ジュレイテ王国
吹雪とまではいかないが、外は朝から断続的に雪が降っていた。そんな中、リエラとユーリは何の暖房設備のない馬車に揺られている。
「雪、結構積もってるね」
冷たい風がビュービュー吹き込んでくるのに、嬉しそうに外を眺めているリエラがウキウキで言った。そこへ、ユーリの気のない返事が、
「あぁ……」
(これだけ雪降ってるのに、馬車って……。絶対、おかしい。俺、何でこんなところにいるんだろう?)
反応が鈍いので、リエラは彼の方へ顔を向けた。
「……?」
(ユーリ、また考えごとかな?)
「寒っ」
ユーリのつぶやきに、リエラは首を傾げた。
「どうしたの?」
彼女の質問に答えず、ユーリは毛皮のロングコートを両手でしっかり押さえ、ガタガタ震えた。
「寒っ」
(話しかけるなよ、寒いんだから。凍死したら、お前のせいだ)
心配そうな従者の視線が、王子へ向けられた。
「ユーリ様、熱でもおありですか?」
(やはり、城でお休みになられていた方が、よろしかったのではございませんか?)
ユーリは王子らしく、堂々と応えようとしたが、
「いっ、いや……きっ、気にしなくていい…」
寒さに声が震えて、非常に弱々しくなった。従者はさらに心配そうな面持ちで、
「さようでごいますか?」
(ユーリ様、寒さは大の苦手でしたよね?)
王子は出来るだけ平常を装い、
「……大丈夫……だ」
(俺も、ちょっと街観たいんだ)
従者はリエラの方をちらっとうかがい、にっこり微笑んだ。
「承知いたしました」
(それほど、リエラ様のことを、お気に召したのでございますね)
思いっきり勘違いしたまま、従者は王子に、
「それでは、どちらへ参りましょうか?」
ユーリはそれを聞いて、ため息をついた。
「…………」
(俺に聞くなよ、初めてなんだから。面倒くさいな)
そうして、王子は適当な命令を下す。
「お前に任せる」
「かしこまりました」
(お任せいただいて、光栄でございます。それでは、おふたりがさらに親密になられますよう、スペシャルコースへお連れいたします!)
従者は張り切って、御者に行き先を告げた。
リエラは興味津々で通りすぎてゆく街並みを眺めていた。
(うわっ! 可愛いお店がいっぱいだね。洋服屋さんに……小物屋さんかな? パン屋さんもあるっ! みんな、何だか暖かくて幸せそうな感じがするね。街の人たちも、のんびりほのぼのしてて、いい感じだなぁ。何だか……)
彼女はそこで、向かいの席で寒さに震えている人を見た。
(ユーリに似てるね)
彼はさっきからずっと、心の中でブツブツと文句を言っていた。
(こいつが夜遅く部屋なんか訪ねてくるから……こんなことになって、まったく)
そこで、彼は急に別のことに考えが飛んだ。
(そういえば、昨日の切なさは、何が原因だ? 何で、俺……あんな気持ちになって……)
ユーリの脳裏にある言葉が浮かび、
(一目惚れ!?)
慌てて否定する。
(いやっ、ち、違う! それはない。小さい頃から知ってるだろう。それに、別に何とも思ってないし……)
「…………」
小さくため息をつき。窓の外へ目を向けて、街の様子を観察し始めた。
(ずいぶん不便なんだな。雪道なのに、馬車で移動なんて。王族で、この扱いなんだから、他の人たちはもっと大変だろうな。街もずいぶん小さいみたいだし……人通りも少ない。どうやって暮らしてるんだ? そういえば……)
ユーリはリエラに顔を向け、突然。
「なぁ、お前、誕生日いつ?」
何の脈略もない言葉に、彼女は少し驚き、
「えっ?」
戸惑い気味に続けた。
「……七月七日だけど……」
ユーリは急に不機嫌になる。
「違う、こっちのだ」
(それは知ってる、リエラのだ)
「こっちもだよ」
リエラが素直に答えると、
「ふーん」
ユーリは気のない返事をし、再び街並みへ顔を戻した。リエラはその横顔に首を傾げる。
(また、考えごとかな?)
ユーリは構わず、考えごとを再開。
(七月……夏か。それで、この雪……? 一年中、降ってるってことか?)
灰色の空を見上げ、心の中で盛大に文句を言う。
(あぁ〜、どうして、ここにしたんだよ? 寒いの苦手なのに……。いや、待てよ)
はたと気づき、彼は急に機嫌を直した。
(南半球だったら……七月は冬だよな? もう少ししたら、雪が溶けて……春が来る?)
なぜか違和感を感じて、足を組み替えた。
(……わからないな、調べてみないと。それに……この国の財源って何だ? これだけ雪積もってたら、作物は普通、育たないし……)
そこで、昨日の宝石商を思い出した。
(そういえば、あいつ……『私どもの国』って言ってたよな? 他にも国があるってことか)
ユーリは街並みにピントを合わせ、
(観光で成り立ってる……? それにしても、人の数もまばらだな)
凍りついている道を、慣れた感じで歩いてゆく人々を眺め、
(今、歩いてるやつらは、どっちかっていうと……観光客よりも、この国の人間みたいだし……。本当にどうなってるんだ? それに……)
城の方へ顔を上げ、今朝のカータの言葉を思い返した。
『今、この国には国王がいないそうで……』
(……国王がいないって、どういうことだ? 誰が、この国を治めてるんだ? ーー影の支配者か!?)
ユーリはそこで、珍しく嬉しそうな顔をした。
(今のちょっといけてたな。まぁ、それは置いといて……)
脱線しかけた思考を元へ戻し、
(俺だったらーー)
ユーリが再び考えようとすると、馬車が止まった。
「リエラ様、こちらはジュレイテの民芸品などを扱っている店でございます」
従者からの説明に、リエラはすぐにでも馬車を飛び出しそうな勢いで、
「そうなんですか!?」
降りる準備をしながら、ユーリに、
「一人で行ってくるね」
(ユーリ、考え中だから)
彼はぼそっと、
「俺も行く」
「え……?」
(お芋、むく?)
思いっきり聞き間違えて、きょとんとしたリエラを。もちろん、ユーリが突っ込むはずもなく、彼は自分の言いたいことだけ告げ、
「馬車、寒い」
(自分で、話元に戻せよ)
降りる準備を始めた。彼の対処が功をなしたのか、リエラはきちんとユーリの考えを全て理解し、
「……あぁ、そうか」
(寒かったんだね。だから、ユーリ、お店に入って、暖まりたいんだね)
セレニティス姫がコクコクうなずいているうちに、ジュレイテ王子ーーユーリはさっさと店の中へ入ってゆく。
(う〜、寒い)
リエラは気にした様子もなく、興味津々であとに続く。
(何があるのかな? ふふ〜ん♪)
馬車の傍らで、ふたりのやり取りを見ていた従者はため息をついた。
「…………」
(ユーリ様……。リエラ様を置いて、先に店にお入りになるのはいかがなものかと……)
木の温もりを活かした店内には、暖炉の暖かさが広がり。のんびり、ゆったりとした時間が流れていた。あちこちに並べられた、可愛らしい小物や織物などを、ユーリはぼうっと見渡しながら、現実的なことを考える。
(材料は、どうしてるんだろうな?)
彼とは対照的に、リエラは店内をウロウロしながら、観光気分を満喫。
(うわっ! これ、可愛いね。あっ、こっちも!)
雪の結晶を刺繍したコースターを、セレニティス姫が手にすると。感じのいい笑顔をした店主が声をかけてきた。
「そちらは、外国から取り寄せた最高級品の生地と糸を使用しております」
「そうなんですか」
その人を見たリエラから、自然と笑みがこぼれた。
(何だか、みんな嬉しそうだね)
手にしているコースターへ視線を落とし、
(これからも、そんな気持ちが伝わってくるね。これにしようかな?)
ユーリは雪だるまの置物を手にして、まだぼんやりしていた。
「…………」
(これ……可愛いな。俺も買おうかな?)
そこで、店主の言葉をなぜかリピート。
『外国から取り寄せた最高級品の生地と糸を使用しております』
ユーリの思考は急転したが、見た目は相変わらずぼうっとしたまま。
(材料は輸入してる。それを、ジュレイテで加工する。そして、輸出して財源を得てる……のかも知れない。でも、それじゃ、効率悪すぎだ。もうからないじゃないか。俺だったらーー)
「ーーユーリはそれにするの?」
リエラの問いかけに、ユーリは我に返った。
「……あ、あぁ」
(やっぱり、買おう)
ふたりはコースターと雪だるまを買い、店をあとにした。
それから、リエラとユーリは本屋や洋服屋、宝石店など色々な店を回った。どの店もデパートみたいなものではなく、こじんまりとしたものだったが、心が温まるようなーーアットホームなところばかりだった。
そして、三時近く。城にも上納しており、街で一番おいしいと評判の菓子屋へ。温めたミルクにたっぷりのバターを入れ、ブランデーで香り付けしたものをふたりは飲んでいた。リエラはほっと一息つき、
「おいしいね」
別の方を見ていたユーリは適当に答える。
「……そうだな」
反応の鈍い彼の視線を、リエラは追う。
(また、考えごとかな?)
ユーリの視線は、店のショーケースへと向けられていた。
(もしかして、ないのか? ……聞いた方が早い)
カップをテーブルへ置き、店主へ近づいていった。何やら、店の主人と話し始めた銀髪の人に、リエラは首を傾げる。
「何かあったのかな?」
しばらくすると、ユーリはかなり気落ちした様子で戻ってきた。椅子にガタッと腰掛け、カップに口を付ける。
「まずいな」
「え……?」
リエラはカップの中をのぞき込んだ。
(おいしいと思うんだけどな……。ユーリは自分と味覚が違うのかな?)
彼は彼女をちらっと見やり、
「…………」
(これは、おいしいだろう。また、ぼけて)
ガブガブと飲みながら、ユーリは考えを巡らす。
(どうする? このまま、元の世界に戻れなかったら)
彼の中に焦燥が広がり、一気に飲み干した。
「……っ」
(城に戻って、他の国を調べないと……。それでも、なかったら? …………)
深刻な面持ちのユーリに、リエラが、
「どうしたの?」
ユーリはぼそっと。
「チョコがない……」
(俺、もう生きていけない……)
それを聞いたリエラは、ショーケースの方へ振り返った。
「チョコレートがないってこと?」
綺麗にデコレーションされた、おいしそうな菓子をひとつひとつ確認。そして、納得の声を上げる。
「あぁ、本当だ」
チョコレート色のものは見つからなかった。ユーリはこの世の終わりみたいな顔で、クッキーをぼそぼそ食べていた。
「…………」
(状況はかなり切実だ。『チョコレート』っていう言葉自体が存在してない。もしかしたら、この世界にはないのかも知れない……)
リエラは顔を戻し、小さい頃のことを思い出した。
(そういえば……祐、おやつがチョコの時、すごい勢いで食べてたよね。小さい頃と変わってないんだね、そういうところ)
懐かしそうに微笑んだ彼女の隣りで、ユーリは恨めしげな瞳を窓の外へ向けた。
(元の世界に帰りたい……)
馬車道は雪かきがされていたが。車輪が時々スリップ。その度に、ユーリの口からは真っ白なため息が漏れた。
「…………」
(時間の無駄。早く、城に帰って暖まりたい)
彼とは対照的に、リエラの真っ白な息は、楽しさで弾んでいた。
「…………♪」
(ふふ〜ん♪ 綺麗だね。雪だるま、作りたいーー)
姫さまらしからぬことをまたしようとしていた、ちょうどその時、彼女の視界に不思議な光景が飛び込んできた。
街から遠く離れたところに、三角にそびえ立つ大きな山が見え、そのてっぺんからは、一筋の光が空へ向かって真っ直ぐ伸びていた。その光は薄紫色で、真っ白な雪に反射し、幻想的な雰囲気をかもし出している。リエラは従者に視線を落とし、
「あれは、何ですか?」
「あちらは……」
従者はそこまで言うと、なぜかユーリをちらっとうかがった。それにつられ、リエラも彼を見て、
「……?」
(ん? ユーリと何か関係するのかな?)
ジュレイテ王子は、ふたりの視線を迷惑顔で受け止めた。
「…………」
(何で、こっち見るんだよ? ふたりして、意味のないことするなよ)
従者はリエラへ顔を戻し、言葉を続けた。
「あちらはですね。輝水山と言いまして、ジュレイテ国の原水が湧き出しているところでございます」
リエラは薄紫の光を見上げながら、
「どうなってるんですか?」
「山頂に穴が開いておりまして、地下から光が空へ向かって差しています。ですので、あのように見えるのでございます」
「そうなんですか」
リエラはうなずいて、
(どうなってるのか見てみたいね。近くに行ってもらーー)
まるで、セレニティス姫の要求を遮るかのように、従者は言葉を続けた。
「前国王が治めていらした時、開発目的で調査をしておりましたが、雪崩が起きまして、今は立ち入り禁止となっております」
その声色は、少し淋しさを帯びていた。ユーリはぴくりと反応し、
「……!」
(開発目的?)
従者の方へずいっと身を乗り出した。
「何の調査だ?」
王子の珍しい態度に、従者は少しだけ目を大きくし、
「……詳しいことはわかりませんが、見たこともないような鉱物があるそうです」
宙をぼんやり見つめたまま、王子はつぶやく。
「鉱物……」
(可能性はあるかも知れないな。だとしたら……)
予測不可能なユーリの行動をよく知っている、従者は不安げに王子を見つめ、
「はい……。まだ世界では発見されていないもののようですが」
(その表情……何やら、嫌な予感がいたします)
相変わらず視点の合わない瞳で、ユーリは、
「発見されていない……」
(いいかも知れないな、それ)
その横顔に、リエラが、
「宝石か何かかな?」
輝水山へ顔を傾け、ユーリは適当に答える。
「どうだろうな……」
(宝石じゃダメだな。別のものじゃないと、意味がない)
従者は王子の瞳の奥をじっとうかがった。
「…………」
(気をつけなければいけないようでございます。ユーリ様は時々、突拍子もない行動を起こされますから)
そう判断した従者は、さりげなく話題転換。
「そろそろ夕食のお時間でございますから、城へお戻りになられた方がよろしいかと存じますが?」
リエラはお腹に手を当て、素直にうなずく。
「はい、お願いします」
ユーリは何の反応もせず、まだ考え続けていた。
「…………」
(どうするかだな……? あれがこうで……書庫の場所……。それが一番合理的だけど……あれみたいだしな。そうなると、問題起きて、面倒だ。……あぁなるけど、そうした方が早いな)
指示語ばかりの思考を展開している、幼なじみを前にして、リエラは嬉しそうに微笑んだ。
(また、何か考えてるんだ。本当に昔から変わらないね)
その後、城へ戻ったふたりは、アイシスたちと今日一日の出来事などを話しながら、夕食を共にし、ジュレイテ城のそれぞれの部屋で眠りについた。




