世界観
十二月二十四日、雪降る夜。
ジュレイテ城の広い食堂。
リエラ、ユーリ、アイシス、カータの四人が顔を合わせていた。
暖炉でしっかりと暖められた食堂の中央には、細長く、大きめのテーブルに真っ白なテーブルクロスをかぶせられており。その上には、ローストターキはもちろん、サラダに温かいスープ、チーズの盛り合わせなど、数えきれないほどの料理がずらり。
それらを前にして、リエラは目を輝かせていた。
「うわっ、レストランみたいだね」
ロウソクの炎の向こう側で、カータがにっこり微笑む。
「とてもいい思い出になりそうですね」
(貴重な体験です。
まさか、お城でクリスマスパーティが出来るとは思っていませんでしたから)
アイシスは美青年が同席という、願ってもみない状況にウッキウキだった。
「そうね。ユーリも加わって、本当にいいクリスマスになりそうだわね」
(素敵なクリスマスだわ♡
これからも、こんなふうにみんなで過ごしたいわね)
召使いが給仕を始め、三人はそれぞれ好きなものに手を伸ばし、食べ始めた。がしかし、ユーリだけは頬杖をついたまま、ため息の連続。
「…………」
(あぁ〜)
「…………」
(あれが……)
「…………」
(あれが……)
パンをちぎっていた手を止め、リエラは隣りにいる銀髪の人へ、
「どうしたの?」
(ユーリが食べないなんて、珍しいね)
「ん……」
彼はろくに返事もせず、再びため息。
(せっかく、覚えたのに……)
うつろなユーリのスミレ色の瞳に、いくぶんかの悲しみがまじっていることに気づき、リエラは首を傾げた。
「……ん?」
(また、考えごとしてるのかな? どうしたんだろう?)
ユーリはテーブルの中央を凝視したまま、ここにいない誰かに向かって盛大に文句を言っていた。
(もう、どうして、今なんだよ? 別の日に移動したっていいだろう。
あれだけ、日付めちゃくちゃなんだから。
一日ぐらい、ずらしてくれてもいいだろう)
彼の視線を追って、リエラもテーブルの中央へ。
(……ん? クリスマスケーキだね。
でも、それなら……ユーリのことだから、真っ先に手伸ばして、食べるよね?
じゃあ、何だろう?)
さっきから一口も食べていない弟と、それを気にしているリエラを見つけ、カータがおもむろに口を開いた。
「ユーリはちょっと、残念がっているんですよ」
(私も残念だと思います、さすがに今回の移動の日付に関しては)
いつもと違うジュレイテ国王に、リエラは目をぱちくり。
「え……?」
(カータさんも様子が変だね。どうしたのかな?)
妹の真正面で、アイシスは意味あり気に微笑んでいた。
(朝から、ふたりとも元気ないのよ。仕方がないわね。
ずいぶん、楽しみにしてたものね)
カータは持っていたフォークをテーブルへ置き、理由を静かに語り始めた。
「あちらの世界の二十四日に、スチュワート君のお店でクリスマス限定チョコレートケーキが発売されるんです。そちらをふたりで買いに行こうと約束していたんですよ」
(逃してしまいました、本当に残念です)
「はぁ〜……」
と、ジュレイテ兄弟は同時にため息をつき。セレニティス姫ーーリエラは何と言っていいかわからなくなった。
「あぁ……」
(それじゃ、様子が変なのもわかるね。
祐、ルーのお店のチョコレートケーキ、ずっと楽しみにしてたもんね。
去年、すごくおいしかったって、何度も言ってたもんね)
遠い目をして、ユーリはぽつり、
「今年も楽しみにしてたのに……」
(はぁ〜。前日に、移動するなんて……)
彼らがこちらの世界へ来る前日、向こうでの日付は十二月二十三日ーークリスマスイブの前日であった。そのため、ユーリとカータは楽しみにしていたケーキを買い損ねたのだ。
ローストターキーをノロノロと切り始めたユーリの脳裏を、別の食べ物がウロウロする。
(限定チョコケーキが……。限定チョコケーキが……)
ぼそぼそと、彼は食べ始め、
(そのために、『隠れ身の術』必死で覚えたのに。
これじゃ、意味ないじゃないか。俺の青春、返せ)
また文句を言い始めたユーリを、リエラは励まそうと、
「限定ケーキはあるんじゃないかな?」
(チョコはないけど、お菓子はあるよね。お店あったもんね)
ユーリはばっさり切り捨てた。
「ない」
(あるなら、百歩譲って、それでも許す。だけど、ないものはない)
リエラはぽかんとする。
「え……?」
ユーリは幼なじみを一瞥し、あきれ顔をする。
「…………」
(お前が、さっきからまともに話してるの奇跡だけど……もう少し頭使え。
ここ、どこだと思ってるんだ。
お前が人魚なんだから、あっちと同じなわけないだろう)
ふたりのやり取りを黙って聞いていたカータが、優しく補足する。
「ないんですよ、クリスマス自体がこの国には」
(城の方々に聞きましたが、みなさん知りませんでした)
今度は、カータの方へ、リエラはぽかんとした顔を向けて、
「え……?」
ユーリは窓の外を眺め、なぜか急に嬉しそうな顔に変わった。
(おっ……そうだな、勝手に作るか。
特別なケーキを作って、みんなで仲良く食べる日ーーその名も、『仲良しデー』。
それいいな、そうしよう。あとで兄さんに勅命してもらおう。
これで、来年のクリスマスには、限定ケーキが食べられるな)
さっき間でとは違い、上機嫌になったユーリの前の席で、カータが説明を続けていた。
「この世界には、キリストは存在しないし、その宗教もないんです」
(過去へ、ただ戻ったというわけではないようです。
地球ではない、まったく別の世界なのかも知れません)
やっと理解出来たリエラは、大きくうなずいた。
「そうなんですか」
(向こうとは違うんだね、色々)
視界の端に映った、数々の料理に違和感を覚え、
(……あれ?)
すぐさま、姉に疑問をぶつける。
「じゃあ、この料理はどうしたの?」
(他の人は、クリスマス知らないってことだよね?)
その質問に、カータがにっこり微笑んだ。
「特別に作っていただいたのですよ」
(アイシスさんのアイディアです)
愛する夫の隣りで、アイシスは意味あり気に、
「ユーリの婚約者を招待するからって言って、向こうでクリスマスに用意するはずだったものを作ってもらったのよ」
(この間の大事件は、効果抜群だったわね。あとは、ふたりの気持ちだけね。
リエラはびっくりして飛び上がった!
「えぇっっっ!?」
(こ、婚約者!?)
すとんと椅子に落ち、前回のことを思い返した。
(そ、そうだった。何だか知らないけど……。
お城に帰ったら、結婚式はいつにするのかって聞かれたんだよね。
結婚するって言ってないと思うんだよね……?
どうして、結婚することになってるんだろう?
ユーリなら、わかるかな?)
そう思い、リエラは彼へ顔を向けた。がしかし、ユーリは気にしていないのか、ローストターキーを無我夢中で食べていた。
「…………」
リエラは目をぱちぱちさせる。
「…………」
(あれ?
この間は、ずいぶん気にしてたけど……今日は何も言わないね。
やっぱり、結婚の約束したのかな? 知らないうちに。
えっと……いつだったかな?)
セレニティス姫の視線などまったくの無視で、ユーリはガツガツ食べ続けていた。
「…………」
(うまいな、これ。お代わり欲しいな)
別の皿にも手を伸ばし、
「…………」
(こっちのスープもいけるな。それにサラダも)
次々に口へ料理を運びつつ、ユーリは今日一日のことを思い浮かべる。
(そういえば、朝から何も食べてなかったな。
チョコケーキのことばっかり、考えてて忘れてた。
腹減ってるから、余計にうまいな。
そっちのパンはどうだろうな?)
ふんわりとした真っ白な生地を、ぱくっと口へ放り込み、モグモグ。
「…………」
(……うまいっ。あれも、うまそうだな。あ、こっちも……)
ユーリは食べ物に夢中で、アイシスの『婚約者』発言が聞こえていないだけだった。




