二人の約束
突然鳴ったインターホン。
それに応じたのは、冴木主任だった。
「笹岡くーん!」
インターホンに応じ、外に出たはずの冴木主任がやたら上機嫌で戻ってきた。
「元輝くんを、こっちに連れてきてくれる?」
元輝?
ご機嫌の冴木主任に言われるまま、俺は、元輝を連れて行った。
そこは、NICUへの入室を禁じられている、未就学児などとガラス越しに面会できるスペースだった。
そして、ガラスの向こうに荘太がいた。
「ありがとうございます」
「いいのよ!気にしないで!」
冴木主任の上機嫌の原因は猫かぶりモードの荘太に違いない。
『笹岡、適当にあやしたりなんかしながら時間を稼げ』
なんか、すげえ無茶ぶり来た!
『元輝、聞こえるか?』
元輝はうっすら目を開けた。
『誰?』
『俺は、中山荘太だ』
『も、もしかして、あの、荘ちゃん?』
元輝が目を丸くした。
元輝がパパの次に尊敬すると豪語した荘太が目の前にいるのだ。
「元輝くんに、ビデオレターを預かってきたんだ!」
荘太があどけない口調で言うと、画面を持ってきて、再生する準備を始めた。
『なあ、元輝』
荘太に話しかけられて、元輝は目を開けた。
『俺が、憧れたヒーローの話、聞いてくれるか?』
『うん』
『俺が、このNICUに入院していた時の話だ』
荘太はテキパキと、ビデオを準備しながら元輝に話しかけている。
『その子のお母さんのおなかの中には悪い奴がいた』
元輝が目を丸くした。きっと、自分の母親のことを思い出したのだろう。
『子供は、生まれてくるには、まだ早すぎたけど、このままじゃ、親子ともども死んでしまうと先生たちが言っていたんだ』
俺にもなぜか、そんなことがあったような覚えがあった。
『そして、ある日、真実を知った子供は、お腹の中からお母さんに話しかけたんだ』
何だか、それを聞いた覚えがある気がする。
『悪い奴には敵わなかったけど、ママを守るヒーローになりたいって、子供はそう言った』
『パパみたいに悪い奴らと戦えなかったけど、僕は、ママのために命を懸けるヒーローになりたいです』
その『声』を間近で聞いた覚えがあった。
『その、ヒーローは、どうなったの?』
『お星さまになったよ。そのあと、先生たちが頑張って治療して、その子のママは、元気になった』
そして、荘太は言った。
『その子が命を懸けて守ったのは、元輝のママの命だよ』
『僕は……』
元輝はうつむいた。
『僕は、ママを助けるために、命を懸けてない……。僕が、もっと頑張ってたら……』
『それは違う』
『でも……』
『そのヒーローの名前は、穂積元輝だよ』
『え?僕は生きてるよ?』
『ヒーローは、命が尽きる前にこう言ったんだ』
『生まれ変わって、また、ママの子供になるって』
その想いは、両親に伝わった。
だから、元輝に、ヒーローとまったく同じ名前を付けたのか。
『だから、元輝は、生まれる前からヒーローなんだよ』
『そんなことない、だって、僕は、ママを死なせてしまったんだ』
それでも、元輝の心は沈みこんだままだった。
『それともう一つ、これは、翠先生からの伝言だ』
『翠先生から?』
『最初に、元輝のママのおなかの中に悪い奴らが見つかった時、もう、助かる道はない思われていたそうだ』
荘太は、準備をしながら『話』を続けている。
『だけど、生きて、元輝を産むことができた』
元輝も、荘太の『話』を真剣に聞いている。
『元輝が、頑張って戦ったから、元輝のママは、元輝を産むまで生き続けることができた』
『それでも、僕は、あいつらを全滅させられなかった。だから、ママは……』
『元輝のママは、今度は、みんなを守るヒーローになってほしいって、言っていたそうだ』
『でも……』
『ヒーローが、めそめそするな!』
あれ?このセリフ、どこかで聞いたことがあるような……。
「準備できたよ!」
猫かぶりモードの荘太が言って、画面の電源を付けた。
そこに映し出された人物を見て、元輝が目を丸くした。
『悠希……』
画面の中には、あの頃より少し成長した悠希がいた。
「中山さん、ご寄付いただき、ありがとうございました!おかげさまで、悠希も、無事手術が終わりました!」
画面の向こうで悠希のお母さんが言った。
「元輝くんのお父さんにも送りたかったけど、住所とか何も聞いてなくて……」
その時、元輝、という言葉に悠希がピクリと反応した。
そして、まっすぐに画面を見つめた。
だが、『声』は、ビデオには映らない。
悠希が、どれだけ、元輝に『言葉』を話しかけても、元輝には伝わらないのだ。
母親が、手術の時のこととか、悠希が頑張ったこととか、いろいろなことを話しているさなか、悠希は、ずっと、画面を見つめていた。
元輝も、悠希の目をずっと見つめ続けている。
やがて、母親が一通り話し終えると、「じゃあ、悠希ちゃん、バイバイしようか?」と言った。
ところが、悠希は、こぶしを作って手を挙げた。
「え?この前、バイバイ上手にできてたじゃない?」
母親が慌てた様子で、悠希が振り上げたこぶしを無理やり振っていた。
『そうだ!』
そう言われて元輝を振り返ると、元輝もこぶしを振り上げていた。
『僕は、悠希と約束したんだ!』
画面が暗転してもなお、元輝は、悠希が写っていた場所を見つめていた。
『チックンや、アメリカや、アクニンから悠希を守るって、約束したんだ!』
元輝がもう一度こぶしを振り上げた。
『僕は、こんなところでへこたれている場合じゃない!もっと、もっと強くなって、悠希をアメリカから助け出すんだ!』
悠希は、アメリカに行ったから助かったんだけどな。
『何か力がみなぎってきた!やるぞ!』
まさか、ここで、決め台詞やるのか?
『元気ー!』
勢いよく決め台詞を始めたはいいものの、ベビーたちはみんなお昼寝中だし、今、元輝がいる場所はほかのベビーたちがいる場所とは離れている。
『おい!結城!』
『んあ?あー、自分大好きー!』
『左右田ー!』
『アチョー!』
『ちがーう!!!!!!』
終
やっと終わった!
読んでくださった皆様、ありがとうございました!