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久世家の男は生涯一人の女性しか愛さない  作者: てんこ


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第25話|これで終わりだ

結衣が連れていかれた建物へ向かう車の中。

柊は腹部を押さえたまま、前を見つめていた。


先ほどから続いている痛み。

結衣が麻衣に突き飛ばされたときと同じだった。


「くま、あとどれくらいだ」


「まもなく到着いたします」


「もっと急げ」


「警察もすでに向かっております。社長、今は――」


「分かってる」


柊は言葉を遮った。

焦って事故を起こせば意味がない。

分かっている。

それでも――。


「……結衣」


痛みが来るたび、結衣に何か起きているのではないかという恐怖が増していく。


「間に合ってくれ……」


柊が初めて漏らした弱い声を、熊谷は黙って聞いていた。




そのころ。

結衣は建物の中へ連れていかれていた。


先ほど感じたお腹の張りは少し治まっている。

けれど、また痛くなったら――。

結衣は必死に呼吸を整えた。


「座ってろ」


男に言われ、結衣は古い椅子へ腰を下ろす。


両手でお腹を包む。


「大丈夫だからね……」


自分に言い聞かせるように、双子へ語りかけた。


そのとき。

外が急に騒がしくなった。

男たちが顔を見合わせる。


「何だ?」


車の音。

続いて、複数の人の声。

結衣が顔を上げる。

そして――。


「結衣!」


聞き慣れた声が響いた。

結衣の目から一気に涙があふれる。


「……柊さん!」


警察とともに建物へ入ってきた柊が、結衣を見つけた。


柊は迷わず駆け寄る。


「結衣!」


「柊さん……!」


柊は結衣の前へ膝をついた。

顔を見る。

腕を見る。

そしてお腹を見た。


「怪我は?」


「ありません」


「腹は」


結衣は少し迷った。


「さっき少し張って……でも今は大丈夫です」



柊の顔色が変わる。


「病院へ行くぞ」


「でも――」


「今すぐだ」


有無を言わせない。


結衣は泣きながら、柊の胸へ顔を埋める。


「怖かった……」


柊はお腹を圧迫しないよう、そっと抱きしめた。


「遅くなった」


結衣は首を振る。


「来てくれるって思ってました」


結衣は涙を拭いながら笑った。


「柊さんなら、絶対に見つけてくれるって」


柊は何も言えなかった。

ただ、もう一度結衣を抱きしめた。


十五年前には守れなかった少女が――。

今は、自分を信じて待っていてくれた。




結衣はそのまま病院へ運ばれた。


診察を待つ間、柊は廊下を何度も行き来していた。


「社長」


「なんだ」


「少しお座りになっては」


「無理だ」


熊谷はそれ以上言わなかった。



やがて医師が出てくる。

柊がすぐに近づいた。


「結衣は?」


「大丈夫です」


柊が息を止める。


「子どもは」


「お二人とも問題ありません」


その瞬間。

柊の肩から、ようやく力が抜けた。


「一時的にお腹が張ったようですが、今は落ち着いています。念のため、しばらく安静にしてください」


「分かりました」


病室へ入ると、結衣が横になっていた。


「柊さん」


柊は何も言わず、結衣の手を握った。


「二人とも大丈夫だって」

「聞いた」


「よかった……」


結衣がお腹を撫でる。

柊も、その上へそっと手を重ねた。


三人とも無事だった。

それだけでよかった。

今は――。




翌日。


熊谷が病室を訪れた。

その表情を見ただけで、柊には分かった。


「くま」


「はい」


「分かったのか」


熊谷がうなずく。


「男たちが、依頼主について話し始めました」


結衣が柊を見る。



熊谷は静かに告げた。


「二階堂怜奈さんです」


結衣の顔から表情が消える。


予想していなかったわけではない。

それでも、実際に名前を聞くと胸が冷たくなった。


「やっぱり……」


柊の目が冷たくなる。


「何を頼んだ」


「結衣様を連れ出し、二度と社長の前に現れないようにしてほしい、と」


結衣がお腹を守るように手を置いた。

柊が低い声で言う。


「証拠は」


「警察へ提出できるものは、すべてそろえております」


「全部渡せ」


「すでに手配しております」


柊は結衣を見る。

もう、結衣を狙う者を放置するつもりはなかった。




その日の夕方。


怜奈のもとへ警察が訪れた。

怜奈は必死に否定した。


「違う! 私は殺せなんて言ってない!」


男たちへの依頼そのものまで、なかったことにはできない。

そこへ現れた柊を見つけると、怜奈の表情が変わった。


「柊!」


怜奈が駆け寄ろうとする。

しかし柊は動かなかった。


「信じて! 私は柊のために――」


「俺のため?」


柊の声は冷たかった。


「俺のためなら、結衣を傷つけようとはしない」


「傷つけるつもりなんてなかった!」


「妊娠している結衣を男に連れ去らせておいて、ふざけるな!!」


怜奈が言葉に詰まる。

それでも、柊を見つめた。


「でも……私のほうがずっと前から柊を知ってた!」


柊の表情は変わらない。


「知っていた時間の長さで、愛する人間は決まらない」


怜奈の顔が歪んだ。



「どうしてよ……」


そして、とうとう叫ぶ。



「あの女の何がそんなにいいのよ!」



もう、説明する必要などなかった。


柊はしばらく怜奈を見ていた。



幼いころから知っている女性だった。


けれど、もうそこに自分が知っていた怜奈はいなかった。




「怜奈」


柊が最後に告げる。


「これで終わりだ」



そして背を向けた。


「柊!」


怜奈の声が追いかけてくる。


柊は一度も振り返らなかった。




病院へ戻ると、結衣が窓の外を見ていた。

柊に気づき、振り返る。


「……終わりましたか?」


「ああ」


それ以上、結衣は聞かなかった。

柊も詳しく話さない。

怜奈の事件は警察に委ねられ、二人の生活から彼女の姿は消えた。


柊が結衣の隣へ座る。


「帰ったら、しばらく外出禁止だ」


結衣が目を丸くする。


「え?」


「一人で出るな」

「今回だって一人じゃありませんでした!」


「駄目だ」

「柊さん!」


柊は聞いていない。

結衣は呆れながらも、少し笑った。


その手を、柊が握る。

結衣も握り返した。


怖いことは、たくさんあった。


それでも今は、一人ではない。

結衣は柊の肩へそっと頭を預けた。


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