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《完結》災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第22話 迫真の狂気と気絶のスタンディングオベーション

 白百合邸ホワイトリリィ・パレスのテラス席は、もはやお茶会と呼べるような生易しい空間ではなくなっていた。


「……ごふっ。ど、毒見は……完璧でございます、殿下……」


 王都最強の英雄アーサーは、口から消し炭のような黒煙を吐き出しながら、ガタガタと震える手でサムズアップを作り、無理やり笑顔を貼り付けていた。


「す、素晴らしい……お味、ですわ……」


 至宝たる聖女・エルリアもまた、超高密度のマカロンによって引き裂かれた内臓を奇跡の浄化(ミラクル・パージ)で強制再生させながら、純白の法衣を冷や汗でぐっしょりと濡らして微笑んでいる。


「お、お前たち……一体どうしたというのだ? 何をそんなに震えている?」


 王国の次期国王、レオンハルト第一王子の顔から、先ほどまでの傲慢な余裕が完全に消え去っていた。

 彼の目には、アーサーたちが「ただの紅茶とマカロンを口にしただけ」で、致死の猛毒でも盛られたかのように血を吐き、白目を剥いている異常な光景が広がっている。しかし、当の本人たちは「最高に美味だ」と絶賛し、決してそれを認めようとしないのだ。


「ふふっ。アーサー様もエルリアちゃんも、本当に演技派でいらっしゃいますのね!」


 伽羅・ヴァン・ディザスターは、黒いレースの扇子で口元を覆い、心底楽しそうに笑い声を上げた。


「『劇中劇』の悪役令嬢が勧めたお茶菓子に、猛毒が仕込まれていて苦しむ家臣たち……! 王道ですが、迫真のリアクションのおかげでとってもスリリングな展開ですわ!」


 伽羅は両手を打ち合わせ、無邪気に喜んでいる。彼女の果てしなくズレた常識と倫理観のフィルターを通せば、アーサーたちが命を削って王太子を庇っているこの絶望的な隠蔽工作すらも、「お茶会を盛り上げるための極上の寸劇」にしか見えなかった。


「さて、レオンハルト様。忠実な家臣の方々が倒れてしまった今、次は私から婚約者様へ、悪役令嬢らしく『最大の試練』を与えなくてはなりませんわね!」


 伽羅がノリノリで扇子を天へと掲げた。その瞬間、テラスの周囲の気温が、物理法則を無視して一気に数十度も急降下した。


「……なっ、なんだ、この寒さは!?」


 レオンハルトが玉座のような椅子から腰を浮かせ、自分の腕を抱え込んだ。彼の吐く息が、一瞬にして真っ白に凍りつく。


「悪役令嬢の十八番、氷の牢獄への幽閉ですわ! 『氷結魔女(クリスタル・ウィッチ)の絶対零度鳥籠』!」


 伽羅が満面の笑みで無詠唱の大魔法を放つ。レオンハルトの頭上に、数万本の鋭い氷柱で構成された、見上げるほど巨大な氷の鳥籠が出現し、彼を閉じ込めんと猛烈な吹雪と共に落下してきた。

 触れれば一瞬で細胞の水分が凍結し、ガラスのように砕け散る絶対零度の牢獄。神の加護を持たない王太子がそれに閉じ込められれば、神殿で蘇ることもなく完全消滅してしまう。


「で、殿下をお守りしろぉぉっ!」


 アーサーの血を吐くような怒号と共に、副官のルークをはじめとするトップギルドの精鋭たちが、一斉にレオンハルトの周囲に壁となって立ち塞がった。


超速詠唱(ファスト・キャスト)、極炎陣!」


 ルークたちが命を削って全魔力を炎の魔法に変換し、上空から落ちてくる絶対零度の鳥籠に向けて放つ。


 ズゴォォォォォォッ! 極炎と絶対零度が衝突し、テラスに凄まじい水蒸気爆発が巻き起こった。


「あ、がぁぁぁっ! さ、寒い、熱い、寒いぃぃっ!」


 炎の魔力を上回る圧倒的な冷気が精鋭たちの肉体を蝕み、彼らの顔や腕がみるみるうちに凍傷で黒く変色していく。しかし、彼らは決して退かなかった。王太子に冷気が届かぬよう、自らの体を人間の盾にして、絶対零度の吹雪をすべて受け止めているのだ。


「おお……っ! 素晴らしい舞台効果ですな、殿下!」


 アーサーは全身に霜を降らせ、髪を真っ白に凍らせながら、ガチガチと歯の根を鳴らして笑い声を上げた。


「こ、これほど涼しい、いや、エキサイティングな風を浴びられるとは! 伽羅様の演出力には、感服いたしましたぞ!」


「……お、お前たち……」


 レオンハルトは、腰を抜かしたまま後ずさりした。

 目の前で、王国最強の騎士たちが、見たこともない理外の極大魔法に焼かれ、凍らされながらも、「素晴らしい演出だ」と狂ったように笑っている。

 これは劇などではない。彼らが自分の命を懸けて、あの大魔法から自分を庇ってくれているのだと、いくら鈍感な王太子でもついに悟ってしまったのである。


「どうなさいましたの、レオンハルト様? 悪役令嬢の魔法に、足がすくんでしまわれましたか?」


 伽羅は、氷の牢獄がアーサーたちによって防がれたことすらも「劇の展開」として楽しみながら、小首を傾げてレオンハルトを見つめた。

 その血のように赤い瞳に、殺意はない。だが、殺意がないからこそ恐ろしいのだ。彼女は本気で、この致死の大魔法の応酬を「婚約破棄の劇中劇」という遊びだと思っている。

 自分が先ほど放った「婚約を破棄する」という傲慢な言葉が、どれほど恐ろしい絶望の引き金を引いてしまったのか。レオンハルトの心に、王太子としてのプライドを粉微塵に打ち砕く『本物の恐怖』が浸透し始めた。


「……ば、化け物……っ」


 レオンハルトは震える唇で呟き、ガタガタと膝を震わせた。


「あら、悪役令嬢に向かって化け物だなんて、最高の褒め言葉ですわ! では、次はこちらのメインディッシュで、さらに劇を盛り上げましょう!」


 伽羅の合図と共に、メイド長である上位悪魔のセバスティアが、巨大な銀のドームを運んできた。

 パカッ、と蓋が開けられると、そこにはまだドクドクと脈打っている、赤黒い巨大な肉の塊が鎮座していた。


「『地獄牛(ヘル・ミノタウロス)の極厚ステーキ』ですの。少し活きが良すぎますから、気をつけて切ってくださいね」


 そのステーキは、ナイフを入れようとした瞬間に膨張して大爆発を起こす、最悪のトラップ料理であった。


「ひっ……! く、来るな……っ!」


 レオンハルトは悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちて這いずって逃げようとした。完全に心が折れ、パニック状態に陥ったのだ。

 このままでは、王太子が「劇を放棄《マナー違反》」して逃亡したとみなされ、伽羅の機嫌を損ねてしまう。


 アーサーは瞬時に判断を下した。


「……殿下、申し訳ありません。これも王都のためです」


 アーサーは理外の速度でレオンハルトの背後に回り込むと、その首筋に手刀を振り下ろした。


 ドスッ。


「あ、が……」


 レオンハルトは一瞬で白目を剥き、その場に崩れ落ちて完全に意識を失った。


「なっ、アーサー様!?」


 エルリアが驚愕の声を上げる中、アーサーは気絶した王太子を肩に担ぎ上げ、伽羅に向かって堂々と胸を張った。


「伽羅様! 殿下は……殿下は、伽羅様の演じる悪役令嬢のあまりの美しさと、迫真の魔法の迫力に圧倒され、ついに気を失ってしまわれました!」

「まあ……!」

「婚約破棄を突きつけた王太子が、逆に悪役令嬢の魅力に屈して気絶する……! これぞまさに、歴史に残る前代未聞の劇中劇の幕引きでございます! お見事でした!」


 アーサーは、血を吐きながらも、この世のすべてを称賛するような大仰な身振りで叫んだ。ルークたち精鋭も、全身を凍らせながら「ブラボー!」と必死に拍手喝采を送る。


「……まあ! まあっ!」


 伽羅は両手で頬を押さえ、感極まったように瞳を潤ませた。


「私のお芝居が、殿下を気絶させるほどの感動を与えられたなんて……! スタンディングオベーションの代わりに気を失ってくださるなんて、最高の賛辞ですわ!」


 見事に、アーサーの出鱈目な言い訳が、伽羅の狂った常識のストライクゾーンに突き刺さったのである。


「本日は、殿下をお連れしての最高のお茶会、誠にありがとうございました。殿下がこれ以上感動で熱を出されないよう、本日はこれにてお開きとさせていただきます!」

「ええ、ええ! とても楽しい劇中劇でしたわ! レオンハルト様が目を覚ましたら、よろしくお伝えくださいね。またいつでも『お芝居』の続きをいたしましょう!」


 満面の笑みで手を振る伽羅に見送られながら、アーサーたちは気絶した王太子を担ぎ、逃げるように白百合邸を後にした。

 彼らの肉体はボロボロで、精神は完全に削り取られていた。しかし、彼らは王国の次期国王の命と、王都の平和を完璧に守り抜いたのだ。


「……ルーク。帰ったら、殿下の記憶を物理的に少し『修正』する必要があるかもしれないな」

「……ええ、団長。この理不尽な地獄の記憶を抱えたままでは、殿下は二度と立ち直れないでしょうから」


 馬車の中で、意識を失ってピクピクと痙攣している王太子を見下ろし、英雄たちは深く、深い溜め息を吐いた。

 乙女ゲームの王道イベントは、英雄たちの決死のカバー劇によって、こうして最悪の悲劇を回避しつつ、新たなトラウマを王家に植え付けて幕を閉じたのであった。




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