おかしな夢?
盛大なファンファーレが鳴った。今日の主役ーーリエラの登場に、タキシードやドレスを着た大人たちが、笑顔で彼女を出迎える。ユーリは第二王子のため、カータとその妻ーーアイシスの後ろに控えていた。そこは、天井部分がドーム型で、ぐるーっと丸い空間。中央は海とつながっているらしいのだが、どうにも見えない。
ユーリはしばらく傍観することにした。
カータとアイシスが前へ進みでる。王子が優しい笑顔を向けつつ、
「お誕生日、おめでとうございます。ようこそーー」
そこで、言葉が途切れ、カータはまじまじとリエラを見つめた。
「あれ……?」
リエラとカータが見つめあっていると、アイシスが、
「誕生日おめでとう、今日は楽しんでーー」
彼女の言葉も途切れた。そして、よそよそしい態度から、一気に親しみのこもった言い方になる。
「あら……亮じゃない」
リエラはカータからアイシスへ顔を移した。
「え……? お姉ちゃん!?」
飛び上がったリエラを見つめ、カータはのんびりと、
「おや? 髪と目の色は違いますが、亮ちゃんじゃないですか」
「櫻井さんっ!?」
セレニティス姫さまが叫んだところで、従者たちは全員頭を抱えた。
(皆さま、お名前を間違われています!)
周りにいた人々がざわつき始めて、ユーリはおかしいと思い、一歩前へ出た。
「何かあったんですか?」
三人が一斉に振り向くと、そこには、ひざまでの長い銀髪と、スミレ色の瞳をしたユーリが立っていた。どこからどう見ても、疑いようのない美少年を見て、アイシスは引っ掛かりを覚える。
「あら? あなた……どこかで見たことあるわね」
ユーリはギクリとした、ファンに見つかったと思って。
「っ!!」
「あぁっ!!」
アイシスは大声を上げ、銀髪美青年を指さした。
「あなた、ロック界の王子様、『白石 祐』じゃないの!? きゃあああっっ〜♡」
一気にテンションが上がったアイシスに、部下は頭を抱える。
(アイシス様、またお名前をお間違えてございます)
ユーリは不機嫌な顔になり、ぼそっと。
「……やっぱり、仕事のし過ぎだ」
(何で、夢の中まで……。俺、もうダメだ。本当に、仕事休まないと……)
盛大にため息をついた、ロック界の王子様には構わず、アイシスはキャピキャピ声で、
「きゃあっ! 祐君までいるなんて、なんて素敵なのかしら♡」
彼の服を指さし、
「その服、とっても似合ってるわよ。やっぱり王子様だわね♡」
姉の発した名に、リエラはびっくり。
「祐っ!?」
銀髪少年は射殺すような視線を送りつけ、
(誰だよ? 俺を呼び捨てにするのは)
彼女のブルーの瞳から、顔全体を見て、
(ん? この顔、どっかで見たことある。このとぼけた顔は……)
「亮……か」
ため息まじりに王子が発した名に、まわりにいた従者たちはがっくりと肩を落とした。全員、違う名前で呼びあっているのを前にして。
(ユーリ様だけが、頼りでしたのに……)
みんなの期待をなぎ倒したことに気づいていないユーリは、いつもと違う幼なじみの姿に気づき、
(人……魚……? ……人魚)
あることを思い出し、合点がいった。
(あぁ……。だから、あの宝石商、陸のものがいいって言ったんだな)
リエラにピントを合わせ、
(ん? ちょっと待て、人魚って……いや、夢ならありか)
ユーリはそこで、急におかしくなって、珍しく笑った。
「お前、その格好すごいな」
(夢の中までぼけてる、こいつ。ぷぷぷっ)
「え……?」
(カッコウ? 鳥がいるの?)
リエラはドームの天井をきょろきょろし始めた。彼女の胸元に視線がいき、ユーリはすっと真顔に戻った。そして、心の中で自問自答。
(俺、何でこいつのこんな格好、夢に見てるんだろう? 欲求不満……!?)
自分の出した結論にびっくりし、
「っ!」
(違っ! ない……それはない、あるわけない)
ユーリが慌てて否定していると、従者の戸惑い気味な声が。
「あ、あのぅ……。先ほどから、おっしゃってることが、よくわからないのですが……」
はたと気づき、四人がまわりに目を向けると。そこには、複雑な表情を浮かべた、四、五十名の部下たちが。王子なのに、カータが遠慮気味に、
「すみません。ちょっと、待っていただけますか?」
内緒話をするため、他の三人を手招きで、近くへ呼び寄せた。円陣を組むような形になり、
「ユーリ君は、有名人なのですか?」
この状況下で、カータはものすご〜くズレた質問をした。しかし、もちろん、このメンバーで突っ込む人物などいるわけもなく、そのまま会話は進む。
「ユーリ君?」
リエラとアイシスが顔を見合わせ、カータは銀髪少年を指さした。
「彼がユーリ君です」
「きゃあっ! 素敵ね♡」
胸の前で手を組み、体を左右に嬉しそうに揺らしているアイシスを、ユーリは一瞥し、
「…………」
(何だどう素敵なんだか……)
「祐、ユーリって名前なの?」
リエラの問いかけを聞き、彼はそっちへ視線をくれた。
「あぁ、そうだよ。目が覚めたら、そう呼ばれてた」
完全に忘れ去られてしまったカータが、控えめに。
「私の質問の答えが、まだなのですが……」
(どちらへ、いってしまったのでしょうか?)
アイシスは目をハートマークにしたまま、大興奮で、
「彼はね、今や飛ぶ鳥も落とす勢いの人気ロックバンド、Whitenessのボーカリスト、白石 祐なのよ。この春に出したシングルWhite Goleが大ヒットしてね。それから出す度に、CDランキング、一位を必ず獲得するの。すごくいい声してるのよ。もう、しびれちゃって、メロメロなの♡ CD、全部持ってるわ」
「それは知りませんでした」
カータはのんきに感心し、ユーリに向かって、
「すごいのですね、ユーリ君は。今度、聴かなくてはいけませんね」
にこやかな笑顔を向けられたユーリの耳に、リエラのもっとのんきな声が。
「祐、本当に王子様になったんだね」
ユーリは珍しく突っ込んだ。
「待て、これ、夢だろう」
カータがすうっと真顔になった。
「いえ、夢ではないようです」
ユーリはカータのあまりの変わりぶりに、
「それは、どういう……」
ぼけですか? 思わず、そう聞きそうになった。
「先ほどさん人で話していたのですが、それぞれが夢を見ていると思っているのは、おかしくありませんか?」
カータの問いかけに、ユーリは珍しく驚き、少しぎこちなくなった。
「みんな……そう思っている……ということ…ですか?」
「えぇ、そうなんです。これは、夢と少し違うのではないかと思います」
ユーリはカータから視線をそらし、リエラとアイシスをうかがい見た。ふたりともさっきとは違い、真剣な顔。そして、ユーリはボケボケの幼なじみを特によく観察。
ぼけてる……感じはしないな。ということは……現実。夢じゃないなら……)
ぼんやりしている彼の瞳が、にわかに色づき、
「……!?」
(ダンス、どうするんだ!?)
ユーリの最大の心配ごとは、それだった。
四人の会話が途切れたのを逃さず、部下の一人がすぐさま、
「あ、あの……」
(CDとは何でございましょうか?)
「はい?」
カータは振り返り、自分たちの置かれている状況を思い出した。
(そうでした、忘れてました。ユーリ君の意外な一面に、すっかり引き込まれていました)
そして、王子なのに、カータはまた遠慮気味に、とっさに嘘をつく。
「すみません。お会いできたのが、とても嬉しかったものですから、つい……」
そこまで言って、リエラたちの方へ顔を戻した。
「どうやら、ここは私たちの知っている世界とは違うようです。名前も職業も何もかも……」
アイシスはあごに人差し指を当て、首を傾げる。
「どうしたら、いいのかしら?」
カータは愛する人の視線を受け、
「とにかく、他の方たちは元々この世界にいたようですから……。そうですね…?」
とりあえずの、解決策を提示。
「……多勢に無勢。まわりに合わせるしかありませんね。郷に入ったら、郷に従えです」
「自己紹介した方がいいんじゃないですか?」
(俺、みんなの名前、知らない)
人を引きつけるような声が響き、三人がそちらを見ると、ユーリがしっかりした瞳をしていた。カータとアイシスが同時にうなずき、
「あぁ、そうですね」
「あぁ、そうね」
リエラは首を傾げた。
「え……? どっちの?」
こんがらがっている姫を置いて、話は進んでいく。全員を見渡しつつ、カータがのんびりと、
「では、どなたからにしましょうか?」
それを聞いたユーリは、心を決めた。
(俺が仕切った方が早い。このままじゃ、時間の無駄)
そして、最低限の言葉を口にする。
「年功序列で」
カータはにっこり微笑み、
「私からですね?」
コホンと咳払いひとつ。そして、さっそく、
「えー、私は、櫻井ーー」
リエラと同じ間違いをする人がここにいた。アイシスが慌てて止める。
「正貴さん、違うわよ、ここでの名前」
ふたりのやり取りに、ユーリはあきれ顔。
「…………」
(ふたりとも間違っています。カータさんです)
さほど驚きもせず、カータはのんびりと。
「あぁ、そうですよね」
ユーリは心の中で、盛大にため息をついた。
(ダメだ、この三人は……)
カーラは姿勢を改め、
「私の名前は、カータ ソフィアンスキー。この国の王子で、ユーリ君の兄です」
言い終えた彼は優しい眼差しを、次の人へ送る。
「私は、アイシス ソフィアンスキー。カータさんの妻で……」
そこで、リエラの方をちらっとうかがい、妹がささやき声で、
「リエラ!」
「リ、リエラの姉でもあります」
次は、誕生日の早いーー四月十四日生まれのユーリが。
「俺……じゃなくて、僕はユーリ ソフィアンスキー。この国の王子で、カータさんの弟です」
(何で、俺、僕って言ってるんだろう?)
彼が微妙な顔をすると同時に、最後のリエラが自己紹介を始めた。
「私は、リエラ カリアント。アイシスお姉ちゃんの妹です」
こうして、全員が言い終えると、四人は妙な違和感に包まれた。お互い、恋人や姉妹、幼なじみという関係なのに、自己紹介をしているーーという、何とも奇病な光景。
しかし、彼ら以上に奇妙な光景を目にしている人々がいた。それは、まわりにいた部下たちである。無言のまま、自分たちの仕える人たちの背中を見つめ、
「…………」
(なぜ、皆様、自己紹介されているのでしょうか? 記憶喪失でございましょうか?)
「ユーリ君、これでよろしいですね?」
カータが振り向こうとすると、ユーリの引き止める声が。
「ちょっと、待ってください。カータさんは、俺のことユーリって呼ばないと変じゃないですか?」
カータは振り返るの止め、妙に納得。
「確かにそうですね。では、私は君のことをユーリと呼びましょう。ということは、ユーリも私のことをカータと呼び捨てか、兄さんをつけないと少し変ですよね?」
新たな問題を提示されて、アイシスはため息をついた。
「何だか、ややこしくなってきたわね」
「う……うん」
リエラが戸惑い気味に返事をすると、カータが、
「それでは、その辺りはまわりの反応を見て、臨機応変にいきましょう」
その言葉に他の三人はしっかりうなずき、円陣は解散。その間、ずっと待っていた部下たちは、ユーリたちが振り返った後も、しばらく黙ったままだった。ジュレイテ国の冷たい風が、四、五十名いる部下たちの間を、ヒュ〜っと吹き抜けてゆく。
「…………」
「…………」
「…………」
物音ひとつしない空間が数分続き。
そして、突然。アイシスのきゃぴきゃぴ声が響いた。
「ま、待ってたわよ、リエラ。さぁ、髪飾りをつけて」
「う……うん」
姉に言われた通り、髪飾りを挿すと。全身がキラキラと輝き始め、眩しい光に包まれたかと思うと、それは消え、リエラの尾ひれは、ハイヒールを履いた2本の足になっていた。ふんわりとしたパステルピンクのドレスに、頭には光り輝く銀のティアラ。まるで魔法みたいな出来事に、リエラが目を瞬かせていると、驚くことなく、カータはリエラーー一瞬にしてドレスアップした、姫に手を差し、
「さぁ、お手を」
「……あぁ……はい」
リエラ姫はすっと立ち上がった。慣れないヒールで少しふらつくが、カータに支えられ、すぐに落ち着いた。挨拶が無事行われたのを見届けた従者が告げる。
「それでは、ご案内いたします」
こうして、この世界の住人となった、リエラたち四人は案内されるまま、ジュレイテ城内を歩き出した。




