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久世家の男は生涯一人の女性しか愛さない  作者: てんこ


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24/28

第24話|消えた結衣

黒い車から、 男が二人、降りてきた。

結衣は反射的にお腹をかばった。


運転手も異変に気づき、すぐに車を降りる。


「結衣様、家の中へ!」


母も結衣の前へ出た。


「結衣、早く!」


しかし、男たちは一気に距離を詰めてくる。

運転手が一人を止めようとした。


「何をする!」


もみ合いになる。


その隙に、もう一人の男が結衣の腕をつかんだ。


「離してください!」


「結衣!」


母が男の腕にしがみつく。


「娘に何するの! 離しなさい!」


「お母さん、来ないで!」


手術を終えたばかりの母に何かあったら――。



結衣が一瞬抵抗を弱めた。

その隙を突かれ、男に引き寄せられる。


「結衣様!」


運転手が叫ぶ。

だが、もう一人の男に阻まれた。

結衣は黒い車へ押し込まれる。


「結衣!」


母の叫び声を残し、車は走り去った。




同じころ。

久世グループ本社では、役員会議が続いていた。

だが柊は、先ほどから妙な胸騒ぎを感じていた。


痛みはない。

吐き気もない。


それなのに、なぜか落ち着かない。

資料を見ていた柊が、突然顔を上げる。


「くま」


「はい」


「結衣は今、どこにいる」


熊谷が予定を確認する。


「本日はご自宅でお休みの予定ですが――」


そのとき。

柊のスマートフォンが震えた。

画面には、結衣の母の名前。


柊はすぐに電話を取る。


「はい」


「柊さん……結衣が……!」


ただならぬ声だった。

柊の表情が変わる。


「何がありました?」


「知らない男の人たちに……車で連れていかれて……!」


柊が立ち上がった。

会議室の空気が一瞬で変わる。


「怪我はありませんか」


「私は大丈夫。でも、結衣が……!」


「分かりました。そこから動かないでください」


電話を切る。


「くま」


熊谷もすでに立っていた。


「はい」


「結衣が連れ去られた」


熊谷の表情から、いつもの穏やかさが消えた。




「会議は中止だ」


柊はそれだけ告げ、会議室を出た。


歩きながら次々に指示を出す。

警察への通報。

母の家周辺の防犯カメラ。

結衣を送った車のドライブレコーダー。

運転手からの聞き取り。

確認できる情報をすべて集める。


「黒い車です。運転手が車種とナンバーの一部を確認しております」


「追えるか」


「すでに確認させております」


柊は社長室へ戻っても座ろうとしなかった。


「まだか」


「確認中でございます」


数分後。


「くま」


「もう少々お待ちください」


さらに数分。


「くま」


熊谷が柊を見る。


「確認が取れ次第、すぐにお伝えいたします」



「くま」

「まだか」


そういいながら、柊は座ろうとしない。


「くま・・・」


熊谷は何も言わなかった。



十五年前、一度結衣を失った。

十五年かけて、ようやく取り戻した。

今は妻で、二人の子どもの母でもある。

もう二度と失わない。

もう二度と――。




黒い車の中。

結衣は両手でお腹を守っていた。


怖い。

自分一人ならまだいい。

でも今は違う。

この中には、二つの命がある。


「どこへ連れていくんですか」


男たちは答えない。


「誰に頼まれたんですか」


「あんたは知らなくていい」


「私をどうするつもりですか」


男の一人が振り返った。


「言われた場所まで来てもらうだけだ」


それ以上は何も言わない。

だからこそ怖かった。


誰が。

何のために。

自分をどこへ連れていくのか。


結衣は震える手で、左手の結婚指輪に触れた。

以前の自分なら、絶望していたかもしれない。

誰にも迷惑をかけたくないと一人で耐えていたかもしれない。


でも今は違う。

母も運転手も見ていた。必ず柊に伝わる。


結衣は目を閉じた。


「……柊さん」


必ず来る。

理由などない。

それでも今は、そう信じられた。




そのころ。

熊谷のスマートフォンが鳴った。

短いやり取りを終える。


「社長」


柊が振り返る。


「黒い車を確認できました」


柊の目が変わる。


「場所は」


熊谷が地図を示した。


「市街地を離れています。警察にも情報を共有しております」


「行くぞ」


「はい」


二人はすぐに車へ乗り込んだ。


柊は一言も話さない。

窓の外を見たまま、拳を強く握っている。


熊谷が静かに言った。


「結衣様は必ずご無事です」


柊は前を向いたまま答える。


「当たり前だ」


だが、その声にはいつもの余裕がなかった。

しばらくして。

熊谷のスマートフォンへ、新しい情報が入る。


「社長」


「なんだ」


「車が停車した場所が確認できました」


柊が顔を上げた。




黒い車が止まった。

男に腕をつかまれ、結衣は車から降ろされる。


目の前には、人の気配のない建物があった。

結衣はお腹を守りながら周囲を見る。

逃げられる場所はない。

助けを呼べる人もいない。


男が言う。


「中へ入れ」


結衣は動かなかった。


「嫌です」

「面倒かけるな。歩け」


男が結衣の腕を強く引く。


その瞬間――。


「……っ!」


結衣がお腹を押さえ、身体を折る。


「止まるな!」

「いいから歩け!」


男は構わず結衣を引っ張ろうとする。


だが、結衣はその場から動けない。


「……痛い……」


額に汗がにじむ。


恐怖のせいなのか。


ただお腹が張っただけなのか。


結衣自身にも分からない。

それでも、両手だけは必死にお腹を守っていた。



同じころ。

結衣のもとへ向かっていた車の中で、柊が突然腹部を押さえた。


「……っ!」


熊谷が振り返る。


「社長?」


柊の顔色が変わる。



以前にも経験した、あの感覚。

結衣が傷ついたとき、自分にも走った痛み。

柊が顔を上げる。


「急げ」


「しかし――」


「結衣に何かあった」


熊谷の表情が変わる。


「承知いたしました」


柊は痛みに耐えながら、前を見据えた。


「待ってろ、結衣」


今度こそ。

絶対に間に合わせる。


お読みいただきありがとうございます。

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