第3話|盗まれたデザイン
「実際に制作したのは、結衣様かと」
熊谷の言葉を聞き、柊は机の上に並べられた資料へ視線を落とした。
川島麻衣が大学時代に受賞した作品。
久世グループへ入社してから発表した作品。
そして、社内で高い評価を受けている最近のデザイン。
「作風が違うな」
「はい。作品ごとにばらつきがございます」
一方、結衣がアルバイトとして作ったラフや資料には、不思議なほど一貫した特徴があった。
それは麻衣が大学時代に受賞した作品にも通じている。
だが、まだ疑いにすぎない。
ここで麻衣を問い詰めれば、結衣がさらに不利になる可能性もある。
柊は資料を閉じた。
「くま。過去の作品も全部調べろ」
「大学時代からですか?」
「一つ残らずだ」
「承知いたしました」
熊谷は静かにうなずいた。
◇
そのころ、結衣は麻衣に呼び止められていた。
「糸瀬さん、これお願い」
机に置かれたのは、新しい企画の資料だった。
「参考案を三つくらい。明日の朝までにお願い」
「明日の朝……ですか?」
「何か問題ある?」
結衣は時計を見る。
今日は仕事が終わったら、母の病院へ行く予定だった。
「すみません。今日は母の病院へ行かないと……」
麻衣の表情が冷たくなる。
「それ、仕事に関係ある?」
「……いいえ」
「アルバイトなんだから、仕事を選べる立場じゃないでしょう?」
結衣は唇を結んだ。
「それとも」
麻衣が声を落とす。
「また自分の作品だって騒ぐ?」
結衣の顔がこわばった。
「……」
「あなたが作ったなんて、誰も信じないわよ」
大学時代と同じだった。
悔しい。
だが、言い返せばどうなるのか。
母の治療費も生活費も必要だった。
今、仕事を失うわけにはいかない。
「……分かりました」
その日、結衣は病院へ寄ったあと、家に帰ってからパソコンを開いた。
眠気をこらえ、何度も線を引き直す。
時計が深夜を回っても手を止めなかった。
翌朝。
「できました」
結衣が差し出したデータを、麻衣はざっと確認した。
「ありがとう」
それだけだった。
そして数時間後。
結衣が作ったデザインは、川島麻衣の名前で企画会議の資料に載っていた。
◇
「今回の企画では、親しみやすさの中にも高級感を持たせています」
会議室で、麻衣は堂々と説明していた。
「いいですね」
「これまでとは少し印象が違うが、面白い」
部長や役員から評価する声が上がる。
麻衣は満足そうに微笑んだ。
ただ一人、柊だけは何も言わなかった。
資料を見つめたまま、表情一つ変えない。
やがて口を開いた。
「川島」
「はい、社長」
「このデザインの意図を説明しろ」
麻衣は笑顔で答えた。
「はい。幅広い年代の方に受け入れていただけるよう、柔らかな印象を意識しております」
「なぜここをこの形にした?」
「え……」
麻衣の目がわずかに揺れた。
「それは、全体のバランスを考えて……」
「では、この配色にした理由は?」
「それは……」
言葉が続かない。
会議室に微妙な空気が流れた。
「感覚的な部分もございますので……」
柊は資料を閉じた。
「自分で作ったものを説明できないのか」
麻衣の顔から笑みが消えた。
「いえ、そういうわけでは……」
「この案は保留だ」
「社長、ですが――」
「以上だ」
それ以上、柊は何も言わなかった。
盗作という言葉も出さない。
だが麻衣には十分だった。
社長が自分を疑っている。
そのことだけは、はっきり分かった。
◇
午後。
「糸瀬さん」
「はい」
結衣が振り返ると、部長が立っていた。
「久世社長がお呼びだ」
「……私を、ですか?」
一瞬で顔が青ざめた。
午前中の会議で何かあったのだろうか。
まさか、デザインのことが――。
結衣は重い足取りで社長室へ向かった。
「糸瀬結衣です。失礼いたします」
中には柊と熊谷がいた。
「入れ」
「はい」
緊張で身体が固くなる。
柊は一枚のデザインを机の上へ置いた。
結衣が昨夜、眠気と闘いながら完成させたものだった。
「これを見ろ」
「……はい」
「どう思う」
結衣は戸惑った。
何と答えればいいのか分からない。
「とても……素敵なデザインだと思います」
柊の眉間にしわが寄った。
「そういうことを聞いているんじゃない」
「申し訳ありません」
結衣の肩が小さく縮こまる。
柊はその様子を見て、わずかに間を置いた。
「このデザインを作ったのは、糸瀬だな」
結衣の顔色が変わった。
息をのむ。
「……」
「違うのか」
本当のことを言いたかった。
これは自分が作ったものだと。
だが、麻衣の言葉が頭をよぎる。
『あなたが作ったなんて、誰も信じないわよ』
ここを辞めることになったら。
母の治療費は。
来月の生活費は。
結衣は膝の上で手を握った。
「……違います」
柊は黙って結衣を見つめた。
嘘だ。
すぐに分かった。
それでも追及しなかった。
「分かった。戻っていい」
「……失礼いたします」
結衣は頭を下げ、社長室を出ていった。
扉が閉まる。
「くま」
「はい」
「なぜ認めない」
熊谷は手元の資料を確認した。
「結衣様は現在、お母様の治療費と生活費を負担されています。
ほかに安定した収入はございません」
「……」
「大学時代にも川島麻衣との間で、盗用をめぐる問題があったようです」
柊はしばらく黙っていた。
やがて低く言う。
「……ここを辞められないのか」
「おそらくは」
柊の表情が冷たくなった。
だから逆らえない。
自分の作品を奪われても、自分が作ったと言うことさえできない。
だが、柊が麻衣を排除するだけでは何も変わらない。
結衣自身の力で。
誰にも否定できない形で、その才能を証明させる。
「くま」
「はい」
「準備しろ」
熊谷は柊の意図を察したように、静かにうなずいた。
◇
翌朝。
出社した結衣は、すぐに部長から呼び止められた。
「糸瀬さん。今日から別の仕事を担当してもらう」
胸が大きく鳴った。
昨日、社長に嘘をついたからだ。
とうとう切られる。
そう思った。
「……はい」
ところが部長は、一枚の企画書を差し出した。
「久世社長からの直接指示だ」
「……え?」
「君自身の名前で、デザインを一本提出してほしいそうだ」
結衣は企画書を見つめたまま動けなかった。
自分の名前で。
その言葉を聞いたのは、あまりにも久しぶりだった。
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