いくつもの予感
暖かい春風が吹き抜けていく、カーバンクル城の玄関。
豊かな緑に囲まれ、のどかに蝶々が舞い、柔らかな日差しが差し込む。
ふたりの従者を従えて帰ろうとしているユーリとリエラに、ミリアが声を、
「これ、持ってきなよ」
(すぐに会えるような立場じゃないからさ。
せめて、これぐらいは連絡手段あった方がいいと思うんだよ)
リエラは手渡された物を見て、目を大きく見開いた。
「携帯っ!?」
(こっちの世界で見るなんて思わなかったよ)
ろうそくに暖炉の生活では、無縁のものだっただろう。そこで、ボケ少女珍しく何かに気づき、親友に顔を上げ、
「水の中は?」
(海の中には持っていけないよね?
ジュレイテに置いといてもらわないとダメかな?)
ミリアは色っぽく微笑む。
「特殊加工してあるから、平気だよ。自分で持ってなかったら携帯の意味ないでしょ」
(計算済みだよ、そんなこと)
カーバンクルの技術の高さに驚くところだが、ボケ少女はスルー。リエラは屈託のない笑顔で、
「ありがとう」
(あとで、お城に帰ったら貝がら集めて、デコしよう)
「ふーん」
ユーリはぼんやり眼で、気のない返事。
(これは、攻め落とす時には使えそうにないな)
不機嫌王子はもう、完全に世界征服の野望の中。セリルは小さなふたつのケースをユーリに差し出して、
「あと、これも持ってけよ」
(こっちは使えっかも知れねぇぞ。
ーーって、オレが侵略の手伝いしてどうすんだって!)
ひとりボケツッコミをしているセリルの手のひらを見て、リエラは首を傾げ、
「何、これ?」
(はしごのやつと似てるね)
まともに返してきた従姉妹の隣で、セリルは口の端でにやり。
「そこで、ちゃんと見とけよ」
そのうちのひとつを手に取って、ボタンを押し、軽く空中に放り投げた。すると、そこにバイクのような物が。ハンドルにもたれたセリルは、得意げに、
「エアバイクだ」
(これあっと、移動すんの楽だぞ。
犬ゾリも川下りも、もう必要ねぇって)
スミレ色の瞳に、白い鉄の塊を映して、ユーリは、
「飛ぶのか?」
(タイヤ、ついてないな)
セリルは軽快に、
「おう」
(街で見かけたろ。
車も何もかも、乗りもんは飛ぶんだって、この国のはな)
リエラは目をきらきら輝かせる。
「すごいね!」
(本当に何でも小さく出来るんだね)
ユーリは長年の付き合いのセリルに、短く、
「で?」
(動かし方は?)
セリルはハンドルをクルクルと左右に回転にさせながら、
「おう。スクーターと一緒でアクセルとブレーキだけだ」
(ギアチェンジはねぇぞ)
「サンキュー」
ユーリは珍しく嬉しそうな顔し、
(これで、ずいぶん国費浮いたな。
移動する時間も短縮される。
無駄な時間が減って、その分、重要なことに時間費やせるな。
あれがこうで、それがああだから……?)
ぼんやりし始めたユーリの隣で、リエラは携帯を従者に渡し、
「それじゃ、また来るね」
カーバンクル兄弟に元気よく手を振った。思考中だったユーリは我に返って、ぼそっと、
「じゃあ」
セリルとミリアは笑顔で、
「おう、また来いよ」
「はいよ、またね」
リエラとユーリはふたりの従者と共に、カーバンクル城から街へと歩き出した。自分たちからどんどん離れてゆくリエラとユーリの背中を見つめながら、セリルは珍しくため息をつく。
(結局、お前ら何も言ってこなかったな。
オレらの知らねぇこと、知ってる気がすんなぁ。
ただの勘だけどな……)
お互いの言ってこない理由は、情報交換されなかった。不安が残るセリルに向かって、
【守護する者】
不意に自分の内側に響いた声に、大きく目を見開いた。
(あの見えねぇやつ……オレに語りかけてきやがった。
『守護する』……それって、オレがユーリを守護しろって意味だろ?)
正体不明の人物に問いかけ、吹き抜けていく春風の中、勘の鋭いセリルは神経を研ぎませ、
(…………。
…………)
そして、セリルは自分の問いかけの答えを直感した。
(……あってるってことか。
何も返してこねぇってことは。
それがオレの夢見てる……理由……だろ)
セリルは真剣な顔で、ユーリたちを見つめたまま、静かに、
「なぁ、ミリア?」
「ん?」
彼女もふたりを見つめたまま、聞き返した。セリルは自分と同じ夢を見ている妹に、
「ユーリ……だよな?」
(亮の誕生日から見てる夢に出てくるやつ)
腕組みをしたまま、ミリアは相づちを打った。
「そうだろうね」
(視界がぼやけてて、判断するのは難しいけど……。
銀の長い髪、意思の強い瞳。
この世界で会ってみて、確信したよ。
亮の誕生日の朝、白石を見て何か引っかかったけど……こういうことだったんだね)
セリルは去年の七月七日を思い出して、やり場のない気持ちで、またため息をついて、
「…………」
(亮が八神に注意された時、祐が目に入って……ピンと来たんだって。
似てんなって。
それに、亮がガキの頃から見てる、あの死んだ夢と関係してるんじゃねぇかってな)
彼らは共通の夢を見ていた。それがユーリたちに言えない理由のひとつ。セリルはユーリたちが去って行った方へ、未だ真剣な眼差しで、
(オレらが見てんのは、銀の長い髪ーーユーリだけしかが出てこねぇんだ。
全体的にぼやけてて、何の話をしてるのかもわからねぇけど……。
これだけは、強く感じ取れんだよ。
そいつーーユーリが大事なもんなくして、すげぇ悲しんでるって)
そこで、セリルの心で不意に聞き慣れたーー不機嫌な声が響いてきた。
『そうだな……あれがこうで、それがこうだろう……。だから、そうなって、あれがこうで……?』
赤髪少年は誰の心の声だか気づいて、
(ユーリ……。
何で、こんだけ離れてんのに、あいつの心感じーー!!)
そこで、違和感を持って、セリルははっとした。
(……違ぇ。
感じ取ってんじゃなくて、はっきり聞こえてきてんだって)
いつもの自分らしくない原因を、セリルは素早く直感。
(あの見えねぇやつ………オレの力増幅しやがって。
聞けってことか。
ーーと、その前に……)
お笑いモードに突入。セリルはにやりと笑い、ユーリにツッコミ。
(にしても……お前の心、相変わらずわかりづれぇな。
指示語ばっかで、何考えてんのか、全然わからねぇじゃねぇか。
よし、突っ込んでやったぞ。次だな)
セリルはすうっと真顔に戻って、リエラの心の声を聞くため、神経を研ぎ澄ます。
『よし、がんばって呪いの本探すぞ!! おぉっ!!』
それを聞いた、セリルは雷に打たれたような衝撃が体中を駆け巡った。
(呪い!? 全部……オレの予感的中じゃねぇか)
リエラの心の声の続きが、
『十八の誕生日までにあんまり時間がないから、絶対見つけないとね』
セリルは大きな杭に打たれたような、胸の苦しみが不意に広がって、
(それって、お前に呪いがかけられてて、十八の誕生日までに解けってことだろ。
で、それ解かねぇとーー)
非常に深刻な彼の心に、、リエラの心の声の続きが。
『……そういえば、お腹空いたなぁ。フライドポテトないかな?』
セリルは深刻さが一気に飛んで、ゲラゲラ笑い出した。
(いやいや、お前さっき、思いっきりクッキーとかタルト食ってたって。
腹空くの早過ぎだって。
だから、お前がいると、話深刻にならねぇんだって!
よし……また真面目に考えんぞ)
彼は軽く息を吐いて、話を元に戻し、
(で、それ解かねぇと……この先どうなっちまうのか、想像つくだろ。
亮の夢とオレらの夢足したら……。
全部、ただの勘だけどな。
勘っていうのは外れる時があんだよ。
だから、オレの考え過ぎなのかも知れねぇって、ずっと思ってたんだよ。
だけどな……)
勘は外れることがあるが、確定要素がカーバンクル兄妹にはあった。セリルはミリアに、いつもと違って、静かな声で、
「なぁ、お前の調べてるSNAって、どのくらいの確率で当たんだよ?」
(気のせいだなんて、もう言えねぇ……んだよ)
妹は前を向いたまま、息を少し吐き、
「100%じゃないけど、それにかなり近いよ」
(何度も調べたけど、結果は同じだった)
「そう……か」
(科学的に証明されちまったな)
セリルは軽く目を閉じて、ため息をついた。魂のDNAといわれるSNAは、輪廻転生の記録が記されている。どこの宇宙で生まれ、どんな人生を送り、いつ死んだのかが詳細にわかる。
そこで、ミリアはある法則を見つけた。それが、ユーリたちに言えない本当の理由。天才少女は視線だけ兄に向け、
「また、なんか直感したわけ?」
(あんた、ちょっと様子おかしいみたいだけど……)
セリルはリエラに神経を傾けたまま、
「リエラの心が聞こえてきてな……十八の誕生日までに呪い解くって、そのために本探す、ってな」
(もう、聞こえなくなっちまったな……)
ミリアは寂しそうに、目を伏せた。
「……そう」
(十八の誕生日までか……。
それに、あの星の並びは呪いが原因……だからーー)
そこで、妹は兄の直感がいつもと違うことに気づいて、、あたりを見渡した。
「もしかして……側にいるの?」
(気配がひとつ多いとか言ってたけど……。
さすがに、そういうのは、あたしじゃちょっとわからないからね)
天啓を受けやすいセリルは、首を横に振って、
「いねぇぞ……」
(あいつらについていったって。
ユーリたちと一緒に遠ざかっていったぞ)
ミリアは街の方へ視線をあげた。
「何者なんだろうね?」
(どこかで感じたことある気配だった?)
セリルは両腕を頭の後ろに回して、軽い口調で、
「わからねぇな」
(オレの知ってるやつじゃねぇぞ)
ミリアは何かの期待がはずれたように、ため息をついた。
「……そう」
(武道家のお兄さんでも、ふんわりした彼でもないのか)
ルーでも袴姿の男でもない。セリルはくるっと城へ向きを変え、
「悪いやつじゃねぇだろ」
(ユーリが警戒してねぇんだから。
あいつ、勘時々鋭ぇからな)
ミリアも色っぽく、後ろへ振り返った。
(残念だね。研究対象がひとり減ったよ。
姿が見えないんじゃ、SNAのデータ収集は困難だからね)
SNAのデータは、言霊で収集する。だから、本人のそばにいて、話が聞けないといけない。セリルは背中でリエラを強く感じながら、カーバンクル城へ入っていく。
(リエラ……亮、このままいっちまったら、来年の今ごろ……オレらの側にーー!!)
そこで、何かを直感して、急に立ち止まった。
「八神とルー、知ってんのか!?」
(呪いの解き方も、リエラ……亮がこの先どうなっちまうのかも)
ミリアは別に驚きもせずに、先へ歩いていく。
「そうだろうね」
(そう判断するのが、自然だね)
セリルは妹の後について、再び歩き始め、
(どんな解き方だよ?
言ってこねぇ理由って、何だよ?
それに……)
彼は珍しくぼそっと、
「……何で、あいつらだけ知ってんだよ?」
(ユーリもリエラも……みんな知らねぇのに。
妙だよな?)
ミリアは春の日差しに目を細めながら、少しため息をついた。
「わからないね」
(SNAをさらに解析するためにも、それは知りたいところだけど……。
無理だろうね。
あのふたり、かなり手強いからね)
天才少女の脳裏には、瑠璃色の髪の策略家と、ミラクル天使が浮かんでいた。セリルはまた立ち止まって、軽く息を吐く。
(それに、何でオレらにも言ってこねぇんだ?
呪いかけられてんのはリエラだろ?
それを解くのに、一番関わってそうなのはユーリ。
あいつらに言わねぇ理由は、何となくわかんだよ。
言うと、解けなくなっちまうとか、そんなんだろ。
でもな……それだけなら、ふたりにだけ内緒にしとけばいいだろ。
何も、オレらや愛姉たちまで内緒にする必要ねぇよな。
別の理由って、何だ?
………?
……………?
…………ダメだな、思いつかねぇ。
ってことは……)
策略家と天使が言ってこないのには、それぞれ理由がある。セリルはかすれた声で、
「……これ以上、リエラの呪いのこと、今は追求しねぇ方がいい気がすんぞ」
(思いつかねぇってことは、今は知らねぇ方がいいってことだろ)
ミリアは景気よく、
「あいよ」
(それは一理あるね。
今知るべきことじゃないんだろうね。
だったら……)
妹は兄の横を通り過ぎながら、
「あたしたちも、リエラたちには教えない方がいいだろうね」
(優雅な彼とふんわりした彼が解き方を知ってるって、言わない方がいいだろうね)
「おう」
セリルは少しだけ微笑んで、ミリアのあとを追いかけ始めた。
(まぁ……そのうち、八神かルーのどっちかが何か言ってくんだろ。
そんな気ぃすんぞ。
だから、リエラの呪いの方は、今は保留だな。
それよりも……)
窓から見える大きな建物に視線をやって、
「あっちを、どうすっかだな」
(元老院。何か……嫌な予感すんだよな)
ミリアも同じものをじっと見据え、
「そうだね」
(お兄さまの昨日の欠席が、どう響くか……だね)
セリルは頭の後ろに両腕を回して、再び玄関を見て、
(あの目に見えねぇやつ、ずっとユーリたちについてんのか?
ご苦労なこっーー!!)
何かを直感して、城中に響くような大声を上げた!
「あぁっっっ!?」
(オレ、あいつに会ったことあんぞ!!
今、そんな気ぃしたって。
最近……じゃねぇ。
もっと、ずっと……ずっと前だ。
いつ、どこでだ?)
セリルはそれを考えようとすると、なぜか急に背筋が凍った。
「あぁっ!?」
(すげぇ、強力なのきた!!)
びっくりして飛び上がった兄を横目で見て、ミリアはあきれたようにため息。
「今度は何?」
(まったく、お兄さまは落ち着きないね。
リエラとそっくりだよ)
セリルは青ざめた顔で、慌てて首を横に振った。
「……べっ、別に何でもねぇって」
(止めっ、止めっ!!
あいつのこと考えんの止めだ。
命の危険じゃねぇけど、それに近い何か感じるって)
ミリアは街の方へ、一度振り向いて、
(リエラたちについていった気配って、一体どんな人物なんだろうね?)
王子なのに姫。セリルはユーリが感じたものと同じ恐怖を味わっていた。




