Side1:第三十五章
「じゃあ、どこにもなかった、って事ですかね」
生徒会室に全員が戻ってきて、いつもの席に就いたはいいが、全員が沈黙していたために俺が口火を切った。みんな申し訳なさそうにしているが、実際俺のほうが申し訳ない。俺の都合で無駄足を踏ませてしまったわけだから。。
「そうみたいね……職員室には、届いてなかったのよね?」
「はい、昼休みに聞きに行ったんですけど、その時はなかったですね。そのあとに来たかもしれないから、あとでまた聞きに行ってみます」
「そう……あるといいわね」
「はい。皆さん、どうもご迷惑おかけしました。俺はもうちょい探してみるんで、まあそれっぽいの見かけたら教えて下さい」
生徒会はすでにお開きになっているということで、会長が解散を告げ、先輩たちの後について生徒会室を出た。
「昼にも聞いたんですけど……」
「指輪だっけ? まだ見つかってないの?」
「はい……」
他の生徒会役員と別れ、一人で再び職員室を訪れる。担任を呼び、落とし物が届いていないかを再び確認してもらう。
「……無いわね、昼とほとんど変わりないと思うわ」
「そうですか……どうもです」
「時々見ておくわ、届いてるかどうか。大事なものなんでしょう?」
「ありがとうございます」
「でもこれに懲りて要らないものは持ってこないことね」
適当に返事をし、職員室を後にする。
どうしようか、流石にあれがないと困るし、この間の競技会でいろいろやらかして医者には怒られたばかりだし、いろいろやらかした結果あれがないとまずいってのは明確になっているし。なんとかしないといけない。とりあえず、もう一度探してみるか。でもこんなに探してないのに、それは意味があるのだろうか。
そんな風にいろいろ考えながら廊下を歩いていた、その時だった。
「内藤くん、どこに行くの?」
不意に後ろから声をかけられ、俺は驚いて振り返った。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう、人の前を通りすぎておいて」
「岩渕先輩……俺、先輩の前通り過ぎました?」
「おもいっきりね。ちゃんと前見て歩かないと危ないわよ」
壁沿いに立っていたのは岩渕先輩だった。どうやら彼女の言う通り、俺は先輩の前を歩いて通り過ぎていたようだ。前は見ていたつもりだったが、考え事をしながら歩くのはやはりよくないな。
「すいません、考え事をしてました」
「そうみたいね。で、次はどこを探すつもりだったの?」
「お見通しですね……もう一度全部回ってみようかと思ってたんですけど」
「もう全部見たのに?」
「まあ見落としがあるかもしれないし」
「人を変えて確認したのに?」
「……いやいや、何が言いたいんですか。何回も確認しろって、会長も言ってたじゃないですか」
「実際に七回も確認する必要はないと思うわ。言葉の綾よ」
「そりゃそうですけど」
岩渕先輩は一歩、こちらに近づいてきた。そして顔を寄せてくる。
「みんなあんまりにもお人好しね。どうして考えてみないのかしら」
「……何をです」
「誰かが持ってるって可能性よ。善意であれ悪意であれね」
岩渕先輩はいつでも様々な情報をどこからか仕入れており、それに基づいて合理的に状況を判断する事ができる人だ、と俺は思っている。その彼女がそういうことを言うのだから、きっとどこかしらに根拠があって、そういうことを言っているんだろうが。
「……あんまり考えたくないですからね、そういうの。考えないようにしてたというか。俺のせいなら別にいいんですよ俺が悪いんだから。犯人探しだなんだで面倒でしょう、そういうの」
「そうね。でも可能性として考慮する必要はあるんじゃないかしら」
それはたしかにそうだ。闇雲に探し続けても全くの無駄足ということになるし、何より方針を変えなくてはいけない。
「私もまだはっきりしたことは知らないんだけど、そういうこともありえるんじゃないかしら。ていうかもうそうじゃないと説明がつかないわ」
「そうですね……」
「さっき言ったように、善意にしろ悪意にしろ、よ。善意で持っているなら、明日にはどこかに届け出てくれるんじゃないかしら。あるいは周りの人間にそのことを話すとかね。そうしてくれればきっとすぐ私の耳にも入るし」
どういう地獄耳してるんだろう。
「はい。それならいいんですけど」
「問題は、そうじゃなかった場合……悪意で、あるいは一時の出来心で、指輪を手に取り、今も所持している場合ね」
「……その時はその時です。探すしかない。あれは、ないと本当に困るから」
自分に言い聞かせるように言うと、岩渕先輩は頷いた。
「そうよね、知ってるわ。とりあえず私も情報収集してみる。今日はもうなにも得られるものはないと思うし、帰っていいんじゃないかしら」
「……じゃあ、そうします。ありがとうございます、お願いします」
一礼し、踵を返して立ち去る。そのまま校舎を後にし、寮へと戻った。
「……将、なんか機嫌悪いね」
「別に悪かねーけど」
寮の自室でベッドに横になり、天井を眺めたり寝返りを打ったりしていたところ、芳樹がそんなことを言ってきた。機嫌が良いか悪いかで言えばそりゃあ良くはないのだが、指摘されるほどだっただろうか。
「なんかあったのかい?」
「いや、別に……」
ベッドから体を起こして下を覗くと、芳樹は机に向かってペンを走らせていた。
「数学?」
「そうだよ。またすぐテストだからね」
「そうかあ……テストもあんのかあ……」
正直に言って気が滅入る。必要以上に気持ちが暗くなる。
「はあ……」
「ため息は幸せが逃げるって言うよ」
「逃がす幸せも残ってない感じだから、構やしないって……」
芳樹に頼ってどうにかなる話ではないし、指輪のことはなるべく伏せていたい。
「まあ、程々にね。そういう時は早く寝ちゃうのも手だよ。今日実習だったでしょ? 疲れてるんじゃないかな」
「そうだなあ。それもいいかも。でもそれを言ったらお前もだろ」
「うん。だから、程々にして、早く寝るさ」
適当に相槌を打って、ベッドに仰向けに転がった。芳樹も気配を感じたのか、声はかけてこない。
どうして俺はこんなに気が滅入っているのか。言ってしまえばたかが指輪一つ無くしただけである。確かに、たぶん高価なものだし、貰い物だから、なくしたことが後ろめたいというのはあると思う。だがそれ以上に、きっと俺はあれに頼りすぎているのだ。精神的に。
あれがないと魔法が使えない、と思っているのだろう、というか、思っている。思っているばかりでなく、現状、実際にそうだ。あの指輪なしでは、魔物まがいの魔法しか使えないのは事実。あの指輪を使ってはじめて、普通の生徒と同じくらい――いやそれでも劣ってはいるが、それくらいには魔法が使えるようになっているのだ。
だが、今日の昼の実習はどうだったろうか。脆くも崩れ去った砂の壁。あれは指輪をつけて発動した魔法だ。しかしあの出来である。指輪の力だけでは補えていないのだ。何が足りないのか……。
そんなことを考えていたような気がする。気が付くと枕元で目覚まし時計が音を立てており、ハシゴの下からは芳樹がこちらを見ていた。
「おはよう、将」
「ああおはよう、芳樹」
また一日が始まった。晴れない気分を抱えて、俺はベッドを降りた。




