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《完結》災厄の悪役令嬢は優雅に《おもてなし》する  作者: ひより那


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第20話 愚行の始まりと死の婚約破棄イベント

 王都の中心にそびえ立つ大聖堂の『復活の間』から生還し、数日が経過した王城の控室。王都最強の英雄アーサーと、聖女・エルリアをはじめとするトップギルドの精鋭たちは、重厚なソファに深く身を沈め、言葉のない虚無の時間を過ごしていた。

 彼らの肉体は神殿の力で完全に癒えている。しかし、伽羅・ヴァン・ディザスターから振る舞われた『|天駆ける暴風のマシュマロ・ミスリル包み《テンペスト・マシュマロ・ミスリル》』を噛み砕いた瞬間の、内側から頭部を吹き飛ばされたトラウマは、未だに彼らの魂を激しく苛んでいた。


「……団長。俺、昨日からお粥しか喉を通りません。少しでも歯ごたえのあるものを噛もうとすると、暴風が爆発する幻覚が見えるんです」


 副官のルークが、げっそりと痩せこけた頬を撫でながらうわ言のように呟いた。


「気にするな、ルーク。俺もだ」


 アーサーは天井の木目を虚ろな目で見つめたまま、微動だにせず答えた。


「俺たちは、あの理不尽なティータイムを乗り越えるたびに、少しずつ人間としての正常な感覚を失っている。……だが、それでも王都の百万の命が救われているのなら、安い代償だ」


 そう言って自らを納得させるしかない。痛い転生者リオンが空の彼方へ消え去った後、結局彼らは全員、あの狂気の兵器(マシュマロ)を平らげ、そして等しく神殿へと送り返されたのだから。


 そこに、けたたましい足音と共に控室の扉が乱暴に開かれた。


「ア、アーサー団長! 一大事です!」


 息を切らせて飛び込んできたのは、王城の連絡将校であった。その顔は、魔王軍の襲来を告げる時よりも遥かに蒼白に染まっている。


「どうした。……まさか、あいつが王都に『お散歩』に来たのか?」


 アーサーが跳ね起き、エルリアも顔色を変えて立ち上がった。


「違います! いや、それよりも最悪の事態かもしれません! 第一王子の……レオンハルト殿下が、近衛騎士数名だけを連れて、白百合邸ホワイトリリィ・パレスへ向かわれました!」

「なんだと……!?」


 アーサーの全身から、文字通りすべての血の気が引いた。

 レオンハルト第一王子。彼は、幼い頃からの取り決めで、伽羅・ヴァン・ディザスターの『婚約者』となっている人物である。しかし、彼は伽羅の悪評を鵜呑みにし、彼女を激しく嫌悪していた。


「なぜ殿下が自らあんな場所へ! 国王陛下は止めなかったのか!」

「へ、陛下はご公務で他国へ視察中でした。殿下は、最近の伽羅公爵令嬢が『アーサーたちを神殿送りにしていること』を重く受け止め、自らの手で彼女を断罪し、婚約を破棄すると……」

「馬鹿なっ!」


 アーサーは怒号を上げ、近くにあった木製のテーブルを拳で叩き割った。

 レオンハルト王子は、王国の次期国王たる高貴な血筋である。しかし、彼は神の加護を持たない、たった一つの命しか持たない『ただの人間』なのだ。

 もし彼が伽羅の機嫌を損ね、あの絶対零度や極大の暴風を浴びれば、光の粒子となって神殿で蘇ることなどできない。文字通り塵となってこの世から完全消滅してしまう。

 さらに恐ろしいのは、王太子が消滅した後の伽羅の反応だ。「まあ、婚約者様が急にお帰りになってしまいましたわ。私から王城へご挨拶に伺わなくては」などと彼女が思い立てば、王都は数時間で地図から消え去るだろう。


「アーサー様……っ! 殿下は、あの方の本当の恐ろしさを何もご存知ないのです! お止めしなければ!」


 エルリアが悲鳴のような声を上げる。


「分かっている! 野郎ども、全速力で追うぞ! 何としても殿下を止めるんだ!」


 虚無に浸っていた精鋭たちは、疲労もトラウマも忘れて武器を取り、弾かれたように王城を飛び出した。

 これは魔獣討伐ではない。世界で最も脆弱な『王太子』という存在を、世界で最も理不尽な『厄災』の怒りから死守するという、絶望的な隠蔽護衛ミッションの始まりであった。


 一方、王都から馬車を飛ばし、白百合邸の巨大な門前に到着したレオンハルト第一王子は、自信に満ち溢れた傲慢な笑みを浮かべていた。


「ふん。数日前にアーサーの奴らがここへ特攻し、返り討ちに遭ったと聞いたが……なんのことはない。ただの見掛け倒しの屋敷ではないか」


 金髪碧眼の美しい容姿を持つレオンハルトは、剣の柄に手をかけながら鼻で笑った。彼を護衛する数名の近衛騎士たちも、どこか緊張感に欠けている。彼らは王城の奥深くで護衛任務に就いているため、最前線で伽羅の狂気を味わったアーサーたちのような『本物の絶望』を知らないのだ。


「殿下! お待ちください!」


 レオンハルトが門を蹴り開けようとしたその時、背後から凄まじい土煙を上げてアーサーたちが駆けつけてきた。

 彼らは馬すら使わず、理外の変異を遂げた脚力で王城からここまで全速力で走破してきたのである。


「おお、アーサーではないか。それに聖女エルリアも。ご苦労なことだ」


 レオンハルトは鷹揚に頷き、アーサーたちを迎え入れた。


「私の一世一代の晴れ舞台に、最強の英雄と聖女が駆けつけてくれるとはな。私が自らの手で、あの悪逆非道な魔女に婚約破棄を突きつける瞬間を、特等席で見せてやろう」

「殿下、どうかお考え直しください! あそこは、人間の踏み入って良い領域ではありません! 今すぐお戻りを!」


 アーサーが地面に膝をつき、必死の形相で懇願する。

 しかし、レオンハルトはそのアーサーの姿を「王太子である自分の身を案じてくれている忠臣の姿」と激しく勘違いしていた。


「ふっ、安心しろアーサー。お前たちが不覚を取ったのは、あの女の卑劣な罠に嵌ったからだろう。だが、次期国王たる私の威光の前に、あの小娘など恐れるに足らん」


(違う、そうじゃない。威光など一枚のティッシュペーパーほどの役にも立たないんだ……!)


 アーサーは心の中で血の涙を流しながら叫んだ。言葉で説得している時間はない。最悪、不敬罪に問われようとも、ここで王太子を物理的に気絶させて王城へ連れ帰るしかない。アーサーが覚悟を決めて剣の柄に手をかけた、まさにその瞬間であった。


「——まあ!」


 門の奥から、鈴を転がすような甘く美しい声が響き渡った。

 アーサーとエルリアの心臓が、恐怖で文字通り跳ね上がった。開け放たれた門の向こう側。美しく整えられたエントランスホールに、漆黒のドレスに身を包んだ厄災の化身、伽羅・ヴァン・ディザスターが、満面の笑みで立っていたのである。


「レオンハルト様……! それに、アーサー様にエルリアちゃんまで! 皆様お揃いで、私に会いに来てくださったのですね!」


 伽羅は両手を胸の前で合わせ、目をキラキラと輝かせている。彼女の背後には、完璧なカーテシーでお辞儀をするメイド長セバスティア(上位悪魔(アーク・デーモン))をはじめとする、魔界の眷属たちがずらりと控えていた。


「フン。ずいぶんと余裕ぶっているではないか、伽羅。私がここへ来た理由も知らずにな」


 レオンハルトは傲慢に胸を張り、伽羅を冷ややかに見下ろした。アーサーは絶望のあまり、その場で天を仰ぎたくなった。

 もはや逃げ場はない。王太子は伽羅の視界に入ってしまい、彼女はすっかり『最高のお茶会』を開く気満々である。ここで無理やり王太子を連れ帰ろうとすれば、それは伽羅の歓待を拒絶する「最悪のマナー違反」となり、背後から広範囲殲滅魔法が飛んでくることは確実だった。


「さあ皆様、立ち話もなんですわ。どうぞ、奥のテラスへいらして。今日は素晴らしいお茶葉が入っておりますのよ」

「よかろう。貴様のその余裕の面がいつまで続くか、見物だな」


 伽羅の純粋な善意の招待を、レオンハルトは「最後の晩餐のつもりだろう」と鼻で笑いながら受け入れてしまう。

 彼は堂々とした足取りで白百合邸の敷地へと足を踏み入れた。その後ろを、アーサーとエルリア、そして精鋭たちが、まるで処刑台に向かう囚人のような重い足取りでついていく。


(……やるしかない。殿下が何を言おうと、俺たちが全て『楽しい冗談』としてフォローし、あいつから飛んでくるおもてなしから殿下を死守するんだ……!)


 アーサーはエルリアと視線を交わし、無言の決意を固めた。

 乙女ゲームにおける本来のメインイベント、『婚約破棄』。しかし、アーサーたちにとってそれは、王国の命運と自分たちの削り取られる精神を懸けた、絶対に失敗の許されない『死のティータイム』の幕開けであった。



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「ここまで読んでいただき、ありがとうございます!皆様からの『イイネ』が、本当に、本当に毎日の執筆の最大の原動力になっています。

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