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久世家の男は生涯一人の女性しか愛さない  作者: てんこ


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第27話|二人で産む日

深夜。


熊谷の運転する車が病院へ向かっていた。

後部座席には、結衣と柊。


結衣は大きなお腹を抱え、痛みの波が来るたびに、教わったとおりゆっくり息を吐いている。

その隣で――柊も腹を押さえていた。


「……っ」


結衣が心配そうに横を見る。


「柊さん、大丈夫ですか?」

「それは俺の台詞だ」


「でも、顔色悪いですよ」

「お前もだ」


前を向いたまま、熊谷が落ち着いた声で告げる。


「お二人とも、もう少々で到着いたします」


次の痛みが来た。

結衣が息をのむ。

ほぼ同時に、柊の顔も歪んだ。


「くま。もう少し速く――」

「安全運転で参ります」


即答だった。


やがて病院へ到着すると、連絡を受けていたスタッフが待っていた。

結衣はすぐに車椅子へ乗せられる。


柊も車から降りようとして――一瞬、動きが止まった。

熊谷が静かに手を差し出す。


「社長も車椅子をご用意いたしましょうか」

「いらん」


「左様でございますか」


「……くま」

「はい」


「笑うな」

「笑っておりません」


絶対に少し笑っている。


◇


診察の結果、出産が始まっていることが分かった。


結衣はそのまま分娩に備えることになる。

もちろん柊も立ち会う。


最初のうちは、まだ余裕があった。

痛みが来ると、柊が結衣の手を握る。


「ゆっくり息をしろ」

「……はい」


痛みが引く。


柊は結衣の額に浮かんだ汗を拭った。


「水は?」

「少しだけ……」


ストローを結衣の口元へ運ぶ。

結衣が一口飲んで、小さく息を吐いた。


「ありがとうございます」


柊はずっと結衣のそばにいる。


その姿を見ているだけで、結衣は少し安心できた。

怖くないわけではない。

それでも、一人ではない。

この人がいる。


柊も一緒に、この子たちが生まれる瞬間を待ってくれている。

けれど――。


時間が経つにつれ、陣痛は少しずつ強くなっていった。

そして、それに合わせるように。

柊の余裕も消えていった。


◇


それまでとは明らかに違う、強い痛みが来た。


「……っ、痛い……!」


結衣が柊の手を強く握る。


「結衣、息を――」


そこまで言ったところで、


「……っ!」


柊自身も言葉を失った。



額から一気に汗が噴き出す。

その瞬間、柊の頭に、あの日の祖父の言葉がよみがえった。



『腹の中から、内臓をまとめてねじり上げられるような痛みだった』



大げさだと思っていた。



――大げさではなかった。




さらに、聞きたくもなかった熊谷の言葉まで続いてよみがえる。



『陣痛の痛みは、指を切断されるほどとも聞きました』



「……くま……」


柊が低くつぶやく。



結衣が苦しい息の中で柊を見る。


「……熊谷さん、いませんよ」

「分かってる……」



今ここにいない熊谷を、なぜか無性に睨みたくなった。



次の瞬間、さらに強い波が来る。


「……っ、痛い……!」


結衣の指が柊の手に食い込む。


柊も歯を食いしばった。


「……分かってる」

「分かってるって……!」


柊は苦しそうに息を吐く。


「本当に分かるんだ」


結衣は思わず少しだけ笑った。



こんなときなのに。

けれど、その笑顔もすぐ次の痛みに消える。



柊は結衣の髪を撫でた。


「結衣。俺を見ろ」


結衣が顔を上げる。


「一緒にいる」

「……はい」


「絶対に離れない」


柊自身も苦しいはずなのに。

握った手は、一度も離れなかった。


◇


長い時間が過ぎた。


結衣には、もうどれほど時間が経ったのか分からない。

痛みが来るたび、身体中の力を使い果たしていく。


それでも――。

ついに、その瞬間が来た。

スタッフの声が飛ぶ。


「もう少しです」


結衣は柊の手を握る。

柊も同じように、苦しそうに顔を歪めていた。

そして。


小さな身体が取り上げられた直後――。

分娩室に、大きな産声が響いた。


結衣の目から一気に涙があふれる。


「……生まれた……」


柊も声のするほうを見る。

自分たちの子ども。

ようやく会えた。


けれど、まだ終わりではない。

もう一人いる。

結衣は再び柊の手を探した。


「柊さん……」


柊はすぐに握り返す。


「いる」


結衣が柊を見る。


「ここにいる」


再び痛みが始まった。



結衣は残っている力を振り絞る。

柊も苦しそうに息を吐きながら、その手を離さない。

そして――。


もう一つ。

新しい産声が響いた。


「おめでとうございます。二人とも元気ですよ」


結衣の身体から力が抜ける。


「二人とも……?」

「はい。元気ですよ」


その言葉を聞いた瞬間、結衣は泣いた。


安心したように。

嬉しそうに。

何度も何度もうなずきながら。

そして隣を見る。


柊は――。


結衣の手を握ったまま、ぐったりしていた。


「……柊さん?」


返事がない。


「柊さん?」




数秒後。


「……生きてる」


結衣は涙を流したまま笑った。


◇


スタッフが柊へ声をかける。


「お父さま、赤ちゃんをご覧になりますか?」



柊がゆっくり顔を上げた。

二人の産声が聞こえている。

ずっと待っていた子どもたち。

それなのに――。


「……あとでいい」


結衣が驚く。



「見なくていいんですか?」


柊は赤ちゃんではなく、結衣を見た。


汗で髪が額に張りついている。

疲れ切った顔。

それでも、結衣は幸せそうに笑っていた。


柊は結衣の頬へ手を伸ばす。


「今はお前だ」


結衣の目から、また涙がこぼれた。



柊はそっと結衣を抱き寄せる。


「結衣……ありがとう」


結衣も柊の背中へ腕を回した。


「柊さんも……お疲れさまでした」



「俺は何も産んでない」

「でも、一緒に産んだみたいでした」



柊が黙る。

しばらくして、低い声で言った。


「……二度と無理だ」


結衣が吹き出す。


「私の台詞です!」


それを聞いて、柊の口元も少しだけ緩んだ。


◇


しばらくして。

二人の赤ちゃんが、結衣のそばへ連れてこられた。


小さい。

驚くほど小さい。


柊はようやく身体を起こした。

スタッフから一人を腕に抱かされる。

その瞬間――。


柊が固まった。


「柊さん?」



返事がない。



腕の中の赤ちゃんが、小さく手を動かす。

そして、柊の指を握った。


柊の表情が変わる。

ほんの少し。

けれど、はっきりと。


結衣が笑った。


「かわいいですね」

「……ああ」


もう一人が小さな声で泣く。

柊がそちらを見る。

二人。


本当に、自分たちの子どもが二人いる。


「どうですか? 二人のお父さんになった気分は」


柊はしばらく双子を見つめた。

そして、ぽつりと言う。


「……一度で二人でよかった」


結衣が目を丸くする。


「それ、おじいさまと同じこと言ってますよ!」


柊には、もうほとんど聞こえていない。

腕の中の小さな命から、目を離せずにいた。


◇


そのころ。

病院の廊下で、熊谷のスマートフォンが鳴った。

相手は久世家の祖父だった。


『熊谷、どうだ?』


熊谷は静かに微笑む。


「無事、お二人ともお生まれになりました」


電話の向こうで、ほっとした声がする。

熊谷は一呼吸置いて付け加えた。


「社長もご無事でございます」


一瞬の沈黙。




次の瞬間――。

電話の向こうから、祖父の大きな笑い声が響いた。

熊谷はスマートフォンを耳に当てたまま、分娩室の扉を見る。



十五年前。

一人で誰にも心を開かなかった少年は。

今、妻と二人の子どもに囲まれていた。


そして――。

久世家に、新しい家族が二人増えた。


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