天使と策略家
文化祭も終り、数週が過ぎた。あれ以来、向こうの世界へ行くこともなく、あとは冬休みを待つだけとなっていた。
そんな、十二月十四日ーー昼休み。いつも屋上でランチを取っている亮たち五人は、2ーCの教室で、ある相談事の最中。
輪になり、あ〜でもない、こ〜でもないと言っている彼らの背後から、
「ーー何の話ですか?」
優雅な声に、五人が振り返るとーーちょうど通りかかったのか、担任の八神がイギリス貴族のような出立ちで微笑んでいた。誠矢が真っ先に反応する。
「昼飯、どこで食うかの話だって」
(寒くて、屋上じゃ食えねぇんだよ)
「そうですか」
八神はにっこり相づちを打ったが、心の中ではこんなことを思っていた。
(そちらの可能性が高いと思っていましたよ)
勘の鋭い誠矢はそれを感じ取り、疑わしげな視線を策略家へ向けた。
「…………」
(お前、知ってんのに、何でわざわざ聞いてくんだよ?
それも、偶然来たみてぇな振りしやがって)
八神が偶然で動くわけがないことを、誠矢は熟知していた。親友の隣りで、祐はぼんやり。
「…………」
(金もうかるのはいいけど……昼飯食べる場所、確保するのが困難なのは困るな。
屋上は一年の時から使ってたから、誰も騒いだりしないけど……。
他では珍しがられて、昼飯どころじゃないんだ。
どこがいいんだろうな?)
『ロック界の王子様』の人気で、ランチをする場所が彼らにはなくなっていた。策略家ーー八神は優雅に微笑み、こんな提案を。
「私の部屋を使っても、構いませんよ」
それを聞いた誠矢は、いぶかしげな顔を八神へ。
「…………」
(あぁ? お前、何企んでんだよ?)
赤髪の生徒の視線を、担任教師はスマートにかわした。
「…………」
(企んでなどいませんよ。今は普通に話していますよ)
天敵ーー八神の部屋へのご招待に、亮はびっくりして大声を上げた!
「えぇっっ!?」
(お、落ち着いて、食べられないよ!? わわわわっ……)
慌て出した彼女をちらっとうかがって、策略家はくすくす笑い出した。
「私はお昼休みは、あの部屋にはいませんから、遠慮などいりませんよ」
(ですから、神月さん、安心して下さい)
部屋の主が留守と聞き、誠矢はあきれた。
「…………」
(お前、それじゃ、オレたちのこと探れねぇじゃねぇか。遠回しなことすんなよ)
そして、直感型の誠矢は、率直に聞き返した。
「お前、どういうつもりだよ?」
(聞いたら、話すのかよ?)
「気まぐれですよ」
(話しませんよ)
思いっきりはぐらかした策略家に、誠矢は心の中でしっかり突っ込んだ。
(お前が気まぐれで動くかよ。わかるような嘘、ついてくんなって)
で、招待された八神の部屋。
つい数分前に起きた出来事を、亮は思い返していた。パクパクと食べていた手を、不意に止め、
「どういう意味なのかな? 八神先生」
(何だか変な感じがするなぁ)
焼きそばパンをかじっていた誠矢は、にやりとし、
「…………」
(お前、珍しく冷静に判断してんじゃねぇか、八神絡みなのに。けどよ……)
部屋の主の書斎机をちらっと見やり、
(八神は言いたくねぇみてぇだかんな)
従姉妹の問いかけに、誠矢は適当に応えた。
「そのまんまだろ」
(追求しねぇでおけって。
あいつ、罠仕掛けんの趣味だけど、マジで困るような罠は仕掛けてこねぇかんな。
なんか、意味があんだろ)
おかかおにぎりを食べていた美鈴も、同意する。
「別に意味なんてないんじゃない」
(あの彼が、気まぐれで言うなんて有り得ないからね。何か意味があるんだよ)
ふたりに言いくるめられ、亮の疑問は一気に氷解。
「そうだね」
(自分も思いつきで言ったり、行動したりするから、先生もそうなんだね。なるほどね)
従姉妹の反応を見て、誠矢は心の中でゲラゲラ笑い出した。
(いやいや、お前、八神のこと思いっきり勘違いしてるって。
だから、あいつの罠に簡単にはまっちまうんだって)
突っ込んでいる彼へ、ふんわり天使のミラクル変化球が。
「光先生は、板好きやさんっ♪」
(ふふふっ)
誠矢の目がキラリと光った!
(よし、来た! 突っ込みポイント!!)
ぱっとルーへ向き、しっかりと、
「だから、そういう日本語の覚え方止めろって」
(別の言葉、足して覚えてっから、おかしくなんだって)
今度は反対側から、亮の大暴投が。
「あぁ、おいしそうだね」
(トマト入りなんだ)
さっとそちらへ向き、誠矢は素早く、
「いやいや、イタリア風すき焼きにすんなって」
(八神、食いモンになってんじゃねぇか)
突っ込みまくっている親友の隣りで、祐が不機嫌にぼそっと、
「それは、悪戯好き」
(三人して、話どんどんずらすなよ。面倒くさいだろう、突っ込むの)
まるで、素敵な贈り物でももらったかのように、ルーは微笑んで、
「ありがとう」
(光先生は、悪戯好きさんっ♪ ふふふっ)
焼きそばパンをかじりつつ、誠矢は八神の書斎机をちらり。
「…………」
(お前、教師失格だって。生徒に悪戯すんなって)
ぼんやり眼で、祐は冬の日差しを眺めた。
「…………」
(八神先生、罠仕掛けるために、この職業選んだんだな。そんな感じがすごくする……)
祐の手にあるものを、ルーは純粋なサファイアブルーの瞳に映して、
(祐クンは、チョコレート好きさんっ♪ ふふふっ。あっ……大切さんっ♪)
何か思い出した金髪天使は、なぜか祐に深々と頭を下げた。
「……この間は、マイドアリガトウゴザイマシタ」
(祐クン、どうぞ)
ぎこちない、ルーの突然の言葉に、亮、誠矢、美鈴は不思議そうな顔をした。
「……?」
(また、間違ってる?)
一人意味が通じていた祐は、嬉しそうに、
「うまかった、あれ。今度、いつ出る?」
(いつでも好きな時に買いに行けるようになったんだ)
無邪気な笑顔で、ルーにしては珍しく、きちんと、
「あれはね、今度の日曜日にまた出すよ」
(祐クンがまた来てくれると、嬉しいさん)
ふたりだけの世界に、亮の質問が投げられた。
「何の話?」
(何だか、ふたりともすごく嬉しそうだね)
彼女に顔を向けて、ルーが、
「限定チョコレートの話さん」
(みんなで、どうぞ)
祐をちらっと見やり、誠矢はルーに、
「こないだってことは、こいつ、買いに行ったのか?」
聞き終った時点で、勘の鋭い赤髪少年は違和感を覚えた。
(あぁ、妙だな……?)
ルーはお花畑を、スキップするような気分でうなずく。
「うん、一番前さんに並んださん」
(誠矢クンは、鋭いさんっ♪)
チョコレート狂の祐の行動に、美鈴はあきれた。
「一番前って、いつから並んだの?」
(白石って、大抵のことはやる気なしだけど、あることになると、ものすごい力発揮するよね)
ほっといてくれと言うように、祐はぼそっと。
「夜の十二時過ぎ」
口の端をゆがめつつ、誠矢は金髪天使へ視線をちらっとくれ、
「…………」
(お前、マジですげぇやつだな)
そして、親友のうっかりぶりに、心の中で忠告。
(祐、お前、罠にはまってんぞ。仕方ねぇな、気づかせてやっか)
一呼吸置いて、誠矢は意味あり気に祐に、
「ずいぶん早ぇな、一人でか?」
(話、そっちに流れるようになっるって)
祐はぎくりとし、しどろもどろになった。
「あ……あぁ……」
(チョコに惑わされ……た……?)
ゆっくり首を横に振り、ルーは金の髪を揺らす。
「ううん、違うさんなの。愛理さんの仲良しさんと一緒さんっ♪」
(誠矢クン、どうぞ)
天使の価値観を考慮し、誠矢は、
「仲良しさんって、櫻井か?」
(櫻井と祐が仲良いって話になるように、仕掛けてきたんだって)
そして、彼はさらに何かを直感し、驚愕のあまり大きく目を見開いた。
(あぁっ!? オレまで罠にはめられてんじゃねぇか。
だから、八神のやつ部屋にいねぇんだな)
誠矢が直感した内容が、まるで嘘のように、ルーはふんわり、純粋な笑顔を振り撒いた。
「うん、そう。櫻井さんっ♪」
(ふふふっ。みんな仲良しさんっ♪)
水面下で繰り広げられている、巧妙な策などにまったく気づかず、亮はのんきにうなずいた。
「そうなんだぁ」
(やっぱり、兄弟だね、すごく仲良いんだね。一緒に、チョコ買うために並ぶなんて)
祐は刺すような視線を亮へ送り付け、
「…………」
(お前、ルーに相づち打ってる場合じゃないだろう。
先生とルーが共犯だったんだ。
だから、文化祭の時、先生、ルーを俺たちのところに来させたんだ。
助け船じゃなくて、ルー自身が探るためだったんだ)
ミラクル変化球と冷静という名の策略に、彼らはしっかりノックアウトされていた。宇宙一の天然ボケ少女は、ランチボックスへ視線を落とし、気にせず再び食べ始める。
(おいしいなぁ、フライドポテト。ふふ〜ん♪)
春風のような笑みをみんなへ、ルーは振り撒き、
「ふふふっ」
(みんなで、どうぞさんっ♪)
最強の敵を前にして、美鈴は軽く息を吐いた。
「…………」
(やっぱり、ルー、あんたおかしいと思ってたよ。いつもより早く来て、優雅な彼の部屋に行くなんて。彼と何の話したの?)
そこで、誠矢はぱっと閃いた!
「…………!!」
(あぁっ!? 祐と櫻井、あっちじゃ、兄弟だろ? そんな気ぃすんぞ。だろ?)
親友の視線だけの問いかけに、祐はあきれたため息をついた。
「…………」
(お前、鋭すぎるんだよ)
そうして、誰も話さなくなってしまったのを前にして、ルーは小首を傾げた。
(んー…………? あっ、わかったさんっ♪ だから、ボクはこうするさ〜ん♪)
そうして、ふんわり天使はこんな言葉を口にした。
「祐クンは隠れんぼさんだったの」
(亮ちゃん、どうぞ)
ルーに心の中で指名されたボケ少女は、食べる手をふと止め、
(あれ……変だね?)
違和感を抱き、彼女は祐へ質問をぶつけた。
「そういえば、よく見つからなかったね、ファンの人たちに」
(八神先生にお茶、ご馳走になった時ーー
お店の前で、囲まれて、助けられたって言ってなかったっけ?)
祐は幼なじみを一瞥。
「…………」
(お前、珍しくまともに反応してる)
策を張って来ているミラクル天使ーールーを、祐はぼんやり見つめ、
(そうだな……あれがこうで、それがあーー)
なんと、彼は判断を下す前に、亮に返事を返してしまった。
「それは、秘伝の技だ」
(俺は習得した)
言い終えて、祐は自分自身の言動に首を傾げる。
(ん? 俺、何でこんな話してるんだろう?
……まぁ、いいか。今さら、取り消すの面倒だしな)
突拍子もない回答に、亮は目が点になった。
「え……?」
(今、巻物が浮かんだんだけど……)
窓の外に顔を向け、ある風景が脳裏に浮かぶ。それは、強風が荒む荒野に、一人たたずむ袴姿の男。
(あれ、誰かに似てるなぁ? えっと……?)
得意げな調子で、誠矢が祐に、
「『隠れ身の術』だろ?」
(オレも出来んぞ。師匠に教わったかんな)
祐と誠矢は同じ人物に、何かを習っているらしい。そこで、勘の鋭い誠矢は、再び直感した!
(あぁっ!? 登場人物、オレらだけじゃねぇってことか!?)
見事なまでに幼なじみ三人を引っかけた、ルーは可愛く首を傾げ、
「武道好きさんっ♪」
(みんな、仲良しさんなの。ふふふっ)
そこへ、亮の大暴投が。
「メロンも好きだもんね」
(ルーはブドウも好きなんだね)
すかさず、誠矢が突っ込み、
「いやいや、ベタな間違いすんなって」
(前と話つながってねぇだろ、それじゃ。それによ。
お前、さっき誰だか、わかりかけてたじゃねぇか)
おにぎりを静かに頬張っていた美鈴は、冬空を見上げ、
(あぁ、そう。あの人も関係してるのか。
あたしは会ったことがないから、如月に紹介してもらうか。研究のためにね)
彼女は座り心地のよいソファーへ身を預けた。




