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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
無の領域
119/192

砂の遺跡で①

「おはようございますぅ」

「いや、夜だけど」

 冷房の利いた部屋で半日以上休んだおかげでハンナはすっかり元気を取り戻したようだ。そこまで彼女の体力を回復させたのは魔術でも体を休ませたわけでもなく自分の知らない魔術が隠されているかもしれないこの地の探索がしたいという興味がハンナの体力を回復させた要因なのだろう。

 隣のキュリーさんは若干眠たそうにあくびをこらえるような表情を見せる。

 時刻からしてあたりには人影は少なく空を照らす月明かりが砂漠の町を照らす。

 吹き付ける砂漠の風は肌を震わせる。

「意外と寒いな」

「夜の砂漠は冷えますからねぇ。風引かないようにして欲しいですぅ」

 さすが自分で夜行性と言っているだけあって夜になると人一倍元気だ。

「さて、キュリーさんは結社が新たに発見したという遺跡はどこですぅ?案内して欲しいですぅ」

「こっちよ」

 半分目が開いていないがキュリーの後を元気な足取りのハンナと共に着いていく。

 街頭が少ないエジプトの町は俺の住む世界となんらイメージは変わらない。砂の街の夜の街頭の下では怪しげな商人が絨毯の上に金属の装飾品を並べている。大きな通りから外れて裏路地では怪しげな煙を炊いた男たちが、シャッターの閉まった店の前ではテーブルに水晶を置いた顔を薄いレースのような布で覆った占い師などと目を合わせないように素通りする。妙な緊張感を感じつつも街を出て昼間とは装いを変えた砂漠を歩く。

 街と砂漠の境目から少し砂漠側に入ったところに崩れたレンガつくりの建物の残骸が見ることができた。ほかにも朽ちた建物がちらちらと見ることができた。昼間は目の前の町を目指すことばかりを考えてみてみることのできなかった光景だ。砂漠が街を飲み込もうとしている。

「教太?どうしたんですぅ?」

 と足を止めたハンナが振り返る。

「いや・・・・・どうして砂漠化が進むのかなって思ってさ」

 俺の世界では温暖化が原因だと認知している。車や工場といった石油を燃やすことで出た温室効果ガスが地球を温暖化させて雨が降らないことのあたりの地域では干ばつが進み砂漠化が進行している。

 だが、この世界はどうだ?

 機械に似た概念はある。だが、その動力は魔力であり砂漠化を進行させる温室効果ガスとか出すものではない。それでも砂漠は町を飲み込もうとしている。それに違和感を覚える。

「原因はいろいろあるはずですぅ。まぁ、大方建物を建てるためとか、農業するためとかで木を伐採しているせいですぅ。このあたりには昔森があったらしいですぅ。面影はまったくないんですけどぉ」

 と興味なさそうに告げるとキュリーさんの後を追う。

 どの世界に行っても人間がやることが自然を壊している。この広大な砂漠がそのことを教えてくれる。なんとなくだが、この地を訪れたシンも同じことを思った気がする。人間の力は小さくて弱いが、魔術というものがその小さいはずの力を強力に強靭にした。森の木を伐採するのにも魔術の力を使ったはずだ。

 人間は愚かだと思ってしまう。

「教太!」

 キュリーさんに呼ばれて止まっていた足を動かす。

 砂漠を歩くこと数十分。その遺跡は突如姿を現した。まるでここまで本来なら町があったかのように砂に埋もれた石レンガの建物のようなものが広がっていた。砂が掘り起こした建物のほうに入らないように見えない壁が砂をせき止めている。

「結界ですぅ。砂が入らないようにかなり広範囲に展開していますぅ。ついでに防犯もかねているみたいですぅ」

 と近くの岩陰に身を潜める。

 遺跡は四角形に1キロほど区切られていて一箇所だけ見えない壁のない部分があってそこが入り口のようだ。そこそこ広い遺跡の敷地の中には倒壊した像のようなものや柱のようなものもある。そして、区切られた敷地の中では転々と移動する明かりも見える。

「見張りがいるわね」

「同じイギリス魔術結社の人なら堂々と入ればいいじゃないですかぁ」

「ここの調査に来ている結社の人間がちょっと厄介なのよ」

「・・・・・キュリーさんって意外と人間関係を築くの苦手?」

「ば!・・・・・そんなわけないじゃない」

 と言い張るが。

「それは苦手な人が言い張る発言ですぅ」

「だから!苦手じゃない!」

 いや、絶対に苦手でしょ。図星だったことが俺でも分かるぞ。

「こ、今回の奴は・・・・・そう、苦手なのよ」

 結局、いい言葉が見つからずにただ同じことを二度言っただけだ。

「キュリーさんにもっと人望があれば今回の遺跡調査も捗るんですが・・・・・」

「なんせ人望がないから逆に親しいと怪しまれるな」

「そうなると教太がここにいることがしられる可能性がありますぅ」

「俺がいるのがばれると厄介だよな。キュリーさんが呼んだせいでイギリス魔術結社の人員が今はこの町に多いから狙われたときは対応が」

「なんか全部私が悪いみたいな言い方なんだけど?」

 だって、そうじゃん。

「なら、どうやって監視にばれないように中に入るんだ?」

 周りは砂地で身を隠せるようなところはほとんどない。透明化の魔術を使っても足音や足跡までは消すことはできない。近づけば監視にばれてしまう。

「・・・・・私に方法があるわ」

「人望がないのに?」

 ガンといつの間にか取り出した剣の柄で頭を殴られる。

「何するんだよ!」

「それ以上私の人望がないことを言うなら今度は刃のほうで殴るわよ」

 鋭い瞳が月明かりに反射する刃の光とかぶって怖くて声が出なくなる。

「す、すみません」

 とりあえず謝るが、今の発言で自分に人望がないことを認めている気がするんだけど・・・・追求はやめよう。

「それで方法ってなんですぅ?」

「私って気配を消すことができるのよ」

 と自信満々に告げる。

「え?魔術を使って?」

「そんなもの使わないわ。でも、それには条件があるのよ」

 キュリーさんは魔術師だ。今まで発動のエフェクトである青白い光を発する陣を見てきていないが使っている力はすべて魔術だ。握る細い剣も氷属性の魔武だし、攻撃を跳ね返す結界系の反鏡魔術や透明化の魔術といった俺の知るような魔術を使うから魔術師であることには間違いない。だが、どうやって発動しているのか魔女であるハンナもそれが分からず、興味を惹かれている。

「条件ってなんですぅ?」

「簡単よ。あなたがまっすぐ遺跡の入り口に向かって堂々と歩けばいいのよ」

「え?」

 さすがのハンナも固まる。

「いや、監視のばれるのがまずいからどうすれば見つからずにって話じゃなかったっけ?」

「変に顔の知られている私が行くのがまずいのであってハンナの顔が割れても対して影響ないじゃない。魔女としての知名度は美嶋秋奈と比べたら圧倒的にないし、そもそも名前を知っていても表の舞台に出てこないあなたの顔をどれだけの魔術師と教術師が知っているの?」

 キュリーさんの言うことに何も反論することなく淡々と聞くハンナは文句言わずに腰を上げる。

「私は何も考えずに入り口に向かっていけばいいんですぅ?」

「できることならなるべくふらふらとした足取りがいいわね。砂漠で迷ってたまたま行き着いた感じのほうが怪しまれないわ」

 こんな砂漠の真ん中にある遺跡だからそういう漂流者がやってきても不思議じゃないかもしれない。

「分かりましたぁ」

「俺はどうすればいい?」

「邪魔だからここにいなさい」

「・・・・・はい」

 おとなしく岩陰に隠れてふたりの様子を眺めています。

「じゃあ、お願いね」

「行ってきますぅ」

 と敬礼するとふらふらとした足取りで遺跡のほうへ向かっていく。その足取りは今にも倒れそうな名演技だ。興味のないこと以外に対してあくびをしてやる気のなさそうな対応だけど、興味の惹く魔術に関することだとやることなんでも気合が入りすぎだと思う。

 ふらふらと遺跡に近づくハンナに入り口の見張りをしているターバンのようなものを頭にかぶった男が不審な眼差しを送って近くの仲間を呼んだ。

「おいおい、ハンナは本当に大丈夫なのか?」

 と隣にいるキュリーさんに聞くが。

「あれ?キュリーさん?」

 気付けばそこにキュリーさんの姿はなかった。

 どこに行った?まさか、本当に気配を消した?でも、砂漠の上に足跡はある。

岩の陰から遺跡側に俺の姿が見られないように十分警戒して足跡を追うとキュリーさんは堂々と砂漠のど真ん中を遺跡へ向けて歩いていた。

 いやいや、ばればれだから!気配消すどころか姿が丸見えだぞ!

 されど、ハンナのほうに目をやれば。

「おい!貴様!どうした!ここから先は立ち入り禁止だぞ!」

 と手には剣が見える。

 やばいって!危ないって!

 と心の中で怯える俺はふたつの選択肢が浮かぶ。助けに入るかキュリーさんに任せるか。だが、キュリーさんは砂漠の真ん中をただ歩いているだけだ。気配を消せるとか言っておきながら俺からは姿が丸見えだ。このままだとキュリーさんが見つかってハンナが捕まれば、俺が飛び出すしかなくなる。

 すると不意にハンナが力なく倒れた。

「おいおい!大丈夫か!」

 本当に女優にでもなれるんじゃないかって思うくらいの名演技を披露し続けるハンナ。

 それを見て慌てて入り口の見張りが駆け寄る。

「脱水みたいだ!おい!水を!」

 ただの不審者ではなく砂漠をさまよっていた人になりきっている。駆け寄った見張りが中にいる仲間に水を要求するとどうしたどうしたと複数の明かりが入り口付近に集まってきた。で、キュリーさんのほうは入り口の脇にいた。

 あんなところにいたら出てくる見張りに、あ、キュリーさん、チースって挨拶されるだろ!

 だが、俺の心配とツッコミとは裏腹に見張りはキュリーさんに気付かずに倒れたハンナのほうによっていく。

「大丈夫か?」

「は、はい。あ、ありがとうござい、ます」

 かすれ声で弱々しさをアピール。女優になれんじゃねと本気で思う。

「無理してしゃべるな。水は飲めるか?」

「おい!回復魔術のカードをもってこい!」

 完全にハンナを介抱するために親切に動く見張りをだましている気がして申し訳ない。

「確か事務所に治療系の魔術があった気がします!自分とってきます!」

 とひとりの見張りの青年が遺跡の中に戻ろうと振り返って目の前に広がる光景を見て声を上げることもできずに固まる。いっしょにハンナの様子を見に来ていた同じ見張りたちが気付いたら砂の上で倒れているからだ。

「てか、いつの間に?」

 俺がハンナの名演技に見とれていて気付いたら半数以上の見張りが気絶している。

「なん!」

 するとその見張りの背後にはキュリーさんがいた。剣の柄で首元を殴ると見張りの青年は気絶して倒れる。

「おい!どうした!さっさと事務所のほうに!」

 途端にキュリーさんが剣の柄で真っ先にハンナを介抱しに言った見張りのあごを殴り上げると小さく宙を舞って倒れて動かなくなった。

「はい、おしまい。もう来ていいわよ」

 手招きされて岩陰から出る。遺跡にはもう見張りの姿はなかった。ハンナもキュリーさんの声に反応して何事もなかったように立ち上がって服の砂を払う。

「すごい演技は私も見とれちゃったわ」

「それはどうもですぅ。それよりもどうやって音も気配もなく近づいたんですぅ?私も全然気付きませんでしたぁ」

「俺も気付いたら半分以上の見張りが今みたいにのびてたんだが?」

 本当に気配を消したのか?でも、どうやって?彼女は魔術を使っていないといった。どうやって背後まで近づいたんだ?

「もしかして、気付かれないほど存在感が薄いんですかぁ?」

「そんなわけないでしょ!」

 と強く否定する。その後、気絶した見張りを集めて動けないように拘束して遺跡の事務局の中に閉じ込めた。

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