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Side3:第三十四章

 「魔法……そうか」

 ハルファスの言葉で幾分か落ち着きを取り戻した士沢は、目の前に横たわっている大きな謎を解き明かす、最初の一歩を踏んだ。ハルファスという魔物が引き起こす不思議な出来事の原因が魔法だということは、少し冷静になって考えてみれば当たり前のことだった。

 「さて、私がどんな魔法を使って、ここに侵入し得たか。まずは、君の頭で考えて、推察してごらん」

 「うーん……」

 提示された問題を前に、士沢は唸った。元々、考えることがあまり得意ではないほうだが、ハルファスが試すように出したこの問題について考えることが、すなわち魔法が上達する道につながるような気がして、士沢は躍起になって考えを巡らせた。

 ひとまず、状況を整理してみると、ハルファスのやったことのうち、考えるべき謎は、監視カメラの目を逃れて学生寮まで辿り着いたこと、そして鍵が掛かっていたはずの士沢の部屋に入ったということの二点だ。後者については、空き巣の手口としては常套手段だが、ベランダの窓ガラスから侵入したと考えれば、説明がつく。ガラスを破壊するくらいの威力の魔法や、割れたガラスをくっ付けて元に戻す魔法は、魔物ならぬ人の身でも扱える程度のものだ。そうなると、前者については、士沢の部屋が学生寮の最上階にあることからして、上から侵入したと考えるのが妥当だ。そこで士沢の脳裏によぎったのは、競技会の種目の一つ、パン食い競争だった。二日目、士沢が医務室に居た頃に行われた種目だったので、士沢の目で直接見たわけではないが、観戦していた佐納たちの話を聞くところによれば、高さ十五メートルの所に吊るされたパンを食べるために、安定性は欠いていたが、空を飛ぶ魔法を使った生徒がいたらしい。ハルファスが空を飛んできたとすれば、学生寮に設置された監視カメラの穴を突くことができるはずだ。

 「魔法で空を飛んで、ベランダから窓ガラスを割って入ってきたんじゃないですか。ガラスは入った後に修復して」

 「それなら、私はどうやって本島からここまで渡ってきたのか。それはどう説明する?」

 「あっ……」

 推論から導き出した士沢の答えに、ハルファスは更なる問いを投げかけて返した。それは、失念していた問題だった。そういえば、はじめにハルファスと出会ったのは本島で、この学生寮が建つ魔法都市とは広大な海でもって隔てられているのだ。本島と魔法都市を結ぶ唯一の交通手段は船だが、あらゆる人の目から逃れて乗船するのは不可能だし、ハルファスの言葉は、そんなありきたりの手段で渡ってきたのではないということを暗に示していた。

 「でも……それも飛んで行けば良いんじゃ」

 「魔法都市の、というより日本の警備網は、君の思っている以上に強固だよ。私がふらふらと飛んで来たら、即座に捕捉されるだろう」

 自信なく発した士沢の言葉を、ぴしゃりとハルファスが否定した。つまり、士沢の推理は的外れだったということで、ふたたび目の前に謎が大きく立ちふさがった。しかし、士沢の頭の中には、はじめに思いついた推論がこびりついて離れず、どうにかそれの穴を埋める方法を考えずにはいられなかった。

 「君は知識が浅い。そもそも、魔法はこの世界のものではなく、私達の世界のものだ。だから、人間が魔法について理解していることなんて、私達の知識の半分にも満たない。その人間の中でも、君はまだ駆け出しの存在だ。そんな君が魔法の限界を勝手に決めつけるのは、おこがましいことだよ」

 悩む士沢を前に、ハルファスが掛けた言葉は、停滞していた士沢の思考を引き締めるのには充分な力があった。士沢はハッとして、思い直した。ハルファスは、魔物だ。魔物の使う魔法なんだ、もっと突飛なものをイメージしたらどうだ、ハルファスの言葉は、士沢にそう告げているように思えた。

 士沢は、改めて謎に向き合ってみた。はるか海の向こう、三校宿舎のホテル付近の公園に居たハルファスから、今、目の前に座るハルファスに至る、一本のルート。先ほどまでは、その軌道を、ぐにゃぐにゃと頭の中で曲げながら、ああでもないこうでもないと悩んでいたが、試しに、その軌道を消してみた。軌道の始点と終点のみが残ったが、線ではなく、点から点に直接、動く。

 「瞬間移動か!」

 「違う」

 即答だった。何故、これほどすっと納得のいく、魔物の使う突飛な魔法を解答したというのに、とショックを受ける士沢に対して、淡々とハルファスは言葉をつないだ。

 「確かにそれは人間のレベルを超越しているが、違う」

 「うーん……」

 「もう、解答権は終わりだな。ヒントは与えたが、その分だと答えは出ないだろうから」

 そう言って、ハルファスはおもむろに立ち上がった。士沢は一瞬、この問答がいわば入学試験のようなもので、士沢が答えられなかったためハルファスが立ち去るのかと思って絶望しかけたが、違った。部屋の隅にある学習机から、ペンを取りメモ帳の一ページを切り離して、ハルファスは言った。

 「少し借りるぞ」

 テーブルに戻ったハルファスは、士沢の目の前で、切り離した紙に何かを描きはじめた。ものの数秒で完成したそれは、魔法陣。当然、士沢には何の魔法を発動させるものなのか分からないが、ペンを置いて、人差し指の先を魔法陣に当てたハルファスを黙って見つめた。

 瞬間、ハルファスが消えた。

 「!?」

 音も立てない、まさに一瞬の出来事だった。士沢は心底から驚愕して、右を見たり、左を見たりとせわしなく首を動かしたが、どこにもハルファスは見つからなかった。テーブルの向かい側、先ほどまでハルファスが座っていたあたりに手を伸ばしてみたものの、ただ虚空を掴むだけだった。伸ばした右手を引き戻して、手の平を見つめてみても、得るものは何もなかった。一体どういうことだ、と士沢が思っていると、不意に肩を叩かれる感触があった。

 「うおお!?」

 ばっと振り返って見れば、すぐ近くにしゃがむハルファスの姿があった。いまだ驚きを隠せずにあんぐりと口を開けたままの士沢を尻目に、ハルファスは元の位置に戻って座った。

 「随分と驚いているようだが、これで分かっただろうか」

 「……透明になる、魔法ですか」

 「それは今の現象を言っただけで、答えではないな。これで私の魔法を見るのは二度目になるが、それらを体系的に考えてごらん」

 二度目、という言葉に士沢は引っかかった。こうやって、目の前でハルファスが魔法を行使する瞬間を見るのは初めてのことのはずだが、では一度目はいつだったか。ハルファスと出会ってからのことを回想した士沢は、ハッとして気付いた。競技会のスタジアム近くに現れた魔物に対して使った士沢の魔法。あれは、ハルファスの魔法だ。透明な壁が、魔物に触れた途端、魔物を押し返しはじめて、ついには歪みまで塞いでしまったシーンを思い返した。あれが、今ハルファスの使った魔法と結びついているとはどういうことなのか。

 様々な要素が付加されている壁を生成する魔法だとすれば、と士沢は考えた。魔物を退治した壁は無論のこと、今ハルファスが作り出したのは、背後の風景を映し出す壁だったと説明がつく。しかし、その場合だと一方向に対してしか透明状態は維持できない。ならば、自分を囲む四方に同様の壁を生成すれば、透明を実現できる。あるいは、と、更に思考を飛ばしてみる。壁が長方形に限定されず、自分を取り囲むような形ではじめから生成できれば。

 「周りに、壁を、色んな壁を作る魔法を使えるんじゃないですか。……何というか、自分を守る、バリアみたいな……」

 「よし」

 たどたどしく繋いだ士沢を一言で制してから、ハルファスはようやく頷いた。

 「君の言うところの壁を、私は結界と呼んでいる。つまり、結界の作成。それが私の魔法だ」

 


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