もうひとつの誕生日
パーティの開始時刻は、どうに過ぎている。だがまだ、四人は控室にいた。どうやら、主役は後で、うやうやしく登場する決まりのようだ。
扉の向こうから、楽団の奏でる優雅なワルツや、招待客の話し声が聞こえ、とてもにぎわっているのがドア一枚隔てていても、よく伝わってくる。
落ち着きということが、己の辞書に存在しないリエラは、扉の隙間から会場をのぞき込んでいた。
(うわ〜、すごいね!)
部屋の向こう側は、はるか彼方というほどの大きな部屋。天井には豪華なシャンデリアがきらめき。その下のフロアーには、ドレスやタキシードを着た大人たちが大勢いた。彼らは音楽が奏でられる度に、入れ替わり、立ち替わりダンスを楽しんでいる。クルクルと回る大人たちの間を、忙しく行き来している給仕係が多数。
リエラはフロアーから手間の高台へと視線を移した。そこには、自分たちがこれから座る、立派な椅子が四つ用意されたいた。フロア全体を見下ろす形で設置され。自分の席を確認した、リエラは首を傾げた。
(どうして、みんなと同じ場所じゃないのかな?)
王族生活に浸ったことのない新米姫の背後から、優しい声がかかった。
「どうしました?」
振り向くと、王子姿のカータがいた。リエラは何をどう聞き間違えたのか、表情をぱっと明るくさせ、
「ケーキが出るんですか!?」
カータは少し微笑み、彼なりの対処をする。
「えぇ、出ると思いますよ」
「そうですか」
王族の座する場所の疑問をすっかり忘れたリエラは、妙に張り切り出し。扉から控室の方へ振り返った。そこには、若草色のドレスを着たアイシスが、パーティそっちのけで、長い銀髪の美青年に舞い上がりっぱなしだった。
(きゃあ♡ こんなラッキーなこと、そうそうないわよ。このまま、元の世界にもどらないといいわね)
姉の嬉しそうな姿を見て、リエラは勘違いする。
(あぁ、お姉ちゃんも、ケーキ楽しみにしてるんだね。あっ!)
そこで、リエラは姉の視線の先を見つめた。
(ユーリもそうかな?)
寒がりの彼は、暖炉のすぐ側で、何だかそわそわしていた。
(どうする? このままじゃーー)
「ねぇ、ユーリもケーキ楽しみにしてるんだね?」
屈託のない、リエラの顔を一瞥し、ユーリはぼそっと。
「何で?」
(お前、またぼけてるだろう)
彼の予想通り、リエラは全然違うことを口にする。
「席がどうして、高いところにあるのか考えてるのかと思って」
ユーリは何も言わず、盛大なため息だけ返した。
「…………」
(やっぱり、ぼけてる。お前、ひとつ前に考えてたことに、戻っただろう)
彼は幼なじみのことを熟知していた。自分のことをよくわかっていないリエラは、きょとんとする。
「え……?」
ユーリは彼女から視線を外し、偉そうに、
「放置してやる、ありがたく思え」
(どうやったら、その思考回路になるんだ。ある意味、お前、天然記念物だな。その天然ボケ。おっ、ちょっとつながった)
何かに気づき、彼は心の中で密かに喜んだ。リエラはユーリの言っている意味を、自分なりにーー超前向きに解釈し、
「ありがとう、教えてくれて」
なぜか、お礼をしてきた幼なじみを放置して、ユーリは自分の心配事を再開。
(どうする? 時間がない。誰かに教わらないと、パーティは台無し……。誰が出来るんだ?)
アイシスの方をちらっと見て、
(あのテンションの高さは、ちょっとな……。よし、こっちだ。)
ユーリは判断を下し、さっき兄さんになったばかりの人に、
「すみません。……えぇっと、兄さん?」
声をかけられたカータは、自分のこととは気づかず。
「…………」
(アイシスさん、ドレスがとても似合っています。素敵です)
ユーリはもう一度、
「あの、兄さん?」
弟の視線に気づき、カータは、
「……あぁ」
ユーリの方へ、くすぐったそうな顔を向けた。
「何だか不思議ですね、兄さんなんて呼ばれるの」
そう言い、本当の兄弟のように優しく聞き返した。
「何でしょう?」
ユーリはその顔を見て、なぜか懐かしさを覚えた。
「…………」
(初めて見た気がしない……。何で、そう思うんだ?)
返事を返してこないユーリを、カータは不思議そうに見つめる。
「どうしました? 何か困り事でも?」
ぼんやり考え事をしたまま、ユーリは用件を口にする。
「ダンス、踊ってもらえませんか?」
その言葉を聞いたリエラとアイシスは、同時に驚いた。
「え……?」
カータは少しだけ驚いた顔をする。
「ユーリはそういう方……だったのですか?」
ユーリは三人の妙な空気を感じ取り、
(また、ぼけてるのか?)
カータは真面目な顔で、戸惑い気味に聞き返した。
「私と……ユーリがですか?」
「え……?」
ユーリは我に返り、兄に言われた通りの光景を想像。ーーキラキラと輝くシャンデリアの下。俺と兄さんが見つめ合って……踊る……!!
背筋がぞぞっと凍りつき、
(な、何で!? 俺と兄さんが……)
そこで、自分の発した言葉を思い返した。
(『ダンス、踊ってもらえませんか?』お、俺……兄さんに、ダンス申し込んでる……)
さっと頬に赤みが差し、ユーリはプルプルと激しく首を横に振った。
「違います! 俺はノーマルです!」
珍しく慌てふためいて、ユーリは補足。
「あ、あの……俺、社交ダンスやったことがなくて、兄さんがアイシスさんと踊るのを見て覚えようかなと思って……」
「そういうことですか」
カータはのんびりうなずき、優しい笑顔で、
「えぇ、構いませんよ。ですが、見るだけでよいのですか?」
聞き返されたユーリは、さっきのこともあり、戸惑う。
「えっと、それは……?」
(俺、またおかしなこと言ったのかな?)
「観るよりも踊りながら覚えた方が、早いのではないかと思いまして」
カータはそう言って、アイシスの方へ優しい眼差しを向けた。
(アイシスさ〜ん、出番です)
状況をすぐに飲み込んだアイシスは、胸の前で手を合わせ、目をキラキラ輝かせた。
「きゃあっ!いいわよ、教えてあげる♡」
彼女の言動を前にして、ユーリは少しぼんやり。
「…………」
(何だか、このテンションの高さは、どっかで感じたことが……)
反応のない義弟を見て、カータは自分に遠慮質得るものだと勘違いし、
「私のことは気にしないでください」
我に返って、ユーリは意見しようと、
「いえ俺、遠慮するタイプじゃーー」
弟の言葉の途中で、カータはアイシスの手を取り、
「では、アイシスさん。お願いしますね」
突っ込みきれない状況に、ユーリはため息をついた。
「…………」
(三人は無理だ……。もっと、突っ込みの修業しとくんだった)
突っ込みの修行などという、よくわからないことで後悔しているユーリの手を、アイシスはさっとつかみ、
「じゃあ、いくわよ」
「……はい、お願いします」
しおらしく手を出したユーリに、アイシスはますますテンションが上がった。
(きゃあっ、可愛いわね♡)
扉の向こうから流れてくるワルツに合わせ、さっそくレッスン開始。最初はステップの踏み方が思うようにいかず、アイシスの足を踏んだり、倒れそうになっていたが。さすがバンドをやっているだけあって、ほんの数回繰り返しただけで、ユーリは覚えてしまった。
曲が終わり、ユーリとアイシスはすっと止まる。アイシスは目をキラキラさせつつ、
「今の感じで大丈夫よ、さすがだわね」
ユーリは珍しく微笑み、素直に頭を下げた。
「ありがとうございます」
彼がほっと胸をなで下ろすと同時に、落ち着きのない声が響いた。
「あぁっ!! 自分も踊れないよ! ど、どうしよう!?」
急に慌て出したリエラに、ユーリはあきれる。
「お前はいいんだ」
(本当にこいつ、昔から変わらないな。先走りすぎ、大騒ぎしすぎ)
「えぇっっっ!?」
(ハンコがないと踊れない!?)
また、聞き間違えている幼なじみを知りながら、ユーリは視線をそらした。
「…………」
(面倒くさい。俺は、誠矢と違って、いちいち突っ込まないからな)
自らをパニックに陥れているリエラの肩に、カータの手が優しく置かれた。
「落ち着いてください。リエラちゃんはお踊りませんから」
彼女はさらに聞き間違えて、固まった。
「え……?」
(ダンスじゃなくて、モチつきをする?)
カータはリエラの心の内に気づかず、なぜ彼女が踊らないのかの理由を告げる。
「今日、初めて陸に上がったんです。歩くことも初めてなのに、踊れるはずがないじゃないですか?」
リエラを安心させるように微笑んだ兄とは対照的に、不機嫌なユーリが、
「誘うなって、言われたんだ」
弟の隣りで、カータはにっこり相づち。
「そういうことです。ですから、安心してください」
彼女はよく理解出来ないまま、とりあえずうなずいた。
「あぁ……はい」
(おモチも出るなんて、面白いんだね)
にっこり微笑んだリエラを見て、ユーリはあきれた顔をした。
「…………」
(お前、全然わかってないだろう。昔から、そうだった。言った言葉、次々に別の方向に投げて。いちいち突っ込むと、余計面倒なことになるんだ。だから、放置しとくのが一番合理的なんだ)
彼は幼なじみの扱いに、とても慣れていた。一段落した四人へ、従者の声が。
「お時間でございます、中へどうぞ」
それとほぼ同時に、扉の向こうで、自分たちの名が呼ばれるのを聞いた。高らかにファンファーレが鳴り、重厚な扉がゆっくりと開く。目がくらむほどの明かりが差し込み、ざわめきが起こる。招待客たちは盛大に拍手をしながら、リエラたちが席へ移動する間、彼らに注目していた。
人々を見下ろす形で、四人はそれぞれの席の前に立った。すると、何かを待つように、会場中が急に静まり返った。
(あれ、どうしたんだろう?)
リエラは不思議に思い、招待客たちを見渡すと。全ての人がこちらへ視線を集中。彼女は目をぱちぱちさせつつ、
「…………?」
(え、えっと……。何かな? 何か待ってるみたいだけど……)
隣りから、不機嫌なささやき声が。
「何か、早く言え。先に進まないだろう」
すっかり王子様になっているユーリに、リエラは小声で聞き返し、
「えっ?」
ユーリは当然のことを口にする。
「お礼ぐらい言え」
リエラははっとして、
「あっ、そうか」
そして、彼女は大きな声で、言い慣れない言葉を言い始めた。
「こっ、今夜はお集まりいただき、あ、ありがとうございます。……どうか、最後までお楽しみください」
セレニティス姫はそう言って、丁寧にお辞儀した。
(ちゃんと言えたよ、よかった)
ほっとしたのも束の間、招待客たちは一斉に困惑顔に変わった。
「…………」
(あ、あのぅ……私たちは、一体どうすればよろしいのでしょうか?)
異変に気づいたリエラは、激しく瞬き。
「……?」
(あれ、何か変なこと言ったかな? お礼じゃなかった? 今の言葉)
ユーリは彼女にだけ聞こえる、盛大なため息をつき、
「…………」
(それじゃ、みんなが困るんだ)
さりげなく楽器隊の方へ目配せをした。それに応え、音楽が奏でられ始める。招待客たちは慌てて拍手をし、また踊り始めた。
リエラは首を傾げながら、椅子に腰掛ける。
(言葉が違うのかな? あれ、でもさっき、自分が呼ばれのわかったよね? じゃあ、何だろう?)
そこで、ユーリの文句が。
「今のおかしいだろう」
リエラは彼の方へ顔を向けた。
「え?」
ユーリは真っ直ぐ前を見つめたまま、
「姫なんだ」
(その格好、よく見ろよ)
リエラは視線を落とし、自分のドレスを手で触る。
「姫……?」
堂々とした態度で足を組んだユーリは、何を間違っていたのか指摘。
「丁寧語は、おかしいだろう」
「えっと……じゃあ、謙譲語?」
反対の言葉を告げたリエラに、ユーリは冷たく、
「違う、逆」
(俺たちがへりくだって、どうするんだ、王族なのに。立場があるんだから、それに合った言葉遣いをするのが当然だろう)
リエラは器用なことに、
「ごうじょんけ……?」
逆さ読みした。いつまでも話が通じない姫に、王子はぼとっと最後通告。
「お前、もう放置」
側でふたりのやりとりを見守っていたカータが、
「まぁ、いいじゃありませんか。最初から、上手には出来ないものです」
ユーリは兄をちらっと見やり、ため息をつく。
「…………」
(上手とかの問題じゃないです。次元が違いすぎます)
懐かしそうな瞳で、ふと、アイシスが言う。
「仲良いのね、ふたりとも」
リエラは姉に不思議そうな顔を向けた。
「えっ?」
(仲が良いのは、お姉ちゃんとカータさんじゃ……?)
アイシスは妹の瞳を優しく見つめ返し、
「息が合ってるわよ」
(どうしてだかわからないけど、そう強く思うの)
「そ、そうなのかな?」
リエラはユーリの方をうかがってみたが、彼は知らない振りをした。
(全然、合ってない。お前と一緒にされたくない)
───パーティはその後、滞りなく進み。
次々に運ばれてくる、たくさんの料理を、リエラは遠慮なくパクパク食べていた。その中にはイチゴのショートケーキもあった。まるで、彼女の好みを知っているかのように。
(おいしいね。ふふ〜ん♪)
彼女の耳にふと、招待客のこんな言葉が届いた。
「やはり、ユーリ様は素敵ですわね」
「ダンスに誘っていただけないのが、残念ですわ」
そちらへ顔を向けると、気品漂う女性たちがユーリをうかがいながら、ひそひそ話しているのが姿が。隣りでぼうっと座っている人に、リエラは笑顔を向ける。
「ユーリ、この世界でも人気者なんだね」
彼は態度デカデカで、言い放った。
「当たり前だろう」
(お前の言ってる意味、わかんない。王族は国の象徴なんだから、当然だろう)
不思議なくらい、王子様慣れしているユーリに、リエラは首を傾げた。
(ん? 前にもこんなことあった? え……でも、いつ、どこで?)
リエラがぼんやりしていると、ユーリたちのダンスの時間がやって来た。初めに、カータとアイシスが踊る。地質学者として、海外へ行くことが多いカータは、このようなパーティに招待されることもよくあり、とても様になっていた。
ダンスを楽しんでいる、ふたりを見つめながら、リエラは微笑む。
(やっぱり、お姉ちゃんとカータさんは素敵だなぁ。同じ空気にいつも包まれてて。
お姉ちゃんたち見てると、自分まで幸せな気持ちになるね)
彼女はそこで、急に切なさを感じた。
(どうして……だろう?)
目の前に存在する全てを、突然失ってしまうような、そんな不安が、リエラの胸にどんどん広がったゆく。まるで、この先の未来を予感させるかのように。
(何で……ーー)
「あのふたり、すごく仲が良いんだな」
隣りから聞こえてきた声に、
「え……?」
リエラは現実に引き戻された。
「こんなふうに、みんな、なれたらいいのにな」
ほとんど独り言のようにつぶやく、ユーリの珍しく幸せそうな瞳を見て。リエラはなぜか、涙がこぼれそうになった。
「…………」
(……前にも、見たような気がする)
『その瞳を側で見るのが……だった』
自分の内側に、別の声が聞こえてような気がして。リエラはユーリを見つめたままぼんやりしていた。彼女の視線に気づいたユーリは、視線だけくれる。
「何だよ?」
その言葉で、リエラは我に返り、
「あ、あぁ……」
アイシスたちの踊るフロアーへと視線を落とした。
「最初から息が合ってたような感じだったよ、お姉ちゃんたち。卒業したら、結婚するんだ」
「だろうな」
アイシスたちーー幸せそうな人を再び見つめた、ユーリの横顔に、
「素直なんだね」
リエラは正直に言ったつもりだったが、それを聞いたユーリは、心外だといわんばかりに、
「俺はいつでも素直なんだ」
ちょうどそこで、音楽が鳴り止んだ。カータとユーリが交代し、アイシスと踊り始める。堂々とした態度で踊り始めた、ユーリ王子に、会場中の女性はうっとり。
「やはり……素敵ですわね、ユーリ様は」
中央で踊るユーリとアイシス。アイシス人を幸せそうに見つめているカータ。その三人を交互に見ながら、リエラは首を傾げていた。
(どうして、みんな一緒なんだろう?)
何の脈略もない関係性に、さすがのボケ少女も戸惑いを隠せなかった。
あっという間にパーティはお開きとなり、ジュレイテの夜は更けていった。




