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災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第5話 円卓の絶望と超硬度のお茶菓子

 王城の最奥に位置する、重厚な扉に閉ざされた『円卓の間』。

 普段であれば、国家の命運を左右する重大な決議が行われるその神聖な場は、現在、底知れぬ絶望と沈黙に支配されていた。


「……つまり、王都最強と謳われる貴公の精鋭部隊をもってしても、あの化け物に手傷一つ負わせられなかったということか」


 円卓の上座に座る白髪の宰相が、絞り出すような声で沈黙を破った。

 その視線の先には、真新しいがどこか急ごしらえの防具を身につけたアーサーの姿があった。神殿での蘇生によって肉体的な傷は癒えているはずだが、魂に刻まれた死の激痛は、彼の顔から血の気を完全に奪い去っている。


「ええ。情けない話ですが、我々は彼女の『お茶会』の余興として、文字通り粉砕されました。防御魔法も、絶対城壁(アイギス・ウォール)も、一切の魔法的抵抗を無視して叩き潰されたのです」


 アーサーは淡々と事実を告げた。その言葉に、円卓を囲む将軍や大臣たちは一様に青ざめ、ぶるぶると肩を震わせた。


「無詠唱、無動作による広範囲殲滅魔法……。おとぎ話に登場する最上位の魔竜すら凌駕する力ではないか。そのような厄災が、なぜ突如として我が国の領内、それも王都の目と鼻の先にある白百合邸ホワイトリリィ・パレスに顕現したのだ!」


「神の怒りか、それとも古の邪神が目覚めたのか……」


 悲壮な空気が場を支配する中、王国の情報機関を束ねる諜報長官が、重々しい足取りで進み出た。


「皆様、さらに恐ろしい報告がございます。昨晩、王都の地下に潜伏していた影の教団(シャドウ・カルト)の幹部クラス数名が、白百合邸の方向へ向かった後、完全に消息を絶ちました」

「なんだと……?」


 アーサーの眉がピクリと動いた。影の教団といえば、王国の転覆を企む狂信者たちの集まりであり、その幹部ともなれば、一流の冒険者すらも容易く葬る暗殺術と呪術の達人たちである。


「我々の魔力探知網には、いかなる戦闘の痕跡も引っかかりませんでした。ただ、彼らの気配が白百合邸の敷地内で『ふっと消えた』のです。……神の加護を持たない彼らが消えたということは、つまり」

「あの厄災の公爵令嬢は、教団の精鋭たちを、音も立てずに、文字通りこの世から消し去ったというのか……!」


 宰相が頭を抱え、絶望のあまり天を仰いだ。

 王国の脅威であった教団が間引かれたことは本来ならば喜ばしいはずだが、それを行った存在が規格外すぎるため、誰一人として喜ぶ者はいなかった。

 教団の呪術すら通用しない、底なしの絶対悪。それが伽羅・ヴァン・ディザスターという存在なのだと、王国の首脳陣は完全に理解してしまったのである。


「……恐れることはありませんよ、皆様」


 冷え切った円卓の間で、ただ一人、アーサーだけが低く笑い声を上げた。

 彼の眼差しは、死の恐怖に屈するどころか、飢えた獣のような狂気的な闘争心に爛々と輝いていた。


「あの化け物は、俺が倒します。これまでの常識や戦術は通用しない。ならば、死を前提とした新しい戦術で挑むまでだ。……俺の剣をあいつの喉元に届かせるためなら、何度でも神殿の床を舐めてみせますよ」


 神の加護による蘇生があるとはいえ、死の激痛は本物である。それを「何度でも味わう」と平然と言ってのける王都最強の英雄の姿に、重鎮たちは畏敬の念よりも、底知れぬ狂気を感じて息を呑むしかなかった。



 一方、その頃。王宮が絶望と狂気に包まれていることなど露知らず、『厄災の化身』たる伽羅(きゃら)・ヴァン・ディザスターは、白百合邸の厨房で優雅にエプロン姿を披露していた。


「ふふっ、やはりお茶会には、心のこもった手作りのお菓子が不可欠ですわよね」


 伽羅は鼻歌を歌いながら、ボウルの中の『生地』をかき混ぜていた。だが、そのボウルの中に入っているのは、小麦粉や砂糖ではない。

 王国の宝物庫にすら数個しか存在しないはずの超稀少金属・神星鋼(ミスリル)の粉末と、魔物の骨を砕いたカルシウム粉、そして火竜の血である。


「私の一番の常連客であるアーサー様たちは、とても頑丈で、情熱的な方々でしたから。きっと、普通の柔らかいクッキーでは物足りないはずですわ」


 伽羅の倫理観は、徹頭徹尾「お客様に喜んでいただくこと」に向けられていた。あれほど激しい決死の攻撃をこなし、極大魔法を全身で受け止めるタフな殿方たちには、歯ごたえのある男らしいお茶菓子が相応しい。彼女は本気でそう考えたのである。


「それに、昨日の夜にいらっしゃったシャイな泥棒猫さんたちは、とっても脆くてすぐに壊れてしまいましたもの。やはりアーサー様たちのような、特別な方々のためのおもてなしを用意しなくては」


 彼女は、暗殺者たちを無自覚に消し去ったことなど「つまらない余興」として記憶の片隅に追いやり、目の前のお菓子作りに全力を注いでいた。

 伽羅が指先から超高温の業火(インフェルノ)を発生させ、練り上げた鉱石の生地を一瞬で焼き上げる。

 チーン、という可愛らしい音(実際には金属の冷却音)と共に、オーブンから香ばしい匂い——ではなく、剣を打ち据えた時のような鉄の匂いが漂ってきた。


「まあ! とっても可愛らしく焼き上がりましたわ!」


 伽羅が取り出したのは、見た目こそ可愛らしいクマやウサギの形をしたクッキーだが、その実態は攻城兵器の砲弾にも匹敵する質量と硬度を誇る『超硬度金属塊』であった。

 試しに、傍らに控えていた上位悪魔のメイドがそのクッキーを一つ持ち上げようとしたが、あまりの重量にメイドの腕の骨がミシリと嫌な音を立てたほどだ。


「完璧ですわ。これをあの情熱的なアーサー様のお口に運んで差し上げれば、きっと感激してくださるはず。少し歯ごたえがありすぎるかもしれませんが、殿方ならあのくらい噛み砕いてくださるわよね」


 もし人間がこれを口に入れれば、歯が折れるどころか顎の骨が粉砕されることは明白である。さらに伽羅は、お茶会の舞台となる庭園のテーブルも、通常の木製から『絶対破壊不能の呪いがかけられた黒大理石』へと変更するよう、使用人たちに命じていた。


「前回は、私のおもてなしの風圧でテーブルが吹き飛んでしまいましたからね。次こそは、皆様をきちんとお席に座らせて、この特製クッキーを楽しんでいただきますわ」


 どこまでもピュアな善意と、果てしなくズレた常識。狂気の厄災は、次なる惨劇——もとい、極上のお茶会の準備を万端に整え、愛すべき常連客たちの再訪を、今か今かと待ちわびているのであった。


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