうと思ってたこと、お前から聞いてくるなんて。

 ……言った方がいいんだろうな、どう思うかわからないけど)


 ユーリは静かに、短く、


「好きだから」

(音楽が本当に好きなんだ)


 自分が予想していたものと違う返事が返って来たので、リエラは少し驚いた。 


「それだけ?」

(あれ?

 美鈴、複雑な理由があるって言ってたよね?

 音楽が好きだからやってるって、単純な理由だよね)


「あぁ」

(苦手なことをするほど、効率の悪いことはないだろう)


 完璧なまでな合理主義者、ユーリがうなずいたのを聞いて、リエラはもうひとつの疑問を口にする。


「大学に進学するの?」

(一生懸命勉強してるのって、そのためだよね?)


 彼はすんなり、


「あぁ。経済学、学びたいんだ」

(それが必要だと思うから)


 リエラは芝桜の隙間から垣間見える、ユーリの横顔を見つけて、


「バンドはやめるの?」

(音楽に経済学は必要ないよね?)


 ユーリは軽く息を吐いて、自分の目的をはっきりと告げた。


「いや、金もうけのためには必要だから続ける」

(今のーー高校生の自分には、これが一番合理的だと思うんだ)


 リエラは彼の考えていることがわからなくなり、視線をあちらこちらに動かして、青空や雲、空を飛んでゆく鳥を見ながら、


「えっと……」

(大学には行く。

 バンドも続ける。

 どっちもお金もうけのため……ってことでいいのかな?

 でも、それも複雑な理由じゃない気がするなぁ。

 他にも何かあるのかな?)


 彼女の心の声を肯定するように、ユーリの言葉の続きが、


「何をするにしても、金はいる」

(自分の願いを叶えるためには、多額の金が必要なんだ。

 世の中の仕組みがそうなってるから、仕方がない)


 お金がなくても成立する世界を作れたらと、ユーリは心の奥底で、本当は願っている。リエラは眉間にシワを寄せて、珍しく難しそうな顔で、


「……う、うん」

(ユーリは何かをするために、お金が欲しいんだね)


 彼は綺麗に晴れ渡る青空をながめて、一瞬戸惑う。


(理解……してもらえない……かも知れない。

 だけど……これが、俺の願いで、夢なんだから隠す必要ないんだ)


 スミレ色の意志の強い瞳を持つ少年は、ここでやっと真実の心を、静かに語り始める。


「会社、やりたいんだ」

(バンドはその資金集めと宣伝って感じだな)


 リエラは再び、空へを顔を向けた。


「会社?」

(レコード会社とかかな?)


「あぁ。経営でも投資でも、いいんだけど……」


 そこで、言葉を止めたユーリに促すように、リエラは相づちを打つ。


「……うん」

(あぁ、それなら経済学勉強する理由もわかるね)


 ユーリは軽く目を閉じ、まだ迷いのある自分の内側を探る。


(また……一人になっても……それでも……)


 ためらいを消し去るかのように、優しい風が銀の髪をそっと揺らした。


(……それでも、お前に聞いてもらいたいって思うから)


 そして、ユーリは数年前ーー中学生の時に、両親に話して理解されなかったことーー自分が世の中に対して、矛盾を感じていることを口にする。


「働きたくても働けずに、今日食べる物を確保するのも難しくて、死と隣り合わせで生きている人たちがたくさんいる。それなのに、大豪邸に住んで世界旅行をして、何億という金を小さな宝石に払う人がいる。おかしいだろう?」

(まず、これに気づく人はほとんどいないんだ。

 それどころか、あわよくば自分も多額の金を手に入れたら、自分の欲望を満たすためだけに金を使いたいと夢見てるやつが多い)


 スミレ色の瞳に奥には、とても澄んだ心があった。リエラはニュースなどを思い浮かべて、素直に納得。


「そうだね、変だね」

(本当だね。

 お金が余ってるなら、分けてあげればいいのにね)


「だろう?」

(まともに話通じてるなんて、珍しいな)


 ユーリは少しだけほっとし、さらに、


「だから、会社やりたいんだ」

(救いたいと思っても、方法を知らない人が多い)


 芝桜の隙間から、リエラはユーリの顔を見つめ、


「寄付するとか?」

(そういう方法、よくあるよね?)


 ユーリは意思の強い眼差しで、空を見渡した。


「寄付じゃなくて、工場を作る」

(それじゃ、差別はなくならない。

 それに、一日でも早く苦しんでる人たちを救わなくちゃいけない。

 だから、一番合理的な方法じゃないといけないんだ)


 リエラは彼の瞳をじっと見つめ、


「うん」

(工場を作って、どうするのかな?)


 ユーリは彼女を見ずに、


「そこで働いてもらって、賃金を払う」

(自分たちで自立しなければ、本当に差別がなくなったとは言えない。

 与える側と与えられる側のままじゃ、本当の平等にはならない)


 お金が必要な世界、その法則を無視はできない。だから、ユーリはお金のないところへ、お金を無理やり発生させることを考えついた。


 リエラは幼馴染の言っている意味を少しずつ理解し、笑顔になって、


「うん」

(そうやって、みんなにお金を配るんだね)


「そうすれば、普通の暮らしが出来るようになる。そして、その地域に学校を作って、子供たちもちゃんと教育が受けられるようになる」

(小さな子供たちや正しいことをしている人たちが、間違った考えのやつのせいで、苦しんだりしてるのを見るのが一番切なくなるんだ)


 ユーリは不意に目頭が熱くなった。彼は弱き者が、理不尽な理由で、傷ついたり、悲しんだりするのが、一番耐えられない性格。リエラは大きくうなずき、


「そうか、なるほどね」

(普通に暮らせるようになることが、差別がなくなるってことなんだね。

 それが、みんなが本当に幸せになれることなんだ)


 ユーリは息を整えて、まだ少しにじむ視界のまま、


「だから、金もうけしたいんだ」

(これが俺が王子の格好を、我慢してやってる理由。

 みんなのためじゃなかったら、絶対やらない。

 王子服着るの、結構面倒なんだ)


 着替えの手伝いをされるほどの服装だ、面倒臭がりの祐が喜んでやるわけがない。全ては、困っている人を救いたいという、尊い心が原動力。


「そうか」


 リエラは笑顔で言って、心の中で大きく納得。


(美鈴が言ってた複雑な理由って、こういうことだったんだね。

 なるほどね)


 ユーリは両親とのことを思い出して、淋しそうな瞳に変わり、


(この話を初めて親に話した時ーー

 『そんなの偽善者だ、口先ばかりで』

 そう笑われて、バカにされた。

 それから時が流れて……。

 世の中には、自分の親と同じ考えの人間の方が、はるかに多いってことに気づいたんだ。

 だから、たぶん……こいつもそう思っーー)


 リエラは幸せそうな顔で、自分の思っていることを素直に、


「ユーリだったら、きっと出来るね」

(全然思いつかなかったなぁ、そういう方法があるんだね。

 自分もそれに協力したいなぁ)


 予想外の反応に、ユーリは言葉をなくした。


「…………」

(……俺の願いが……バカにされたり、笑われたりしないで……ちゃんと受け入れられてる)


【転生の輪 強き心を持つ者】


 ユーリは何かに気づいて、急に顔をほころばせた。


(そう……か。

 みんな……今回関係してる人間には……こういう話がちゃんと通じるんだ。

 そんな感じがすごくする)


 目の前に広がる青空が、涙でぼやけていく。 


(誠矢にも話したことなかったな。

 そう……だよな。

 わかってくれてたんだな……。

 誠矢も先生もルーも春日も……櫻井さんも愛理さんも……わかってくれてたんだ。

 一人じゃなかったんだ)


 価値観が全然違う人たちに出会ってばかりで、ユーリは孤独を感じながら、それでも、困っている人を救いたいという願いを叶えるため、必死で生きてきた。だが、それを理解できる人が自分のまわりには、昔からいた。彼のこめかみを、嬉しさという一粒の涙が落ちていく。


(誰かのために何かをすることを、当たり前だと思ってる人間。

 そして、それをきちんと実行することの出来る人間。

 それが、今回関係してる人間の共通点なんだ)


 みんなが言ってこないのは、相手を想いやっての理由がきちんとある。それができない者には、この運命は背負えない。重大なことが隠されている。


 リエラはずっと黙り込んでいる、ユーリを不思議に思って、


(どうしたのかな?

 何だか、様子がすごく変わったみたいだけど……)


 心の中にぽわっと広がった温かみを、肌で感じたくて、ユーリは目を閉じ、ぽつりと、


「手……貸せよ」 

(こんなに近くにいたんだな、自分と同じ価値観の人間が。

 それも、小さい頃からずっと。

 気づかなかった……。嬉しい……な。

 一人じゃないって)


 リエラは自分の右手を目の前に持ってきて、目をパチパチ。


「え……?」

(手……? 何をするのかな?)


 すっと開いたユーリの瞳は、今まで見せたこともないような優しさに満ちあふれていた。リエラへ顔を向けて、彼女の右手をさっとつかみ、


「サンキュ」

(お前に話してよかった、やっぱり。

 話さなかったら、気づかないままだったかも知れない)


 リエラは芝桜の隙間に見える彼のスミレ色の瞳を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「あぁ、うん」

(ユーリが淋しそうな目をする原因は、さっきの話だったんだね。

 一人だって思ってたんだね。

 聞けてよかったな)


 ユーリはリエラの手のぬくもりを感じ、


(安心する。

 ずっと前にも、こんなことがあったような感じがする。

 お前に……こんな風に自分の願いを言ったような感じがする。

 何だか……)


 リエラもユーリの手のぬくもりを感じ、


(ほっとするね。

 何だか、ずっと前にもこんなことがあった気がする。

 ユーリから……同じような話を聞いた気がする。

 何だか……)


 そこで、ふたりは同じ言葉に同時に辿り着いた。


(やっと、スタート地点に戻った……)


 そしてさらに、ふたりに一緒に首を傾げ、


(どうして、そう思うんだ?)

(どうして、そう思うんだろう?)


 ふたりとも答えを探そうとしたが、何かに阻まれているようで、見つけることが出来なかった。日差しに目を細めながら、ユーリがふと、


「のど、渇いたな」

「うん」


 リエラがうなずくと、ふたりとも手を離して起き上がった。ユーリはポケットから小さなケースを取り出し、ボタンを押して、


「ほら、これ」

(ありがたく受け取れ)


 トランクから取り出したミネラルウォーターを、リエラは受け取り、


「ありがとう」

(ユーリは優しいね)


 ペットボトルのふたを開けようとして、ボケ少女が視線を地面に落とすと、もうひとつケースが落ちていることに気づいた。リエラはそれに手を伸ばし、


「ユーリ、落としたよ」


 拾い上げようとして、誤ってボタンを押してしまった。にわかに大きなトランクが現れ、


「うわっ!」

(な、何!?

 こ、こんな大きなトランク、荷物にあったっけ?)


 リエラがびっくりした拍子に開いたフタの隙間から、香ばしい甘〜い香りが漂ってきた。


(ん? どこかでかいだことあるね、この匂い)


 リエラが中身を見ようと、トランクに手をかけようとして。ユーリが素早くそれをさえぎった。


「開けなくていいんだ」

(こぼれなくてよかった)


「チョコ?」

(そうだよね? この匂いって)


 トランクの中身をズバリ言い当てたリエラに、ユーリはため息だけを返す。


「…………」

(お前、時々鋭い)


 さらに、宇宙一の天然ボケ少女とは思えないようなことを聞いて、


「セリルからもらったの?」

(朝、一緒に嬉しそうに部屋出て行ったのって、チョコをもらうためだった?

 そんな気がするけど……)


 彼らの頭上には、青空に浮かぶ、透き通った満月が浮かんでいた。ユーリは再び、ため息だけを返して、


「…………」

(お前、誰かに魔法でもかけられたんじゃないかって思うほど、今日は鋭いな)


「カータさんの他にも誰かにあげるの?」

(それ、全部チョコだよね?)


 リエラの見つめているものは、一辺が一メートル近くもあるような大きなトランク。ユーリはきっぱりと否定。


「いや、俺と兄さんのだけ」

(一週間、持たないだろうな)


 リエラは目を大きく見開いて、


「えっ!?」

(ふたり分!?)


 ユーリは右手で数を数え始めて、


「朝、昼、おやつ、晩……それにーー」


 まだ続けようとしている彼に、リエラは珍しく言葉をなくした。


「…………」

(ユーリってそんなに好きだったんだね、チョコ。

 毎日、お昼にチョコケーキ食べたけど、他の食事もチョコだったんだ。

 知らなかったよ……)


 リエラが固まっている間、話をずっと続けていたユーリは、別のケースをポケットから取り出し、


「こっちには、材料とレシピ、それに製造する機器も入ってる」

(これを街のお菓子屋に渡して、大量生産させる。

 そしたら、いちいちカーバンクルまで行かなくても、チョコが食べられる。

 交通費と購入費は、これで削減出来る)


 チョコレート狂ではなく、チョコ人生だ。次々と嬉しそうにケースを出しているユーリに、リエラはぼう然とする。


「え……?」

(そんなに色んな荷物もらってたんだね……)


 一通り説明を終えたユーリは、またひとつずつポケットにしまって、


「それから、材料を格安で仕入れられるようにしてきた」

(これで、心置きなくチョコが食べられる。

 仕事ももっとはかどる。

 もう、この世界に来ても怖いものはなくなった)


「ユーリはすごいね」

(全部をちゃんと考えてるんだね)


 リエラはいつもと違う大人びた笑みを浮かべた。ユーリは彼女の顔を見て、ドキッとする。


「…………」

(…………)


 だが、彼の心理描写は真っ白。この一瞬で、ぼんやり眼、王子の複雑な思考回路で、たどり着いてしまった。自分が何のために、世界を移動していて、ここがどんな世界なのかも。しかも無意識下で。


 心理描写が書いてあるのは、それを読み取れる人物がいるから。しかし、それを、ユーリはしなくなってしまった。ただでさえ、指示語だらけの思考を展開して、いきなり全然違うところに辿り着いたりするのに、読み取るのが非常に困難な状態に。


 ここから、一部の出来事に混乱が発生。ユーリは本当に重要な心理を、思い浮かべなくなってしまった。移動している人間には、わからないところで。


 黙ったままのユーリを見て、リエラは何か引っかかり、


(あれ? 前にも似たようなことがあった?)


 目の前に広がる景色に視線を移して、彼女は暖かい風を聞いて、


(何だか、前……これと同じ風、感じたことあるなぁ。

 どこでだったかな?)


 ユーリは目の前に跳んでいるチョウチョウをぼんやりと見つめ、


(今気づいたけど……この風の匂いって、夕方、亮とふたりきりで話した時と同じ感じがする。

 どういう意味があるんだ?)


 ふたりが答えに辿り着く前に、どこからか鐘の音が響いてきた。

 ゴーン、ゴーン……。

 リエラは考えごとをやめて、キョロキョロ。


「どこかな?」

「……ん?」


 ユーリは我に返ったが、瞳はぼんやりしたまま。


「あっちだね」

(後ろから聞こえてくるよ)


 自分たちの真後ろを指さしながら、リエラは素早く立ち上がった。


「ん?」


 ユーリが振り向くと、少し離れたところに見張り台のようなものが。


「行ってみよう」


 リエラは足音をサクサクと立てながら、ぴゅーっと走り出した。ユーリはゆっくりと腰を上げて、


(先走り。

 走らなくてもいいだろう、目標は逃げないんだから。

 無駄に動き過ぎ)


 ふたりが近くまで来ても、まだ鐘は鳴り響いていた。前後に揺れ続ける鐘の中をのぞき見、リエラは首を傾げて、 


「何のためにあるのかな?」

(不思議だね、こんな広場の真ん中に)


 ユーリは辺りを見回しながら、適当に、


「さあな」

(誰かが建てたんだろうな。

 それは間違いない。

 でも、何のためだ……?

 あれがこうで、それがああーー)

 

【悪しき心を浄化し 巡り合う】


 ユーリとリエラの魂に誰かの声が響いた。スミレ色の瞳を持つ少年は、顔色ひとつ変えずに、どこを見ているのかわからない目でぼんやりと景色を眺める。そして、この世に存在する者ーー神でさえも真意を読み取れない言葉を心の中でつぶやく。


(ふーん)


 ユーリはここで、世界は人が思っているよりも複雑で、いつからこの出来事が始まっていたのかに辿り着いてしまった。五千年前よりはるか昔からだと。


 ある程度、直感のあるリエラは、何かを思い出して、首を傾げて、


(そういえば……あの夢って、何を自分は伝えたかったんだろう?

 それに、あれって誰なのかな?)


 さっきまでとは違う冷たい風が、ふたりの間を不意に吹き抜けていった。ユーリは肩を震わせ、


「帰るぞ」

(陽が落ちる前に城の中に戻らないと、凍死する。

 それは間違いない)


「……あぁ、うん」


 我に返ったリエラが空を見上げると、日が西に傾いていた。


(あぁ、もう夕方になるんだね。

 暗くなる前に帰らないと、みんな心配するね)


 何か後ろ髪を引かれる想いを持ちながら、先に歩き出したユーリについていく。


(夢と何か関係するのかな?

 ここで、思い出すなんて……)



 北を目指し、山を越えたふたりの前には、ジュレイテ城と街が広がっていた。どうやら、ユーリの勘が当たったようだ。


 城へ着く頃には、日もすっかり落ち、夕食の時間までわずかとなっていた。

 出発する前よりも、なぜかにこやかな召使いや従者たちに、ユーリとリエラは出迎えられた。


 ユーリはまわりを見渡して、不機嫌顔に。


(嫌な予感がする……)


 中央に立っているカータが、弟に声をかけ、


「お帰りなさい、いかがでしたか?」 

(どなたかいらっしゃいましたか?)


「誠矢と春日に会いました」

(詳しいことは中で話します。

 ここ、外だから寒いです)


 ユーリの発した名を聞いて、アイシスは一気にハイテンション!


「きゃあ♡」

(誠矢が!?

 やんちゃな王子様に会いたかったわ。

 あぁ、そうそう……)


 姉は何かを思い出して、妹に嬉しそうに、


「お祝いの品が届いたわよ、カーバンクルから」


 リエラは目が点になった。


「え、何の?」

(お祝いの品?)


 ユーリはカーバンクルの方へ、鋭い視線を投げつける。


「…………」

(やっぱり、予想した通りの展開になってる。

 皇族側は差別してないんだから、こうなるに決まってるだろう。

 セリルのやつ、もう少し考えて行動しろよ)


 そして、王子はにこやかな笑顔を向けている部下たちに、心の中で盛大に注意。


(受け取るなよ、もう。

 カーバンクルがジュレイテを情報操作するための、作戦だったらどうするんだよ。

 まだ、俺が婚約したって言っていないだろう。

 あぁ〜、もう!

 どんどん、取り消せなくなってく……)


 淋しそうな目をしているユーリの隣で、アイシスがウキウキで、妹の質問に、


「婚約のお祝いに決まってるじゃない?」

(少しは成長したのかしら?

 恋愛関係の言葉を、聞き間違えないようになったなんて)


 恋愛鈍感少女ではなくなったのかもしれない。リエラは不思議そうな顔で、


「え……?」

(お姉ちゃんたちの?)


 やはり、ボケ少女は変わってなかった。姉はガックリと肩を落とし、


「違うわよ、あなたとユーリのよ」

(どうして、そうなっちゃうのかしら?

 何か、原因でもあるのかと思うくらい、恋愛に無頓着だわね、あなた)


 未だに自分たちの置かれている状況をよく理解していないリエラに、ユーリはあきれ顔。


(お前、どういう順番だよ?

 兄さんたちはもう結婚してるんだ。

 今さら、祝いの品もらってどうするんだよ?

 それこそ、策略の匂いがものすごくするだろう)


 確かに、それは意図的に送られてきている以外の何物でもない。リエラは姉の言葉の意味に今頃気づいて、びっくりして飛び上がった!


「えぇっっっ!?」

(な、何で!?

 結婚するって言ってないよ)


 セリルの話を全然理解していないリエラ。ユーリは盛大にため息をついて、


「…………」

(お前、もう放置)


 銀髪少年はまわりを見渡して、自分の感じている違和感の原因を探る。


(……おかしいんだ。

 婚約してたっていうのは前から、みんな知ってるはずだろう。

 なのに……出発する前よりも明らかに嬉しそうなんだ。

 ってことは……何か別のことが起こってる可能性が高い。

 そうだな……あれがこれでーー)


 考えているユーリの耳に、兄ののんびりした声が響いてきた。


「昼間、カーバンクルの方からーー」


 ユーリはその言葉にピクッとする。


(兄さんたちですか?

 部下たちを喜ばせたのは……)


 弟の反応には気づかず、カータは言葉を続きを。


「式はいつなのかと聞かれましたので……」

「リエラの十八の誕生日にって答えておいたわよ」


 アイシスが綺麗に話をまとめた。リエラはびっくりして再び飛び上がった!


「えぇっっっっ!?」

(誕生日に、ユーリと結婚式するの!?

 ど、どうしてこんなことになって……)


 口をパクパクさせている彼女の隣で、ユーリは盛大にため息。


「…………」

(や、やっぱり……。

 何で、勝手に日にちまで決めてるんですか?)


 彼は淋しそうな瞳で、夕闇に輝き始めた星を見上げ、


(俺、まだ十七なのに……。

 将来有望なのに……。

 他の国のやつと結婚したかったのに……)


 ユーリは星空に向かって、真っ白なため息をつく。


(ジュレイテ、本当にダメだな。

 これが作戦だったら、どうするんだ。

 何でもかんでも、他国の情報をうのみにして。

 その上、こっちの情報まで簡単に与えて。

 何もないから攻め込まれないだけで。

 何か重要なものが出てきたら、あっという間に攻め込めれて、崩壊だな、ジュレイテ。

 間違いない。

 はぁ〜、俺、この先どうなるんだろうな………?)


 式の日取りまで決まってしまった上に、平和ボケした国の、国王代理。ユーリには問題だらけだった。


 淋しそうな顔をしているユーリと、バカみたいに口をパクパクしている妹の間で、アイシスはあごを人さし指を当てて首を傾げた。


(ふたりとも嫌だって言わないわね。

 やっぱり、どこかで結婚すること望んでるのよ。

 でも……その気持ちにまだ気づいてないの。

 このままで本当にいいのかしら?)


 矛盾している深層心理。ふたりの顕在意識とは反対に、結婚話は決まり、時はすぎてゆく。

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