一夜明けて
そして、翌日ーー
ジュレイテ城で、目を覚ましたリエラは、食堂へと案内されていた。
廊下を行き交う人々が、セレニティス姫へ意味あり気な笑みを向け、通り過ぎてゆく。その様子に違和感を感じながら、リエラは歩いていた。
(何だか、みんな嬉しそうだね。どうしたのかな?)
リエラが食堂へ入ると。先に来ていたアイシスの、いつも以上にきゃぴきゃぴした声が響いた。
「おはようっ!」
「おはよう」
姉の隣りに座っている、もう一人にも、リエラは挨拶。
「カータさん、おはようございます」
カータはいつも以上ににっこりして、
「おはようございます」
リエラはふたりを交互に見ながら、自分の席へ座った。
「……?」
(ふたりとも嬉しそうだね。何かいいことでも、あったのかな?)
その時ちょうど、ユーリが食堂に現れた。朝から、超・不機嫌な声で、
「……おはようございます」
カータとアイシスは、ユーリに向かって嬉しそうに微笑み返した。
「おはようございます」
「おはようっ」
ふたりの笑顔の真意を知ったユーリは、
(あぁ〜、もうっ!)
盛大にため息をつきながら、どさっと椅子に腰掛けた。
「…………」
(誰のせいだよ?)
ユーリからの鋭い視線に気づいたリエラは、不思議そうに首を傾げ、
「……?」
(ユーリ、よく眠れなかったのかな?)
嬉しそうなアイシスとカータ。
何も気づいていないリエラ。
そして、最高に不機嫌なユーリの四人で朝食が始まった。
しばらく、昨日のパーティの話などをし、何事もなく時は過ぎていった。
マイペースで食べ物を口へ運んでいるカータが視界に入り、リエラはあることが急に気になり出した。
(そういえば……)
椅子から少し体をずらし、アイシスに小声で、
「お姉ちゃん?」
「何?」
(恋の相談?)
淡い期待を抱きつつ、姉は妹の近くへ寄った。リエラはアイシスの隣りに座る人をちらっと見て、
「櫻井さんと結婚してることになってるけど、いいの?」
それを聞いた姉はがっかりした。
「…………」
(あなたのことじゃないのね……)
気を取り直し、妹に聞き返す。
「いいって、何を?」
パンを手に持ったまま、リエラは戸惑い気味に、
「……突然……結婚してることになってるから……」
(向こうじゃ、まだ結婚してないのに……)
アイシスはフォークをそっと置き、急に大人びた顔に変わった。
「そんなこと関係ないわよ。私が正貴さんを、彼が私を愛しているということには変わらないでしょ?」
リエラは少しぼんやりする。
「そう……なんだ……?」
(やっぱり、よくわからないなぁ。どうしたら、結婚したいって思うのかな?)
頭を悩ませている妹を、アイシスはちらっと見て、
(私のことはいいのよ、卒業したら結婚するつもりだったんだから。でも、知らなかったわ)
姉は意味あり気に微笑み、
(そんなことになってたなんて。恋愛にまったく興味のなかったあなたが……ねぇ)
黙々と食べているユーリへ視線を移し、アイシスは急にハイテンションに。
(きゃあ♡ それも、相手がこんな美青年だなんて!)
そして、目をハートマークにさせ、妹の方へさっと身を乗り出した。
「それより、あなたの方こそーー」
その語り口に、ユーリがぴくっと反応した。
「……!」
(予想通りの展開だ)
アイシスの言葉の続きが、
「言ってくれればいいのに、水臭いわね。ふたりが付き合ってるなんて、知らなかったわ」
食べる手を止め、ユーリは盛大にため息。
「…………」
(俺、何もしてないのに……)
リエラは目の前にある料理を、なぜか凝視した。
「え……?」
(月見団子? どこにあるんだろう?)
思いっきり聞き間違えている妹を置いて、アイシスは愛する人へ同意を求めた。
「夜中に、個人的に部屋を訪ねるなんて、ねぇ?」
「そうですね、とても微笑ましいです」
にっこりと相づちを打ったカータに、リエラは目をぱちぱち。
「えっと……?」
(微笑み草を炊いた? ん、初めて聞く名前だね……?)
唯一、彼女が大暴投しまくっていると知っているユーリは、冷たい声で、
「違う、昨日の話」
(夜中に押しかけてくるなよ、俺の部屋に)
リエラは幼なじみに顔を向け、また目をぱちぱち。
「え……?」
(寒さが関係するの?)
彼女は珍しく、昨夜の話を覚えていたが、ユーリは、
「…………」
(昨日の話から説明するの、面倒くさい)
そう思い、ぼそっと、
「お前、放置」
(ありがたく思え)
そうして、彼は再び黙々と食べ始めた。
ふたりのやり取りを前にして、アイシスは一気にテンションが下がった。
「…………」
(やっぱり、リエラが恋愛に興味持つなんて……有り得ないわね。でも、だからって、美青年をゲットするチャンスは逃さないわよ)
己を奮い立たせ、姉はさっそく美青年獲得作戦に出た!
「あら? てっきりそうなのかと思ったわ、恋人同士だって」
(ユーリをゲットするために、リエラに恋愛に興味持ってもらうわよ)
リエラはなぜか、大きくうなずく。
「あぁ、そうなんだぁ」
ユーリはびっくりし、ナイフを落としそうになった。
「っ!!」
(何で、そこで納得するんだよ?)
アイシスはしっかりと妹の間違いを訂正。
「違うわよ。『い』が抜けてるわよ」
(『小人同士』じゃないわよ。寝てる間に、誰も小さくなんかなってないわよ)
リエラはすっと真顔になり、
「え……?」
(『い』が抜けてる?)
一生懸命考え出した。アイシスは、もう一度ゆっくり告げる。
「恋人同士」
リエラは姉の言葉をただ繰り返す。
「こいびとどうし……?」
(こいびとどうし? 恋人同士……!?)
自分の知っている漢字に変換され、びっくりして飛び上がった!
「えぇっっっ!?」
(な、何でそんなことになって……)
ユーリは幼なじみを一瞥し、不機嫌そうにため息。
「…………」
(お前って、恋愛にすごく鈍感なんだな。ーーっていか、どういう人生送ってきたら、そうなるんだ?)
リエラの反応に、カータは意外そうな顔をする。
「おや、違うのですか?」
驚きすぎて、リエラは言葉が出てこなかった。
「…………あ、あ……あぁ……」
口をパカパカさせている妹に、アイシスは呼びかける。
「リエラ。朝起きたら、お城の人たちが何て言ってたか、知ってる?」
ゆっくりとした姉の言葉に、妹は少し落ち着きを取り戻し、
「え……?」
(お城の人たち? 朝、起きたら? 何を言って? 知ってる?何だか、難しいなぞなぞだね)
がしかし、やはり意味はきちんと通じていなかった。アイシスは構わず、話を先へ進める。
「ユーリ様とリエラ様は一目惚れして、結婚式も間近らしいって」
(きちんと考えて行動しないと、いけないわよ)
リエラはびっくりして、また飛び上がった!
「えぇっっっ!?」
(ひとめぼれ!? けっこん!?)
………。
…………。
……………。
次々と予想していなかった言葉が出てきたので、リエラの思考回路はとうとうストップした。石のように固まった幼なじみに、ユーリはぼそっと、
「俺の身にもなれ」
(勝手に部屋に押し掛けられて……。不可抗力だ、濡れ衣だ)
斜め前に座っている少年の発言を聞き、アイシスはカータに素早く同意を求めた。
「祐君が本当の義弟になったら、嬉しいわよね?」
(カータさん、強行突破するわよ)
「そうですね、私もふたりが結婚するのはいいと思いますよ」
(アイシスさん、とても張り切っていますね。素敵です)
のんきに相づちを打った兄を見て、ユーリはため息をついた。
「…………」
(弁解するだけ、時間の無駄)
再び食べ始めようとすると、意識の戻ってきたリエラが、
「ユーリ、知ってたの?」
「普通、わかるだろう」
(どういう十七歳だよ?)
一言文句を言って、黙々と食べ物を口へ運び始めたユーリの横顔を見つめ、リエラは目を輝かせた。
(すごいね、ユーリって。予知能力があるんだね)
全然かみ合っていないふたりに、カータが、
「まぁ、いいじゃないですか。仲が良いのは本当なんですから」
よく理解していない兄をちらっと見やり、ユーリはスープをガブガブ飲む。
(兄さんまで、ぼけないで下さい。ぼけてる人間は、一人で十分です)
リエラはサラダにフォークをさして、ぼんやり。
「仲は良いですけど……」
(恋人と幼なじみって、何が違うんだろう?)
てんでバラバラなふたりに、アイシスが提案。
「今日の街への観光は、ふたりで行ってきなさいよ」
妹は我に返り、顔を上げた。
「え……?」
(どうして、急にユーリと行くことになったのかな?)
カータが優しく言葉を添える。
「ふたりで素敵な時間を過ごして下さいね」
さすがに黙っていることが出来なくなったユーリは、きっぱりと。
「行かない」
(勝手に決めないで下さい)
アイシスは意味あり気な視線を義弟へ送り、
「あら? お客さんを放っておくなんて」
ユーリは義姉の視線を、一言でばっさり切り捨てた。
「やだ」
(これ以上、一緒にいたら、何を言われるか)
かたくなに拒む弟を前にして、カータは決心した。
(これはいけませんね。みなさんのために、一肌脱がなくては……)
彼は咳払いし、少し低いーー本人だけが威厳のあると思っている声で。
「これは、次期国王命令です」
それを聞いたユーリとリエラは、同時に聞き返し、
「え……?」
それぞれ全然違うことを心の中で思い浮かべた。
(第一王子なんだから、次に国王になるのは当たり前です。わざわざ言わなくても、わかってます)
(あれ、王子様じゃなかったかな? カータさん)
カータはにっこり微笑み、次なる言葉を。
「勅命みたいなものですね」
ユーリとリエラはまた同時に、
「勅命!?」
そしてまた、それぞれ違うことを。
(言葉、間違ってます。普通、王子にそんな権限ないです)
(『ちょくめい』って、何?)
カータはのんびりと、びっくりするようなことを口にする。
「今、この国には国王がいないそうで、来週、戴冠式があるそうです」
(ですから、来週になれば勅命になります。少し、先取りです)
ユーリとリエラはまじまじと、カータの顔を見つめた。
「え……?」
またまた、別のことを考える、ふたり。
(国王がいない? ……どういうことだ?)
(短歌式……? みんなで短歌を詠むのかな?)
ユーリとリエラがそれぞれの理由で驚いている隙に、
「まぁ、そういうことですから。ユーリ、案内は頼みましたよ」
カータが勝手に話をまとめ、ユーリとリエラは一緒に出かけることとなってしまった。




